(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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今回にて前日譚部分は完結となります。
次回から閃Ⅰの内容へと入っていきます。


鉄血の子と星空の誓い

 

 「みんなで星を見ないか?」

 

 第三学生寮へのトワとリィンの引越し、その最中にリィンはそんな事を手伝ってくれている友人達に提案していた。

 特科Ⅶ組を率いて特別実習へと赴くことを快諾したリィンとトワは3月に入って生徒会会長及び副会長として多忙を極めていた。卒業式の在校生代表としての挨拶、入学式への準備等等まさに目に回る忙しさであった。そしてようやくそれらが一段落してくると今度は自分達の第三学生寮への引越しが待っていた。幸いにもいつもの三人の快い協力も合間って引越しは無事終わったわけだが(その際アンゼリカがまたもや同棲なんて私が許さないぞおおおおお、私も此処へ引っ越す!などと叫びだしたがサラの私も此処に住むから大丈夫よという言葉で事なきを得た)、その際トワの荷物の中に大きな天体望遠鏡を見つけたリィンはふと、そんな提案をしていた。

 

 それは入学前のリィンだったらほとんどありえなかった提案だっただろう。トールズ士官学院に入学する前のリィン・オズボーンはどこか生き急いでいるところのある少年だった。自分には余分な事をしている時間などないのだと言わんばかりに夢に向かって最短距離を全速力で駆け抜ける事しか考えていないかのように。だが、四人の掛け替えのない友人達との出会い、そして混沌の魔都クロスベルを訪れたことで彼の視野は大きく広がった。

 ある意味では弱くなったとそういえるのかもしれない、全力で最短距離を行く者だからこそ持てるある種の単純さ故の強固さ、すなわち彼の父ギリアス・オズボーンが持つ強引さとでも言うべき強さが今のリィンからは薄れた。トワのように温厚でリィンの持つ生来の人の良さとでも言うべき優しさをこそ元々好ましく思っていた者はそんなリィンの反応を好ましく思っていたが、逆に自分達の味方で貴族の敵であるなどと思っていた、平民生徒の中には今のリィンに対してどこか物足りない思いを抱いている者も居るのであった。

 当人自身もそんな今の自分に対する若干の戸惑いを抱いていた。ヴァンダイクより伝えられた「大いに迷え」という言葉、それは迷いとは弱さだった捉えていたリィンにとっては大きな衝撃だった。何故ならば彼こそ父に負けず劣らずの強さの象徴。迷いなど微塵も感じさせない英雄だったからだ。

 

 だからこそリィンは戸惑いを覚えつつもその言葉に素直に従っていた、以前までなら抱いていたこんなことよりも鍛錬や勉強を行なうべきではないかという想いを抱えながらも精力的に様々な事にチャレンジする。それは例えば絵画であったり、馬術であったり、あるいはチェスであったり、写真であったり、釣りであったり、調理であったり、5人で協力して完成させた導力バイクを使ったツーリングだったりと、生徒会副会長としての部活動のチェックという仕事との一石二鳥を兼ねて、2月と3月のリィンは何時になく様々な事に挑戦していた。

 だからこそだろう、トワの持つ天体望遠鏡、それを見つけたときリィンはふとそんな提案をしていた。それはARCUSのテスターとしての役目も終り、自分とトワは生徒会活動とⅦ組との特別実習で忙しくなるためにこの5人で集まる事が減ることをどこか寂しく想う気持ちがそうさせたものであった。他の四人もそれは同じ気持ちだったのだろう、リィンの提案を快諾して、かくして一年間のARCUSテスターの打ち上げ会とも言うべき会を学校の屋上で行なうのであった……

 

「おお、こりゃまた絶好の星見日和って奴だな。うんうん、これも俺様の日頃の行いって奴だな」

 

「日頃の行い云々言うならクロウよりもどっちかというとリィンやトワじゃないの?学院でもトリスタの街でも評判の困ったことがあったらすぐ解決なお人よし会長と副会長のコンビなんだから」

 

 どこまで本気なのかドヤ顔でそんな事を告げるクロウへとジョルジュはさらりとツッコミを入れる。

 

「ふふ、私のトワが天使なのは出会った時からだったがリィンは本当に随分と丸くなったものだね。まさかリィンの口からこういったことを提案されるとは想っていなかったよ」

 

「あ、それは確かに。基本リィンって何時も忙しそうに勉強しているか、ナイトハルト教官やサラ教官と一緒に武術の稽古をしているか、さもなくば生徒会の活動をトワと一緒にしているかって感じだったもんね」

 

「それがこんな風にみんなで星を見ようだなんて、一体どういう風の吹き回しなのやら」

 

 天体望遠鏡をセットして準備をしている二人を他所に最近随分と様子が変わってきた自分達の友人の様子について三人は話す、そうしていると準備が出来たのだろうトワが元気な声で三人を呼ぶ。目に映ったその光景に心を奪われ、入れ替わり立ち代りで5人は星々の輝きを堪能する。そうしてひとしきり堪能し終えると5人は仲良く並んで腰掛けて星を眺めていた……

 

 

「気が付いたら俺たちももうじき先輩か……」

 

「うん……あっという間だったね……」

 

 ポツリと零したリィンの言葉にこの一年の思い出を振り返りながらトワが応じる。

 

「いやはや色んな事があったもんだね、サラ教官に旧校舎に突き落とされたり、サラ教官とやりあったり、サラ教官からの指示で魔獣とやりあうことになったり、サラ教官の指示で旧校舎の異変の調査をやったり、サラ教官とやりあったりだとか」

 

「いや、サラとやり合ってばかりじゃねーかよ」

 

 とぼけた様子で肩を竦めながら告げるアンゼリカにクロウはびしっとツッコミを入れる。

 

「はははは、まあでもこの5人での思い出というとやっぱりそれが一番に浮かぶんじゃないかな」

 

 この1年間、ARCUSのテストで5人はサラ・バレスタインから散々にしごかれた。それは模擬戦という形であったり、旧校舎の調査だったりと様々な形だったがやはり一際5人にとって印象に残っているのはそれだろう。

 

「いやいや、もっと他にもあるだろうジョルジュ。例えばこの間のクロスベルへの留学だとか」

 

「お前が魔界皇子とかいう奇天烈なコスプレを披露した学際のライブとかな」

 

 ぷくくくと笑いを堪えながら言ってくるクロウへとリィンは青筋を立ててしたたかに殴り飛ばす。

 感謝はしている、あんな体験を出来たのは間違いなく目の前の悪友のおかげだろう。

 だがそれはそれ、これはこれ。あんな衣装をよりにもよってオーラフ父さんやクレア姉さんやらの前で晒すこととなった恨みは消えていない。後夜祭での賞賛しながらも「そういう年頃なのだろう」と考えているかのようなどこか生温かい目線を受けた居た堪れなさ、レクターに爆笑された屈辱、ミリアムの無邪気な笑顔により抉られた胸の痛み。それらをリィンは余さず覚えている。いつまでも引きずるのも女々しい上にそれを勝る喜びがあったために水に流そうかとも想ったが元凶が自ら掘り返すというのなら是非もそのなし。貴様は喧嘩を売った、俺はそれを買った、である。

 

「いってーなこの野郎!何も殴ることはねーだろうが!」

 

「黙れ!貴様に生温かい視線で男子ならばそういうものに憧れる年頃あるというのはわかっておるぞと久方ぶりに再会した義父に言われ、クレア姉さんから「何か心配な事があるならいつでも相談に乗りますからね」などといわれた俺の気持ちがわかるか!」

 

「へいへい、そりゃすいませんでしたー魔界皇子様ー」

 

 そうしてギャーギャーと言い合いを始めて喧嘩を始めた二人を他所に残った三人は苦笑する

 

「クロウはクロウでトワとは違った意味でリィンとの名物コンビだよね。まあ、あんなド派手な喧嘩を授業中にやってああやってしょっちゅう喧嘩しているのに戦いの時は本当に息のあっている生徒最強コンビだから当然といえば当然だけど」

 

 リィン・オズボーンとクロウ・アームブラストのコンビは紛れもない学院最強である。もとよりどちらも近接、遠距離においてそれぞれ生徒の中では最強とされる二人である。その上に当初のわだかまりも解けて、戦術リンクシステムにより息のあったコンビネーションがさらに強化された、この二人のコンビは既に武術教官を務めるサラ・バレスタインにすら匹敵する領域となりつつあった。

 

「でも最初の喧嘩の時みたいな険悪な感じじゃないよね、喧嘩しているんだけど、なんだろう凄く奥底の部分で分かり合っている感じがするっていうか……相手の事を信じているんだって事が伝わってくるんだ……」

 

「ふふ、この二人こそ雨降って地固まるの典型という奴だろうね。卒業して、大人になってもこの二人はこういう関係なんじゃないかな」

 

「卒業かぁ……もう学院生活も半分終わっちゃったんだよね……」

 

 しんみりとしたそんな呟きにクロウと取っ組み合いの喧嘩をしていたリィンもぴたりと動きを止めてポツリと質問をする。

 

「そういえば四人は卒業後はどうする気なんだ?」

 

 トールズ士官学院は士官学院ではあるが卒業後軍へと進むものは4割程度で様々な方面へと人材を輩出している。そして目の前の四人はおそらく性格的にも軍という進路を選ばないだろうと想い、リィンはそんな風に問いかけていた。

 

「私は、まだ決まっていないけど一度この国だけじゃなくて色んな国を見て回れるNGOのような仕事に就きたいかな」

 

 リィンがクロスベルの地で色々と学んだようにトワもまた同様だったのだろう、そんな風に穏やかながらも凜とした意志を携えた瞳でトワ・ハーシェルは答える

 

「僕は一度リベールや共和国に行って見たいかな。帝国だけでなく外国の導力技術も色々と学んでみたくて」

 

 のんびりとした口調ながらも弛まぬ向上心と探究心を見せながらジョルジュ・ノームも答える。

 

「私はそうだな、ジョルジュが作った導力バイクにでも乗って気ままな旅にでも出るかな」

 

「いや、流石にそれは厳しいんじゃないのか?だってお前は」

 

「なーにいざとなればそれこそ親父殿も不良娘など勘当して親戚から養子なりなんなりを迎えて後継者にするだろうさ。最も私としても色々とわがままを言わせて貰った身だ。それなりの恩は感じているから、なんとか折り合いをつけたいところだがね。だが、私個人の希望を述べさせて貰うならそうなる」

 

 アンゼリカ・ログナーはどこまでも自由奔放な様子でそう口にする、そんなアンゼリカに一同は流石に呆気を取られる

 

 

「そうだ、いっそのこと5人全員で卒業旅行で一年間くらいあちこち旅をするってのはどうだい。ちょうどトワもジョルジュも外国に行くつもりなんだろう?だったら一人よりも二人、二人よりも三人、そして三人よりも四人で、四人よりも五人だ」

 

 アンゼリカのそんな提案に一同は目を丸くする

 

「いや、俺は」

 

 気持ちは嬉しいが卒業後は軍人になるのだと、そう告げようとしたリィンの言葉を予期したように

 

「軍人になるつもり、かい?別段それを否定するつもりはないけど、そこまで急ぐ事ないんじゃないかいリィン。軍人になってしまえばもう自由に海外に行けることは出来なくなる、こうして気軽に仲の良い友人同士で集まることもね。だったらその前に、一つ私に付き合って卒業旅行で皆であちこち旅する、どうかな、そんな日々も悪くないと想うんだが?」

 

 面白がりながらもどこか心の底からの願いを込めつつアンゼリカは真摯さを漂わせてそんな風に答える。

 そんなアンゼリカからの提案にリィンに多くの思いが過ぎるが……

 

「ああ、悪くないな」

 

 気が付けば微笑を携えてリィンはそんな風に口にしていた。それで良いのかという想いはある。

 自分が成るべき夢と目標に向かって最短距離を全力で駆け抜ける、そんな生き様こそが男の本懐ではないかと。

 アンゼリカの提案はただの現実を前にしたモラトリアムに過ぎないのではないかと、そんな風な思いも。

 だがそれでも今のリィンにとって、この掛け替えのない友人達と共に卒業後も一緒に旅をするというのはとても魅力的に映った。それこそ一年の遅れ、それを補って余りあるだけのものが得られるだろうと思える位には。

 

「うん、とっても楽しそう!」

 

 トワ・ハーシェルも輝く笑顔を浮かべながらそんなアンゼリカの提案に賛成して

 

「やれやれ、その流れだとサイドカーを利用するにしても足りない分の導力バイク後二つの作成って」

 

「もちろん君の役目さジョルジュ!頑張れ、君は出来る男だと私は信じている!!!」

 

「全くもう、調子が良いんだから」

 

 ジョルジュ・ノームも苦笑しながら賛同して

 

「クロウ、当然君も行くだろう?なんといっても君はこの中じゃ一番身軽で気軽な立場だ」

 

「……勝手に決め付けるんじゃねーよ。俺にも色々あるんだっての」

 

 クロウ・アームブラストは頭をかいて苦笑しながらそんな事を告げるが……

 

「ほう、それはすまなかった。ちなみにその色々というのはどういう内容か聞いても良いかな?」

 

 からかうような口調でアンゼリカはどう問いかける。見栄を張っているだけなんだろうとでも言いた気に。

 

「ぐむ、それはだなぁ……とにかく色々あるんだよ!」

 

「それは悪かった。でもどうだい、その色々をとりあえず置いておいて皆で一年間、いや数ヶ月でも構わないからあちこち導力バイクで旅するってのは。きっと色々と楽しいと想うけどね」

 

 そんなアンゼリカからの提案にクロウは様々な思いを飲み干すかのように一瞬眼を閉じて

 

「ああ、そうだな。中々に楽しそうな話だ」

 

 微笑を携えてそう口にしていた。

 そんなクロウの問いを受けて四人も笑みを浮かべて

 

「ふふ、決まりだね。ま、実際は今話した通りにはいかないかもしれないけど、そうなった時でもこうしてまたこの5人で卒業式の後にでも集まろうじゃないか。そして、またこんな風に星でも眺めながら騒ごうじゃないか」

 

「うん!約束、だね!」

 

「ああ、約束だ。俺たち5人の」

 

 そうして5人は澄み渡る星空の下で誓い合う。また今日のように星空の下で集まろうと。

 卒業しても。大人になっても。家庭を持っても。老人になってからでも。

 自分達の友情はきっとずっと続いていくのだとそんな風に心から信じて……

 

 




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