(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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いまいち今回はしっくりくるサブタイが浮かびませんでした。後々変更するかもしれません


鉄血の子と過重労働

「ふう、これで後もう少し」

 

  一年生が初めての自由行動日を翌日に控えた4月17日、うず高く積まれた書類を頼りになる副会長と一緒に片付けてその7割がたを終えたトワはもうひと頑張りだと気合を入れる。

 

「お疲れ様。ここらで一旦休憩にしないか?時間も時間だし、あまり遅くなってしまうと学食が閉まってしまうだろうし」

 

 生徒会室に掛けられた時計を指さしながらリィンがそう提案する。時刻は現在19時30分。学食の営業時間が夜の20時までなのを思えばそろそろ利用できるギリギリの時間と言える。第3学生寮には寮の管理人がおらず、リィンにしてもトワにしても現状自炊するだけの時間的余裕がない。そのため二人は基本的に味、量、値段、栄養それら全てを兼ね備えた学生の味方たる学生会館に存在する学食の常連となっていた。

 

「わ、もうそんな時間!?リィン君此処までやれば後は私だけでもなんとか出来るし、リィン君は先に帰ってくれても……」

 

 常日頃から忙しくしている、自分もリィンに負けず劣らず忙しいのだが、リィンをそんな風に気遣うがリィンは悪戯っぽい笑みを浮かべて

 

「なんだ?君はそんなに俺と一緒に食事するのや帰るのが嫌だったのか?悲しいなぁ……一緒に居て楽しいと思っていたのは俺だけだったのか……」

 

 そんな風に似合わない下手糞な演技をするリィンにトワはクスリと笑って

 

「もう、そんなわけないでしょう。かれこれ一年の付き合いになる大切な友達だもん。私だってリィン君と一緒に居て楽しいよ」

 

「じゃあ、君も今更そんな水臭い事を言わないでほしいな、会長殿(・・・)

 

「失礼しました、リィン副会長(・・・)

 

 そうして二人はどちらともなく笑い合って一旦生徒会室を出て一階へと降りて行くのであった。

 

 

 

 

「あら、あなたたちこんな時間まで仕事していたの?ちょっと働き過ぎじゃない?」

 

 そんな風にして仕事を終えた様子のサラが二人に気がつき声をかけてくる

 

「色々と忙しくて……でもリィン君のおかげでもう後ちょっとです」

 

「教官は今仕事を終えられたところですか?珍しいですね、キルシェではなくこちらで食事を取られるのは」

 

 学食は教官を始めとする学院の職員たちも利用可能だが、あくまで学院生に向けられた食堂であるため当然ながらアルコールの提供はない。そしてサラ・バレスタインは仕事終わりのビールを何よりも愛する酒豪である、故に彼女が夕食を学食で取るというのは珍しく、専らキルシェを利用することが多いからだ。

 特に明日は自由行動日、誰に憚ることなくそれこそ浴びるように飲んでいるのではないか等と思ったのだが……

 

「ベアトリクス教官にたまには酒を飲まない休肝日を作れって言われてねぇ……お酒が飲めないならキルシェに行く意味もないからこっちにしたのよ」

 

「ああ、なるほど……」

 

 渋面を作りながら答えるサラの言葉にリィンは納得する。

 ハインリッヒ教頭やナイトハルト教官に小言を言われようがどこ吹く風と言った様子のサラ・バレスタインにも頭の上がらない存在がいる。それが保険医を務めるベアトリクス教官である。実際トールズに来るまでは軍医として大佐階級にあったベアトリクスは穏やかながらも静かな迫力を感じさせて、生徒の間では決して怒らせてはいけない教官として慕われながらも畏怖されている。さらにサラの場合はある恩義もそこに加わっており、彼女に対しては頭が上がらないのであった。

 

「せっかくだし、一緒に食べない?働き者の優等生二人に特別に奢ってあげるわよ」

 

 お邪魔虫だっていうのなら退散するけど等と冗談めかしながら言う教官の言葉に二人は苦笑を浮かべながら甘えることにするのであった。

 

 

 

「まあ真面目な話、あなたたち二人、ちょっといくらなんでもオーバーワークだと思うわよ。ある程度は他の人間に任せないと」

 

 もぐもぐと注文したリゾットを口に運びながら若くして仕事中毒の優等生二人へとサラは教官としての忠告を行う。

 

「それはわかっているつもりなんですけど……特別実習中はヴィンセント君達にまかせっきりになっちゃう事を考えるとついつい今のうちにって思っちゃって……」

 

「加えて今の時期はちょうど新入生が入ってきたばかりで、生徒会に入ってくれた新メンバーもまだ仕事に慣れていない時期ですから。どうしてもこちらでフォローしなければいけない案件が多くなりまして」

 

 どこか言い訳めいた様子で二人はそう告げる。優秀すぎる人間はとかくついつい自分で何でもこなそうとしてしまう。その方がなまじ効率的で上手く行ってしまうからだ。そんな優秀すぎるエリートが嵌りがちな陥穽へと目の前の二人がまさしく落ちかけている事をサラは察知してあっけらかんと言い放つ

 

「良いじゃないまかせっきりにしておけば。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすってね。なまじ貴方たちがなんでもかんでも引き受けちゃうから、皆貴方達に頼りっきりになっちゃうのよ。

 貴方たちだって来年の3月には卒業でしょ?だったらそういう後を託せる後輩の育成だって先輩としての大切な仕事の一つだと思うわよ」

 

 人を育てる事は非常に難しい。特になまじ優秀な人物だとしばしば己と比較してこれならば自分がやった方が早いなどと思ってついつい他人に任せようとせずに自分で片付けてしまいがちだ。だが、それでは行けない。手本を見せてもらい、自分で考え、自分でやってみて初めて真の意味でそれを理解できるのが大多数なのだ。

 あるいはただの優秀な下っ端で終わるのならばそれでも問題はないのかもしれない、だがこの二人はこのまま行けばトールズ士官学院主席卒業者というこの世代を代表する俊英として社会に出る。当然いずれは上に立つことを期待されるだろう、特にリィンに関しては父親の威光もあって尚更である。

 故にこそそろそろ他人に任せる事や、後輩を育てるという事。それらをやってみるべきだとサラは説いているのだ。

 

「ごもっともです、確かに何時までも自分とトワだけでやっていたら後輩達の成長の機会を奪ってしまいます」

 

「うん……ブラッケ先輩が私たちを信じて仕事を任せてくれたみたいに私たちも皆を信じないと……だね」

 

 神妙にうなずく二人の様子にサラは快活に笑って

 

「そこで、私から一つ提案があるんだけど、どうかしら貴方たちがやっていた生徒会の依頼を幾つかⅦ組の生徒に回してみるってのはどう?」

 

 自分が思いついた考えを二人へと伝えるのであった。

 

 

・・・

 

 

「生徒会の手伝い?」

 

「ああ、昨年は俺とトワの二人で何とかこなしていたんだが流石に俺たちも会長と副会長になって全部を捌く事は難しくなってきたんだ」

 

「もちろん強制とかそういうのじゃ全然ないから、ガイウス君が良ければで良いんだけどね!」

 

 あの後仕事を終えて仲良く第三学生寮へと帰宅した二人は、サラのアドバイスに従いそんなお願いをガイウスへとしていた。

 

「俺としては問題ないが、良いのだろうか?お二人もご存知の通り、俺はこの国の平民や貴族の関係の機微に疎い所がある。知らず無礼を働いてしまう可能性もあるかと思うが……」

 

 自分が帝国人ではなくノルドからの留学生であること、それ故の懸念をガイウスを伝えるがリィンはその懸念に首を振り

 

「その心配はないだろう、気の難しいところのあるユーシスといち早く君は仲良くなって見せたんだ。むしろ、そういう貴族や平民といった身分について気にしない君だからこそ俺たちは頼んでいるんだ」

 

「というと?」

 

「えっと、もう何度も聞いたと思うけどトールズ士官学院は貴族生徒と平民生徒、そういった区別なく同じ生徒として仲良くする事を目標としているのは知っているよね?」

 

 リィンの言葉に訝しがるガイウスへとトワはリィンの言葉を引き継ぐように優しく告げる

 

「ああ、正直最初に聞いた時は「当たり前の事」と自分として感じたものだが、それでも同じクラスとなったあの二人の様子からどうやらそれが一朝一夕では行かないものがあるという事はなんとなくわかってきたつもりだ」

 

 ノルドの民に身分の差というものはない。もちろん皆を率いる族長は存在するが、それとて長としての実力を示さなければ瞬く間に信頼を失う。大地や風と共に生きるノルドの民にとっては同胞は皆家族のようなもの、そこに所謂特権階級と呼ばれるものは存在しない。ガイウス自身、族長の息子であり順当に行けばいずれは族長となるなどと呼ばれているがそれはほかならぬガイウス自身がそう信じられるに足るだけの行いをしてきたからこそ。

 もしもガイウスがそれを笠に傲慢に振る舞いでもすれば瞬く間に皆からの信頼を失い、次期族長候補は別の者が挙げられる事となっていたであろう。……そうなる前にそもそも現族長である父から激しい叱責を受ける事となっていたであろうが。

 

「耳が痛いな……そう当たり前の事ではあるんだ。貴族だろうと平民だろうと同じ人間には違いないんだから。ただ入学してすぐにそう出来る平民生徒は割かし珍しいタイプでな」

 

 貴族であるという理由で居丈高に振る舞う者は当然だが平民側は平民側で相手が貴族であるという理由で反感を抱いたり、逆に萎縮したりと貴族と平民というくくりを気にしていないガイウスのような生徒は本当に少数派なのだ。

 

「何せもう数百年も帝国はこの体制だった。いわば帝国人にとっては身分の差というのは謂わば常識だ」

 

「?ならばなおの事、その常識を理解していない俺では不適格では?」

 

「ううん、逆だよガイウス君。そういうガイウス君だからこそ生徒会の手伝いをして欲しいんだ。だってガイウス君は理解してないわけじゃなくて、理解して尊重した上で、それを気にせずにユーシス君とかにだって接しているんしょう?」

 

 ガイウス・ウォーゼルの優れた点、それはこの年にして自分たちの文化と相手の文化そのどちらも理解した上でそれを尊重できているその懐の深さであろう。彼にとって帝国の身分制というものは理解し難いものである、だが彼はその上でそれの持つ長所と短所それらを理解しようと努め、尊重する。

 そこには決して自身を貶めるような過度な謙りも、逆に相手を馬鹿にしたりするような色は一切見られない。どこまでも雄大なノルドの大地のように在るのだ。彼と比べればトワは若干謙遜しすぎなところがあるし、リィンの方は逆に自信過剰なところがあるとさえ言えるだけの均衡のとれた精神性をガイウスは入学した時点で既に有していた。

 

「だからこそ、私たちはガイウス君が生徒会の手伝いをしてくれたなら嬉しいなぁって思っているんだけど……も、もちろんガイウス君にだって都合があると思うから断ってくれても一向に構わないから!」

 

「もちろん、何か他に興味のある部活があるというのならそちらを優先してくれて構わない。これはあくまで奉仕活動のようなものだからな。自分を疎かにしてしまっては本末転倒だからな」

 

 告げられた二人からの言葉にガイウスは少し思案する。此処まで見込まれたのは素直に嬉しいし、自分が力になれるのなら喜ばしいと思う。加えて生徒会の手伝いをする事で多くの人物と接する事が出来るのは自分にとっても望むところだという思いもある。

 故に彼は……

 

「承知した。これも風の導きというものだろう。美術部との掛け持ちで良ければ、その役目引き受けさせて頂こう」

 

 そう快く了承するのであった。

 

 

 




ガイウスさんとかいう入学時点で既に大人顔負けの精神の完成度を誇る17歳

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