「へーじゃあリィン君はミュラーさんの弟弟子なんだ」
もぐもぐとそれはもう料理人冥利に尽きる満面の笑みを浮かべながらエステル・ブライトは龍老飯店名物の龍老炒飯を平らげていく。あの後律儀なリィンが詫びとして食事を奢る事を提案したが皆それは笑いながら断ったものの、一人嬉々として乗ろうとした男が居たがアンゼリカから冷静なツッコミを受けてあえなく撃沈した、せっかくの機会という事で一同は東通りでも評判の店である龍老飯店にて夕食を取っていた。
「ええ、ミュラー・ヴァンダールは自分の兄弟子です。最も軍務とさらにはオリヴァルト皇子の守護役という大任を務めておられる方だったので、そこまで頻繁に会う事は出来ずにたまに手合わせして頂く位でしたけど」
リィンもまた料理の数々に舌鼓を打ちながら、昔を懐かしみながら兄弟子たるミュラーとの思い出を語る。彼とリィンが出会ったのはリィンがヴァンダールの道場へと通い出した10歳の頃。既にトールズ士官学院を卒業して現役の帝国軍人であり、皇族の守護役という大任を務めるミュラー・ヴァンダールはリィンにとっては身近な目標の一人であった。彼の方は彼の方でそんな弟弟子を目にかけて、時折苦笑を浮かべながら放蕩皇子等と噂される親友でもある主君の話をどこか困ったように、されど嬉しそうに話をしてくれたものであった。
「しかし、お二方がオリヴァルト皇子とクローディア王太女に協力されてリベールの異変の解決に尽力されていたとは。それも
リベールの異変、それはリベール王国において結社身喰らう蛇によって起こされた事件の総称である。突如ヴァリリア湖畔に謎の浮遊都市が浮上すると、まるでその建造物に吸われているかのように王国において謎の導力停止減少が発生。リベールがエプスタイン博士の三高弟の一人であるラッセル博士の尽力と女王アリシアⅡ世の施策によって導力製品が王国全土に普及していた導力先進国であったことが皮肉にも災いし、リベール王国は大混乱へと陥った。さらにはこの動揺の隙を付き、結社身喰らう蛇は王都グランセルを強襲、導力兵器が機能せず混乱していた王国軍は完全に虚を突かれ、リベールは一時王城が陥落する危機へと見舞われる。
そんな異常事態に際してエレボニア政府はいち早く隣国であり友邦たるリベール王国への
百日戦役以後一応の和平こそ結ばれたものの緊張関係にあった両国であったが、このリベールの危機に際して帝国の皇子がいち早く駆けつけて協力したこの話は
「察しの通り、僕らの父は剣聖カシウス・ブライトだよ。最も僕の方は養子だけどね」
「うーんリベールに居た頃からそうだったけど、父さんって偉い有名人なのね。私としては全然そういう実感ないんだけど」
予期していたかのようにヨシュアが、慣れてきたはもののどこにでもいる父親という印象とやたら他人から持ち上げられる剣聖という大層な異名を持つ「英雄」とがいまいち重ならないかのような様子でエステルが答える。
「有名人も何も、カシウス・ブライト殿といえば近代戦術の転換点の一つと言える、飛行艇を初めて軍事作戦で用いた方ではないですか。どこの国でも士官となるものならば必ず学ぶ人物ですよ」
剣聖カシウス・ブライト。それはリベールの救国の英雄にしてそれまで地上で行なわれていた戦争に新たに“空”という概念を齎した男の名であった。大陸中の誰もがエレボニアの勝利でもって終わると予想していた百日戦役。しかし、それは一人の男によって覆された。世界でも初となる飛空艇の軍事投入。これにより、王国へと侵攻した帝国の誇る機甲師団は完全に分断され、王国各地で各個撃破されていく。エレボニアの誇る大陸最高峰の機甲師団が各地で敗退していくその様は人々に新しい時代の到来を予感させた。
そしてそんな大陸の軍事史を塗り替えた男こそがリベールの英雄カシウス・ブライトであった。その統率力と智謀は勿論の事、単騎戦力としても八葉一刀流皆伝という大陸最高峰の実力者で、帝国の情報局においては「その脅威、機甲部隊一個師団にすら匹敵する」とまで謳われている人物である。
中には家族や友人の仇として憎んでいる者も帝国には少なからず居るが(百日戦役の原因は
「うーん、そう言われても、私にとっては本当に不良中年っていうイメージしかないからいまいちピンと来ないというか……それはリィン君だって似たようなものじゃない?」
「え?」
「リィン君のお父さんはオズボーン宰相なんでしょ?色々と凄い人みたいだけど、貴方からしてみると普通のお父さんで何で皆そこまで騒ぐんだろうーってなったりしない?」
そう屈託のない笑みを浮かべながら問いかけてくるエステルの言葉にリィンは言葉を失う。普通の父、そうギリアス・オズボーンは10年前までは間違いなく立派な、普通の父だった。当然尊敬していたし、憧れてもいた。だけど同時に母に怒られてしょげた様子を見せるなど、そんな普通の人間らしいところを見せていた事も覚えている。だけどあの事件以降はどうだろう?自分はそんな父の人間らしいところを見ただろうか。いや、一度たりとてない。何故ならばこの11年、リィンが父に会ったのは10歳の誕生日の時、一度きりなのだから………
「はは、そうですね。家事の事で母に叱られて時折しょげたりしていましたよ、父さんとしては良かれと思ってやったつもりだったのにどうも不慣れなせいで逆に母の仕事を増やしてしまったみたいで」
結局リィンは昔の、記憶にある頃の父の思い出を語る事とした。まるで必死に父は変わってなどいないのだと、
「ふふ、やっぱりそんなものよね。私の父さんだって何か一人で何でも出来るように思われたり、言われたりすることもあるけど別にそんな事ないもの。リィン君の話していた百日戦役の時だって父さんだけじゃなくてリシャールさんにシードさん、それにモルガンのおじいさん、その他多くの人達が協力してくれたからこそって何よ、ヨシュア」
良い所だったのにとそこでエステルは静止するように促していた相方に気づいてしかめっ面を浮かべるが、そこでヨシュアはちらりと気遣うようにリィンを初めとするトールズの面々を見て
「エステル、あまり帝国の人達の前で百日戦役の話題をするのは、その……」
「あ……」
リベール王国にとってはカシウス・ブライトは救国の英雄だがエレボニア帝国にとっては忌むべき敵。カシウス・ブライトとその仲間達の活躍はリベールにとっては誇るべき英雄譚だが、エレボニアにとっては屈辱の敗戦の記憶である。幾らリィンの側からしてきた話題とはいえ、リベールの人間である自分達がその話をするのはリィン達にとっては余り気分の良いものではないのかもしれないという事に気づいてエステルは押し黙る。
しかし、そんな気遣いにリィンは苦笑して
「元々自分の方が言い出した話題ですし、どうかそこまでお気になさらないで下さい。それに過去に悲劇はあったものの、今では我が国とリベールは紛れもない友邦です。お二人が活躍したリベールの異変の時にオリヴァルト皇子が救援に駆けつけた事こそがその象徴です」
「うん、そうよね……過去は過去。忘れちゃいけないけど、それに囚われてちゃ前に進めないもの」
何かを噛み締めるかのようにそうエステルは呟いた後に
「ま、とにかく私が言いたいことは「英雄」だとか何だとか呼ばれたって人間一人で出来る事なんて限られているって事よ。リベールの異変の時だってたくさんの人達が協力してくれたからこそ解決できた。だから、リィン君もロイド君も何か困ったことがあったら何時でも相談してね。遊撃士として、何よりも私個人として幾らでも力になるから!」
そう、太陽のような笑顔を浮かべながら告げるエステルの姿をリィンはどこか眩しそうに見つめるのだった……
いやー国家間にも友情ってものがあるんですね(棒)
地の文で書かれている内容は一応両国の公式発表に基づくものという形を取っていますが
実情はまあ皆さんご存知の通りです。
ゼムリア大陸の軍事に携る人間でカシウス知らないって言ったら絶対もぐり扱いだと思うんですよね。
百日戦役での飛空挺の初の軍事利用、それによるまさかのリベールの逆転勝利って間違いなく
戦術の転換点で、どこの国の士官学校でも絶対に嫌って程授業で学ぶ内容だと思うんですよ。