(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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鉄血の子と交易町ケルディック①

 4月24日、トールズ士官学院特科Ⅶ組総勢8名と生徒会長を務めるトワ・ハーシェル及び副会長を務めるリィン・オズボーンは早朝にトリスタ駅へと集合していた。学院は通常通りに講義が行われる日に、こうして集まっているのは決して今から学校をサボって遊びに行くというわけではなく、列記とした特科Ⅶ組の特別カリキュラム、すなわちいよいよ特別課外活動の日を迎えたからであった。

 

「・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・」

 

 相も変わらず険悪な様子で顔を合せようとしないユーシスとマキアス。班長を務めるトワはなんとか和解出来ないかと苦慮しているようだが、前途多難と言うべきだろう。明かされた特別実習の編成と行先、それは以下のようなものであった。

 

 【4月特別実習】

A班:リィン、アリサ、ラウラ、エリオット、フィー(実習地:交易町ケルディック)

B班:トワ、エマ、マキアス、ユーシス、ガイウス(実習地:紡績町パルム)

 

 不和を抱えている状態のユーシスとマキアスをあえて一緒にし、『青春の汗を共に流させる』という目論見が滲み出ている編成であった。班長をマキアス寄りのリィンではなくトワにして、他の班員にしても委員長を務めており温厚な性格のエマに悠然としたガイウスとしている辺り、それなりの熟慮が感じられる。適当でだらしないように見えても根底にはしっかりとした考えがあるのがサラ・バレスタインの流儀というものであった。

 

「お、間に合ったみてぇだな」

 

 そんな言葉と共にリィンとトワの良く知る三人が駅へと入って来て

 

「いよいよ特科Ⅶ組本格始動という訳だね、フフフフ」

 

「みんな気をつけて行ってきてね、土産話楽しみにしてるから」

 

 そう声を掛けてくる親友たちの姿にリィンとトワは顔を綻ばせて

 

「わぁ、わざわざ見送りに来てくれたの?」

 

「やれやれこの分じゃ現地の天気が心配だな」

 

「おう、ちょうど時間が空いたからな。初っ端位それじゃあ見送るかって話になってな」

 

「やれやれ、そちらの二人は未だにそんな状態かい。君たち、喧嘩も結構だがあまり私のトワを困らせるようだったら帰ってきた後に私の泰斗流をその身で存分に味わってもらうからね?」

 

 どこか冗談めかした口調で微笑みながらそう告げてくるアンゼリカの迫力に気圧されて、二人は冷や汗をかきながら黙って頷く。冗談めかしているが多分8割がた本気であろう。やるといったら相手が公爵家の子息だろうが帝都知事の息子だろうが、宰相の息子だろうが、皇族だろうが殴るのがアンゼリカ・ログナーという女である。

 

「そういえばリィンとトワがこういう課外活動で別々に行動するって何気に初めてだよね?」

 

「ああ、そういえばそうかもしれんな。思えば入学してから彼女とはこの手の活動で大体行動を共にしていたからな」

 

 生徒会での活動、ARCUSのテスター、夏至祭中の帝都での活動、クロスベルへの留学、クラスこそ違えど思えばリィンとトワはずっと行動を共にしていた。こうしてそれぞれが班長として別々に行動するというのは二人にとっても初めての経験である。

 

「大丈夫なのかよお前ら?何かあっても俺らがいないからフォローできないぜ?」

 

「そうだね、私の可愛いトワがかどわかされないか私は心配でならないよ。ああ、やはり私も講義なんてほっぽり出して一その事ついていくべきでは……」

 

 そうクロウは二人に対してからかい半分心配半分の問いかけを、アンゼリカはぶつぶつと呟きだす。

 トワもリィンもこの世代を代表する俊英なのは間違いないが、万能の超人というわけでは決してない。それぞれ長所もあれば短所もある。そしてこの二人は入学以来から互いの抱く短所をそれぞれ補い合う事で多くの問題を解決してきた。リィンの果断さが強引となりかねない時はトワが間に入り、トワの柔和さを軟弱と取ってくるような相手に対してはリィンが然るべき対応を取るという風に。

 

「ご忠告どうも。お前たちの方こそ俺とトワがいなくてもちゃんと講義に出ろよ」

 

「もう~アンちゃんは私をなんだと思っているの?私ももう2年生、Ⅶ組の皆のお姉さんなんだよ」 

 

 そう(無い)胸を張りながら告げるトワと隣にいる大きなお山を二つ持っているエマを見比べて、いや、どう見てもお姉さんには見えねぇぞという言葉を言おうとした直前でクロウは飲み込む。本人の自助努力でどうにもならないツルーンでペターンな事を弄るのは冗談として悪趣味と言われる部類。加えて言おうものなら女性陣に袋叩きに合いそうなので辞めようと思う程度の良識と思慮程度は彼にも存在していた。

 

「……クロウ君、その何やら可哀想なものを見るような目は何かな?」

 

「いや別に、ただまあ空の女神は何とも残酷だなと思っただけだ」

 

 ツルペタストーン、ボンキュボン、悲しいまでの持たざる者と持つ者の貧富の差、それを目の当たりにしてクロウは思わずこの世界の残酷さへと思いを馳せる。

 

「……最低ね、あの先輩」

 

「リィン先輩はなぜあのような御仁と親しくされているのか」

 

 目は口ほどに物を言うということわざがある、その言葉通りクロウの努力は実を結ばなかった。彼の視線から彼が何を考えているかを如実に感じ取ったアリサとラウラは絶対零度の視線をクロウへと送る。オリエンテーリングの時の活躍とこの一ヶ月同じ学生寮で生活して『頼りになる先輩』という評価のリィンに比べると、クロウの評価はなんか『チャラい先輩』というものであったが、どうやらそれは『チャラくてスケベな先輩』というものに悪化したようである。

 

「言っておくがなぁ、そこの剣と勉強が趣味とかいう変態に比べれば俺の方がよほど普通なんだからな!野郎なんてスケベなのが当たり前なんだ!!!そうだろうジョルジュ!?」

 

「いや、そこで僕に話を振られても困るんだけど……リィンが希少例っていうのはまあ同意するけど」

 

「……貴様ら人を一体なんだと思っているんだ?」

 

 そんな風に仲良く漫才をしていると目的の列車が来たというアナウンスが流れて一同は三人に見送られながら改札へと進んでいく。そしてリィンが改札を通るその直前

 

「リィン」

 

 先ほどまでのどこかおちゃらけた空気とは一変、真剣な表情で

 

「真面目な話、注意しておけよ。お前が行くのはアルバレア公爵閣下のお膝元のクロイツェン州でお前はあの鉄血宰相様の息子だ。加えて今回、お前の傍にはゼリカも俺もジョルジュもトワもいねぇ。くれぐれも短気を起こしたりするんじゃねぇぞ」

 

「……ああ、わかっているさ」

 

 親友からのどこか常とは違う忠告に答えて、リィンはいよいよ特別実習へと趣くのであった。

 

・・・

 

「向こうは大丈夫かなぁ」

 

 流れ行く風景を眺めながらエリオットがそうポツリと言葉を溢す。

 

「まあトワが班長を務めている以上大丈夫だろう、その手の喧嘩の仲裁は彼女の十八番だ」

 

 昨年度幾度もあった貴族生徒と平民生徒の喧嘩、それの仲裁役としてトワ・ハーシェルは目覚ましい活躍を果たした。彼女を相手にすると大抵の人間は毒気を抜かれるというか、どうにもそれ以上のやる気が削がれるのである。それでも矛を収めない類にはリィンが物理的に止めるというのが基本であった。今回はリィンは居ないが、もしもの時はガイウスがその役割を果たす事だろう。最も、止めずに徹底的にやり合わせた方が案外好転する可能性もあるが。

 

「随分と信頼されているんですね、会長のこと」

 

「当然だろう。親友だからな。彼女は俺よりもよほどしっかりしているよ」

 

 アリサからの問いにリィンは静かな笑みを湛えて答える。

 リィンのトワに対する評価は極めて高い。それは一緒に行動して彼女の持つ優しさという強さを間近で実感させられたからでもあるし、生徒会長選挙という勝負に於いて彼女に敗北したからでもあるし、本人自身も自覚していないある種の感情があるからでもあった。

 

「そういうわけでB班の方は彼女に任せておけば大丈夫さ。すぐに和解とはいかんだろうが、それでも空中分解という事にはならんだろうさ」

 

「そうそう。その辺は私もちゃーんと考えているのよ。だから、貴方たちは自分たちの班の心配をしなさい」

 

 A班へと同行していたサラ教官の言葉にA班の面々は顔を見合わせる。心配と言ってもこちらの班は別段何か不和を抱えているわけでもない、班長を務めるリィンにしても頼もしい先輩だし、戦力的にもⅦ組、いや学院でもトップクラスの面々が揃っている以上別段心配になるような要素はないはずだと。

 

「言っておくけど、班長だからって何でもかんでもリィンに頼ってちゃ駄目よ。この実習はあくまで貴方達一人一人に考えて行動してもらうためのものなんだからね。リィン一人に頼りきりのワンマン状態だったと判断したら、評価はそれ相応のものになるからそのつもりで居なさい」

 

 自ら律し、考えて行動できる人物こそがトールズ士官学院の求める「世の礎たる人物」。上のいう事にただ従うだけの駒を決して求めている訳ではないのだと、頼られるとすぐに抱え込んで自分一人で何とかする傾向の見えるリィン自身も含めて、サラはA班の面々へと釘を刺す。

 

「……別に私は評価が低くなったところで特に気にしないけど」

 

「フィー……あんたねぇ……」

 

 珍しく教官らしい威厳を見せながら告げられたサラの言葉に他の四人が神妙に頷く中一人だけどこ吹く風とばかりのフィーの様子にサラは呆れた様子を見せる。

 

「……フィーよ。常日頃から思っていたのだがそなた、もう少し背筋を正して真面目に取り組むべきではないか?講義の際も良く居眠りをしているであろう」

 

「そう言われても、私はずっとこんな感じだったし。学校とやらに通うのも初めてだから授業は正直何を言っているのかわからなくて眠くなるし。それに明確な指揮官が決められているのなら部下はそれに従っていれば良いものじゃない?」

 

 無能な上官に従っていたらこっちの命が危なくなるから誤射しちゃうかもしれないけど等と背中が薄ら寒くなってくるような事をサラリと言うフィーにラウラは首を振り

 

「そなたが今までどのように過ごしていたかは私は知らぬ。だが今のそなたは列記としたトールズ士官学院の生徒だ。その立場に見合った行動をとるべきであろう」

 

「………善処する」

 

 ラウラのいう事に納得したというよりは相手をするのもめんどくさくなったのであろうフィーはそれだけ言うと話は終わりだとばかりに昼寝をし出し、ラウラはラウラで釈然としないものを感じながらも矛を収めるのであった。

 

(こちらはこちらで一筋縄では行かないかもしれんな)

 

 不和と言うほどのレベルではないが真面目なラウラと気分屋なフィー、この二人も気質的にどうにもそりの合わない部分を抱えているようだ。ラウラの言っていたことは正直リィンも言いたい事ではあったのだが、この状況で片方だけに自分が味方してしまうのはあまりよろしくない事だろうと静観したのだ。

 

(人を纏めて率いるというのも中々に大変だな……)

 

 たった四人を率いるだけでこれなのだ、既に数百名規模の部隊を率いている義姉と数万人にも及ぶ師団を率いる義父、そして宰相としてこの国を総べる父の苦労は一体如何ほどなのかと改めてリィンは自分の目標とする人物たちの偉大さを実感するのであった。

 

 

・・・

 

「うーん、アタシも流石にどうかとは思ったんだけどねぇ。サラちゃんに構わないからって強く言われちゃってさ」

 

 ケルディックへと到着して教官に案内されてリィン達は今回の実習の拠点である宿酒場《風見亭》へと案内されて寝泊りする部屋へと案内されたのだがそこで問題が発生した。一室にベッドが5つ、つまりは男女共同の部屋であったのだ。これに困った様子を見せたのがアリサとエリオットの両名であった。

 お嬢様育ちの彼女にしてみれば男子と同室で寝泊まりするという事はやはり耐え難い事なのだろう、女将から告げられた言葉に絶望的な表情を浮かべている。エリオットの場合は女性陣に対する気遣いであろう。

 

(どうしたものか)

 

 正直な感想を述べればリィンとしては特に文句はない。それは別に女子と同室だぜヒャッホーなどと言う彼の悪友ならば言いそうな理由ではなく、自分たちが士官学院生であるという事に対する自覚によるものであった。今回の活動が列記としたカリキュラムの一環である以上、それこそ郊外な適当な場所で野営しろと言われたとしても何ら不思議ではないリィンは思っていたのだ。それに比べればこうしてきちんとした宿に寝泊まりできるというのに文句を言っては罰が当たるというものだろう。

 自分たちは士官学院生なのだという自らの置かれた立場、それを伝えようとしたところで

 

「……屋根がある、ベッドがある。アリサは一体何が不満なの?」

 

 心の底から何がそんなに不満なのかわからないと言ったきょとんとした様子でフィー・クラウゼルが呟いていた。

 

「だ、だって男子と一緒っていうのはやっぱりその……」

 

「これから肩を並べる仲間なんだからその位当たり前じゃない?」

 

 何でそんな事を言っているんだろうこの人と言わんばかりの様子でフィーは答える。そこには女の子としての恥じらいはなく、どこまでも戦士としての態度があった。

 

「……ふむ、アリサよ。フィーの言う通りであろう、我々は列記とした士官学院生。それこそ野営をしろと言われる事とて有り得る立場だ。で、あるのならばこうしてきちんとした宿を用意して貰えただけむしろ感謝すべきというものであろう」

 

「ううっ……分かった、分かりました!」

 

先ほどまで小競り合いをしていたはずのフィーとラウラ、自分以外の女子二人が問題ないと告げた事でアリサもまた観念したような声を挙げる。そんな様を見てリィンは胸を撫で下ろす。開始早々士官学院生としての心構えだのなんだのと言った説教をしなければならないのは出来れば避けたいところであった。

 

「では納得してもらえたところで、ひとまず荷物を置いて一階にいるサラ教官に改めて課題の確認を行うとしよう」

 

 そのリィンの言葉と共にそれぞれが部屋から退室していく中

 

「……お手並み拝見」

 

 ペーペーの新米もいる中どう部隊を率いて行くのか、指揮官として信頼に足るのか見極めさせてもらうという、まるで新米士官を見極める古参の下士官のようなフィーの言葉を受けてリィンは気を引き締め直すと共に彼女の素性についてある推測をするのであった。

 

 

 

 




フィーはⅦ組の中だと割かし異色の立場ですよね。
基本温室育ちのエリートが多い中、ひとりだけ孤児→猟兵という経歴ですし。

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