(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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今回と次の話にて前日譚に当る部分、オズボーン君の1年生時代が終了になります。
ヴァンダイク学院長が語っている内容とかはシルヴァリオ ヴェンデッタ
シルヴァリオ トリニティという作品の影響を多分に受けております。
興味を持った18歳以上の方は是非プレイしてみてください。


鉄血の子と学院長

「今回の留学に関する君のレポートは読ませてもらった。凡そ非の打ち所のない模範的なものだった。帝国の士官学院生としてはまず満点と言って良いだろう」

 

「ありがとうございます」

 

 敬愛するヴァンダイク学院長からの賞賛の言葉にリィンは確かな喜びを味わいながら、礼をする。

 クロスベル留学から帰還して一週間が経った。教官陣に対する日頃の感謝を込めたプレゼントは概ね喜んで貰え(ハインリッヒ教頭は予想だにしていたサプライズに見たこともない歓喜の様子を見せた後に取り繕うように咳払いをして「好意は嬉しいがこういった贈り物は下種な勘繰りをするものも出るかもしれないため気をつけたほうがいい」と忠告を行なってきたが)、レポートも提出して一段落したリィンは学院長室へと呼び出されていた。

 自分のレポートの内容に何か不備があったのかと思ったが、学院長から告げられるのは賛辞でリィンは聊か拍子抜けするが、あるいは一度褒めた上で何らかの注意を行なうするつもりなのかもしれないと気を引き締めなおす。

 

「うむ、正規軍名誉元帥を務める身としては君のレポートには聊かの不備も見受けられなかった。故に此処からは教育者として、若者に対する年寄りの老婆心になるのだが……」

 

「リィン・オズボーン君、今回描かれていたレポートの内容、アレは紛れもない君の本心からのものかね」

 

 若者の未来を導くべく真摯に、決して問い詰めるようなものではなくどこまでも穏やかに見つめられながら告げられたその言葉にリィンは一瞬言葉に詰まる。

 

「私には君がアレをどうしても無理して書いたとしか思えないのだよ。君自身の考えではない、誰かの受け売りのね。内容自体はよく出来ていた、おそらくは学術院の教授の論文なども参考にして居るのだろう、士官学院生としてみれば凡そ非の打ち所がなかったとも」

 

「だが、読んでいく中で私は君の中に何か迷いのようなものを感じた」

 

 エレボニア帝国の人間として、士官学院生としてリィンの提出したレポートはエレボニアの国益に沿ったものであった。併合論と自治論、どちらの論も参考に入れて、その上で実際に現地で体験した住民の生活、クロスベルの持つ警備隊の練度や装備に基づくそれは凡そ非の打ち所がなかった。政府の人間や軍の高官がこれに目を通せば、まず間違いなく将来有望な士官候補生だと高く評価するだろう。

 故に自分が今も現役の軍人であり、目の前の少年が部下という立場であるのならばヴァンダイクも特に何も言わなかったかもしれない。だが今の自分は予備役となった学院長であり、目の前の少年は自分の教え子だ。

 おそらく彼は今何か迷いを抱いており、そしてそれはこの少年にとってとても大事な事の筈なのだ。故に教育者として老婆心ながらもおせっかいを焼かずにはいられなかった。加えて、理事長を務める皇子より頼まれていた来年の話も存在する。

 

「どうかな、その悩み私に話してみるというのは。何度も言うが、レポートの内容自体は非の打ち所のないものだった。故に決してお説教をしようというわけではない、単なる年寄りの冷や水だよ」

 

 そのヴァンダイクの言葉にポツリポツリとクロスベルの地を訪れて抱いた自分の中の迷いをリィンは語り出す

 

「自分はずっと軍人となる事を夢見て目標としてきました。父のように、ナイトハルト少佐のように、ミュラー少佐のように、そして貴方のように祖国とそこに住む人々を護るために」

 

 それこそが自分の生きる道なのだとリィンは信じていた。生涯を賭けるのに値する誇りある道なのだと、その過程で例え命を落とす事になったとしても本望だと。母を失ったときのような無力さをもう味わいたくないのだと、あの日何も出来なかった自分を変えたくて、あの日の自分のように泣いている誰かの力になりたくて。そして、唯一残された、たった一人の肉親の力になりたくて。

 

「光栄だな。若者にそうして憧れるのはこそばゆいが、素直に嬉しく想うよ」

 

「ですがクロスベルで自分は味わいました。国が違うという理由で自分が本来であれば護りたいと、力になりたいと願うような人とともすれば殺しあわなければならないという事を。然るべき報いをくれてやりたいと想うような相手とも握手をしなければならないのだという事を。軍人とは唾棄すべき豚に従って、尊敬に値する人を殺さなければならないことがあるのだという事を」

 

 尊敬に値する立派な人物こそが自分の祖国からは警戒されて遠ざけられており、自分個人としては到底好意を抱けないような俗物こそが祖国から厚遇されているという事実をリィンは目の当たりにした。

 

「わかっていたはずなんです、そんな事は。ずっと教えられてきた事でした。なのにいざそれを目の当たりにしただけでこんなにも自分は……」

 

「迷いを抱いてしまった、と。なるほど、だから君は今回のレポートで殊更国益の代弁を行なったのだな」

 

「はい、軍人ならば祖国とそこに住まう民を最優先すべきですから。それが正しいはずで、自分の今抱いている迷いなど弱さでしかありません」

 

 不甲斐ないとばかりにリィンは拳を強く握り締め奥歯を強く噛み締める。敬愛するエレボニアの英雄、それと比較した己の惰弱さがリィンは不甲斐なくてたまらなかった。

 自分の尊敬する人達はこんな迷いなど抱かず、それこそ鋼の強さをもって己の道を進んでいるのにそれと比較してなんと自分は弱いのだろう、と。

 頭では理解していたつもりになっていた、しかし真実それはつもり(・・・)でしかなかった。こんな有様で父の力になりたいなどと大言壮語も良い所だ。

 父は、ギリアス・オズボーンはこんな弱さなど欠片も見せていない。まさしく鋼の如き意志と強さでもって多くの反発と嘆きを飲み干した上で止まらずに進み続けているというのに………

 

「それは違うぞリィン君、迷いを抱くことは決して悪いことなどではない」

 

 思い詰めた様子のリィンに対して、しかしヴァンダイクはそれは違うのだと告げていた。

 

「え……?」

 

「全く自己の正義を疑わない人間ほどこの世に危険な存在はない。正しい(・・・)からこそ彼らは決して止まらないし、妥協もしない」

 

 正しさというのはある種の麻薬である。自分が正しいという思いは、やがては自分と敵対する者が悪なのだという考えへ。そして自分は正しく相手は間違っているのだから何をしてもいい(・・・・・・・)のだという考えへと繋がっていく。

 

「強固な信念というものは確かに人を魅了するものだ。君位の年の若者がそういった者に憧れるというのもまあ、わかるつもりだ。他ならぬ私自身の若い頃もそうだったのだからね」

 

 ヴァンダイクの脳裏に浮かぶのは一人の男。鉄血宰相の異名を持ち、まさに鋼鉄の戦車のように突き進み続け熱狂的な人気を誇るかつての部下であり、おそらく目の前の少年にとっての憧れであり、目標でもあるかつての部下だった。

 

「だが信念というものはね、一歩間違えば頑固さにしかならないものでもある」

 

 決して折れず曲がらず変わる事のない不屈の信念。なるほど確かにそれはまぶしく輝いて見えるだろう、自分を信じる事のできない者に何かを成し遂げることなど出来るはずがないのだから。

 自らの信じる正義、信念、誇り。それらは尊ばれるべきものだろう。だが、決して変わらないという事はそれすなわち他者の意見など聞く気がないという事も同然ではないか?信念や正義とはそうした危うさも同時に孕んでいるものなのだとヴァンダイクは目の前の若者へと告げる。

 

「自分の好きな者は皆味方で自分の嫌うものは皆敵にいる、こんな状況だったらそれは楽だろう。何せ嫌いな連中なのだ、いくらでも容赦も躊躇もせずに戦える。だがそんな状況にもしもなってしまえば、それこそその戦いはどちらかが滅びる(・・・・・・・・)まで決して止まらなくなってしまうだろう」

 

 外交の延長線上として行なわれたものではなく、相手が憎い(・・・・・)から滅ぼしたいという理由で行なわれる殲滅戦。そんなものになりかねない

 

「「故に我ら軍人は相手も同じ人間であるという事実、そのことをしかと認識した上でなお感情と理性を切り離してその相手と戦わなければならない」」

 

 幾度も教えられてきた軍人としての心構え、リィンは目の前の老兵へと合わせて復唱する。そんなリィンの様子にヴァンダイクは穏やかな笑みを見せて

 

「君は今回、それを頭ではなく心によって理解できる機会へとめぐり合ったわけだ。苦しいのだろう、どうして自分は真っ直ぐに決めた道を突き進むことが出来ないのだと、自らを不甲斐なく思っているのだろう」

 

 自分自身もかつて味わった想い、真っ直ぐに決めた道を走る、何故そんな簡単なことも出来なずに、自分は自らの描いた理想通り(・・・・)に生きる事が出来ないのだという自分自身への憤り。それらを余さず理解した上でヴァンダイクは目の前の若者へと告げる

 

「だが、それこそが君の成長のためには必要なのだ。だから、それは決して悪いことなどではない」

 

 他の道もあるのだと理解した上で信じる道を選んで進むのと、その道しかないのだと思い込む事は似ているようで全く違う。他の道を知っていればこそ選択肢は広がり、それが柔軟性へと繋がる。

 トールズ士官学院に入学するまでのリィン・オズボーンは後者だった。彼にとって軍人となる事は憧れであり、夢であり、目標であり、当たり前の事だった。軍人になる事、それ以外の選択肢など彼の目には映っていなかった。

 だが今は違う、トールズに入って彼は多くの掛け替えのない友人達と出会った。そして光と闇の混在する魔都で現実を目の当たりにした、だからこそ彼の視野は広がった。だからこそ迷いを抱くようになった。

 そしてそれこそ(・・・・)が大事な事なのだと、ヴァンダイクは考えるのだ。

 

「故に私から君に言う事はただ一つ。若者よ、大いに迷いたまえ。それがやがて君にとっての大きな財産となるだろう」

 

 君がそれを糧により大きく成長するその時を楽しみにしていると、ヴァンダイクは目の前の少年へと笑みを浮かべながら告げるのであった……

 

 

 

 

 

「それで彼はどうでしたか、学院長」

 

「どうやらクロスベルで色々と思うところがあった様子。入学当時に感じた危うさを想うと色々と感慨深くなりますな。教育者冥利に尽きると、そう思いますよ」

 

 あの後ひとしきり話してリィンが退出すると、ヴァンダイクはとある人物へと会っていた。その人物の名はオリヴァルト・ライゼ・アルノール、放蕩皇子などと呼ばれているエレボニア帝国の皇子であり、このトールズ士官学院の理事長を務める男である。

 

「なるほど、学院際の時もミュラーから聞いていた印象とは大分違ったので少し驚かされたが、色々と成長したと、そういう事かな?」

 

「陳腐な言い方になりますが、やはり持つべき者は友人とそう呼ぶべきですな。同年代の友人達との出会いと日々が彼を大きく成長させたのでしょう。若人の成長をこの目で見られるというのは、この年になると何にも変えがたい喜びです。そういう意味でも、殿下のなさろうとしている特科Ⅶ組と特別実習、非常に興味深い試みかと」

 

 貴族、平民、革新派と貴族派、そういった枠組みに囚われないトールズの理念を色濃く反映させた新クラス。理事長たるオリビエが行なおうとしているその試みをヴァンダイクは好意的であった。

 

「ふふふ、さしずめこの一年の彼らの成長がある意味では前例と、そう言えるのかな」

 

「かもしれませんな」

 

 出自も立場も違う友人達との出会いとARCUSのテスターとしての日々、クロスベルへの留学、この一年のリィン達5人が行なったそれらはまさしくオリビエが企図している特科Ⅶ組の予行演習と言えるものだった。そしてその結果を今、ヴァンダイクは確認することが出来た。

 

「そして殿下、理事会でも話題となった二年生より特別実習の際のリーダーを二人選出するという話、私の腹は決まりました。正式な会議にもかけるつもりですが、おそらく結論は変わらないでしょう」

 

 特別実習それは帝国各地に赴き、様々な現地でのトラブルを解決することで生徒の視野を広げ、成長を促すことを意図したものである。訪問場所と訪問時期は概ね問題なく決まったのだが、その際に理事の一人であるルーファス・アルバレアより一つだけ提案が行なわれた。

 曰く、二年生より二名それぞれの班のリーダーを選出してはどうかと。リーダーが決まっていたほうが班の統制も取れやすく、先輩がリーダーを勤めるならばⅦ組の面々としても比較的に抵抗なく従えるだろうし、リーダーとなる2年生にとっても得難い経験となるだろう、と。

 この意見はその他理事にも好意的に受け入れられ、かくして教官会議よりあくまで本人の同意を得た上でだが、二年生より二人の生徒を選出することが決まるのであった。選出された生徒は住む場所もⅦ組と同じ第三学生寮となり、文字通り苦楽を共にする事となる。

 そして2年生でそういったものに教官会議で満場一致で選ばれる2人と言えばもはやほとんど考える余地もなく……

 

「1年Ⅰ組所属リィン・オズボーン、1年Ⅳ組所属トワ・ハーシェル、来年2年生となるこの両名を推薦させて頂く事となるでしょう。すでに会長と副会長を務めて忙しい身、もしかすると断られてしまうかもしれませんが」

 

「その時は仕方がないでしょう、当初予定していた通り2年生は不在の状態で1年生のみで実習を行なうだけの話です」

 

 そうしてヴァンダイクと談笑しながらオリビエは愛する祖国へと思いを馳せる。革新派と貴族派という二派の対立、そんな中で特科Ⅶ組が帝国に新たなる風を齎す事を期待して……

 

 

 

おまけ

 

「ふむ、オズボーン君一体どうしたのかね?ここここ、これはイリヤ・プラティエのプロマイド!!!しかもサイン付き!!!!こ、こんなものを見せて一体どういう……何、私へのプレゼント!?日頃のお礼?なんと!!!本当に良いのかね!!!!……ゴホン」

 

「オズボーン君、君の好意はありがたいがあまり生徒から教官へこういった贈り物をするのはよろしくないぞ。君がそのような事をするとは思わんが、何分下種な勘繰りをすると者というのはどこにでもいるものだ。媚を売っているなどと言ったり、賄賂を渡している等と言った者が出ないとも限らん。気をつけるように」

 

「だが、だがしかしだ。わざわざ私のためにと君が買ってきてくれたもの、それを受け取らないというのはそれはそれであまりに人情がなさ過ぎるというものだ。故に君の好意は素直に受け取っておこう、うむ。あくまで君の好意を受け取らないのは失礼だから、という理由によるものなので勘違いしないようにな」

 

 

 

 

 




というわけでオズボーン君とトワ会長の両名にはⅦ組の先輩ポジとして特別実習に同行してもらいます。
生徒会もやっているしで、多分死ぬほど忙しくなると想いますがまあこの二人なら大丈夫でしょう。

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