領邦軍「お前らが犯人って可能性もあるやろ、うん?」
氷()の乙女「たくのリィンちゃまに限ってそんな事はありえないザマス!」
大体こんな感じでしたね
駆ける、部隊を率いて一刻もはやく現場に駆けつけられるように私は駆ける。
ーーーケルディックで窃盗事件が起きた。領邦軍はグルとなっているため解決に動こうとしない。
そんなレクターさんからの連絡を受けてその意図を理解する。ケルディックはクロイツェン州内でも屈指の交易都市。
帝国中に食料を供給する、一大穀倉地帯でも有るこの地はアルバレア公爵家の要の一つと言っていい。そしてアルバレア公爵の実施した大増税に対しても兼ねてより抗議を行っている地でもある。
そんな不満が燻っており、領邦軍が有効な手立てを打てないこの状況で我々鉄道憲兵隊が颯爽とその事件を解決する事が出来れば、それはケルディックの民の支持をそれだけ我々革新派が得やすくなるという事でもあるのだ。
だからこその絶好の機会というレクターさんの言葉、それを理解して現在すぐに動かせる直卒の部隊を纏めて出立の準備を行う。
そういった政治的な背景を抜きにしても、罪なき民の生活を護り、犯罪者には然るべき罰が下るようにする、それこそが我々憲兵隊の役目なのだから。
ーーーついでに言っておくとどうやら可愛い俺らの義弟が後輩達と一緒に解決に乗り出しているみたいでな。一歩間違うと面倒な事になるかも知れんから頼んだぜ、クレア
続いて告げられた言葉を聞いた瞬間に私の頭の中は一瞬真っ白になる。
そうだ、何故その事に思い至らなかったのだろう。あの子の性格を考えれば、このような事態になって介入しないという選択肢などあるはずがない。
あの子は真実、「軍人は自国民の生命と生活を護るためにこそ存在する」という建前を心の底から信じて居るのだから。発生した窃盗事件、動こうとしない領邦軍、そんな状況で「自分たちはまだ学生に過ぎないから」等とおとなしくしているはずがない。まず間違いなく、領邦軍が頼りにならないならば、自分たちで解決しようと動くはずだ。
それ自体は素晴らしい事だ、身内として誇らしいと思う。だが、グルとなっている領邦軍がそれを許すはずがない。まず間違いなく犯人を庇うだろう、そしてそうなった時あの子はどうするだろうか?
ーーー激発してしまい、領邦軍相手に実力行使に出てしまうのではないか?
ーーーあるいはあの子の素性に気がついた領邦軍が主君に対する手土産になるとでも考えるのではないか?
そんな心配が頭を支配する。どちらもそこまで短慮ではないはずだ、と理性はそう言っているのにそれでも一度過ぎった想像は頭を離れず、私は一刻も早くケルディックへと駆けつけるべく急ぐのであった……
・・・
ーーー間に合った。
領邦軍に取り囲まれるあの子の姿を確認して私は安堵する。向こうも私に気がついたのだろう、私を見て輝かんばかりの笑顔を浮かべてくれている。
姉さん、姉さんと呼んで慕ってくれる大切な少年。その一度は失ってしまった温もりを
こちらに敵意を向ける領邦軍の士官、彼に対してケルディックにおいては我々も捜査権を有する事を伝える、そうすると彼は忌々し気にこちらを睨みながらも、こちらとこの場で揉めてまで使い捨ての駒如きを庇うのも馬鹿らしいと思ったのであろう、程なく部隊を引き上げさせた。
「鉄血の狗」という嫌味を最後告げてきたが、その程度の嫌味は慣れたもの。殊更目くじらを立てるようなものではない。そもそも我々が閣下の狗だというのならば、そちらの方こそアルバレア公の狗だろうに。
ーーーそんな事よりも、今は
こちらに対して輝く笑みを向けてくれている大切な
本音を言えば久方ぶりの再会を喜び合い、いつものように他愛もない話をしたいところだが此処に来たのは鉄道憲兵隊大尉としての列記とした軍務、そういうわけにも行かない。
向こうもそう思ったのだろう、何かに気がついたように慌てて、士官学院生の現役士官に向ける態度となり、こちらに対して敬礼をしてきた。
そんな様がどうしようもなく愛らしく思えて、私は思わずクスリと笑みを零して
「トールズ士官学院の皆さんですね、私は鉄道憲兵隊所属クレア・リーヴェルト大尉です。調書を作成するのに少々お時間頂けるでしょうか」
微笑みかけながら、そう告げるのだった。
・・・
「以上の情報から犯人たちはルナリア自然公園に潜伏していると推定、領邦軍はこの件では頼りにならないと判断して自分たちはルナリア自然公園へと趣き、盗品と共に居た容疑者達を発見。こちらの勧告に従う事なく攻撃してきたためにこちらも応戦しました」
そう真面目に答えるリィン、だがその言葉と表情は普段より随分柔らかかった。本人としてはおそらく何時も通りのつもりなのだろう、だがその言葉と表情にはどこか浮かれているような印象が見受けられた。
所謂、鼻の下が伸びている、という奴である。だが単純なスケベ心というよりはどちらかと言えば憧れのお姉さん相手にはしゃいでいる子供のようで……
「なるほど……では、そうして容疑者たちを制圧したところで領邦軍の方々が来たということでしょうか?」
そう応じるクレア大尉の言葉と表情もかなり柔らかい。基本的にこの女性はそうなのかもしれないが、それだけでは済まされないレベルで。リィンに対する微笑むその姿はさながら、可愛い弟を見守る姉のようで……
そんな二人をどこか冷めた目線でに女子三人は見つめて
「なんか普段とは随分と違うわね……」
「うむ、本人はそのつもりはないのだろうが表情がずいぶんと緩んでおられる」
「あの先輩が来る前に言っていた通りだったね。男は皆スケベだって」
しらーとした目でリィンを見ながら女子三人は奇妙な連帯感を抱いてヒソヒソと話し合う。班長という事でまずはリィンが事情聴取に応じているため、他の四人はその間なんというか暇を持て余している状態であった。曰く、こういった事情聴取をする際は同時ではなく別々に行った方が良い、特にその集団の中に明確なリーダーが居る場合は他の面々はついついそのリーダーの証言に流されてしまいがちになるためとの事である。そんなわけでまずは班長たるリィンの調書作成からスタートしたのだが、普段の真面目で精悍な顔立ちはどこへやら、今のリィンは間違いなく鼻の下が伸びていた。昨日の自分たちと同室の際には全く意に介していなかったのとは打って変わったその様子に三人はどこか面白くない気持ちを抱く。
本人としてはそんな気は毛頭ないのだろうが、言わば自分はお前達のようなお子ちゃまに興味はないのだと言われたような気分である、尊敬する先輩の鼻の下が伸びた様子というのは後輩としてはあまり見たいものではなかった。
「あははは、しょうがないよ。クレアさんはリィンにとっては憧れの人だから」
そんな風に女性陣の中でチャラい先輩とは違って真面目で尊敬できる先輩という評価から、所詮あのスケベな先輩と親友、むっつりスケベという風にリィンの評価が悪い方向に修正されようとしている最中、そうエリオットは己が親友に対するフォローを入れる。
「クレアさんはリィンが10歳の時だったかな、うちに来てさ。それ以来リィンに勉強を教えていたんだよ。だからリィンにとってはもうひとりのお義姉さんみたいな存在なんだ」
だからアレは久しぶりに会えたお姉さんに対して甘えているようなものなんだと、そうエリオットはフォローを入れる。持つべきものは優しい親友である。これがこの場に居たのがクロウのような悪友であったら喜々として有る事無い事吹き込んだ事であろう。
そんな風にエリオットに言われて改めて見ると、なるほど、確かに綺麗な年上の女性に鼻の下を伸ばしているというよりは久方ぶりに再会できて喜ぶ姉弟に見えなくもない、等と思えなくもなかった。これも日頃の行いというやつであろう。
「以上で持って調書の作成を終わらせていただきます、ご協力ありがとうございました。最後に皆さんの方から、何か質問はありませんか?」
5人全員の調書の作成が終わる頃にはもう夕暮れとなっていた。そうして最後にクレアのそんな問いを受けてリィンが口を開く
「リーヴェルト大尉、今回の事件は結局どうなるのでしょうか?あの犯人たちは明らかにただの使い走りで背後に何者かが居ること、そしてそれが領邦軍と手を組んでいる事は明らかですが?」
何かを期待するようなその弟分の真っ直ぐな視線にどこか申し訳無さを感じるかのようにクレアは一度目線を落とした後に改めて見据えて
「……実行犯に関しては我々で取調べを行った後に司法の場へと移される事になるでしょう」
何故ならば実行犯達は所詮は公爵家にとって見ればわざわざ庇い立てする価値のあるような存在ではないから。
「ですが、その背後にある公爵家と領邦軍に関して言えば刑事責任を問うことは出来ないでしょう」
十中八九実行者達は黒幕につながるような情報は持たされていないだろう。よしんば持たされていたとしてもこの程度で逮捕まで漕ぎ着ける事はできない、精々革新派側が交渉カードの一枚になる程度のもので終わるだろう。
そうして告げた自分の言葉に歯噛みをする目の前の少年にクレアは申し訳なく思う。任せておいて欲しい、必ずや正当な裁きを齎してみせるとそう、言えたらどんなに良かっただろうか。だが情けない事だが、これが自分の限界なのだ。《氷の乙女》等と持て囃されようと所詮自分は一介の大尉、四大名門アルバレア公爵家の権力を前にすればどうにも出来ないのだ。
「そう……ですか。お答え頂きありがとうございました、大尉」
誤魔化さずに真実を教えてくれてありがとうとそう告げてくる可愛い義弟の姿にクレアは眩しく思うと同時に自分の不甲斐なさを情けなく思うのであった……
・・・
「いえ、正直なところ余計な事をしたかもしれません。リィンさんの方は何やらあの場を切り抜ける考えがあったようですから」
調書を終えて、ケルディック駅へとやってきたリィン達の感謝の言葉にクレアはそう答える。
あの時は領邦軍にリィンが取り囲まれているという状況に焦り、慌てて介入したが今思えばあの時のリィンには何か考えがあるような様子だったと。
「そう言えばなんだか急に挑発的になっていたわね……」
「うん、単に領邦軍の横暴にキレちゃったってわけじゃないよね?」
「ふむ、よければ教えていただけないだろうかリィン先輩。あの時どのような思案があったのか」
「私も興味あるな」
集中する後輩達からの視線、最終チェックだと言わんばかりにこちらを見据えてくるフィー、そして懐かしさを覚える問題に対する回答を採点するかのように優しい視線を向けてくるクレアに対してリィンは
「別に大した物じゃない、というか他力本願も良いところだったんだが……光の剣匠の威光をお借りしようと思っただけの話さ」
「……なるほど、それで殊更威圧的に振る舞いだしていたのですね」
リィンの告げた言葉にクレアは即座にその意図を読み取り、理解する。そして同時に弟分の成長に感慨深さを覚える。クレアの知っているリィンはどこか潔癖なところのある少年であった。それはクレアにとっては好ましいものではあったが、同時に欠点でもあった。誇り高い事は良い、クレアとて権威を振りかざすような存在は嫌いではある。
だが結局のところ、世の中どんなものも使い方次第なのだ。嫌いだから使わない、頼らないではどうしても出来ないことが出てくる。重要なのは必要な時を見誤らない事、それに溺れてしまわない事なのだ。そして今回のリィンはそれが出来ていた。自分の物でない、権威に頼るという彼にとっては不本意な手段を誰かを護るために使おうとした。
故にこれはきっと堕落ではなく成長なのだ、そしてそんな弟分の成長がクレアにとってはたまらなく嬉しく、そしてどこか寂しかった。
「父上の……?それはどういう事であろうか?」
理解したクレアとは裏腹に他の四人は詳しく説明して欲しいとリィンへと問いかける。そしてそんな問いかけに対してリィンは順を追って話していく
まずあの場にいた士官、あの年で未だ大尉という階級である以上十中八九平民の出身である。何故ならば貴族出身であるのならば領邦軍では優遇される、30代になる頃には佐官になっている事が通例である。にも関わらずあの士官は見たところ40は超えているのに未だ大尉の上に、名前にしても聞いたことのある貴族の家名ではなかった。故に彼は凡百いる平民出身の士官だと判断できた。
そしてラウラの父、アルゼイド子爵の武名に関してはもはや語るまでもないだろう、その威光は決してアルバレア公爵とて無視できるものではない。そんなアルゼイド子爵の愛娘にして列記とした貴族であるラウラをを平民出身の一士官があろうことか盗人扱いする。
そんな事をすればどうなるか?まず間違いなくあの士官の暴走であったという風に処理されて終わるだろう。故にその事を伝えてやれば向こう側は退かざるを得ないだろうと、それがあの場において自分が考えた策だったとリィンは伝えたのである。
「なるほど、私としては思うところがないわけではないが……」
どこか複雑そうな表情をラウラは浮かべて
「だが、確かにあの場を切り抜ける手段がそれ以外にはなかったという事も理解できる。そしてリィン先輩が彼らの生活を護らんがためにそうしようとしたという事も。故に我が父の名を使おうとした事、それに対する不満等はない……とは言い切れぬが理解も納得しよう」
「そう言ってもらえると有り難い」
苦笑しながらそうリィンは応じる。
「……自分のプライドを優先して部下を死なせるような上官って結構多いんだよね」
何か嫌な事を思い出すかのように目を閉じてポツリとフィーはそうつぶやいた後にリィンを見据えて
「だけど、先輩ならそういう時に自分のプライドじゃなくてきっと部下の命を優先してくれる。兵士としては良い上官だと思うよ」
微笑を浮かべてそう告げる。どうやらリィン新米士官はフィー先任下士官殿より指揮官としての合格点を貰えたようである。
「ーーーどうよ、お預かりしたお宅の息子さんも随分と成長したでしょう。これも偏に私の指導の賜物ってわけよ」
どこか冗談めかしたような口調でそんな事を告げながらⅦ組の担任、サラ・バレスタインが駅より姿を現す。事情を聞き駆けつけたのであろう、もしも鉄道憲兵隊が来ずに生徒たちが領邦軍によって拘束されたという状態に陥った時に備えて。
「ええ、随分と成長した様子で。……義姉としては嬉しいんですけど少々寂しい部分もありますね」
「全くあんた達はちょっと過保護すぎるんじゃないの?大慌てで駆けつけちゃって。リィンだってもう17歳、それこそ働いていたってなんら不思議じゃない年なのよ」
「そこはご容赦を。何と言っても7年前からの付き合いですから。どうしてもリィンさんが小さかった頃のイメージを引きずってしまっているんです」
会話の内容、それ自体は穏やかな談笑と言っていいものなのだがどこか火花が飛び散っているような気がするのはリィン達の気のせいだろうか。そんなやり取りを少しだけ行った後にクレアはリィン達の方へと向き直り
「それでは皆さん、私はこれで失礼させていただきます。ーーー特科クラスⅦ組、私も応援させてもらいますね」
そうⅦ組の面々へと告げた後にリィンの方を愛おしげに見つめて
「リィンさん、くれぐれもお気をつけて。貴方は閣下に残されたただ一人の肉親なのですから。貴方に何かあれば多くの人が悲しみます。閣下もレクターさんもミリアムちゃんも……そして私自身も」
かつて失ってしまった大切な宝石のような弟の笑顔、あんな思いを味わうのはもう二度とごめんだとクレアは告げて
「……うん、クレア
そうしてクレアらが引き上げて程なく、リィンたちもオットー元締め達に別れを告げて初めての特別実習を終えるのであった……
・・・
時刻は深夜、ケルディックの町を見下ろす丘に二人の男が佇んでいた。
「君の言うとおりだったな、《同志C》。《氷の乙女》はあの男の息子に対して立場を超えた執着を抱いている。故に“あの男”の息子が危機にさらされるような事があれば平静さを失うだろうと」
一人は眼鏡をかけたどこか知性と同時に神経質そうな壮年の男性
「これで、私がただ遊んでいたわけではないと理解してもらえたかな、《同志G》」
もう一人はそんな男より《同志C》等と呼ばれた仮面の男。変声機を使っているのだろう、その声はくぐもったように聞こえ、誰の声かの判別をつけるのが難しいようになっていた。
「ああ、そして謝罪しよう。君が“あの男”の息子に絆されてしまったのではないかというあらぬ疑いをかけてしまったという事を。むしろその逆、君はあえて懐に潜り込み見事欺いて、有力な情報を手に入れてくれていた。その献身に心からの感謝を」
「……理解してもらえたようで何よりだ」
どこかまんまと騙されている相手を嘲笑するかのような様子で告げる男に対して、仮面の男は何かを振り切るかのように一拍遅れて答える。
「《鉄道憲兵隊》と《情報局》、今後の計画の障害になりうるこの2つの連携についても把握する事ができた。最初の成果としては上出来だろう」
「故に、そろそろ始めるとしよう」
「ああ、全ては“あの男”に無慈悲なる鉄槌を下すために」
「全ては“あの男”の野望を完膚なきまでに打ち砕かんがために」
リィン・オズボーンの青春時代、それが終わる日は刻一刻と近づいていた……
サラ「氷()の乙女」
解放戦線「氷()の乙女」
義弟のピンチに大慌てな事がバレバレなクレアさん。
2年もすると今度は氷()の乙女から氷()の乙女()になる模様。
ちなみにクレアさんが登場した時のオズボーン君はエリオットは何度か見たことのある
他の三人は見たこともない輝く笑顔を浮かべてました。
イメージ的には種死で議長から運命貰った時の飛鳥真君みたいな感じの笑顔です。