《機甲兵》。それはクロウ・アームブラストの所有する蒼の騎神オルディーネを下に、貴族連合が帝国最高の科学者にして技術者たる《G・シュミット》博士に開発させた、本人の弁に則れば別に貴族派に肩入れしたわけじゃなくて単に学者としての探究心を満たしただけの事、今回の
装甲の硬さや火力では戦車には劣るものの、その機動力と地形の走破性は今後の戦争を大きく塗り替える可能性を秘めた、まさに貴族連合にとっては虎の子の切り札とも言える存在である。
ーーークーデターというのは初動がその成否を大きく左右する。
軍や政治の中枢を如何にして速やかに制圧して掌握するか、これにもたつくようでは話にならない。
当然貴族連合の首脳部もそれは承知している、故に今回帝都占領に投入された機甲兵部隊は領邦軍の中でも選りすぐりが集められた精鋭部隊であった。
カイエン公爵家に代々仕える忠誠心に関して折り紙付きの従士である騎士階級の者たちから、腕に覚えのある者達を見繕い選抜した彼らが悪逆にもクーデターを目論見、帝国宰相を暗殺した実行犯である第一機甲師団を壊滅させて、黒幕である帝国軍参謀本部を制圧する。
そして近衛軍と共闘してバルフレイム宮に御わす皇族の方々を保護する、そういう手はずであった。
しかし、そんな貴族連合側の目論見は大きく狂わされていた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
たった一体の
貴族連合の誇る精鋭部隊、それが為す術無く蹂躙されていく。
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騎神を操りながらもリィンは次々と、本来後2日かけて終わらせる予定だった騎神の操縦に関する記憶の継承を進めていく。
そして継承した傍からそれを目の前の敵手へと振るっていく。より鋭く、より速く。リィン・オズボーンは今この戦っている瞬間も加速度的に進化を続けていた。
「警告」「警告」とやかましく愛機が叫び続けており、余りの負荷に脳が焼き切れかけているがそれをねじ伏せながら。
鬼気迫る様子ながらも、それでも今のリィンは未だ完全な鬼には成り果てては居なかった。
ーーー何故ならば、彼には背負うべきもの、護るべきものが存在するから。
友が、家族が、恋人が、民が、そして祖国が彼には存在するのだから。
そんな矜持が彼をギリギリのところで踏みとどまらせていた。
目前の敵手を一変の慈悲も無く屠る傍ら、その戦闘の余波が護るべき
「ーーー少尉へと続けぇ!我らの手で宰相閣下の仇を取るのだ!!!」
そしてそんな様はどうしようもなく人の胸を打つ。
仇討ちというものを“美徳”、“美談”と取る価値観というのは古今東西に置いて多かれ少なかれ存在するものだ。
無論、近代以降の社会ではコレは表立っては肯定されるものではない、仇討ちというのを公に認めてしまえば際限がなくなっていってしまうからだ。
しかし、それでもやはり正当な理由による仇討ちというのは、そうした理屈抜きに人の心に響く。
故にこそ、先程まで狂乱してた少年が、亡き父の仇を討とうと奮戦するその様は自然と第一機甲師団の面々を感化する。
アレほどに年若い少年が、ああも活躍しているのだ、負けてなるものかと続けと。
そしてそれは何も第一機甲師団の面々だけではない。
ギリアス・オズボーンは帝都市民から絶大なる人気を誇る指導者であった。
何故ならば帝都の民は彼の“改革”の恩恵を一番に受けた者たちだったからだ。
司法改革によって貴族相手だろうと平民は少なくとも帝都に於いては泣き寝入りしなくても済むようになった。
併合した属州からの税収により帝都のインフラ整備は進み、盟友たるレーグニッツ知事の手腕もあって公共サービスは格段に向上した。
帝国各地に張り巡らされた鉄道網は流通を活発化させて、その中心である帝都は多くの経済的利益を受け、まず職にあぶれて食いっぱぐれるような事はなくなった。
そんな指導者を、
ヴァンクール大通りを北上してバルフレイム宮、この国において最も尊き方々が住まうそこを恐れ多くも土足で踏みにじろうとする光景は元より低かった貴族に対する好感度を最底辺にまで落ち込ませた。
この“国難”に際して、貴族共は
しかし、どれほどそれに憤ろうと彼らにはそれを止める“力”が存在しない。
黙ってこの“暴挙”を見過ごすしかないのかと、歯噛みをする彼らの前に繰り広げられたのはそんな貴族共に立ち向かう帝国の“英雄”の姿。
バルフレイム宮を制圧せんと向かう機甲兵部隊を次々と撃滅していく守護神の姿だった。
“悪逆なる貴族”共を相手に“この国の象徴”を守らんと立ちふさがる“英雄”の姿。
護るのだと何よりもその身を持って示すその姿。
それは我が身を護るために避難する中でも、彼らの心の中に強く焼き付くのであった……
・・・
「いやはや、コイツはちょっとヤバいんちゃうか」
「ああ、伝承に謳われる“巨イナル騎士”か……伝承というのは往々にして誇張されるものだが、どうやらこの存在に限っては嘘偽り等なかったらしい」
そんな風にカイエン公へと雇われた元西風の旅団の部隊長たる《ゼノ・クラウゼル》と《レオニダス・クラウゼル》は呟く。
そこに追い詰められている側の焦燥感や、目の前の鬼神に対する恐怖と言った感情はなく、まるで今日の夕飯は何かと話し合うような軽いものであった。
「ちょいと俺らじゃ手におえ無さそうやなぁ……」
「ああ、振るう者の力量も我らとそう遜色は無い。で、あるのならば機体の性能差がそのまま戦力差へと直結する。
現有戦力でアレを打破するのは至難と言えるだろう」
「いやぁ、こりゃ参った。一体どうしたもんかなぁ」
「……我らの与えられた仕事は帝都の占領にあたって障害となり得る第一機甲師団の排除だ。
あちらの相手は彼らに任せて我々は我々の仕事を果たす事に専念しよう」
現在リィン・オズボーンはドライケルス広場、ヴァンクール大通りの北側にてバルフレイム宮の制圧のために現れた機甲兵部隊を迎え撃っているのに対して、両者は大通りの南側にて現れた第一機甲師団を迎え撃つ形となっている。
故にこのまま第一機甲師団の相手をしていれば、少なくとも最低限の働きをした事にはなるだろうとレオニダスは告げる。
「せやなぁ、あんな“怪物”の相手しろって言うんなら特別料金貰わないと割に合わへんで」
「
強者の戦いに燃えるのは武人の性であり、当然レオとゼノの両名を始めとする西風の面々も持っている。
だが、そんな西風からしても引くような、幾度となくやりあった生粋のバトルマニア共を懐かしみながら両者は少しだけ遠い目を浮かべる。
「触らぬ神に祟りなし。極力触れずに置こうや。幸いな事にこっちにも《蒼の騎士》とやらがいるらしいしな。
そいつの到着の時間をかせぐための哀れな生贄役になるのはごめん被りたいところやで」
「軍人にとっては戦死は名誉なことかもしれんが、我ら猟兵は死んではなにもならぬからな」
カイエン公は何かと問題のある人物ではあるものの、少なくともケチではなかった。
彼は自分に味方をするものには気前よく振る舞ったし、自らの臣下である従士達にもそう務めた。
不幸にも“灰色の悪魔”に対する供物となった、忠勇なるラマール領邦軍の騎士達のその献身に彼は厚く報いるだろう。二階級特進による名誉、及び遺族に対する年金など手厚い保障等などそんなところだろう。
だがそれは今犠牲となっている者たちが代々カイエン公爵家に仕える忠臣だからこそである。
いくらカイエン公が気前の良い人物と言っても外様に過ぎない傭兵をそこまで厚遇することはないだろうし、しようものなら今度は逆に先祖代々使えている者たちが不満に思うことだろう、そもそも名誉などで報われても二人にとっても欠片も嬉しくない。
故に、二人が取る選択それは……
「というわけで与えられた報酬分は文句を言われない程度に働いておくとしよか」
「ああ、団長が不在の今、我らが西風の名を貶めるわけにはいかんからな」
ボーナス欲しさに勝ち目のほとんど存在しない難敵に挑む事ではなく、勝てそうな相手と戦い
・・・
「ええい、話が違うではないか!騎神を満足に扱えるようになるにはどれほど早くとも一ヶ月は掛かる。故に、おそらくはアレはただの虚仮威しに過ぎない!そう、あの《魔女》は言っていたではないか!!!」
旗艦パンタグリュエルにて常の余裕に満ちた様子をかなぐり捨ててカイエン公は焦りを露にそう叫ぶ。この日のために彼は入念な準備を重ねてきたのだ。
《蒼の騎神》という飴玉で帝国最高峰の頭脳を釣り、正規軍の戦車に対抗できる新兵器《機甲兵》を用意した。
最大の障害たるギリアス・オズボーンを排除するために、帝国解放戦線なるテロ組織を裏から支援した。
万が一にも皇族の確保に失敗しないためにも、あらゆる政治工作を用いて《アルノールの守護神》をこの帝都から遠ざけさせた。
そしてそれらの企みは今日結実した。今日という日はクロワール・ド・カイエンの“夢”を果たすための記念すべき日となるはずだった。帝国にとっての、貴族にとっての“在るべき秩序”が回復される日となるはずであった。
だが、そんな計画が今土壇場になって狂いかけていた。
ーーーリィン・オズボーン、あの忌々しい宿敵の忘れ形見によって。
「我々が威を借る狐だと思っていた存在は実のところ、親と同じ虎であったと、そう認識を改めるしかないでしょうな」
そしてそんな慌てる主宰を他所に総参謀を務める貴族派きっての才子はどこか涼し気な様子で応じる。
そこには焦りの色は欠片もないが、さりとて総てが想定内だと余裕ぶっているわけでもない。
むしろその逆、自分の想定外へと転がり始めた盤面を無邪気に眺めるような、どこか子ども染みた好奇心が存在した。
不可能、そう確かにリィン・オズボーンのやった事は常識的に考えれば不可能な“奇跡”なのかもしれない。
だがそんな不可能を成し遂げてきた存在こそが自分たちの“宿敵”だったはずだと。
平民出の宰相という身でありながら、如何に陛下の信認があったとはいえ四大名門を筆頭とした貴族派と伍してきた“怪物”
リィン・オズボーンはそんな“怪物”の息子だったのだから、ギリアス・オズボーンに匹敵しうる“怪物”なのだと想定しておくべきだったのではないかと。
「落ち着いている場合かねルーファス君!もしもこのまま行けば我らは“逆賊”となってしまうのだぞ!」
「確かに、このまま行けば我らに待つのは破滅でしょう。ーーーですが、そうはならないでしょう」
どこまでも優雅な様子を崩さずに堂々たる態度で臆する事無く“切れ者”の総参謀は己が主宰を宥める。
「何故ならば、我らには、いえ“公爵閣下”にはご自慢の騎士がおられるではないですか。“蒼の騎神”を駆る起動者、クロウ・アームブラスト殿が。
見事“怪物退治”を成し遂げた“蒼の騎士”殿ならば、必ずやあの“灰色の悪魔”も討ち果たしてくれることでしょう。
ーーー扱うようになって未だ一週間にも満たぬ者と、数年に及ぶ積み重ねのある者。どちらに空の女神が微笑むかは自明の理というものなのですから」
告げられたルーファスの言葉、カイエン公はみるみるその表情を明るくさせて
「全く以て君の言う通りだ!我らには、私には“蒼の騎士”が居る。“灰色の悪魔”如き恐れるに足らなかった。何故ならば、“悪魔”などというのは“英雄”によって討伐されるのが定めなのだから!」
「ええ、ですので閣下にはどうか瑣末事に気を取られず悠然と構えて頂ければと思います。“雑務”は私どもが引き受けますので」
「ふふふ、頼りにさせて貰うとしよう。“総参謀”殿」
そしてすっかりと気を良くしたカイエン公は、控えていた使用人に前祝いにと秘蔵のワインを持ってこさせる。
そんな主宰の様子を見てルーファス・アルバレアは当人には気づかれぬようになんとも
しかしそうしていたのもほんの束の間、眼下にて対峙する蒼の騎神と灰の騎神に気づいたルーファスは再びそちらへと意識を向ける。
(ふふふ、さて、どうでるかなリィン・オズボーン君)
己が親友が《C》であったという真実、それを彼は今頃知っていることだろう。
その時彼が一体どうするのか、それはルーファスにとっては興味深い命題であった。
ーーー心が折れてそのまま戦えなくなるのか
ーーー怒りに身を任せて鬼と化すのか
ーーー友情で自分をごまかして、憎しみを捨てるのか
それともそれとも、と。
(さあ、君の持つその輝きを私に見せてくれ、
果たして自分がかつて見せられたあの磨き抜かれた鋼の輝き。黄金のような優美さのない、どこまでも無骨な、されど惹きつけられて止まぬあの輝きを君は見せてくれるのかと。
ルーファス・アルバレアは先程どは対照的にどこまでも無邪気に笑っていた。義弟の成長を見守る義兄のように、対等の好敵手の出現を寿ぐように、“英雄”に憧れる無垢な子どものように。