(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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自分の中の閃の軌跡に対する不満の一つとして、士官学院を舞台にしながら
軍人然とした帝国の利益を代弁するような様子や思想の生徒が存在しないというのがありました。
そのため今作のオズボーン君はそういった国粋主義及び軍人寄りの思想の持ち主ですが
これはあくまでそういう考え方もあるというだけで、別段オズボーン君が全面的に正しいというわけではありません。




鉄血の子と魔都

「……以上の観点からクロスベルが我がエレボニア帝国の属州である事は疑いようの無い歴史的事実である、しかしこの地から自治権を取り上げて正式に帝国の属州とする事はカルバート共和国を刺激する事となり、70年前のクロスベル戦役の再来を招く事となるだろう。

 故にクロスベルに関しては自治権を与えた今の状態のままに、宗主国たる我がエレボニア帝国に対する配慮(・・)を求めることが最も国益に叶うと私は結論付けるものである」

 

 そう締めくくられた学術院の教授が記した著書「クロスベル自治論」を読み終えたリィンはそっと閉じる。そうしてその本を仕舞い終えると今度は続いて別の本を取り出す、全く別の方針が綴られた内容「クロスベル併合論」というタイトルの先ほどの教授とは異なる学派の教授が記した著書である。

 クロスベルの扱いに関してはエレボニアには二つの学派が存在する、一つはクロスベルはあくまで自治州という形にしておき共和国を極力刺激にしないようにし、現状を維持しつつ自治州政府へと配慮(・・)を求めて、経済的な旨味を享受しようというクロスベル自治論。

 もう一つはクロスベルを完全に併合してしまい、その経済力を吸収し、それを以ってクロスベルを対共和国のための橋頭堡にしようというクロスベル併合論である。

 

 前者の主張はこうである、クロスベルの併合、それをしてしまえばカルバート共和国との緊張関係に繋がり、やがてはかつてのようなクロスベルを巡った全面戦争を招くだろう。そしてそうなれば最終的にエレボニアが勝利したとしても手痛い代償を払う事となるだろう。

 戦争とは勝てば良いというものではない、勝つにしても支払った代償に見合うだけの対価が得られなければ意味がないのだ。そして共和国との全面戦争に対して支払う代償とは莫大な物となるだろう、それこそかつてのクロスベル戦役の時のように両国共に疲弊してボロボロになった挙句得たのは戦火によって荒廃したクロスベル、そんな身も蓋もないものになりかねない。

 ならば現状を維持しつつ経済的な利益を得るのが一番だという主張である。基本的に政府の官僚や財界からはこちらの論が支持を受けており、二年前の不戦条約以降特にその流れは加速している。

 

 後者の主張はこうである、クロスベルは地政学的に極めて重要な土地であり、そこを万一共和国奪われればそれはすなわち共和国によってエレボニアへと攻め入るための橋頭堡を築かれることとなる。故にそうなる前にクロスベルを完全併呑し、要塞化して共和国からの侵攻に備えるべしと、要はこういう主張である。

 エレボニア帝国にとってカルバート共和国は最大の脅威と認識されている。ガレリア要塞とそこに用意された列車砲はすなわちエレボニア帝国の抱くカルバート共和国に対して抱いている恐怖(・・)の象徴と言っても良い。ガレリア要塞と列車砲の存在、それは共和国がクロスベルを併呑した場合、それに備えて作られた対共和国の防衛の要だろう。特に列車砲などその最たるものと言っていいだろう、金融都市であり、エレボニアの(・・・・・・)自治州たるクロスベルに列車砲を打ち込んでエレボニアにとって当然得るものなど何も無い。では何のためにあるかと言えばそれは至って簡単で、クロスベルを共和国に奪われた際にその都市機能を破壊してしまう事、いわば得るためではなく相手の成果を破壊するためのものなのだ。

 クロスベル市民にとってみればさも自分達を威嚇するために作ったかのように錯覚するかもしれないが、それは副次的なものである。何故ならばそもそもエレボニア、これはカルバートもそうだが、にとってクロスベル自治州それ自体は脅威でもなんでもないのだ。クロスベルには空挺部隊は愚か、戦車すら存在しないのだから。仮にクロスベルが万が一とち狂い、自国に宣戦布告したところでそれこそ戦いにすらならずに終わるであろうというのが両国の見解であり厳然たる事実である。故にガレリア要塞に存在する列車砲とはクロスベルを敵と想定したものには非ず、あくまでカルバート共和国との全面戦争を想定して用意されたものなのである。

 こういった事情からクロスベル併合論を支持する人物は一般の国民や軍部に根強く存在し、国防上の観点からこの論を支持する数も決して少なくは無くエレボニアにおいては無視し得ない影響力を持つ論である。

 特に現在平民から絶大なる支持を集めている鉄血宰相は百日戦役という帝国人の誰もが予想していなかったリベール相手の敗戦後に「強いエレボニア」を取り戻した事で軍部や民衆から絶大なる支持を受けているが、その「強いエレボニア」を支持する層はこの併合論を支持する人間が多い。それ故に鉄血宰相としては自身の支持基盤からの支持を失わないためにこの論を無下には出来ないだろうというのが大方の見方である。

 

 政財界としてはクロスベルを自治州のままにする事を、軍部と国民感情としてはクロスベルの併合を望む、大まかに分ければそんなところだろう。あくまで大まかな分け方ではあるのだが。

 

「まーた難しい顔して難しい本読んでやがんな、お前は」

 

 もう一冊も読み進めて、終りにさしかかったところで、どこからともなく現れた悪友はうへーとリィンが先ほど読み終えた本を手にとって、しかめっ面を浮かべながらそんな事を言う。

 

「クロスベル自治州に関する資料についてハインリッヒ教官に質問したらこの二冊を薦められたからな、留学前の予習という奴だ」

 

 年末年始の休暇を終えて1月となったトールズでリィン達5人は学校側から2月のクロスベルへの留学の件を伝えられていた。そうして当然のように張り切ったリィンはこうして事前学習に務めているのであった

 

「やれやれ相変わらず糞真面目っていうか……でもよ、それはあくまで俺ら(・・)の側から見た話だろ、クロスベル側にしてみるとそれこそ勝手に併合だとかなんとか言われてもふざけんな!って話だろ、下手にその手の論説読んで影響されるとむしろ現地での軋轢に繋がりかねないんじゃねーかね」

 

 まただ、とリィンは思った。この悪友はおちゃらけているようでいて、この手の大国のエゴの話になると必ずこうして食って掛かって来て小国側の代弁めいたことを言う。リィンにとってはこの手の反論と向き合うことは己の視野を広げる事に繋がっており、そういう意味では歓迎出来るものでもあったのだが、その実感が篭っているかのような様子にリィンは度々違和感を抱いていた。

 まるで他ならぬ自分がその併合された属州(・・・・・・・)出身であるかのような、祖国を失うという事がどういう事なのか、それを身を持って知っているかのような様子だと。

 

「お前の指摘は最もではある。俺たちがただの旅行者として行くならそれこそお前の言うとおり、あまり考えないほうが上手く行く類ではあるだろう。だが俺たちは士官学院生(・・・・・)だ。そして今回の留学はエレボニア帝国を背負って行く事となる。故に我がエレボニアから見た(・・・・・・・・・・・)場合のクロスベルの立ち居地、これを確認しておかないわけにはいかないだろう」

 

「じゃあお前は宗主国の人間(・・・・)として属州(・・)に行くつもりで今回クロスベルに行く気なのか?」

 

 クロウは目を細めて試すかのようにそう問いかける

 

宗主国の人間(・・・・・・)として自治州(・・・)に行くつもりでクロスベルに行く気さ。クロスベルは紛れもない我が帝国の一部だが、同時に自治州として認められている。これは政府及び皇帝陛下が公式に決定された事だ」

 

 そんなクロウの問いかけに対してリィンもまた怯む事無く返す、自分はあくまでエレボニアの人間であり、政府と祖国の利益と立場を擁護する側に居るのだと改めて目の前の悪友に宣言するかのように。

 そうして二人の間に何時になく、どこか張り詰めた空気が漂って……

 

「別段、殊更居丈高に振舞う気はないさ。そんな風に振舞っても反発を買うだけだからな。だが俺たちはエレボニアという国を代表して行く以上、クロスベルは我が帝国の一部である、ここを譲るわけには行かない。それ位はお前にもわかっているだろう」

 

 その境遇から政府に対して何かと懐疑的な様子を見せる悪友に釘を刺すようにリィンはクロウを見据えながら告げていた

 

「わーってるよ、ったくお前やトワ、それにジョルジュの奴はともかく何で俺やゼリカのような不良生徒まで選ばれたかね」

 

「実技の実力を買われたんだろう、後はARCUSの運用テストの最終段階、その意味も含まれて居るのだろうな」

 

 留学の後半に予定されている錬度のみで言えば帝国正規軍にも引けを取らない、そう言われているクロスベルの警備隊との演習予定、そこから目の前の悪友が選ばれた理由をリィンは推測する。

 

「ま、そんなところだろうな。でもよ実技の実力を買って採用したんだ、当然俺が不良生徒(・・・・)だって事は学院側も知っているよな」

 

 そうしてクロウはニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべて

 

「そんな俺にまさか首席で副会長も務める模範生徒(・・・・)のリィン・オズボーン君みたいな振る舞いを求められたって困るわけだ」

 

 ふてぶてしくそんな事を言うクロウにリィンは目を丸くして

 

「おい、クロウお前は俺の話を……」

 

「聞いてたさ。お前は(・・・)エレボニア帝国や政府を背負うつもりで行くし、そういう風に振舞う気なんだろ。いいんじゃねぇか、好きにしろよ。それがお前の、リィン・オズボーン(・・・ ・・・・・)の生き方なんだろう」

 

 お前がそういう堅物野郎なのだという事をもう良くわかって居る、今更そんな程度で友人付き合いをやめるつもりはないとでも言うかのようにクロウは落ち着いた様子でリィンへと語りかける

 

「だけど生憎と俺の、クロウ・アームブラスト(・・・ ・・・・・・・)の生き方ってのはそうじゃない。人には個性ってもんがあるからな。お前にお前の生き方があるように俺には俺の生き方がある」

 

 そこでクロウはおちゃらけた様子から真剣な表情で今度はリィンを見据えて

 

「それとも何か、お前は自分の生き方ややり方が絶対的に正しい、だから自分に従えとそう言うつもりかよリィン。だとしたら悪いがお前との奇妙な友人関係も此処までだ」

 

 リィンに譲れないものがあるように自分にも譲れないものがあるのだと、友人同士だろうとそこに平然と踏み込んでくるというのなら自分はそれを許容できないと真剣な表情で告げるクロウに対してリィンは……

 

「……わかった。お前の言う事も最もだ。同じ学院生として帝国人として、何より友人として度を越した振る舞いには忠告させてもらうが、お前個人のクロスベルに対するスタンスについて干渉するような事を言ったのは俺の方に非があった」

 

 素直に自分の非を認めた。明確な軍人ではなく、未だ公職にも就いていない状態の自分達に国家の利益を代弁する義務はなく、自分の語っていた内容があくまで自分個人の思想や考えであって他者に押し付けて良いものではないと気づいたのだ。

 

「それに、あるいはお前やアンゼリカのように()という枠組みに囚われずに、一人の対等の人間としてどんな相手にも接する、そんな生き方こそがあるいは人として正しい(・・・・・・・)生き方なのかもな」

 

 苦笑しながら、立場に囚われずに自由に生きる友人二人に対するどこか羨望と自分には出来ないという諦観の入り混じった複雑な感情を抱きながら告げられたリィンの言葉。その言葉にクロウは一瞬息を呑む。

 

「………ははは、俺はそんな大層な人間じゃねぇよ」

 

 そうして、どこまでも真っ直ぐな目の前の友人に対する羨望の色を覗かせながらクロウはポツリとそう零した。

 

「やけに殊勝だな、何時ものお前だったら「ようやく俺の凄さがわかったか!」だとか「これを機に俺を見習うんだな!」とか言うところだろうに」

 

 そんな友人の様子にリィンは普段とは違うその妙な様子に訝しがる

 

「いや~流石の俺も金欠になった時に何時も快く奢ってくれる大親友にそんな事は言えねぇって」

 

 そんな風にクロウは何時ものおちゃらけた様子にすぐに戻り、そんな何時もどおりの様子に戻った悪友にリィンはリィンで呆れ顔を浮かべて

 

「誰が何時奢った。あくまで貸しに過ぎん、きっちり取り立ててやるから覚悟しろよ」

 

 そんないつもどおりに金欠の友人に対する釘を刺すのであった。

 

 鉄血宰相を憎む者と慕う者。薄氷の上で成り立っているこの二人の奇妙な友情が終りを告げる時は徐々に近づいてきていた……

 

 




ちなみにクロスベル行きはオズボーン君にクロスベルで住む人や特務支援課との関りを持たせることで
よりクロスベル併合の際にジレンマを味わってもらうためという意図がメインですが
クロウはクロウでクロスベルに実際に住まう人々を見てもらうことで列車砲をぶっ放す件でジレンマを味わってもらうという意図があります。

思いつきでいれたものでしたが、オズボーン君とクロウ双方を虐められる、もといより心理面の葛藤を掘り下げられる一石二鳥の展開になりそうだと自負しています(自画自賛)

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