(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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表題はバリアハートですが正確にはバリアハートに行く前の話です。


鉄血の子と翡翠の都《バリアハート》①

「えっと……つまり、お二人が喧嘩したらあえて止めに入らないようにするという事でしょうか?」

 

 特別実習を翌日に控えた28日の夜、リィンはエマの部屋を訪れた。

 夜に年頃の男が同年代の女子の下を訪れるとあらぬ想像をするかもしれないがそういった意図はリィンには一切ない。訪ねた目的、それは目下Ⅶ組内において不協和音を奏でているユーシスとマキアスの事だった。

 

「ああ、これは経験談だが一度徹底的にやり合わせてお互いの抱いている想いを存分に吐き出させあった方が良い。なまじ周囲が途中で止めるからいつまでも火種が燻るんだ。一度思いっきり爆発させてしまおう」

 

 自らにとっての一番の成功体験を踏まえてリィンはそんな提案をする。

 

「トワが班長でも和解まで至らなかったという事はつまり穏健的なやり方では解決しない」

 

 柔和な着地点を模索するやり方でトールズに於いてトワの右に出るものは居ない、そのことをリィンはよく知っている。そのトワで駄目だったという事は即ち穏健的な話し合いのみでは解決しないという事、故に優しい彼女では取れない少々荒っぽいやり方以外にないだろうとリィンは判断した。

 

「考え自体は悪くないと思うけど」

 

 ちょうどエマの部屋にて勉強を教えてもらっていたフィーは興味があるのかないのか判断に困る表情で指揮官の判断を肯定も否定もしなかった。

 

「でもバリアハートと言えばクロイツェン州の州都ですよね……そんなところで公爵様のご子息であるユーシスさんが顔を赤く腫らすような事になったら不味いんじゃないでしょうか?」

 

「最悪マキアス捕まるかも」

 

 バリアハートは貴族の街でありアルバレア公爵家は皇族を除けばその頂点に位置する言わば王と行っても過言ではない。学院での喧嘩であれば生徒同士の良くある諍いという事でリィンとクロウがそうだったように精々便所掃除と言った罰則が課されて終わりだろうが、バリアハートであればそうは行かない。もしもユーシスが怒りのままにマキアスを突き出すような真似をすればマキアスは一巻の終わりだろうし、それこそ止めなかったリィン達も纏めてしょっ引かれかねない。

 

「確かにユーシスがマキアスを突き出すような真似をすればそうなるだろうな。だが2ヶ月一緒に過ごしてみて君たちはユーシスがそうすると思うか?」

 

「……いえ、確かにユーシスさんは気難しいところがある方ではありますけど、そういったアルバレア公爵家の権威や権力を傘に着るような真似は嫌う誇り高い方だと思います」

 

「ま、確かに。マキアスに殴られたからと言って実家に泣きつくとかそういうのは意地でもしなさそう」

 

 ユーシス・アルバレアは誇り高い男だ。親しい友人同士と言える仲になったのはⅦ組の中でも現状まだガイウス位だが、それでも2ヶ月も寮での生活に学院での授業とほとんど四六時中に居れば凡その人となり程度はわかる。現状彼が四大名門アルバレア公爵家の威光を自分から笠に来たという事はないし、貴族はおろか帝国人ですらないガイウスと友人になっている事からもその手の差別意識があるわけではない事は明らかである。

 

「無論他者に迷惑のかかるようなところでやろうものならこちらも止めざるを得ないが、そうでないところ、例えば魔獣退治に出た街道などで二人が喧嘩をはじめたならば極力仲裁せずに徹底的にやり合わせたいと思っている。怪我にしても魔獣にやられたで済むしな」

 

 最も流石に街中でやるような真似はあの二人もしない程度の分別はあるだろうが等と呟きながらリィンは肩を竦める。班長としてある程度の釘刺しは最初に行うつもりではいるが、戦術リンクシステムはリンクしている者同士の心が諸に反映される。自分とクロウのように信頼し合ったパートナー同士であればそれこそ互いの力を何倍にも引き出すが、逆に不和を抱えた状態やあるいは距離が離れすぎた場合には《リンクブレイク》と呼ばれる現象が起きることが昨年のテストの際に確認されている。

 後者は技術的な要因なのでともかくとして前者は使い手の心というある種どうしようもない要因なので、これこそが戦場に新たな革命を齎しうるポテンシャルを秘めていながら、未だARCUSが量産体制に移っていない最大要因でもあるのだが、それは今回の話にはあまり関係ないのでおいておく。

 兎にも角にも上っ面を取り繕っただけの状態でやれば十中八九その《リンクブレイク》が起きるだろうとリィンは読んでいる。そしてその時、二人は奥底に溜まった相手に対する感情をぶつけ合うだろう。その時に自分たちが静止したり、邪魔が入っては台無しになる。それ故にこうしてリィンは二人の居ないところでエマとフィーに対して言い含めているのだった。

 

「……リィン先輩の意図は理解できます」

 

 前回の実習の際も自分たちが必死に仲立ちしようとしてもついぞ無駄に終わってしまった事を思い出す。そして部長から熱く語られた目の前の先輩の今では名実ともに親友となった男との大喧嘩の話も。確かにアレほど息の合った親友と仲良くなったきっかけが、部長の言っていたように大喧嘩によるものだったというのなら、なるほど一度喧嘩したほうが良いという提案にも頷ける説得力がある。

 

「ですが、お二人の時のように対等の喧嘩になれば良いですが、一方的な蹂躙になった場合はどうしますか?それこそやられた方は何時までも引きずる遺恨が残りかねないかと」

 

「……む」

 

 リィンとクロウが喧嘩の果てに和解できたのは対等の殴り合いだったからこそだ。どちらかが明確に勝ったわけではなく両者共に気絶するまでに殴り合うという結果になったからこそ。だがユーシスとマキアスの場合もそう上手く行くとは限らない、どちらかが一方的に勝利して勝った方は奢り、負けた方はますます相手に対する反感を強くするという可能性とて十分にありえるのだ。

 指摘されてそのリスクに気づいたのだろう、リィンもまた押し黙る。

 

「……確かに。マキアスとユーシスの二人だったらマキアスが一方的にボコられて終わりって可能性も十分に有り得そう」

 

 悲しいかな、現状戦いの分野においてマキアスは明確にユーシスを下回っている。剣術とは何も剣の扱いだけを学ぶわけではない、剣を持たない無手の際の戦い方も同時に仕込まれるものなのだ。そしてユーシスが宮廷剣術の使い手なのに対して、マキアスは士官学院に入学するまで何らかの武術を修めていたわけではない。その秀才さ故にサラ・バレスタインの指導を受けてみるみる成長していっては居るが、それでも現状の二人の間には明確な開きがある。対等の喧嘩になった二人のように行かないリスクは十二分にあった。 

 

「……どうにも自分の成功体験に縛られすぎていたか」

 

 ガシガシと頭を掻きながらリィンはそうひとりごちる。

 前は(・・)コレで上手く行ったのだから今度も(・・・)上手くいく。自分達の時(・・・・・)はこれで成功したのだからアイツラもこれで上手くいくはずだ。

 そんな柳の下の二匹目のドジョウを狙うような事をしていた事にリィンはエマからの指摘で気づく。なまじ自分にとって一番の親友が出来たきっかけだからそれに囚われすぎていたのだと。

 

「でも私は先輩の案もそんなに悪くないとは思うよ、先輩の狙い通りに何もかも上手く行く可能性だって十分にあると思うし。それ位の荒療治じゃないと何時まで経ってもあんな調子になりそうだし」

 

 似たような例を自身も見たことあるのだろう、どこか実感のこもった様子でフィーはリィンの案を擁護する。

 

「……こういうのはどうでしょうか。お二人が互いの感情を存分にぶつけ合えるようにはする、ただ過度の暴力沙汰になりそうになったら止めるようにするとそんな風に様子を見ながら対応していくという事で」

 

 エマが提案したのは言わば折衷案だ。リィンの一度感情を吐き出させあった方が良いという言葉に理を認めてすぐに慌てて仲裁をするような真似はしない、その代わりに一発殴り合う程度ならともかく本気の殴り合い、にならずにマキアスが一方的にボコられる可能性が高いが、になりそうな場合は止めに入る。とそういうものだ

 

「そうだな、そんなところが妥当だな」

 

 流石に街道でリィンとクロウの時のように気絶し合うような事になれば運ぶのも手間だし、危険でもある。リィンはエマの提案を是として話し合いを終えるのであった……

 

 

・・・

 

「しかし羨ましいものだね、両手に花の状態で翡翠の都へ旅行とは。なんなら私も導力バイクに乗って追いかけて行こうかな」

 

 迎えた特別実習の朝、ARCUSの調整のために技術棟を訪れ、しばし雑談に興じているとアンゼリカがそんな事を言ってきた。

 

「後ろでいがみ合っている二人がお前の目には写っていないのか?朝起きて顔を突き合わせてからずっとコレだぞ。俺は何時から士官学院生から日曜学校の引率教師になったのかと、そんな気分だ」

 

「む……」

 

「う……」

 

 わざと聞こえるように言ったリィンの嫌味にユーシスとマキアスは少しだけたじろぐ。この程度の嫌味を言う権利くらいはあるはずだとリィンはそんな二人を意に介さずにアンゼリカとの談笑を続けていく

 

「ふふ、そこの二人は未だに《貴族》だの《平民》だのを気にしているようだね。人それぞれの考えがあるからあまりとやかく言う気はないが、二人とももう少し肩を抜いていいと思うがね。何と言っても我らトールズ士官学院は平民と貴族の別なく学べる場所を作りたいという思いの下に、ドライケルス大帝陛下が建立したところなのだから」

 

 昨年度ドライケルス大帝を演じるにあたって目の前の友人によって課せられたスパルタ特訓によって覚えさせられた事をウインクをしながらアンゼリカは告げる。

 

「貴族だの平民だのに囚われるのなんて勿体無いことさ、少なくとも私にとっては貴族であるラウラ君も平民のエマ君もフィー君もアリサ君も私のハーレムに加えたい逸材な事には変わりないのだから」

 

「……割りと真面目にお前が男じゃなくて良かったと俺は思っているよ」

 

 女だから冗談やスキンシップの範疇で済んでいるが昨年度のクロスベルでのティオ・プラトーと出会ったときといい、日頃のトワへのスキンシップと言い、コレが男だった日には目も当てられない事になっていただろうとリィンは目の前の友人に対して遠い目を浮かべる。

 

「まあ、平常運転のアンは置いておくとしてバリアハートに行くって大丈夫なのリィン。鉄血宰相の息子の君が行ったらそれこそ付いた途端に拘束されるなんて事も有り得るんじゃ……とごめん」

 

「……いえ、お気になさらず」

 

 貴族の総本山といえるような場所に鉄血宰相の息子が赴く、その事実から良からぬ想像を浮かべ心配するジョルジュだったが他ならぬアルバレア公爵の息子が目の前に居ることに気づいて謝意を告げる。

 

「ふむ……まあ俺も正直それを全く心配しなかったと言えば嘘になるが、流石にそこまで短絡的な事はしないだろう。内心忸怩たるものはあるが今の俺は所詮一介の士官学院生にすぎない、アルバレア公爵にしてみればそれこそ未だ路傍の石程度の存在だろうさ」

 

 父ギリアス・オズボーンに対する交渉カードにするという発想はこの時リィンにはない。そんな事をすれば貴族派の名誉と誇りを自ら地に落とすようなものだからだ。加えて言うのならばギリアス・オズボーンは鋼鉄の男、一人息子を人質に取られた程度で止まる程甘い男では断じてない。

 

「それに口幅ったい言い方だが俺はコレでも学年首席を勤めている身だ。そんな俺が列記としたカリキュラムの一環で訪れたのに拘束されたなんて事態になれば、学院長も理事長も黙っていないはずだ。軍神ヴァンダイク元帥とオリヴァルト皇子、この二人は幾らアルバレア公爵とてそうそう軽視出来ない相手のはずだ。……サラ教官もアレで結構頼りになる人ではあるしな」

 

 リィンはトールズ士官学院の2年首席生徒言わばトールズの代表としてバリアハートへと赴く、そんなリィンが何らかの罪状で拘束されたとなればそれは学院の名誉に関わってくる。この際、その罪が実のあるものならリィンが除籍処分を受けて終わるだろう、だがそれがアルバレア公爵側がつけた難癖に過ぎないものであったら?トールズ側は生徒と学院の名誉を護るために全力でリィンを擁護し、アルバレア公爵へと抗議を行うだろう。

 この際、学院長や教官陣がアルバレア公爵への媚としてリィンを売り渡すという発想はリィンの中にはまったくない。「そんな事は有り得ない」とそう言えるだけの信頼をリィンは抱いていた。

 

「ま、そうだろうね。僕もちょっと念のため言ってみただけでそこまで本気だったわけじゃないんだ」

 

 流石にそこまで短絡的な行動をとってくるはずがないと

 

「だが、0を1にすることは難しくても1を10にする事はそこまで難しい事じゃない。本来だったらいちいち罪に問われないような事を殊更大げさに取り上げて難癖つけてくる可能性は十分にある。くれぐれも気をつけてくれよ。ただでさえクロウの卒業が危ういのにこの上、君まで退学することになんてなったら我々は3人で卒業旅行に行かないといけなくなるからね」

 

「ああ、わかっているさ。ま、こっちには他ならぬアルバレア公爵の息子であるユーシスも居るんだ。そこまでの事にはならんと思うがね」

 

 冗談めかしながら告げられた忠告にリィンもまた肩を竦めながら答え、調整の終わったARCUSを受取りリィン達は駅へと向かうのであった……

 




頭の良い人、理性的で良識的な人物というのは自分の視野で見るためにそうじゃない人の突飛な行動というのをしばしば見誤るという話。
アルバレア公が原作で何故あんな短慮な行動をしたのかですが、自分はまあ多分
Q(急に)T(帝都知事の息子が)K(来たから)であって、そこまで深い考えでやったんじゃないだろうなぁと思っています。

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