(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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鉄血の子とグランローズ

「えへへ、それじゃあ行ってくるね、リィン君」

 

「ああ、行ってらっしゃい。ゆっくり楽しんできてくれ」

 

 微笑みながら告げるトワへとリィンは穏やかに微笑み返しながら見送る。彼女のその笑顔にリィンは一日の疲れがすべて洗い流されていくかのような心地よさを覚える。

 

「悪いねリィン、ジョルジュ、このバイク二人用なんだ。まあ生憎私は野郎とタンデムする気はないし、サイドカーはトワが定位置なため諦めてくれたまえ」

 

 そんな冗談を不敵に笑って告げるとアンゼリカは導力バイクのエンジンを掛けてトワを乗せてめくるめくツーリングへと出かけるのであった。

 

「これでトワが元気になってくれると良いんだけどね」

 

「ああ、マキアスとユーシスの事をずっと心配していたからな」

 

 特別実習は無事に終わった。リィンの読み通りと言うべきか、B班の方もユーシスとマキアスの険悪さこそ解消されなかったものの、ガイウスとエマの二人が緩衝材となりトワが纏めた事で空中分解する事もなく、そこそこの結果で終わったという事である。そう、あくまでそこそこの結果である。残念ながら「青春の汗を共に流す」事でどこかの二人のように険悪だった事が嘘のように親友同士になる、等という事はなく相も変わらずユーシスとマキアスの関係はさながら革新派と貴族派の関係をそのまま象徴するかのような状態であった。

 ある意味ではB班の面々の気性が裏目に出たといえるのかもしれない、トワもそうだがエマにしてもガイウスにしても当然ながら二人が喧嘩をしそうになると必死に間に入り、宥めた。その結果空中分解するような事は未然に防がれたのだが……逆に言うと二人がむき出しの感情でぶつかり合う機会を奪ってしまったとそう言えなくもない。リィンとクロウが親友となれたのも、そうしたぶつかり合いを経てこそだったのだから……

 

 その事にトワも実習が終わった後に気がついたのだろう、良かれと思って止めに入ったが二人が仲良くなるにはむしろ止めに入らないほうが良かったのかもしれない等と少し落ち込んでしまったのだ。そうしてそんな落ち込んだ親友をアンゼリカが放っておくはずもなく、巡ってきた自由行動日の日、生徒会の仕事をリィンと共に終えたトワを誘い、ああしてツーリングへと出かけたというわけであった。時刻はそろそろ夕刻、アンゼリカが早く出かけるためにと手伝ってくれた事もあって思いの外早く終わった事で、リィンにとっては非常に稀な事に暇な時間が出来ていた。

 

「どうだジョルジュ、キルシェで一服しないか?お前には何かと世話になっているし、たまには奢るぞ。二人が女同士で交流を深めているというのならこっちは男同士で交流を深めるとしようじゃないか」

 

 導力機器の故障が起きた際など、技術関係で日頃世話になっている友人へとリィンは笑みを浮かべながら提案する。

 

「ありがたい誘いだけど、ちょっと片付けたい案件があってさ、もう少し時間かかりそうなんだよね」

 

「なぁに、それなら俺たち二人も手伝うから手早く片付けるとしようぜ!」

 

 リィンが手伝いを申し出ようとしたところ、ガラリと技術棟のドアを開く音と共にクロウが現れていた。

 

「……言っておくが俺が奢ると言ったのはジョルジュ相手であって、お前に奢るとは言ってないぞ」

 

「おいおい、未来の元帥様がケチくさい事言うんじゃねぇよ。気前の悪い奴何か碌に出世できねぇぞ」

 

 末端の兵士の心をつかめる事ができるのはどういう指揮官というのには多種多様な意見があるが、その一つに予算取りが上手く気前が良いという事があげられる。この世はミラが全てではないが、大抵の事はミラで解決出来る事もまた事実。訓練をするにも、兵士を雇うにもミラが居るのだ。良い指揮官というのは即ちそれだけ予算取りが上手く、部下に対して気前の良い指揮官という事でもある。きちんとした待遇を用意しない国や指揮官のためにどうして命を賭けて戦えるだろうか?自分達の生活を保障してくれる存在なればこそ兵士は命を賭けて国のために戦うことが出来るのだ。

 

「ああ、そうだな。正当な働きに対しては正当な報酬があって然るべきだ。だから俺はジョルジュに(・・・・・・)奢ると言っているんだ。何か言いたいことはあるか、アレほど俺とトワが釘を刺したというのに学校をサボったこの大馬鹿野郎」

 

 青筋を立てながらリィンはそんな事を告げる。リィンたちが特別実習へと赴いていた4月24~25日、目の前の悪友もまた学校をサボっていた事をリィンたちが聞かされたのは帰ってからの事であった。ただでさえ単位がギリギリでアレほど口を酸っぱくこのまま行けば留年になるぞと言い聞かせたのにこの有様。流石のリィンも堪忍袋の尾が切れた。

 

「この分だと卒業旅行用に行くバイクはもう一台作るだけで良さそうだね、クロウはもう一年の学生生活を存分に謳歌してくれると良いよ」

 

 哀れ一人学院に残ったクロウ・アームブラスト。後輩達からもヒソヒソと遠巻きにされて教官達からも呆れきった目で見られる三年目の学院生活。そしてそんなクロウの下に卒業旅行を謳歌している様子の友人達四人の写真とが送られてくる、このまま行けばそんな未来も十二分に有り得そうであった。

 

「だーなんて友達甲斐のない奴らだ!そこは意地でも俺が卒業させてみせる!とか言うところだろうが!」

 

「なんだ、そうして良いのか。よしそういう事ならば教官方に温情を頂けるように奉仕活動をさせる代わりに幾つかの単位を得られるように」

 

「すいませんでした。心を入れ替えます」

 

 晴れやかな笑顔を浮かべながらさーて一日の睡眠時間はまあ六時間あれば良いだろう等と言いだしたリィンへと悪寒を感じたクロウは慌てて平謝りする。そんなクロウを仕方のない奴だと笑いながら三人は修理に取り掛かり、手早く済ませた後に学生会館へと向かうのであった。

 

・・・

 

「ふむ、つまりはそのハイアームズ家の三男坊が随分と増長していてどうしたものか悩んでいると」

 

「端的に言うとそんなところね」

 

 コーヒーを飲み干しながらリィンはふむ、と持ちかけられた相談の内容を吟味する。

 キルシェを訪れた三人であったが、ちょうど夕刻時という事もあり生憎席が満席となっていた。どうしたものかと思案する三人だったが、フェンシング部の部長と副部長を務めるフリーデルとロギンスが相席を提案して来たのでその言葉に乗ると、してやったりと言った表情でフリーデルはあることを相談して来た。

 

「お前さんが叩きのめしてやりゃ良いんじゃねぇのか?ロギンスと引き分けだったって事はお前さん以上って事はないだろ」

 

 ちょっと油断しただけだというロギンスの弁解の言葉を受け流しながらクロウはサラリとそんな事を告げる。フリーデルは自分たちと同じく昨年度の獅子心勇士章の受賞者で二年四傑にも数えられる使い手だ。まず遅れを取ることはないだろうから、そうやって生意気な大貴族のお坊ちゃんの鼻っ柱をへし折ってやれば良いだろうと。

 

 

「あ、それはもうやったの。でも駄目だったわ。ほら、私一応これでも武門の名家フェルデンツ伯爵家の人間でしょ?パトリック君的には負けてセーフの相手だったみたいなのよ」

 

 フェルデンツ伯爵家は領邦軍の中核を担う将校を幾人も輩出している名家である。フリーデルの兄二人も両方軍において既に将来を嘱望される将校としてすでに活躍している。そんなフェルデンツ伯爵家の人間が相手、加えて先輩が相手ともなれば負けてもハイアームズの面目は立つと判断したのだろう、パトリック・ハイアームズの鼻っ柱が折れる事はなかった。

 

「……返す返すもロギンスが最初に分けたのが痛いな、それですっかり調子に乗ってしまったのだろう。「ああ、自分の腕は副部長を務める先輩にも引けを取らない、平民などこの程度か」とな」

 

「だなーったく何やってんだか」

 

「ロギンス君アレですっかりパトリック君に舐められちゃったもんねー」

 

「て、てめぇら………!」

 

 ボロクソに貶してくる友人達にロギンスはひくひくと青筋を立てる、大分丸くなったとは言え元々一年の頃はかなりの問題児だった男、気が長い方では決してない。言い返したいところであるがなまじこの三人は学年四傑とも呼ばれている実力者、まず一年坊相手に遅れを取らない事を考えると言い返す事もできなかった。

 

「ふむ、そうなると同学年の平民生徒相手にでも一度負けるのが一番効く薬なんだろうが……」

 

「うーん、こっちからパトリック君の鼻っ柱折ってなんて頼んだらそれこそ私達が気に入らない後輩イジメているみたいになっちゃうし、やっぱりしばらくは見守るしかなさそうね」

 

 元々すぐに名案が浮かんで一発解決等を期待していたわけではないのだろう、あっけらかんとフリーデルは言い放つ

 

「ち、あの生意気な野郎のお守りをまだしばらくは続けないとならねぇのか」

 

「あら、誰かさんだって昨年はそんな感じで先輩方を困らせていたじゃない、ねぇロギンス副部長」

 

「そういえばヴァンダール流だかなんだか知らないがとか言って俺に果し合いを申し込んできた男が居たな、ロギンス副部長」

 

「狂犬みたいにあちこちに噛み付いているやつが居たよな、ロギンス副部長」

 

「……てめぇらアレか、実は俺の事が嫌いなのか」

 

 そんな漫才をしながらリィンはハイアームズ家の三男坊、パトリック・ハイアームズを少しだけ注意すべき新入生として少しだけ心に留置くのだった……

 

・・・

 

「ん、アレは……」

 

 キルシェを出たリィンはとある光景に目を丸くする。遠目からでもひときわ目立つ長身の青年、ガイウス・ウォーゼルが花屋《ジェーン》の前に立っていたのだ。

 

「アレは《グランローズ》だな」

 

 グランローズ、それは帝国において主に想いを告げる際に使われる大きな赤いバラの花で花言葉は『熱烈な求愛』。手渡すだけですなわち告白したと見なされるような花である。

 

「ヒュー、なんだなんだ、って事はこれからアイツ誰かに告白するって事かよ。やるなぁ、おい」

 

 口笛を吹きながらクロウは囃し立てるようにそう口にする。

 

「……いや、待て。ガイウスはノルドからの留学生だ、帝国の文化に疎いところがある。ひょっとしてグランローズが求愛を意味する花だという事を知らない可能性もあるんじゃないか」

 

 例えば日頃のお礼に誰かに花をプレゼントしようと思い立ち、店員であるジェーンへと相談した結果ジェーンは悪意なくグランローズを薦める。グランローズが求愛を意味するのは帝国では半ば常識である、その気がないただの友情であるのならば断るだろうし、そうであるのならば背中を押す事に繋がるからだ。

 だがガイウスはノルドからの留学生、そうとは知らずに店員が薦めるのだからこれで問題ないのだろうと判断して親愛のつもりでグランローズを渡す等という事になる可能性もある。

 

「いいじゃねぇか、放っておけば。それはそれで面白い事になるだろうしよ」

 

 不幸な行き違いを未然に防ぐべくガイウスへと念のため確認を行おうとするリィンはクロウはそんな風に笑みを浮かべながら止めるが

 

「そういうわけにはいかん」

 

 真面目なこの男はそんな悪友の囁きには乗らなかった。

 

 

「つまり……同じ美術部のリンデに元々スノーリリーの受取を頼まれて、その後にグランローズを追加で頼まれたのか」

 

「ああ、あくまで頼まれたものであって俺からのプレゼントというわけではないんだ。……しかし求愛を意味する花だったとは。リンデは誰か意中の相手でも居るのかな?」

 

「はは、かもしれないな。呼び止めて済まなかったな」

 

 そう言ってリィンは学院へと戻るガイウスを見送る。

 ここでリィンが女心に敏感であれば『熱烈な求愛』を意味するような花の受取をうら若き乙女が同年代の男子にお願いするような事をするかという風に違和感を抱いたかもしれなかったが、この男はその手の機微に割り振るべきものを軍事的センスだとかに振っている男。特に違和感を抱く事はなかった。

 

「やれやれ、何も気づいてないんだなお前さんは」

 

 そしてそんな親友を小馬鹿にしたような、いやようなではなく真実馬鹿にした笑みをクロウは浮かべる。

 

「俺が何に気づいていないって言うんだ」

 

 そんな悪友にリィンはイラッとする気持ちを抑えながらも問いかける

 

「ふぅ、やれやれニブチンなお前に特別に教えてやるとしよう」

 

 そうしてクロウはチッチッチと指を振る。大変にうざい、今すぐにその頬に右ストレートを叩き込みたい衝動がリィンを襲う

 

「良いか、グランローズは求愛を意味する花だ。それくらいは流石のお前さんも知っているよな」

 

「ああ、流石にな」

 

 グランローゼの恋物語は帝国においても特に有名な話だ。恋物語それ自体への興味が乏しいリィンにしても、歴史上の知識としてその程度は把握している。

 

「そしてそんなグランローズを買って学院の方へと歩いていくガイウスの姿はあちこちで目撃されるだろう、なんせあの長身だからかなり目立つし、特科Ⅶ組は何かと注目の的だからな。そして何事かと思って追ってみるとそこにはグランローズを笑顔で受け取りながら礼を言う同じ美術部のリンデの姿があるわけだ。さあ此処まで言えばわかるだろ?」

 

「いや、全くわからん」

 

 そりゃ頼んでいた物を買ってきてくれたんだから笑顔で礼を言って当然だろう、お前は一体何が言いたいんだと言わんばかりのリィンの様子にクロウはずっこける。政治だの経済だの戦争だのと言った分野に関しては驚く程鋭い癖に何故こういう分野だとこの男は何故こんなにも鈍いのか、それがクロウには不思議でしょうがなかった。

 

「あーつまりだ、ガイウスのやつにはその気がなくても傍から見るとガイウスのやつがリンデの奴に告白したようにしか見えねぇって事だよ、しかもリンデはそれを笑顔で受け取る。傍から見るとまあ二人が相思相愛にしか見えねぇわな」

 

 いやー人畜無害そうな顔をして女って怖いわー等と呟くクロウの様子にリィンもようやくクロウの言っている事を理解する。すなわちコレは所謂外堀から埋めにかかったリンデの巧妙な策なのだと。その強かな策略に薄ら寒いものを覚えながらリィンは急いで後輩を魔の手から救わんと奮い立つが

 

「辞めとけって、お前さんこの手のアレには疎くて役立たずなんだしよ。他人の恋路に首突っ込んだって良いことなんて一つもないぞ」

 

 言われずとも自分がこの手の分野で役立たずのはリィンと手百も承知。馬に蹴られる趣味もない。故にこれが正面からの告白であるならばリィンは特に関わる気はなかった。だが

 

「だが留学生というガイウスの無知につけ込むような真似を看過するわけにはいかないだろう」

 

 リィンにとって引っかかりを覚えるのはそこであった。無知な者に対してそこにつけ込むような真似をする事にはどうしても嫌悪を抱くのだ。

 

「で、そんな風に問い詰めて「私はガイウス君に花を自分の代わりに受け取って欲しいとお願いしただけですよ」と言われたらどうするつもりだ?」

 

「む………」

 

 この策の巧妙なところ、それはあくまで周囲が勝手にそう解釈するだけであってリンデ本人がそんなつもりはなかったと言ってしまえばそれで終わりな点だ。実際リィンの様にそうとわからなかった朴念仁も居た以上、有り得ないとは言い切れない。そう言われてしまえばただの邪推と難癖にしかならない。

 

「ま、見たところ中々に可愛い子だったしよ。上手く行く事を祈るとしようや」

 

「すまないガイウス、無力な先輩を許してくれ……」

 

 さらばガイウス・ウォーゼル、せめて自分が罠に嵌められた事も気づかないままに安らかに幸せになってくれと二人はノルドから来た後輩の冥福を祈るのであった……

 

 




オズボーン君「女って怖いわー」
クロウ「清純系に見えてヴィータみたいなタイプだなこりゃあ」

二人の中のリンデちゃん像が完全に無垢な清純派装って男を巧妙に嵌める娘に……

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