(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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ヴァルドさん「てめぇ舐めてんじゃねぇんだろうな」←蚊に負けた人がリベールの異変を解決した実力派遊撃士コンビに向かって
ロイド「おいおいおい」
リィン「死ぬわアイツ」


鉄血の子と魔都⑥

 クロスベル市に帰還して程なく東通りの飲食店前にて不良たちが喧嘩しているとの住民からの報告があったので仲裁に向かえとの連絡がロイド達の下へと入った。リィン達一同もこれを了承して一行はすぐさま東通りへと向かうのであった。

 

「あれは……ヨシュアとエステル」

 

「どうやら、俺たちが来る必要はなかったみたいですね」

 

 旧市街へとたどり着くとそこでは既に支える篭手の紋章を身につけた遊撃士の青年と女性が不良グループへの仲裁に入っていた。

 遊撃士、それは民間人保護を第一の理念とした存在でそのあり方からゼムリア大陸において絶大な支持を誇る。その仕事は多岐に渡り、護衛や魔獣退治といった荒事から迷子やペット探しといった雑事までにも及ぶ。一般市民にとっては高圧的なところのある軍などに比べると、住民生活にそった身近な頼れる存在であり、その事から軍人を嫌う市民はいても、遊撃士を嫌う人間と言うのはほとんどいない、そんなところが軍人や警察と言った組織の人間からすると面白くない部分ではあるのだが、とにもかくにも遊撃士の市民人気は高く、特にこのクロスベルにおいては実力者多く、警察や警備隊と言った治安維持組織が諸般の理由により自由に動けない事も合間って、クロスベル市民では何かあった時は警察ではなく遊撃士を頼れと言われるほどである。

 おそらくは今回もその辺の事情から頼りにならない警察ではなく遊撃士協会に連絡した住民がいたのか、あるいは察知した二人の遊撃士が自発的に駆けつけたのかそのどちらかであろう。二人のグループの間で仲裁をしている二人の遊撃士が居た。

 

「だ・か・ら、ここで喧嘩したら他の人の迷惑になるでしょう。実際そういう苦情が来ているんだから、控えなさいって言ってるの」

 

「ああん、なんでそんな指図を俺が受けなきゃいけねぇんだ。てめぇ調子に乗ってんじゃねぇか」

 

 見たところギャーギャーとそんな擬音語が聞こえてくるかのような様子で遊撃士の女性エステル・ブライトと不良グループの片方サーベルバイパーのリーダーを務める鶏のトサカのような特徴的な髪型をした男ヴァルド・ヴァレスが言い争っている。エステルの相方を務める黒髪の青年を務めるヨシュア・ブライトはため息をつきながらそんな相方を宥め、もう片方の不良グループのリーダー、ワジ・ヘミスフィアは面白がりながらもその光景を眺めて居るようだ。

 

(調子に乗っているのはどっちなのやら……)

 

 ヴァルドの発言を聞き、リィンは思わず失笑を漏らしてしまう。元々リィンは不良と呼ばれる人種が嫌いであった。腕試しをしたいのならばそれこそ然るべきところに行けばいい、世の中にはそれこそ無数の強者がひしめているのだから、なのにそうする事無く狭い世界で戦う力のない一般市民を悪戯に威圧するようなつまらない連中。社会に貢献しようとする事もなく駄々を捏ねている餓鬼なのだと、そう侮蔑さえしていた。ーーー彼が真の大人ならば、例えば彼の尊敬する養父オーラフなどであれば、そういった手合いも好感を抱かないまでも、ある程度温かい目線で見守れるものなのでそうしてどこかむきになって反発している事こそ、彼自身未だ未熟な子どもである事の証左ではあるのだが。

 そしてヴァルドが今まさに威圧している遊撃士の女性がかなりの、ヴァルドを数段上回る、実力者である事も武の道に身を置き、自身もまたそれなりの実力者であるリィンにはわかった。だからこそリィンは思わず笑ってしまう、自分と相手の力量差もわからずに威圧している、まさに井の中の蛙とも言うべき光景に。

 

 そしてその手の自分を馬鹿にするような態度に何よりも敏感なのが不良と呼ばれる人種である。その場に現れた如何にもといった感じのエリートのお坊ちゃん、そんな相手が自分を小ばかにしたように失笑した様子をヴァルド・ヴァレスは見逃さなかった。

 

「そこのてめぇ……一体何がおかしいんだ」

 

「いや、自分の力量も弁えずに格上の相手に居丈高に振舞う存在というのはこうも滑稽なものなのかと思ってね。ああ、井の中の蛙というのはこういう事を言うのかと、そう思っただけさ」

 

「リ、リィン君………」

 

 睨みつけながら威圧してくるヴァルド、ここで一般人で言えば慌てて謝罪したりしてヴァルドも溜飲を下げて矛を納めたのだろうが、あいにくリィンはこの手の人種など怖くもなんともなかった。それでも常の彼ならばトワの心配するような諌める声で冷静さを取り戻しただろうが、今の彼は酷く機嫌が悪かった。八つ当たり気味に殊更ヴァルドを挑発するかのように、彼を嘲笑する。

 

「てめぇ………」

 

「こらこらこら、言ってる傍から一般人に手を出そうとしないの」

 

 当然温厚という言葉とは対極に位置するヴァルドは今にもリィンに殴りかからん勢いとなるが、エステル・ブライトがそれを黙ってみているはずもなし。すかさずヴァルドを静止にかかる。そうしてエステルに邪魔をされたヴァルドはリィンを小ばかにするような笑みを向けて

 

「ハッ、どこのお坊ちゃんか知らんが結局は腰抜けか。遊撃士に護られて背中から遠吠え吐くなんざ、みっともねぇったらありゃしねぇ」

 

 面と向かって自分に言うような度胸はなく、この場に遊撃士が居るからこその強気な発言なのだとヴァルドは思い打って変ってリィンを嘲笑する。タイマンで喧嘩を売る度胸もなく、護ってくれる誰かが居るからこそ安全圏から偉そうな言葉を吐く人間など彼にとっては心底見下げ果てた相手だからだ。そしてそんなヴァルドの言葉に

 

「なるほど、俺が遊撃士や特務支援課の方々に護られているからこそさっきのような強気な意見を言えたのだと、そう君は主張するのかな」

 

「は、違うのかよ。どこのお坊ちゃんか知らないが皆が皆、てめぇの親の威光に恐れ入ると思ったら大間違いだぜ。このヴァルド・ヴァレス様は逃げも隠れもしねぇ!何時でもかかって来やがれ!!!」

 

「良いだろう、その勘違いは俺にとっては甚だ不本意だ。ヴァルドと言ったな、お前の望みどおり俺自身の手で正面から叩き潰してやる。俺が勝ったら手下共を引き連れてとっととこの場から消えるんだな」

 

「ほう、ちっとは度胸あるみたいじゃねぇか。良いぜお坊ちゃん、その威勢に免じて半殺しで済ませてやる」

 

 売り言葉に買い言葉と言うべきだろうか、気が付けば、何時になく喧嘩腰な様子でリィンはヴァルドの挑発へと乗り自らもまた挑発を叩き返していた。父親の威光(・・・・・)を傘に来て調子に乗っているボンボンと、目の前の不良如きに思われることが我慢ならないとでも言うように。

 平時の彼であればもう少し波風が立たないように収めたか、そのまま遊撃士たちへとその対処を任せていただろうに喧嘩を積極的に買う何時になく好戦的な様子。鉄血宰相の息子(・・・・・・・)だからという理由で頼んでも居ないのに、勝手に媚び諂ってくる人間をこの数日で相手にしていた事によって、今の彼は明らかに平時に比べて気が立っていた。

 

「いやいやいや、ちょっと待ってくれリィン君!!!」

 

 そんなリィンの様子に慌てた様子を見せるのは特務支援課の面々である。当然である、何かあったら国際問題になりかねないと言い含められているのだ、訓練中に多少の怪我を負うといった程度ならばともかく、不良との喧嘩で怪我でもしたともなれば、それはもう各方面から非難轟々であろう。そういった事情を抜きにしても、目の前で行なわれる喧嘩を見過ごすわけにはいかないとロイドは制止しようとするが……

 

「ご心配なく、この程度の相手にやられるほど柔じゃありませんし、万が一怪我を負ったとしてもロイドさん達のせいにするような真似は一切する気はありません」

 

「い、いや……そういう問題じゃなくて……」

 

「リ、リィン君~喧嘩は駄目だよ~~~」

 

 聞く耳持たずといった様子のリィンにロイドはどうしたものかと困り顔を浮かべると、トワ・ハーシェルが何時になく熱くなってしまった様子の友人を止めようとする。しかし、常であればそれで冷静さを取り戻すリィンが、何時になく熱くなったまま聞く耳を持たない。助けを求めるようにアンゼリカやジョルジュらの方にも目線を向けるが、二人も肩を竦めて黙って首を振るのみ。

 不良同士の喧嘩を止めにきたはずがなぜか後から到着した少年と不良の方がむしろ一触即発と言った状態になっている事にエステルとヨシュアも困惑した様子を見せながらも止めに入ろうとすると……

 

「騒がしいな、一体どうした」

 

 武の世界に身を置く者ならばわかる圧倒的強者の風格、その気配を感じ取りリィンは弾かれたようにそちらの方を向く。クロスベルの守護神、風の剣聖、多くの異名を持ちクロスベル市民から絶大なる支持を誇る理に至りし者、八葉一刀流皆伝、ゼムリア大陸においても有数の実力者アリオス・マクレインがそこに立っていた。

 

 

 

「なるほど、諸君が帝国より親善で来たという留学生か。話だけは聞いていた」

 

 アリオスの登場によって三十六計逃げるに如かずとばかりにワジ率いるテスタメンツが引いた事で、サーベルバイパーの面々も引き上げ東通りは落ち着きを取り戻していた。ヴァルドだけは最後まで不服そうにしていたが、子分からの「流石に風の剣聖を敵に回すのは不味い」という言葉を聞いて、悪態をつきながらではあったもののその場を引くのであった。井の中の蛙と言えど、流石に相手が竜ともなれば力量差も多少は理解できるのだろう。

 

「しかし聞くところによると随分と挑発的だったようだな。君の言動は親善のためという題目に聊か反するものだったのではないか?どうやら腕にそれ相応の自信はあるようだが、だからと言ってそれを振り翳すような真似をしては君の剣が泣くというものだろう」

 

「……仰るとおりです。返す言葉もなく己の未熟さと短慮さにただただ恥じ入るばかりです」

 

 落ち着いた様子で自分を諭すアリオスの言葉に冷静さを取り戻したリィンは先ほどまでの自分の行動を深く恥じる。全くもってどうかしていた、ヴァンダールの剣は護るための剣だというのに、如何に相手が自分にとって好意を抱けない存在だったとしてもヴァルド・ヴァレスは別段討ち果たさなければいけない邪悪でも、衝突がどう足掻いても避けられないような存在だったわけではないのだ。

 力を持つ者を自制をしなければならない、首輪につながれて居ない狂犬など人にとっては恐怖の対象でしかないのだ。軍人にしても遊撃士にしても護らなければならないルールが存在して、それらを護るからこそ民は安心して頼ることが出来るのだ。自分が気に入らないからという理由で容易く力を奮うような存在に、力を持たない人達がどうして安心できるだろうか?いつその気に食わない対象に自分が加わるのか、それはその者の胸先三寸のみで決まってしまうというのに。そんな理由で力を奮うなど、それこそ自分が嫌っている先ほどのチンピラ共となんら変わるところがないではないか、と。

 

「特務支援課の皆さん、すみません。先ほどの自分はどうかしていました。自分があんな事を言い出した事でさぞご心労をおかけしたことでしょう」

 

 自分が軍人になって護衛対象が街の不良相手に喧嘩を売るような真似をしていたらどう思うか?決まっている、頼むから落ち着いてくれ。勘弁して欲しいと思うだろう。そう思いリィンは特務支援課の面々へと深く頭を下げる

 

 

「お前達もすまない、手間をかけさせたな。クロウやアンゼリカに日頃素行を注意しておきながら、いざ自分がこんな短慮な行動に出てしまう等全く以って情けない」

 

 続けてリィンは巻き込んでしまった友人達へと謝罪する。アレほど来る前に帝国人としての誇り、トールズの生徒としての誇りを説いた自分がこの有様。全く持って笑い話にもならないと。

 

「エステルさんにヨシュアさんもすみませんでした、自分がしゃしゃり出たせいでお二人の仕事を拗らせてしまいました」

 

 そうして最後にリィンは遊撃士の二人へと謝意を告げる。結局自分のしたことといえば喧嘩の仲裁を行なっていた遊撃士二人に余計な手間をかけさせただけだった。目の前の二人の実力ならば不良程度、あのワジというもう一人の青年は底知れないところがあったが、歯牙にもかからない存在だったのだ。おそらくは適当にあしらって終わっていた事だろう。そんなリィンの謝罪を受けて……

 

「あははは、そこまで気にしなくたって良いわよ。私だって気に入らない相手に喧嘩腰になっちゃうなんて事はたまにあるしね」

 

「たまに?」

 

「う~ん、ヨシュアったら何が言いたいのかしら?こほん、とにかくリィン君だっけ、そこまで気にしなくたって良いわよ。結局誰か怪我人が出たりしたわけでもないし」

 

 そういってエステル・ブライトは太陽のような笑みをリィンへと向ける。

 

「帝国からの留学生って聞いていたけど、どうやら仲良くなれているみたいだね、ロイド君」

 

「ああ、おかげさまでこっちも色々と良い刺激を受けさせて貰っているよ」

 

「いや~会う前はどんな奴らが来るかと心配になったけど案外話のわかる奴らでなぁ。これでもうちょっとスタイルの良い美人が居てくれれば俺としては言う事はなかったんだが……」

 

「ふふふ、ご期待に添えなくて申し訳ない。最も私はティオ君という天使に出会えた時点で文句のつけようがないよ」

 

 リィンのどこまでも糞真面目なその様子に一同は思わず噴出し、重苦しい空気はどこかへと行き再び和やかな空気が戻り出す。

 

「おう、猛省しろ猛省しろ!そして謝罪の証として晩飯奢れ!!!」

 

「クロウは調子に乗らないの、君の場合どう考えてもリィンの貸しの方が超過しているでしょ」

 

「えへへ、いつものリィン君に戻って良かった」

 

 そんな国の垣根を越えて和やかな様子で交流を深める若者達を見てアリオス・マクレインは穏やかな笑みを浮かべ、静かにその場を立ち去るのであった。

 

 

 




ヴァルドは犠牲となったのだ……エスヨシュとオズボーン君たちを会わせて
重い空気を入れ替えるための作者の都合……その犠牲にな……

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