“勝てる”、第一機甲師団を率いる、ゲルトルート・トゥルナイゼン中将は自軍の勝利を半ば確信しつつあった。宰相の遺児たるリィン・オズボーン少尉の獅子奮迅の活躍によって、貴族連合が投入した虎の子の新兵器部隊は半ば壊滅しつつあった。
あの鬼神の如き存在を前に、未だ戦意を保ち戦列を保っている事は敵ながら称賛に値するが、それでも時間の問題だろう。こちらの方にも少なくない損害は出ているが、それでも未だ第一機甲師団は健在であり、目の前の2機にしても敵部隊の中では別格と言っていい使い手なのだろうが、それでもあの鬼神の如きこちらの“英雄”に勝てるとは到底思えなかった。
(彼には助けられたな)
リィン・オズボーンの働き無くして今回の勝利は有り得なかった。
宰相閣下より紹介された時は、まさかあの宰相に限って我が子可愛さで目がくらんだという事はあるまいと思ったが、なるほど確かに大したものだったとそう中将は内心で称賛する。もしもあの灰の騎神がなければ自分たち第一機甲師団は壊滅して、帝都は貴族共によって占領されていただろうと。
(此度の事態の収拾がついたら、私は責任を取らなければならんだろうな)
宰相閣下の暗殺を防げなかった罪、それを誰かが取らなければならないだろう。
そして今回の警備の責任者が自分である以上、それは自分以外にあるまい。
更にはギリアス・オズボーンという稀代の指導者をこの国難の際に失ったという重さを考えると、暗澹たる気持ちになるが、それでも何とかクーデターを防ぐ事が出来たと中将が一息つこうとした瞬間ーーー
「閣下!上です!!!」
突如として高速で飛来してきた蒼い騎士人形、それの持つ双刃剣によって愛機毎串刺しにされたゲルトルート・トゥルナイゼンは呆気なくその生命を散らした。
「閣下!?」
「おのれ!よくも中将閣下を!!」
敬愛する上官、それを討った不届き者に裁きを下さんと怒りと共に第一機甲師団は姿を現した蒼の騎神へと猛攻を加える。しかし、機甲兵とは比べ物にならない機動性能を前に、影すら捉える事が出来ない。呆気なく、そして順当に第一機甲師団の誇る戦車部隊は蒼の騎神に瞬く間に壊滅させられた。
・・・
灰の騎神ヴァリマールと蒼の騎神オルディーネ。
帝国の伝承に謳われる7体の“巨いなる騎士”そのうちの2体が、今、帝都のドライケルス広場にて対峙していた。
2体の周囲に転がるのはおびただしい数の機甲兵の残骸と戦車の残骸だ。
巻き込まれてはかなわんとばかりに西風の両名を始めとする残った僅かな者たちは、貴族派、革新派を問わずに一時的にだが既にその場より撤退していた。
ーーーここからは神話・伝説の領域、
「現れたな……貴族共の切り札!」
貴族側に起動者と騎神がついていること、それは予想できていたことだ。
そしてその切り札をこうして投入してきたという事は貴族側もいよいよ後が無くなって来たという事だろう。
この場で目前の敵手、それを討ち取り、その上でバルフレイム宮にいる皇族の方々を保護する。
そうすれば、貴族共の目論見は完全に瓦解する。いや、自分が直接バルフレイム宮に赴かずとも良い。
重要なのは機甲部隊を片付ける事、そうすれば《アルノールの守護神》と《光の剣匠》が皇族保護の役割を果たすだろう。
近衛軍は精鋭だが、それでもあの二人を止められる程の力量を持ったものは居ない以上、機甲部隊さえなんとかすればあの二人ならばなんとかするだろう。
後は皇帝陛下より正式に今回の事件の黒幕を逆賊とする詔勅を発してもらう、それで終わりだ。
貴族共は利に敏い、初動をしくじった己が盟主をあっさりと見限り、掌を返す事だろう。
(だからこそ、俺はなんとしても目前の敵手に“勝利”しなければならない……!)
騎神を扱う“経験の差”、それらを覆して自分は“勝利”を掴み取らねばならないのだとリィンはマグマの如く意志を滾らせて燃やす。
憎悪を上回る使命感と決意、それがリィン・オズボーンという剣を極限にまで研ぎ澄ませていく。
「ーーーああ、お前の相手は俺だ。リィン」
その声を聞いた瞬間、研ぎ澄まされていた集中力が霧散した。
「その声ーーーまさか、クロウなのか」
その言葉は先程までの烈火の如き憎悪とそれを律していた鋼の如き覇気の宿った声とは違い、震えていた。
嘘だ、そんな馬鹿な事があるはずがないと。信じたくない真実、それを知る事になる“恐怖”がそこには込められていた。
「ああ、トールズ士官学院2年Ⅳ組所属……いや、旧ジュライ市国最後の市長の孫にして帝国解放戦線リーダー《C》、そして鉄血宰相ギリアス・オズボーン暗殺の実行犯、それが俺だ。お前たちの親友だったクロウ・アームブラストという男だ。鉄血の子筆頭、“灰色の騎士”リィン・オズボーン特務少尉殿」
告げられたのはリィンにとっては信じられない、いや信じたくない真実。
心を許した親友が自分の父親を殺した仇だったというそんな。
「……ふざけた冗談はよせよクロウ、流石にその冗談は悪質だぜ。悪巫山戯が過ぎる。
お前がC?俺の父を殺した犯人?嘘をつくなよ、だってCは俺がザクセン鉄鉱山で……」
そう、そうなのだ。こうして蒼の騎神に乗って第一機甲師団を壊滅させた以上、クロウが貴族派に協力した起動者である事は確定だろう。
だがそれでも《C》であるはずがないのだ。何故ならばーーー
「変装上手な知り合いが居てな、ザクセン鉄鉱山の時はそいつに替え玉を頼んだんだよ。
ーーーお前を、お前たちの目を誤魔化すにはそれ位しないとなんねぇからな」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
告げられた言葉、それを聞いた瞬間にリィンの身体が震えだす。
ザクセン鉄鉱山で自分が仕留めた相手は間違いなく、帝都の時にも邂逅した《C》本人であったと、そうミリアムに報告したのは自分だった。
そしてその報告が、Cの正体を突き止めるという任務を父から与えられていたミリアムからクロウに対する警戒心を奪い取ったのは間違いない。
ーーーつまり、自分のせいなのだ、父の暗殺を未然に防ぐ事が出来なかったのは。
「……何故だ、クロウ。何故……父を殺した」
絞り出すような声で問いかけられたその言葉にクロウは……
「俺の爺さんが鉄血宰相の野郎の、お前たちエレボニアの“繁栄”のための“生贄”にされたからだ」
お前の父が“必要悪”だと“やむ得ない犠牲”として切り捨てた存在、そして
「……鉄鉱山の時に解放戦線の奴らに対して言っていた、「自覚を持て」という言葉、アレを言っていた時のお前に演技をしているような様子は見られなかった。それは、俺達が単に節穴だっただけだという事か」
目の前の親友が父を憎んでいる事、それは知っていた。
だが、それでも鉱山でのクロウはそれを割り切れていたようにリィンは思えた。
消えない憎しみと怒りはある、されどそれでも前を向いて進んでいくのだと、自分たちと同じく光の道を歩んでいくのだと、そう信じていた。
「いいや、あの時言っていた言葉は紛れもない俺の本音さ。
ーーー俺がギリアス・オズボーンを討ったのは故郷であるジュライのためでも、死んだ爺さんのためでもない。
単に
ジュライが望んで併合された事、それをクロウは知っている。
どれだけそこに悪辣な仕掛けがあったとしても最終的にクロウの祖父を“生贄”に捧げて、エレボニアに尻尾を振る事を選んだのはジュライの市民自身なのだ。
そして、その判断を正しかったのだろう。ジュライ市国はエレボニア帝国という大国の庇護の下、経済特区として繁栄を謳歌している。
ーーー最後の市長であった祖父、誰よりもジュライ市国という国を愛していた人物の死という必要最小限の犠牲と引き換えに。
ーーーふざけるなよ、なんだそれは。
祖父が鉄道爆破の犯人だと?そんなわけがないこと位、他ならぬお前たち自身がわかっていたはずだろう。
誰よりもジュライという国を愛し、国のために文字通りその身を粉にしていた祖父がそんな事をするはずがないという事位。
そう、わかっていたはずなのに奴らは、あいつらは、あっさりと自分たちの利益のために祖父を生贄に捧げた。
憎くてたまらなかった、祖父を破滅に追いやった鉄血宰相が。そして、それを黙認して共犯者となったジュライの民も。
鉄血宰相へと快哉を挙げながら、踏みにじられた砂粒等気にも留めずに繁栄を謳歌するエレボニア帝国の人間も、総て。
ーーー等とやさぐれていた時期もあった。しかし、ある時ふと気づいたのだ、結局のところそれは自分の駄々であり我儘でしかないのだと。
自分がジュライで穏やかに暮らしていた時にも、陰で泣いていた人物は居たのはずなのだと。
自分にとっては自慢の家族であった祖父とて歴とした政治家なのだから、鉄血宰相ほどに悪辣じゃないにしても当然“誰か”を犠牲にするという決断をする事とてあったはずなのだ。
だからこそ、これは自分のエゴだ。
ただ単に奪われっぱなしのままでは終われない、“大義”や“正義”等知った事か等とは言わない。
それらは確かに尊ばれるべきものだろう、大真面目にそれに殉じようとする大馬鹿野郎の事も決して自分は嫌いではない。
だが、それでも自分はこの胸の中にこびりついた怒りを、憎悪をぶつけずにはいられなかったのだ。
それが、かつての自分と同様に自分を憎む者を生むとわかっていてもだ。
それは“大義”のために自分のやる事が“悪”だと理解しながらも“誰か”のためにそれを為すリィン・オズボーンの“鋼の意志”とは真逆の、されど決して劣るものではない意志。
自分の行いが“大義”に背く“悪”だと理解しながら、“自分自身”のためにそれを為す“漆黒の意志”だ。
その込められた“漆黒の意志”それを前にリィンはもはやあらゆる説得は目の前の親友に対しては不可能なのだと悟る。
そしてその上で、それでもこれだけは問いかけねばならないとばかりに、縋るように口にする。
「……俺はお前の事を親友だと、そう信じていた。違う道を歩む事になっても、それでも生涯付き合う事になる友なのだと。
そう思っていたのは、俺だけか?俺達の過ごしてきた日々は全部嘘だったのか?お前は、最初から俺の父を殺すために俺の親友のフリをしていただけだったのか!?」
「ーーーそれは……」
泣き叫ぶような友の慟哭、常に威風堂々としていたリィン・オズボーンの“英雄”としてでも“軍人”としてでもない、一人の人間としての叫び。それを聞いて初めて、それまでよどみ無く答えていたクロウの言葉が止まる。
嘘、などではなかった。
楽しかった、本当に、楽しかったのだ。目の前の友人との日々は、5人で過ごす日々は。
このまま、コイツラと一緒に恨みと憎しみを捨てて前を見て生きていく。そんな日々も決して悪くないとそう思った事もあった。
ーーーだが、それが一体何だと言うのか。
それでも結局自分は選んだのだ、復讐する事を。
目の前の親友の持つ自分への友情、それを利用して自分への警戒を緩めさせ、そして仇を討った。
「ーーーああ、その通りだ」
黄金色に輝く青春時代、それらと決別するようにクロウ・アームブラストは漆黒の意志を滾らせてどこまでも冷たく告げる。
これこそが自分にとっての最大限の誠意であり友情なのだと言わんばかりに。
「そう……か」
それだけ呟くとリィンはしばらく黙り込む。
リィンの心に魂へと刻まれた多くの温かな思い出。
真実を知り、ヒビの入ったそれらの思い出が次々と砕け散っていく。
もうどれだけ望もうとこの黄金色に輝いていた日々には戻れぬのだと、そう告げるかのようにバラバラに飛び散っていく。
そして
「……………………………………………………殺してやる」
漏れたのは深い深い呪詛の言葉。
憎悪に塗れた目の前の存在を滅ぼさねば気が済まないのだと告げる、憎悪の言葉だ。
「殺してやるぞ!クロウ・アームブラストォ!!!!!!」
「やってみろぉ!!!!!!」
その叫びと共に、トールズ士官学院、否《鉄血の継嗣》リィン・オズボーンと《亡国の遺児》クロウ・アームブラストは黄金色の青春時代に別れを告げて、死闘を開始した。