「やっほーリィン、来たよー」
そんな元気一杯な声を挙げながら胸に飛び込んでくるミリアム・オライオンをリィンはしっかりと受け止める。
「ははは、良く来てくれたなミリアム。半年振り位か、元気にしていたか」
そう言いながらリィンはそっと可愛い妹分の頭を撫でてミリアムは嬉しそうに目を細める。今日はトールズ士官学院の学園祭当日。生徒達が準備の成果を存分に発揮する日である、校内では既に各部や各クラスの出す屋台が立ち並んでおり、トリスタだけではなく近郊の帝都からも人が来ていて大賑わいとなっている。
「クレア姉さんも来てくれてありがとう」
そうしてリィンは輝かんばかりの笑顔をミリアムの後ろからゆっくりと付いてきた人物へと見せながら言う。
「ふふふ、こちらこそわざわざ誘ってくれてありがとうございます。何でも午後はクラスでの演劇だけでなく、ご友人の皆様と一緒にステージまでやるとか、楽しみにさせてもらいますね」
数ヶ月前に部活をやるよりも鍛錬や勉強をやるほうが有意義だ、そんな風に言っていた目の前の少年を思い出し、そこから随分成長した可愛い弟分の様子を見てクレアは微笑ましいものを見るように慈愛の笑みを浮かべるのであった。
「あ、あははは、少し何時ものイメージと違ってびっくりするかもしれないけど……でも友人達と一緒にそれなりのものには仕上げたつもりだから」
そんな風に会話しているとリィンは今更ながらにこの姉にあの格好の自分を見られるのかと羞恥の感情が沸き上がって来て……
「おっす、俺にだけ手紙を寄越さなかった薄情者。何でも友人達と一緒にステージをやるらしいじゃねぇか。そんな面白い物にどうして俺を呼ばない」
「ミリアムと姉さんに送っておけば貴方にも伝わると思っただけで他意はないですよ」
そうして苦笑しながら目の前のどこか親友に似た部分を持つナイトハルトやミュラーと違い、尊敬できる部分もあるのだが素直に尊敬できない兄貴分相手にリィンは内心頭を抱える、おそらく来るだろうとは思っていたがある意味で一番今日の格好を見られたくない人物が来てしまったと。
(いや、腹をくくれ。どうせもう皆に見られるんだ、ならば変に恥じるほうが余程恥ずかしくなる。劇で役を演じるのと同様だと思って堂々とするんだ)
そうステージの時の俺はリィン・オズボーンではなく魔界皇子リィンだ。等とリィンはやけくそ気味に自己暗示をかける。
「にしし、にしても賑やかでみんな楽しそうだね!」
「そりゃ今日は学院祭だからな、何時もこんな風じゃないんだぞ」
ここに来るまでの間は準備ですごい大変だったしなと今日までの過密スケジュールをリィンは走馬灯のように思い出しながら告げる。劇でのロラン役及びドライケルスを演じるアンゼリカへの演技指導(これに関しては勝手にリィンがやり出したので自業自得である)、生徒会での活動、ステージのための練習、これらをこなしながら学業と剣の鍛錬も疎かにするわけには行かず流石のリィンをして昨日の夜は疲労困憊であった。
「流石にそれ位わかっているよー、でもやっぱり楽しそうだなぁって思って。えへへ、機会が有れば僕も一回通ってみたいなぁ」
「ミリアム………」
「ミリアムちゃん……」
特殊な事情で学校に通わず自分よりも幼いにも関わらず既に情報局の局員として働いているミリアムからポツリと零れ出たそんな言葉にリィンとクレアに同情とは少し違うどこか形容し難い想いが過ぎる
「それだったらいっその事来年あたりでもここに入りたいってあのおっさんに頼み込んだら駄目だ、何やらちょうどあの放蕩皇子様も面白い事をやろうとしているみたいだしな」
「面白いこと?オリヴァルト殿下がここの理事長を務めているというのは知っていましたけど、何かやろうとしているんですか?」
「あ、やべ、これまだオフレコだったわ。悪いけど忘れてくれ」
そんな事をおちゃらけながら言うレクターの様子にリィンは苦笑する。以前はこういうチャラけた部分がどうにも好きになれなかったが、クロウと付き合っていた影響だろう、この手のノリも何時の間にかそう気に障らなくなっていた。そんなリィンの様子を見てレクターは面白いものを見るような顔をして
「持つべきものは友達って事かねぇ、あるいはそれとも恋か?そこのところどう思うよ、クレア
可愛い弟分が取られるようで複雑なんじゃないのかとレクターはからかうような笑みをクレアへと向けてそんな事を言う
「ふふふ、恋かどうかというのはわかりませんが、良い友人に恵まれたというのは確か見たいですね。5月に会った際にも帝都で会ったときも大変に仲睦まじい様子でしたし」
しかしクレアとしてもそんなレクターの相手は慣れたものなのだろう、さらりと受け流す。
「お、手紙で散々書かれていた噂のトワの事!?会ってみたい、会ってみたい!!ねぇねぇ、リィン!トワはどこにいるの?」
「確か今はちょうどクラスの出し物の猫喫茶だったかな、で働いているはずだけど」
そこでチラリとリィンは時計を窺う。現在の時刻はまだ学院祭が始まったばかりなので9時30分。オーラフ、フィオナ、エリオットの三人は11時位に来るという話だったのでそれを考えればまだ時間には余裕がある
「それじゃあ、せっかくだから行って見るとしようか」
俺も猫の着ぐるみををした彼女を見てみたいしな等と呟いてリィンは三人と共に1年Ⅳ組の実施している猫喫茶へと赴くのであった。
「おや、リィン君。それにそちらは……ふふふ、鉄血の子らが勢ぞろい、というわけかな」
奇遇と言うべきだろうか、猫喫茶へと赴く途中で出会った見知った顔、帝国人少なくとも帝都近郊に住んでいる者達の中で見知らぬというほうが圧倒的少数派な顔だが、に出会った四人はそんな風に声をかけられていた。
「「「ご無沙汰しております、知事閣下」」」」
「あ、知事のおじさんだ。やっほー元気?」
「ミ、ミリアムちゃん……」
恭しく挨拶をするリィンとクレア、レクターでさえも礼儀を保った様子を見せる中、どこまでもぶれない天真爛漫な様子でまるで親戚のおじさんに接するように気安い態度のミリアムにクレアとリィンは焦った様子を見せるが
「はははは、何とか元気にやっているよ。君たちもそんなに畏まらないでくれたまえ」
そんなミリアムの態度にも知事はまさしく親戚のおじさんのような微笑ましいものを見るかのような態度でミリアムへと接する。そんな様子にホッとしながらもリィンは知事に良く似た自分と同い年位の少年の存在へと気づく
「閣下、ひょっとしてそちらにいるのは……」
「ああ、夏の頃に言っていた私の息子のマキアスだ」
そうしてマキアス挨拶しなさいと声をかけると知事の傍に控えていたその真面目そうな少年はぺこりと一礼して
「マキアス・レーグニッツです。初めまして、リィンさんの事は父から聞きました。来年自分もトールズへと入学する予定ですが、その時はご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします」
「リィン・オズボーンだ、その時が来るのを楽しみにしているよ。こちらこそよろしく、マキアス」
そうして笑顔を浮かべながら二人は握手を交し合う。親が共に改革派の重鎮で盟友同士、そしてそんな親をどちらも心より尊敬している真面目な秀才タイプと、そんな互いに近しいものを感じ取ったのだろう。あっという間に二人は打ち解けあい、互いの目標やトールズがどういった学校なのかと言った話題に華を咲かした。
「なるほど、リィンさんは軍人になるのが目標なんですね」
「ああ、小さい頃からの目標でな。そういうマキアスは知事閣下のような官僚職からの政治家志望なのか?」
「はい、帝国に未だ歴然として存在する身分の差、これを是正するのならばやはり父のように政治の道に進むのが一番かと思いまして」
「頼もしい限りだな。君のような者が政治の道に進んでくれるのなら俺としても安心して軍人に専念できる。知事閣下もさぞ誇らしい限りだな」
「いえ、そんな。まだトールズに受かったわけでもありませんし。リィンさんの方こそトールズでは実技も座学も優秀な成績で、この間の夏至祭の時も今すぐにでも帝都庁に欲しい位だと父が絶賛していましたよ。きっとオズボーン宰相閣下も誇らしく思っていらっしゃるでしょう」
父が誇らしく思っている、そう聞いた瞬間にリィンは万感の想いが込められたような笑みを浮かべて
「ああ……それならば嬉しいんだがな……」
果たして今の自分は父にとって誇らしい息子なのだろうか?鉄血の子と呼ばれて既に父の腹心として活躍している今傍にいる三人に比べてどうなのだろうか?自慢の息子だと、そう思ってくれるのだろうかそんな想いが過ぎる。
「ねぇ、リィン。そろそろ行こうよ~、着ぐるみ姿のトワを見に行くんでしょ」
話し込み出した親をせかす子どものような様子でそう囃し立ててきたミリアムにリィンは苦笑して
「ああ、悪い悪い。それじゃあマキアス、君が後輩になるときを楽しみに待っているよ。その時にでもまたゆっくりと話をするとしよう」
「こちらこそ、リィン
そうして二人は固い握手を交わして、リィン達4人は知事へと改めて挨拶を行い、その場を後にするのであった。
先輩世代になった事でマキアスに先輩呼びされて尊敬されるリィン君爆誕