基本的に自分は本当にただの無能だったら、司令だとかと言った地位まで出世出来ないやろと思っています。
「……………………………………」
5日目、ベルガード門での警備隊との合同の演習を終えた一同はクロスベルへの帰還の途についていた。しかし、その足取りは一様に重い、演習での肉体的な疲労というのも少なからずあるのだろうが、それでも既に一年近く士官学院での生活を送っていた5人が根をあげる程のものではない。故にどちらかと言えばそれは、肉体的なものによるものではなく精神的なものによるものであった。何故ここまで重い空気が漂っているのか、それはクロスベル警備隊との模擬戦にリィン達が負けたから、ではない。模擬戦自体はリィン達の勝利で終わった。
そうして、警備隊の司令を務めるジョン・マッケイン准将はリィン達をそれはもうあからさまに媚びるような様子で褒め称え出した。そこまではまあ悪い事ではないだろう、実際に未だ学生の身でありながら、錬度で言えば帝国と共和国の正規軍と比べても遜色ないと言われる警備隊を破ったリィン達の力量は、ARCUSの戦術リンクシステムによる恩恵があるとはいえ、賞賛されて然るべきものであった。そう、故にそこまでは問題はなかった。
問題はその後であった。マッケイン准将は、リィン達に負けたミレイユ准尉率いるベルガードの面々を手酷く罵り出したのだ。戒めの意味を込めた叱責というレベルではない、それはあからさまな私怨の篭った罵倒であった。
ジョン・マッケイン准将の部下である警備隊の面々からの評判は最悪と言って良いものである。ハルトマン議長へと媚を売ることで今の地位を手に入れた男、本来であれば副司令を務めるソーニャ中佐の方が相応しい、警備隊に入隊することとなる新人達は己が配属先を発表された際タングラム門に決まったものは、ベルガード門に決まった者に飯を奢ることが慣わしとなっている、等とソーニャ副司令が賞賛される一方で彼を馬鹿にするネタは尽きない。
そしてそんなマッケイン准将の腰巾着たちが牛耳るベルガード門において多くの兵士の人望を集めている良心ともいえる存在がミレイユ准尉であった。自分達こそがクロスベルを護る誇りある警備隊員なのだと呼びかけ、隊員たちの士気と練度を保ち、腐敗した司令たちにも臆する事無く苦言を呈する。そして、そんなミレイユ准尉の事を司令たちはは当然ながら煙たく思っていた。
ジョン・マッケイン准将とて決して最初からそのような腐敗したただの無能ではなかった。若い頃の彼はそれこそ今のミレイユ准尉のようにクロスベルを護るのだという志に燃えていた。だが、無情な現実の前に彼の心はへし折れた。ベルガード門付近で行なわれる、帝国の誇る機甲師団、その中でも特に精鋭でもって知られる第四機甲師団、その演習を間近で見せられることによってエレボニア帝国という大国の前にはクロスベル警備隊など所詮張子の虎、いいや猫にすぎないのだと痛感される。そして苦労して密輸の犯人などを捕らえたとしても列強からの圧力によって解放される。帝国と共和国の暗闘によって同僚や部下が犠牲になったとしても何も出来ない。そんな現実を前に心は磨り減っていき、手段であったはずの警備隊の司令という地位と権力の獲得それ自体が目的となっていく。どうせ自分一人が足掻いたところで、クロスベルを取り巻く現実は変わらないのだ、ならば抗うだけ馬鹿を見る。それならばいっそ自分も甘い蜜を啜る側になってしまえば良い、と。
かくして清廉なクロスベルのためにその身命を捧げることを誓った警備隊隊員ジョン・マッケインは死に、今残っているのはその残滓、腐敗し己が権力の維持に固執する無能なる司令官ジョン・マッケイン准将であった。
そしてだからこそだろうかジョン・マッケイン准将は特にミレイユ准尉を快く思って居なかった。あるいは彼女の理想に燃えるその姿に昔の自分を思い出しているのかもしれない、ロマンチストを憎悪するのは得てして生来のリアリストよりもかつて同じ夢を見て、そして挫折した者である。そんな煙たく青臭い小娘のさらした無様を前に彼は自分の部下を嘲笑し、罵倒した。その罵倒は思わず止めに入ったランディ、そして特務支援課にも及び出す。
そんな様を見せられて愉快になるようなひねくれた精神の持ち主はリィン達の中にはおらず、当然ながら警備隊の面々へのフォローへと入る。「結果だけ見れば自分達の勝利だったが、ミレイユ准尉たちの力量は卓越したものだった。どちらに勝利の天秤が傾いてもおかしくはなかった」と。ハルトマンと対峙していた時以上のこみ上げる嫌悪感と不快感、それらを必死に堪えながら。こんな相手でも腐っても鯛、准将という地位にある紛れも無い雲の上の存在なのだと、そう心に言い聞かせながら。
そうして矛を収めて部下に対する態度とは打って変ったにこやかな様子の警備隊司令に見送られながらリィン達はベルガード門を跡にしたのであった……
「酷い司令官も居たものだ、あんな上官を持ってミレイユ准尉も可哀想に」
クロスベルへの帰路で、そう吐き捨てるかのようにリィンは口にする。彼が幼少期から出会ってきた軍人は皆尊敬に値する立派な人物ばかりであった。「上官は部下をわが子のように慈しみ、我が身を持って規範を示すべし。それでこそ部下はそんな上官を護るために命を賭けていざという時に戦うのだ」と。そう彼は養父オーラフやナイトハルトと言った者達に教わってきた。だからこそ、己の地位にしか興味がなく、部下を慈しむどころか理不尽に罵倒する一方で、
「ふぅ、流石にあんなものを見せられては憂い顔のミレイユ准尉も中々乙なものなどと言えたものではないね」
「ミレイユ准尉達も頑張っているんだからあそこまで言わなくても良いのに……」
「なぁ、ランディが警備隊を辞めたのってひょっとして……」
「ま、お察しの通りあのマッケイン司令と色々とあってな。あの野郎の下で働くのがほとほと嫌気が差しちまったんだ」
「……うちの課長って案外良い上司なのかもしれませんね、少なくともあの人を見た後で文句を言ったら罰が当りそうです」
一行はそう口々に感想を述べていく。共通しているのは腐敗した上官を持つミレイユ准尉に対する同情の念であろう。その場に置いて少なくともマッケイン司令の肩を持つ者は居なかった。トワでさえも顔を顰めながら批判をしているのだから、その嫌われぶりは初日に会ったハルトマンを上回るものであったであろう。そうして特務支援課一同とトールズ士官学院生による垣根を越えたクロスベル警備隊司令に対する悪口大会というある意味不毛な交流会が開かれそうになったところで……
「あの司令が部下を罵倒したっていうのはそこまで責められる事かね」
常ならぬ真面目な様子でクロウ・アームブラストがそう呟いていた。思いもよらない言葉に目を丸くする一行を他所にクロウは続けていく
「あんな上司を持ちたくないってのはまあその通りだと思うけどよ、
どこか普段とは違う、冷めた様子で
「それは……」
クロスベル警備隊がエレボニア帝国の士官学院生と模擬戦を行い負けた。それの持つ政治的な意味合いを理解してエリィは押し黙る。元来帝国にしても共和国にしてもクロスベル警備隊の存在は常々不要だと主張していた。所詮は戦車も空挺部隊すらも所有していない治安組織、有事の際には役に立たない、張子の虎だと。他ならぬ自分達がクロスベルが軍備を整えられぬように法律で制限させておきながら。
だからこそ今回の齎した模擬戦闘の結果を受けて帝国政府は主張するだろう、「クロスベル警備隊など我が国の未だ正規の軍人ですらない、士官学院生にさえ劣る程度のもの。故に、そのような税金泥棒たちにわざわざ金を注ぐ価値などなし。その分の金を帝国の誇る正規軍の駐屯費に回したほうがよほど有意義だろう」等と。帝国の正規軍の中でも戦術リンクシステムの恩恵を受けたリィン達に勝る部隊はそう多くは無い、この5人のチームは既に正規軍の最精鋭部隊である鉄道憲兵隊と比較しても遜色ないという事実に触れる事無く、あくまで士官学院生に過ぎないという事実を前面に押し出しながら。
だからこそミレイユらが自分達に負けたことでクロスベルが不利益を被る事となったという事は事実なのだから、その件についてミレイユ達が叱責されるのはある種当然の事なのだとクロウは冷めた様子で主張しているのだ。
「で、でもミレイユさん達だって頑張って!」
「
そうミレイユらを庇おうとするトワの言葉をクロウはどこまでも冷たく切り捨てるかのように言い放ち、この場において日頃から軍人になるのだと公言している男へと問いかける
「………いや、お前の言うとおりだろうな、クロウ。確かに彼女達は俺たちに負けて良い立場ではなかった。結果だけ見ればマッケイン司令が激昂して叱責するのはある意味では順当と言えるだろう」
戦いを生業にするものにとっては、祖国の命運や誇りを背負う人間には敗北は許されない、
この5日間、行動を共にした。人間的に好感を抱ける相手だと互いにそう思った、幾つもの言葉を重ねた。されど、それでも一行の間には越えられない壁が存在する。片や宗主国たるエレボニア帝国の士官学院生、片や二大国の狭間によって翻弄され続けるクロスベル自治州の警察の人間。
どれほど互いに私人としての好感や好意を抱いたとしても、自分達の間には
(くそ、なんであんなこと言っちまったんだ俺は)
和やかだった空気が消えて、重苦しい雰囲気が包む一行の中でクロウ・アームブラストは自らの発言を後悔していた。普段の自分のキャラであれば、わざわざあんな事を言う必要はなかったのだ。それこそ他の面々と一緒に冗談めかしながら司令をひとしきり罵倒して、ミレイユ准尉らに対して同情的な様子を見せる、それで八方丸く収まっていたのだ。なのにどうして自分はわざわざクロスベルと帝国、その立場の違いから来る断絶を友人達に突きつけるような真似をしてしまったのかと、クロウは己が言動を後悔する。
まるで
(深く、関りすぎちまったのかも知れねぇな)
この一年間、クロウは本当に楽しかった。いつの間にか利用してやろう、2年にも満たない短く浅い、卒業すれば自然と縁の切れる程度の関係等という当初の目論見は何時しか消え去って、4人の事を心の底から大切な仲間だと友人だと思うようになっていた。
だからこそクロウは言わずにはいられなかったのだ、どれほど好意を抱こうと友情が芽生えようと、立場が違えばそれぞれ目指す場所が異なるのだという事を。どれだけ好感を抱こうと、それでも敵同士となる事があるのだという事を。
リィン・オズボーンが自らの抱く正義感と祖国の国益という狭間で葛藤している頃、帝国解放戦線のリーダー<<C>>、否、旧ジュライ市国最後の市長の孫であるクロウ・アームブラストもまた、トールズで出来た絆と自らの抱いた復讐の炎で揺れていた……
世の中は無情ですよね。
それまでどれだけの功績を積み上げていても、私人として素晴らしい人間だったとしても
たった一度の敗北でそうして積み上げたもの全てが失われ、それこそ大罪人のように罵倒される事がある。
軍人とはまあその最たるものだと思います。負けたのに最高責任者の責任追及が行なわれなかったらそれはそれで問題ですしね。