「いや~、やっぱり最後は友情とチームワークの勝利よね。うんうん。お姉さん感動しちゃったわ」
拍手とともに階段を降りながら、Ⅶ組を地下へと叩き落とした張本人は告げる。あの後も探索を続行したA班は程なく終点にてガーゴイルと交戦していたB班と合流、最後はARCUSの本領発揮とも言うべき、全員の連携によって見事勝利を収めたわけだが、Ⅶ組の生徒たちはジトッとした様子で教官たるサラ・バレスタインを見つめる。
(しかし、このガーゴイルも昨年に続きご苦労な事だな)
昨年度の失敗、残心を忘れて危うくトワがやられかけていた覚えからリィンは念のためとばかりにガーゴイルの方に注意を払うが、昨年の時ような心配はないと判断して、ふとそんな感慨を抱いていた。
まだ特科Ⅶ組が今後も続いていくのか、この学年だけの試みで終わるのかはわからないがもしも今後も続いていくとなるとあるいはこのガーゴイルを倒す事が毎年の伝統行事になるのだろうかと。トールズ士官学院特科Ⅶ組入学式の伝統行事、旧校舎探索とガーゴイル退治。毎年最後は新入生の団結を確かるための道具に使われるガーゴイル、そう思うとなんというか思わずこの意志なき怪物に憐憫を抱いてしまいそうである。
(まあ、まだ続いていくと決まったわけじゃないか)
来年どころか今年成立するのかどうか、それは今から決まるのだから
「さてそれじゃあ文句を受け付けて挙げるわ、先輩二人からも言われたと思うけどあなた達8名はARCUSのテスターとして、そして同時に理事長であるオリヴァルト皇子殿下からトールズの理念を体現してくれる事を願われて特科Ⅶ組へと選ばれた」
そこでサラは改めて意志を問うようにそれまでのどこか緩んだ雰囲気ではなく教官としての威厳を感じさせるしっかりとした眼差しを生徒たちに向けて
「だけど、
張り詰めた空気を緩めてひらひらと手を振りながらサラはいつもの様子でさらりと告げる。
(此処で仮に辞退者が半数を超えた場合は特科Ⅶ組は白紙に戻す、という事だったな)
通常の士官学校であれば此処で辞退の選択肢など与えられないだろう。用意されたARCUSにしても、特別実習にしてもすでにそのつもりで各所は動いていて多額の予算が動いているのだ。有無を言わさず選抜されたので従えと、それで終わりだ。だがトールズ士官学院は生徒の自主的な意志をこそ尊重する。他人に強制されたのではなく自らの意志で選んだからこそ、自覚が生まれるというわけだ。
リィンにしてもトワにしても特科Ⅶ組は是非とも成立して欲しかった。それは目の前の後輩達の成長につながると信じているからという部分が半分、もう半分は自分自身のためであった。クロスベルで二人は知った、自分たちが学んできた事はあくまで知識でしかなかったという事を。二人は勤勉な努力家の秀才で、いずれは間違いなく帝国を背負う優秀な若者であることは疑いようがない。
しかし、それでも知識で得られることには限界がある、そう二人はクロスベルへの留学で実感した。自分たちの知ったつもりとなっていた事は文字通り知ったつもりだった事でしかないのだと、学ぶのが断じて無意味というわけではないが、それでも現地に行ってこそ得られるものがあるのだとそう実感したのだ。だからこそ、帝国の各地をめぐる事のできる特別実習は帝都育ちの二人にとっても渡りに船であったのだ。
故に学院長や理事の面々に要望を出された時も二人は引き受ける事に一切の迷いはなかった、むしろより成長する事のできる絶好の機会だと大喜びしたのであった。ただでさえ生徒会長と副会長で忙しく、殺人的なスケジュールになるとわかっていながら、である。リィン・オズボーンとトワ・ハーシェル、この二人はどうやら母の胎内に怠惰という言葉を置き忘れてきたようである。
そんなわけでリィンとトワは後輩の為を思う気持ち半分、自分たちのためという気持ち半分で特科Ⅶ組が無事成立する事を祈ったわけなのだが……
「ガイウス・ウォーゼル、参加させてもらおう」
「お、一番乗りは君か。さっきも行ったけどかなりハードなカリキュラムになると思うけど良いかしら?君は留学生だし、そういう意味では人一倍苦労する事になると思うけど」
「問題ない、これも風の導きというものだろう。もとより俺は貴族と平民というこの国の制度に関しては疎い部分がある、そういう意味では貴族と平民に囚われない新たなる風を齎す、というこのクラスの設立には大いに惹かれる部分があった。是非とも参加させてもらいたい」
どこまでも悠然とした様子でガイウスは気負う事なく告げる。……背丈の大きさと良い、リィンとしては正直本当に後輩なのかと疑いたくなる心境であった。リィンにしてみると自分が一年掛けてようやく到達した境地に、入学してから到達しているように思えて、なんというか先輩としては若干立つ瀬がない気分である。
最もガイウスがノルドの生活でその泰然自若とした精神を養ったのに対して、リィンはリィンでクレアやレクターからの英才教育を受けてガイウスは身につけていない物を入学時に幾つか身につけていたのだが。
「ふふ、私は参加させてもらおう。元より修行中の身。此度のような試練は望むところだ。」
飽くなき向上心を見せながらラウラも続くとエリオット、アリサ、エマ、フィーといった他の面々も相次いで参加を表明していく。そうして残ったのはずっと激しい火花を散らしていた二人だけとなる。
「そんなに難しく考えなくても、一緒に青春の汗を流していればすぐに仲良くなれると思うんだけど。貴方の尊敬するリィン先輩も、私が赴任する前に大喧嘩したって話の相手とあっという間に大親友になったし」
その言葉を聞いた瞬間にその場に居た者達の視線がリィンへと集中する。ひょっとしてそれが最初の話で挙がっていた貴族の親友とやらかと
「いや、そいつは平民だよ、貴族じゃない。喧嘩の理由についてはまあ……若さゆえの未熟さによるものとだけ言っておくとしよう」
「なーに年寄りみたいな事言ってんだか。一年早く入学したってだけで年齢なんて此処に居る面々と大して変らない癖に」
肩を竦めて告げるリィンにサラは呆れたようにツッコミを入れる。
「まあそんなわけで貴方達もすぐにでも仲良くなれるんじゃない?きっと一年も経てばこんな感じで喧嘩した事も懐かしい思い出みたいな感じになっているわよ♥」
そうおどけながらいうサラへとマキアスは猛然と反発する
「そ、そんな訳ないでしょう!? 帝国には強固な身分制度があり、明らかな搾取の構造がある! その問題を解決しない限り、帝国に未来はありません!そうですよね!リィン先輩!!」
同じ志を抱いているとそう信じている先輩へとマキアスは同意を求める。そんなマキアスの言葉にリィンは……
「ああ、そうだな。それに対して異論を唱える気はない。すべての貴族が悪ではないという事は熟知している、中にはアルゼイド子爵のような尊敬に値するその血に流れる責務を果たすような方が居る事もな」
貴族と言ってもふんぞり返ったようなものばかりではない、まさに貴種と呼ぶに相応しい生まれながら背負った責務を果たさんとする真に高貴なる者が居ること、それは確かだ。
「だが、それでもこの国には変革が必要な時期が来ている」
帝国にとっては宿敵たる東の脅威カルバード共和国、君主を戴かないこの民主制の勃興。それに伴う平民の権利の拡大による身分制の崩壊。リベール王国もレミフェリア公国も君主は未だ健在だが、身分制は緩やかに変革されていった。そんななか、エレボニアでは未だ厳格な身分制が存在し、様々な部分で貴族には明確な特権が存在する。平民と貴族の別はないという理念を持つ、このトールズ士官学院でさえも貴族専用のサロンが存在するなどある種の特権が存在している。
「だからこそ、俺は我が父ギリアス・オズボーンの推し進める改革を支持しているし、自らもいずれは軍人となり父へと協力するつもりだ」
掛け替えのない親友のように、父の改革により泣いている多くの人がいるのだろう。誰もがギリアス・オズボーンを支持する義務も義理もない、その事を改めて胸に刻み込んでおく。だが、その上でリィンはやはり革新派である事を選ぶのだ。父の改革こそがこの国の未来を開いていくと、リィンは信じている。
ならば自分はそんな父の力となろう、その上で少しでも己の親友のように父の突き進む鋼の進撃、その過程ですり潰されて泣く人間を減らせるように尽力すること、それが今のリィンの目標であった。
故に同じ革新派たるマキアスの言う、この国に改革が必要なのだという意見、それに対する異論はリィンは持ち合わせていない。
「だけど、そういった制度的な問題と個人として友人になれるかというのは全く別の話じゃないか?」
だがそれとこれとは別問題だとリィンはそう思うのだ。なぜならば彼はクロスベルで出会ったのだから、立場で言えばいずれは敵となるかもしれない、されど人間的には尊敬に値する特務支援課の面々と。彼にはアンゼリカを始めとする貴族の友人達も居るのだから。世の中には尊敬に値する敵も居れば、殴りたくなるような味方も居るのだという事を。
リィンは一年間の間で良く良く理解した。故に立場が違うのだから仲良くなれるはずがないと言うマキアスに対して言うのだ、それとこれとは別の話だと。
「むしろ、そう思っているならなおの事君は貴族の友人を作るべきだと、そう思うけどな俺は」
「な、何故ですか!?」
「決まっている。敵の中に信頼できる相手が居れば、交渉がやりやすくなるだろ。それとも一切合切敵対する者は滅ぼし尽くすつもりか君は?」
交渉や取引というのは相手との信頼関係があってこそ成立する。勝ち目のないと悟った時に降伏する事ができるのも、相手が条約やそうした取り決めを守るという信頼が有ればこそだ。そういった信頼がなければ互いに死ぬまで、滅びるまでやりあうしかなくなる。だからこそそういった何処かで戦いを辞める妥協点を探り合う時には敵の中でも信頼できる相手が居る事が肝要となる。
特にマキアスの目指す政治の世界とはそういった調停力とバランス感覚こそが重要となってくる。リィンの父たるギリアス・オズボーンが辣腕を奮い、ともすると強引にでも改革を推し進められているのもそういった調停の役割を革新派のNO2たる、マキアスの父カール・レーグニッツが引き受けていればこそなのだ。
「君が目指している行政組織にも領地を持たない法衣貴族は多数いるし、アルゼイド子爵のように領民から尊敬を集めている貴族もいる。それらすべてをいきなり無くすなんて事になったら、それこそ帝国は大混乱だ。より良き国にするための改革なのにそんな事になったら本末転倒だろう?」
「それは、まあ……」
リィンの言葉に理があると認めてマキアスは頷く。此処までマキアスが素直に聞いてくれているのもリィンがやはり同じ志を持つ革新派だからこそだろう。敵からの意見は受け入れがたくとも、味方からの説得ならば人間それなりに耳を貸すものなのだ。
「だからこそ、俺は君は貴族の友人を作ってそういう将来の交渉のためのパイプを作っておくべきだとそう言っているのさ。もちろん、そんな小賢しい打算抜きに色々と君の視野を広げてくれると思っているからこそ言っているわけだがな。悪いな、たった一年早く入学しただけのやつにこんな先輩風吹かされてもうっとおしいだろう?」
どうにも今日は自分はやたらとえらそうな事を言っているな、未だ自分はただの一士官学院生にすぎない癖にずいぶんと自分は偉くなったものだとそんな風にリィンは自嘲する。
「い、いえそんな事は!リィン先輩の言っている事はいちいちごもっともだと思いますし!」
「はーい、じゃあ納得してもらったという事でマキアスも参加って事で良いわね」
慌てたように言うマキアスの言葉を聞いてサラ・バレスタインが間髪入れずに言う
「なぁ!?」
「あら?リィンの言葉がもっともだって思ったんでしょ?じゃあ参加って事で良いんじゃないの?それとも口ではもっともだって言っていたけど内心では「うわっ、なんだこの先輩長々と説教してきてうっとおしいなぁ。言っている事はまるで納得出来ないけど、否定するとめんどくさいことになりそうだからとりあえず表向きは合わせとこ」みたいな風に思っていたって事?」
「なんでそうなるんですか!わかりました……わかりましたよ!マキアス・レーグニッツ、特科Ⅶ組に参加させてもらいます!!!」
あらぬ疑いをサラに着せられかけてマキアスはどこかヤケクソ気味に参加の意を表明する、そうして残った一人ユーシスは思案するように幾ばくか目を閉じて
「ユーシス・アルバレア、特科Ⅶ組に参加させてもらおう」
決意をその瞳に宿して参加を表明していた。
「な、一体どういう風の吹き回しだ!」
「別に。こちらのほうがうっとおしい取り巻きなどに纏わりつかれずに済むと思っただけだ」
それに敵の中に信頼できる友人を作れという言葉、それはユーシスが敬愛する兄ルーファスに教えられた言葉でもあった。ユーシスにとっては兄ルーファスはすべての師であった、剣術も知識も作法も馬の世話も何から何まで兄に教わりユーシスは育った。だが、いい加減自分も兄離れしないとユーシスは感じていた。そしてそのためのきっかけがこの特科Ⅶ組で得られるかもしれない、そんな予感をユーシスは覚えたのだ。
「ずいぶんと残念そうに見えるが、貴族の中にも友人を作るのではなかったのかな?」
「ふん!リィン先輩が言っていたのは貴族の中でも尊敬出来る相手と友人になれという話だ!誰が君なんかと!」
「そうか、その言葉を聞いて安心した。俺としてもお前のようにうるさい男から友などと呼ばれて纏わりつかれるのはごめん被るからな」
そうして再びマキアスとユーシスは互いに睨み合う。そんな二人を見てトワとリィンは苦笑して
「何ていうか、先が思いやられるなこれは」
「で、でもきっとすぐに仲良くなれるよ。ふたりともとっても良い子だもん」
「君は10個欠点があったとしても一つ美点が有ればそれを強調するタイプだから君の良い子は当てにならない、と言いたいところだけどまあ確かに何だかんだでこの二人、そのうち仲良くなれそうな気が俺にもするよ」
何故ならば今日この場に居合わせたⅦ組の面々の中で一番言葉を交わし合っているのは今睨み合っているこの二人だから。相棒と呼べるような関係にはならずとも、敵対してもどこか相手に対する敬意を抱く好敵手と、そう呼べるような関係になれる、そんな気がするのだ。
「これで8名――全員参加ってことね。それでは、この場をもって特科クラス《Ⅶ組》の発足を宣言する! この一年、ビシバシしごいてあげるから楽しみにしてなさい――」
「みんな、改めてよろしくね!」
「何かあったら頼ってくれ、先輩として力になろう」
・・・
階段の踊り場の更に上。丁度、出口から直ぐの場所に一部終始を見守る人影があった。
一人はこの学院の最高責任者、エレボニア帝国の生ける伝説、軍神ヴァンダイク学院長。
「やれやれ、まさかここまで異色の顔ぶれが集まるとはのう。これは色々と大変かもしれんな」
「フフ、確かに」
もう一人は放蕩皇子などと呼ばれる、この学院の理事長を務める特科Ⅶ組、その発起人たるオリヴァルト・ライゼ・アルノールであった。
「――ですがこれも女神の巡り合わせというものでしょう」
「ほう……?」
「ひょっとしたら、彼らこそが”光”となるかもしれません。動乱の足音が聞こえる帝国において対立を乗り越えられる唯一の光に」
彼の息子である少年、ヴァンダイクから聞いた通りに彼は大きく成長していた。その姿にオリビエは未来の希望を見た。敵だからと互いに憎悪し殺し合うのではなく、平民と貴族の別なく手を取り合いながら未来へと進む、そんな希望を。
「見守らせてもらいましょう、大人として」
「ええ、そして我々も大人として若者に恥じぬような背中を見せねばなりませんな」
トールズ士官学院特科クラスⅦ組伝統行事、入学式後の特別オリエンテーリングでのガーゴイル退治。
同窓会とかでお前達の時は何分かかった~みたいな会話を先輩と後輩でするようになるんでしょうかね?