鉄血の子と特別オリエンテーリング①
「サラ・バレスタイン、君たち特科Ⅶ組の担任を勤めさせてもらうわ。よろしくね」
入学式の後、特別オリエンテーリングと称して旧校舎に集められた紅い制服に包まれた8人の生徒相手にサラはウインクをしながらそう挨拶を行なう。
「そしてこっちの二人が今後君たちが何かと世話になるであろう先輩達よ」
「2年Ⅳ組所属のトワ・ハーシェルです。何か困ったことがあったら何時でも相談してね」
「2年Ⅰ組所属のリィン・オズボーンだ。これから一年よろしく頼む」
トワは自然と、リィンは務めて柔和な笑みを浮かべて後輩たちへと挨拶を行なう。見知った顔二人がどこか嬉しそうな顔を浮かべ、妙に落ち着いた雰囲気のある長身の青年は悠然と、銀髪の小柄な少女は気だるげに、そのほかの面々は案の定と言うべきか、「オズボーン」という名に驚きの様子を浮かべている。
「あ、あのサラ教官、Ⅶ組というのはどういう事ですか……確かクラスは全部で5クラスのはずですし、それに先輩達も見たところ貴族クラスの方と、平民クラスの方と居るようですし……」
「お、流石は首席入学。良く勉強しているわね。うーんまあざっくり言ってしまうと、貴方達は今年から立ち上げられた身分や出自に囚われずに集められた新クラス特科Ⅶ組の所属になります。そしてその二人は貴方達にやってもらう特別実習の時に班長を務めてもらう先輩達になります。以上」
眼鏡をかけたおさげの少女エマ・ミルスティンの言葉にサラはニッコリと笑顔を浮かべながら答える。
(彼女が今年の首席、という事はマキアスは次席辺りか)
首席入学の才女と革新派の重鎮を父に持つ次席入学者、なんというかどうにも色々とダブって見えるなとリィンは一人ごちる。案の定というべきかサラの発言に1年生達は困惑の様子を浮かべ……
「冗談じゃない! 身分に関係ない!? そんな話は聞いていませんよ!?」
そんな一際大きな声を挙げてリィンも良く知る人物、マキアス・レーグニッツがサラへと食って掛かる。
正直リィンとしては意外であった。リィンが昨年会った時のマキアスは至って理性的な人物という印象だったからだ。おそらくは誰かしら食って掛かる人物が出てくるだろうとは想っていたが、それは昨年も飽きるほど見てきたタイプの貴族生徒の方だとばかり、リィンは想っていたからだ。
(あの様子、何かしらの因縁が貴族との間にあるのかもしれないな)
サラへと食って掛かっているマキアスの様子は明らかに尊敬する父親の敵だから嫌いだと言ったレベルではない、それは根底にまで刻まれた不信感であり、憎悪とも言うべき根深い物をリィンは感じていた。
「うーん、そうは言うけどね。若い者同士、一緒に過ごせば自然と仲良くなるんじゃないかしら?ほら、そこの先輩二人も貴族生徒と平民生徒だけど、入学当時からずっと仲良くしている学校でも評判のカップルだし」
「教官、後輩たちが誤解するような言動は慎んでください。彼女は掛け替えのない友人ですが別に交際しているわけではありません」
どこか面白がるような口調で根と葉はあるが事実ではないデマを後輩達へと吹き込もうとするサラへとリィンは釘を刺す。
「リ、リィン先輩は貴族生徒と言っても実質僕たちと同じ平民じゃないですか!」
「うーん、でも君の尊敬するそのリィン先輩にだって仲の良い貴族生徒の友人は何人か居るわよ。そうよねリィン」
サラのその言葉にリィンは黙って頷き肯定の意を示す。
入学してからしばらくの間こそ友人が少なく、貴族生徒での友人となると入学してからつるんでいたアンゼリカと互いに剣の腕を切磋琢磨しあうフリーデル位だったリィンだったが、生徒会に入り、さらには学園祭で案外面白い奴だと広まり、クロスベル留学後は「柔らかくなった」と評判になった事で随分と友人が増えた。馬術部部長を務めるランベルト、写真部部長フェデリオ、ラクロス部の副部長を務めるテレジアなど、リッテンハイムとは相も変わらず不倶戴天と言った様子でこそあるもの、今では貴族クラスの中でもリィンはそこまで浮いてはいなかった。
「マキアス、君が貴族に何らかの隔意を抱いているのはわかったが、君が入学したこの学院の理念を思い出して欲しい。トールズ士官学院は貴族、平民その別なく『世の礎たる』人間を育成すべく、ドライケルス大帝が建立した学院だ。つまり、君たち特科Ⅶ組はそんな学院の理念を体現すべく選ばれたわけだ。これは、大変名誉な事だぞ。なんといっても特科Ⅶ組は理事長を務めるオリヴァルト皇子殿下直々の発案なんだからな」
ちょうど一年前の自分を見ているようなむず痒い気分を味わいながらリィンは優しくそう後輩を諭す。ああ、あるいは教官方も自分をこんな風な気分で見ていたのかと、そんな感慨を味わいながら。だが流石に此処まで露骨ではなかった……とリィンとしては思いたいところであった。
そうして完全に納得したわけではないのだろうが、
「まあ偉そうなことは言ったが、俺自身も入学したばかりの頃はちょうど今の君みたいな感じだったよ」
肩をすくめながら自嘲するような笑みを浮かべて、そう告げる
「俺がこういう考えになれたのもたくさんの掛け替えのない友人と出会えたからこそだ。それは隣にいるトワを始めとした平民もいれば、中には貴族もいる」
トワにクロウにジョルジュにアンゼリカ、四人の掛け替えのない親友を始めとした多くの友人達。彼らと接することで自分はトールズに入学する前に比べて大きく成長できたという実感がある。未だ未熟な半人前の分際でこんな事を言うのは教官方にしてみれば片腹痛いものなのかもしれないが、それでも先輩として目の前の後輩に伝えたい想いがリィンにはあるのだ。
「
入学する前にリィンは貴族生徒と、それもよりにもよって四大名門であるログナー侯爵家の令嬢が親友と呼べる存在になるなどとは微塵も思っていなかった。
そういう意味でもアンゼリカにはある意味感謝しても感謝しきれないだろう。最初に出会ったのが四大名門という貴族の中の貴族でありながら、全く以って貴族らしくない彼女だったからこそリィンは多少なりとも貴族に対して柔軟になれた。
これが最初に出会った相手がリッテンハイム辺りだった場合には、それこそ目の前のマキアスと同じく、やはり貴族などろくでもない連中なのだと、そう断じていたかもしれないのだから。
「リィン君の言うとおりだよ、マキアス君。マキアス君がどういう過去を抱えているかは私にはわからない、でもね
トワの脳裏に浮かぶのはいつも飄々としていて事ある毎に授業を抜け出したりするとっても困った、だけど優しくて気高さを持った大切な親友の姿。
怒りはしない、目の前の貴族に対して怒りを抱いている少年がどのような理由でそうなったかを自分は知らないからだ。
だけど全ての貴族が悪である、などと想ってほしくないとそうトワは願うのだ。
「・・・・・・・・・・」
志を同じくしていると信じている尊敬する先輩と、同じ平民の先輩。その両名からどこまで優しく諭されてマキアスは押し黙る。彼とて決して聞かん坊というわけではない、喚き散した自分と優しく諭してくる目の前の二人、そのどちらに理があるのかはわかっているのだ。
わかっているがそれでも理解と納得は別物である。貴族と聞くとどうしても彼には脳裏に過ぎるのだ、敬愛していた大好きな姉さんを自殺する程の絶望に追いやった貴族の男を。
姉の遺体を前に「妾として大事にすると言った」等と恥知らずにも叫んだ男の姿を。言葉だけで、それらを消すことはマキアス・レーグニッツは出来なかった。
そうしてマキアスが押し黙ったことでその場を沈黙が包むと
「はーい、まあそんな風に納得してもらったところで。時間も押しているし、後は若者同士で交流を深めてもらうという事で♥」
そうにこやかな笑顔を浮かべながらサラ・バレスタインがレバーを引く。するとリィン達の立っていた床が大きく開いて……
「またこれですか!サラ教官!!!」
どうして昨年と同じくこういうやり方をするのだと恨みの篭った雄叫びをあげながら、リィンは近くに立っていたトワと共に地下へと落ちていくのであった……
おまけ
「クシュン」
「なんだゼリカ、風邪か?」
「いや、これはおそらく私のトワが今頃私の事を噂しているね。きっと「アンちゃんは私にとってとても大事で素敵な一番の親友何だ」みたいな事を後輩たちに言ってくれているに違いない!」
「………季節の変わり目だからな。体調を崩したんだろう」
「僕、ベアトリクス教官に言って薬をもらってくるよ」
「ああ、そうしてくれやジョルジュ」
「おーい、二人ともーなんだいその可哀想な人を見る目は。賭けたって良いんだぞー」
「ほうそりゃありがてぇ、明日の昼飯を奢ってくれるなんて流石はログナー様は気前がよろしいことで」
「アン、ありがとう。ありがたくご馳走になるよ」
「ぐぬぬぬぬ、見ていたまえ!絶対にトワは今頃そんなような事を言っているに違いないんだからな!ほえ面をかく事になるのは君たちだぞ!!!」
※言ってました
オズボーン君をクロウたちと同世代にしたのはそうすることで前書きに書いたようにも
クロウとの友情を掘り下げるためが一番の目的でしたが
同時にそうしないとマキアスとキャラが被りすぎるわコレとなったためでもあります。
ユーシスは喧嘩を買おうと思ったところでオズボーン君の説得フェイズに移ってしまったため発動のタイミングを逃しました。