「素晴らしい、まさかまだこの段階で依頼全てを完了させるとは思わなかったよ。対応に関しても文句のつけようがない。なんなら今すぐにでも
活動の5日目、リィンとトワの二人からの報告を受けたカール・レーグニッツをそう目の前の二人を賞賛した。
「恐縮です。ただこれほど早期に達成できたのは報告にも書きましたが友人達二人の協力あっての事ですので……」
「ああ、君たち二人を心配して手伝いに来たという話だな。はははは、友達思いの良い子達じゃないか、理事としては無断で休んだ事を嗜めるべきなのだろうが、一応私の方からも学院側にはそれとなく伝えておこう」
「あ、ありがとうございます」
クロウとアンゼリカが学校をサボったのは友人であるトワとリィンの二人を心配して手伝いに来たためという事になった。その上で帝都知事からその旨の感謝が伝わればどうにか軽い罰で済むだろうと二人は胸を撫で下ろす……実際おそらく1割位はそういうつもりであったとリィンにしてもトワにしても思いたいところである。
「ところで知事閣下、最終日はリーヴェルト大尉の指揮下に入って警備に参加するようにという指示を受けております。しかし、本来明日までに完了させるようにとのご指示を受けた依頼はこの通り片付けてしまいましたが如何いたしましょうか」
「手伝えることがあるなら何でも仰ってください!」
「ああ、それなら休みだよ。家族と一緒に過ごすも良し、なんなら二人でデートするも良し、好きにしたまえ」
意気込む若くして
「し、しかし自分達はトールズを代表してきているわけでして、これもれっきとしたカリキュラムのうちですのでそのようなわけには……」
「そのカリキュラムを君たちを今日までに終わらせたわけだ。ならば明日の休みは君たちが勝ち取った権利というわけさ。怠け者だったら働くように尻を叩くのが、逆に頑張りすぎな働き者には休みを取るよう勧めるのが上司足るものの勤めさ。最初に言った通りに今の君たちは帝都庁の臨時職員という扱い、すなわち私の部下なわけだからここは上司である私の指示に従ってもらうよ」
そこまで言われてしまえばリィンにしてもトワにしても従う以外になく、かくして二人に一日の休暇が与えられるのであった。……なおこんな事を言っているカール・レーグニッツ自身はかれこれ一ヶ月もの間自宅に帰っていない激務に追われているため、彼は彼でそのうち休暇を取った方が良いだろう。
「お休みか……どうしようかリィン君?」
報告が終り、その場を後にしながらそんな事をトワはリィンへと問いかけていた
「俺はせっかくだから道場の方に顔を出してみようと思って居るよ、トワはどうするつもりだ」
「うーん私は午前中は実家のお店のお手伝いでもしようかな……あ、そうだリィン君が良かったらうちでお昼でもどうかな?おじさんとおばさんが是非一度来て貰いなさいって言ってて、うちはヴェスタ通りだからライカ地区からも近いし」
実家に招待しているがトワの方に他意はなくあくまで大切な友人を誘っているつもりである
「そういう事ならお邪魔させてもらうかな。午後はせっかくの夏至祭なんだし、俺たちも一緒に帝都巡りでもしてみようか」
完全にデートの誘いなのだがリィンに全くそのつもりはない。単に大切な友人と過ごそうという程度のつもりである。以前までのリィンだったら午後もヴァンダールの道場で修練に励んでいたと思われるので、この辺り大分友人達に影響されて固さが取れたというべきだろう。
「そういう事ならお昼くらいになったら私が迎えに行くね!ヴァンダールの道場だったら有名だから私もわかるし、逆にライカ地区のハーシェル雑貨店なんて言われてもリィン君の方はわからないでしょ?」
道場の他の人間から見れば完全に恋人を昼ごはんに迎えに来た彼女のそれだがトワのほうにその辺の自覚は重ねて言うが一切ない
「そういう事ならお言葉に甘えさせてもらうとするかな」
そんな傍から見るとどう考えてもデートの約束を取り付けたような状態で二人は別れるのであった。
「ふむ、どうやら修行は怠ってはいないようですね。それに何やら良き出会いにも恵まれた様子。この調子で行けば、皆伝へ至るのもそう遠くはないでしょう。今後とも精進を怠らぬように」
「は、ご指導ありがとうございました!」
息を荒げながらそう、リィンは師であるオリエ・ヴァンダール師範代へと礼を行なう。自分なりに成長したつもりだったがまだまだ道のりは険しい。単純な技術などではない、何か分厚い壁のような物それをリィンは目の前のオリエから、武術教官であるサラとやり合ったとき同様に感じていた。
「そう焦らずとも順調に成長しています。後はきっかけさえあれば貴方ならその壁を越えられるでしょう」
「きっかけ……ですか?」
「ええ、そうですね。自分で考えなさいと言いたいところですが少しだけ助言をするならば、ヴァンダールが何のための剣なのか。そして貴方が何のために剣を振るうのか、それを今一度考えて見なさい。貴方が壁を越えるきっかけはそこにあるでしょう」
それだけ告げるとオリエは言うべきことは言ったとばかりに他の門下生の指導へと移る。そしてリィンは考え出す、ヴァンダールの剣とは守護の剣である。皇族の守護役を任じられていることからもわかるように主君を護るための剣で、その剣はアルゼイド流とは対照的に守りに重きを置いている。そして自分が何故剣を振るうのかといえばそれは……
「リィンさん!一勝負、お願いできませんか。今日こそ貴方から一本とって見せます!」
リィンが考え込んでいるとそんな風に威勢よく3月まで毎日顔を合わせていた弟弟子たるクルト・ヴァンダールが話しかけて来ていた。
クルト・ヴァンダールはヴァンダール家の当主マテウス・ヴァンダールの後妻オリエ・ヴァンダールとの間に出来た次男坊である。彼とリィンが出会ったのはリィンがヴァンダールの門下生となってから3年が経過した13歳、クルトが10歳の時であった。
共にヴァンダール流の大剣術の方ではなく双剣術を使う事、年齢が近くどちらも真面目で向上心が強いことも合間って良く剣を交わし、これまでのところなんとかリィンは年上の意地で全勝している、それこそ門下生の間では本当の兄弟ではないかと思われる位に仲が良かった。
「良いだろう。だが俺とてトールズで遊んでいたわけじゃない、そう簡単にはいかせんぞ」
「望むところです!!!」
ヴァンダールの双剣術その二つがぶつかり合う。振るう流派が同じでリィンにしてもクルトにしても良く似たタイプである。どちらも力により、押切る剛剣術ではなく速度と技をこそ重視するタイプ。振るう流派が同じの上、戦闘スタイルまで似通っているならば必然的に実力差が如実に現れる事となり……
「俺から一本取るのはまだまだ先みたいだな、クルト」
中伝であるリィンに対して初伝であるクルト、16歳であるリィンに対して13歳のクルト、技量も体格も上をいっているのに加えて仲間と共に旧校舎の探索にサラ教官からの指導と言った実戦経験も蓄えつつあるリィンに現状のクルトが勝てる道理はなく、クルトは悔しさと同時に越えるべき身近な目標、尊敬する兄弟子が変わらない事を喜ぶような表情を見せながら、何度も何度もリィンへと手合わせを願い出るのであった。
「ふむ、そろそろ昼時ですね。一旦、休憩にするとしましょうか。リィン、午後はどうするのですか」
「良かったら昼食も一緒にどうですかリィンさん、せっかくですので学院での話もいろいろと教えて頂きたいですし」
「ああ、そうか。クルトはセドリック殿下の守護役になるんだから2年後にはトールズに入学する予定なんだったな」
「はい、リィンさんとは入れ違いになってしまうのが聊か残念ですが……」
「俺としても残念だよ。せっかくだから色々と話したいところだが生憎今日は先約があってな」
「先約ですか?」
そうしてクルトがキョトンとした顔を浮かべると
「し、失礼します。え、えーとこちらにリィン・オズボーンさんがいらっしゃると思うんですけど……」
そんな可愛らしい少女の声が聞こえて来たのでそちらの方にクルトが意識を向けると
「トワ、わざわざ悪いな」
見たことのない柔らかな笑顔をその少女に対して向ける兄弟子の姿があって
「と、いうわけなんだクルト、今日は昼食を彼女の家にお呼ばれしていて、午後は彼女と一緒に夏至祭を見て回る予定でな。冬の長期休暇の時にはまた帰省して道場に顔を出すつもりだから、その時にでもまた話そう」
「い、いえこちらこそ無粋な事を言ってすいませんでした」
何故か焦ったような様子を見せるクルトを訝しがりながらもリィンは師に対して一礼を行なう
「ご指導ありがとうございました、師範代。次は冬に顔を出す予定ですのでその時はまたよろしくお願いいたします」
「精進を怠らぬように励みなさい。また一回り成長した姿を見るのを楽しみにしていますよ」
そうしてどちらも柔らかな表情を浮かべ、談笑しながら去っていく兄弟子とその恋人の姿をクルトは呆然とした様子で見送っていった。
「そんなに呆けるようなことでもないでしょう、あの子の年齢を考えればそういう相手が出来る事は極めて自然な事です」
「あ、はい母上。それは、仰る通りなんですが……」
真面目で暇さえあれば鍛錬に励み、時折根性を叩きなおしていただきたいなどと申し出て自ら望んで、他の道場生の間で絶対に御免被りたいものとして挙げられている懲罰も兼ねた特訓コースを度々申し出ていた兄弟子の姿とどうにも重ならずにクルトは戸惑いを隠しきれずにいた。
「私としてはむしろ腑に落ちた想いです。以前までのあの子はどこか気負って危うい状態を感じていましたが、今日再会した彼は大分それが消えていました。元々有していた強度はそのままにしなやかさを身につけたとでも評すべきでしょうか、それは貴方も感じたでしょう」
「ええ、なんというかそれは手合わせをしても感じました。こう言葉では上手くいえないんですが……以前のリィンさんは燃え盛る焔そのものという感じだったんですが、今日手合わせをした時はどっしりと構える大地のような存在感を覚えたというか……正直以前にも増して今日は勝てる気がしませんでした」
頭をかきながらそんな事を告げる息子の様子にオリエは微笑を浮かべて
「ふふ、陳腐な言い方になりますがやはり愛の力は偉大ですね。この分ならあの子が皆伝に至るのもそう、遠くない未来ではないかもしれません。クルト、貴方も見習わなくてはいけませんよ」
「リィンさんを見習うという事には異義はないんですが、流石に今の僕には色々と厳しいですよ母上……」
貴方も早く恋人を見つけないという母の言葉をそうしてクルトは苦笑いを浮かべて誤魔化すのであった。
リィンとトワが恋人であるという誤解がヴァンダールの者達の間で解けるのはこれより4ヶ月後、リィンが学院の長期休暇にて帰省する12月になってからであった……
レーグニッツ知事のような事を言ってくれる上司は世の中そう居ません。
大体の場合締め切り前に仕事を終わらせた場合、更なる仕事を割り振られるのが大半の組織なので
皆様お仕事では全力を出しすぎず適度に手を抜きましょう。