(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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フリーデル先輩の実家の家格が不明ですが、この作品では伯爵家という設定で行きます。


鉄血の子と学園祭

 リィンとトワが課外活動が帰ってから二週間が経った。一人だけ置いてけぼりを食らい、拗ねたジョルジュを宥めるのに少しだけ手間がかかったり、相変わらずARCUSの運用テストとしてサラ教官にみっちりしごかれたりと言った出来事はあったが、その間概ね平和であった。そうしている間に季節は9月、トールズ士官学院における一大イベント学園祭を控え、リィンの所属するⅠ組ではドライケルス大帝を描いた演劇をやることが決まったのだが、そこで一つ大きな問題が発生していた。

 

 

「ふふふふ、かのドライケルス大帝を演じられるとするならばこの私ヴィンセント・フロラルドを置いて他にない。我が宿命のライバルたるリィン・オズボーンが大帝陛下の盟友ロラン・ヴァンダールを、フリーデル嬢が聖女サンドロットを演じるならば尚の事」

 

 キザったらしく、豪放磊落として知られた獅子心皇帝を任せたらどうなるかを示唆しているような様子でヴィンセント・フロラルド(大根役者)が主張する。

 

「かの大帝陛下を演じるなどあまりに恐れ多いことだが、こうして私を推薦してくれた者がいる以上それに応えねばなるまい。ドライケルス大帝はこのヨアヒム・リッテンハイムが努めさせてもらう」

 

 ドライケルス大帝を演じられるとするならばヨアヒム様しかいないですよーなどという何時もの取り巻き連中(サクラ)の声を受けながら相手が平民や異民族だろうと分け隔てなく接したとされる獅子心皇帝とはかけ離れた尊大さが服を着て歩いている(リィン談)ヨアヒム・リッテンハイム(勘違い野郎)がそう主張する。

 

「え、えーと他に誰か主演であるドライケルス大帝に立候補する人やこの人が相応しいという推薦対象はいませんか……居なかったらヨアヒム君かヴィンセント君、どちらかという事で多数決を取りますが……」

 

 委員長を務めるオットー・マリーンドルフはこの二人が主演を勤めたらどうなるかを察したかのように救いを求めるようにそう言った。しかし、手を挙げる者は誰も居ない。何故ならばヨアヒムが立候補してしまったこの状態で立候補すればどうなるかが目に見えて居るからである。

 ヨアヒムに公然と対抗できるリィンはヴァンダール流の使い手であり、主君に忠誠を誓う真面目な武人というイメージにピッタリという事でロラン・ヴァンダール役に、フリーデルは聖女リアンヌ・サンドロットに内定してしまっているため立候補することが出来ない。そもそもフリーデルは列記とした女性であり、リィンはリィンで自分が大帝陛下を演じるなど恐れ多いと思ったわけだが、それでもヨアヒムかヴィンセントかというのはあまりに悪夢の二択が過ぎる。

 

(……リッテンハイムの奴が大帝陛下の役をやったら、俺はロラン・ヴァンダールを演じる自信なんてないぞ)

 

 ドライケルスの盟友ロラン・ヴァンダールが我が身と引き換えに大帝を守るシーンは劇の中盤におけるクライマックスと言って良い。だがしかし、もしもヨアヒムが大帝の役を演じた日にはリィン演じるロラン・ヴァンダールはその身を挺して主君にして親友であるドライケルスを守るどころか平然と暗殺者を素通りさせるであろう。ヨアヒム演じるドライケルスはドライケルスでリィン演じるロランが死んだところで涙を見せるどころか祝杯をあげてしまいそうである。

 

(かといって代わりにフロラルドというのはあまりにも……あまりにも……!)

 

 まるで上官から作戦のために民間人を見殺しにしろと言われた軍人のような苦悶の表情をリィンは浮かべる。ヴィンセント・フロラルドは決して悪い男ではない、いや立派な貴族と言ってもいい。だが哀しいかな、本人は二枚目を演じているつもりでも傍から見ればどう考えてもその様子は三枚目のそれである。役者がよければ芝居は至高という論に則るなら、彼を主演に据えた芝居で至高となるとするなら、それはコメディ作品位であろう。

 

(誰か、誰か居ないか……リッテンハイムの奴に目をつけられたとしても平然としてられるような家格であり、それでいてドライケルス帝が務まるような人物は……!)

 

 ドライケルス帝を扱った伝記、史書、小説などは星のようにあるが基本的に共通しているものは、出自に囚われない公明正大な人物であったこと、どこか奔放なところがあり、親友たるロラン・ヴァンダールは度々振り回され苦労が耐えなかったこと、それでいて己が身に流れる血に宿る義務を果たすことには真摯であり、心の底から国と民の安寧を願っていたことなどが挙げられる。

 

(……うん?出自に囚われず公明正大で奔放なところがあるが高貴なる者の義務に対しては真摯?)

 

 はて、と確か身近にそんなような人物がいたようなとリィンの思考がそこで一瞬止まる。

 

「委員長、もう良いだろう。これ以上は時間の無駄というものだ。早く採決を取りたまえ、最も結果など見えているがね」

 

「ふふふ、ヨアヒム殿も可哀想に。だが落ち込むことはない、相手があまりに悪すぎた。ただそれだけの事なのだから」

 

 自分が選ばれないはずがないという自信に満ち溢れた様子でそう二人が口にすると委員長は諦めの表情を浮かべたところで

 

「いや~遅れて申し訳ない。迷子の子猫ちゃんのおうちを捜していたものでね」

 

 そんな言葉と共にアンゼリカ・ログナーが遅れて来たのであった。

 

 そしてその時リィンの脳裏に電流が走る。そうして弾かれるように手を挙げて

 

「委員長、俺は主演であるドライケルス大帝の役にアンゼリカを推薦する」

 

 そんな風に発言していた。

 

「貴様オズボーン!何を言っている!!!ログナー殿は女性だろうが!!!」

 

「女が男役を演じるのも、あるいは男が女役を演じることも演劇の手法としては然程珍しいことではない、確かそうメアリー教官が以前授業の時に仰っていた気がするが俺の聞き間違いだったかな?」

 

「うぐ、それは!?」

 

 思わずと言った様子で食って掛かったヨアヒムであったが、授業自体は真面目に受けているリィンに反論されて押し黙る。

 

 リッテンハイムに目をつけられたところで痛くもかゆくもないログナー家の息女であり、出自に囚われず平民だろうと貴族だろうと気さくに接する態度、度々ロラン(リィン)の胃を痛める奔放さを持ち、それでいて高貴なる物の義務に対しては真摯である。 

 うむ、何から何までピッタリだとリィンは腑に落ちたような思いを感じていた。アンゼリカ・ログナーが仮に主君であるならばリィン・オズボーンはその身を差し出してでも、親友の命を守ろうとするだろう。

 

「ふふ、確かに案外嵌り役かもしれないわね。普段リィン君と一緒に居るところなんてまんまドライケルス大帝とロランの二人組って感じだし」

 

 フリーデルがそんな風に口にすると教室の中をあ~と普段の二人の様子を思い出すかのように納得の声が漏れる。奔放な主君とそれに胃を痛める真面目な従者の親友コンビ、なるほどまさしくそんな感じだと。

 

「し、しかしログナー殿がドライケルス帝を演じるという事はすなわち君はログナー殿とラブシーンを演じるという事になるが君はそれで良いのか……」

 

 獅子心皇帝ドライケルスと槍の聖女リアンヌ・サンドロットは恋仲であったという解釈は小説などではかなりの主流と言って良く、今回Ⅰ組が演じることとなる劇の脚本も例によってその内容を踏襲している。

 ロラン・ヴァンダールの死が中盤のクライマックスであるなら、リアンヌが最後に死ぬ瞬間にドライケルスに初めて愛していると告げるシーンはこの劇の大一番と言って良いのだが……

 

「正直貴方達二人とやるよりは100倍くらいマシね」

 

 バッサリとそう切って捨てるフリーデルに二人の男がぐふっ等と声を挙げてその場に突っ伏す。言っている事はかなり酷いのだが陰湿さやとげとげしさを感じないのは彼女と言われた男たちの人徳というものであろう。

 

「いまいち状況が掴めていないがフリーデルとラブシーンを演じられるというのなら、ふふふ、これは引き受ける以外の選択肢はないね」

 

 そう不敵な笑みを浮かべる親友の姿にやはり早まったかもしれない等とリィンは早くも推薦したことを若干後悔し始めるのであった。

 かくして投票の結果主演である獅子心皇帝ドライケルス・ライゼ・アルノールにはアンゼリカ・ログナーが圧倒的得票率で決まるのであった……

 




ドライケルスとロランの関係はまんまオリビエとミュラーをイメージしています。
ドライケルスは多分意図して三枚目を演じているオリビエよりは二枚目寄りだと思いますが。

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