(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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オズボーン君のユーシスとマキアスの喧嘩に対するスタンスは最初は「争え……もっと争え……(そうすりゃ俺達みたいに喧嘩の果て仲良くなるだろう)」だったのが
委員長からの指摘を受けて高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処に方針が変わっております。


鉄血の子と翡翠の都《バリアハート》③

「一度は協力すると言っておきながら腹の底では平民を見下す……結局貴族とはそういうものなのだろう!!」

 

「阿呆が。その視野の狭さが原因であると何故気付かん!!」

 

 そうして怒りをむき出しにして二人は互いの胸ぐらを掴み合う。そんな今にも殴り合いに発展しかねない険悪な様子を見てもリィンとフィーはどこ吹く風とばかりに眺め、エマはハラハラとしながら見守っている。

 

「フィー、念のため周囲の警戒を頼む」

 

「了解」

 

 此処は街中ではなく街道、何時魔獣が現れるとも限らない、そんな危惧の下くだされた指示にフィーは首肯して周囲の索敵を行う。その手際のそれはベテランのそれである。正面戦闘に於いてはリィンの方が上を行っているものの、こういった索敵や偵察といった所謂正面での戦いではない裏工作等ではフィー・クラウゼルは明らかにリィンの上を行っていた。

 それは単なる才能や適性の違いという言葉で片付けられるではなく経験に裏打ちされたもので……

 フィーの境遇、それに関する推測を行おうとしたところでリィンは頭を振る。人それぞれに事情というものがある、こういう事は当人から言うのを待つべきであろう。何より今は彼女の方よりも

 

「僕が貴族憎しの偏見に囚われた見方をしていると、そう言いたいのか!?」

 

「は、副会長殿や会長殿にアレほど注意されていながらよもや自覚がなかったとはな。副委員長殿は次席入学の秀才と聞いていたが出来るのは紙の上でのお勉強だけだったのかな?」

 

「貴様言わせておけば!!」

 

 周囲の事など目に写ってないと言わんばかりに取っ組み合って罵り合っている眼の前の二人の方を優先しなければならないだろう。それが事前に話し合って決めたことだ。

 

「僕の貴族への怒りを偏見と貴様は断ずるが、ならば今日宝飾店で目にしたあの光景をどう説明する!!アレこそが歴然たる貴族による平民に対する搾取の実例だろうが!!」

 

「それが視野の狭さだと言っているんだ!!僅かな例を持って全体に当て嵌めるなど愚かにも程がある!!」

 

 オーロックス峡谷道にて手配魔獣《フェイトスピナー》の退治へと取り掛かった5人が、そこでユーシスとマキアスにとっては予期しなかった、他の3人はある程度予想していたアクシデントが発生する。戦術リンクの断絶である。

 幸いにもフィーとリィンという実力者二人がいたことで手配魔獣自体は問題なく退治されたが、問題はその後である。戦闘が終わったと同時に二人は元々反りの合わない相手と止む得なく共闘しているという状況で積もり積もっていた不満が爆発。戦術リンクの断絶は相手の方に一方的に責任があると断じて、こうして取っ組み合いに至っているのであった。

 

「僅かな例だと?」

 

 マキアスの脳裏に過るのは絶望して死んだ姉の姿。そしてそんな遺体を前にして「妾として大事にすると言った!」等と恥知らずにもほざいた伯爵家の男の姿。ふざけるな、僅かな例だというのならば何故姉は死んだというのだ、不幸な少数例に当たってしまった結果だとでも言うのかとそんな怒りが心を満たす。

 

「少なくとも俺も兄も貴族の誇りに恥じるような行いは断じてせん!!」

 

 貴族だから、アルバレア公爵家の人間だから、そんな理由で自分に事あるごとに突っかかってくる目の前の男がユーシスにとってはうっとおしくて仕方がなかった。目の前の男は貴族は全員遊んで暮らしているような愚物だと思っている、それがユーシスには我慢がならない。一体自分がアルバレア公爵家の名に相応しくあるべく陰で努力をどれほど重ねたか、常に家門の名を背負わなければならない重圧が如何程のものか知りもしない癖にとそんな怒りがこみ上げる。

 

 一触即発の状態で睨み合う二人。互いを見るその瞳はどちらも怒りと敵意に満ちており、それはさながら革新派と貴族派の対立をそのまま象徴するかのような構図であった。故に二人は気づいていなかった、倒したと思った魔獣にまだ息があった(・・・・・・・)事に。

 

「「!?」」

 

 猛然と襲いかかってくる手負いの獣、怒りに身を任せていた二人がようやくその姿に気づくもーーー遅い。

 武器を手放して取っ組み合っている状態では回避する事も迎撃する事も不可能。

 《ランドスピナー》のその鋭い爪が無防備な二人を切り裂こうとした瞬間

 

「シッ」

 

 甲高い金属音が辺りに響いた。

 予想していた痛みが二人の身体を走る事はなく、ランドスピナーの攻撃はすんでのところで双剣によって阻まれていた。

 まるでそれを予期していたかのように(・・・・・・・・・・・)《ランドスピナー》が動くや否や静観の様子を見せていたリィンが機敏な動作で割って入ったのだ。

 

「《クロスエッジ》」

 

 放たれた十字斬りの戦技(クラフト)は硬い甲殻に覆われた《ランドスピナー》の身体を4つに引き裂き、今度こそ魔獣は完全に絶命するのであった。

 

・・・

 

「どうした続けないのか?」

 

 罰が悪そうな顔を浮かべる二人の姿を見てリィンは計画の成功を悟る。

 取っ組み合いの喧嘩をさせてもこの二人の場合は自分とクロウのようには上手く行かず泥仕合になる。下手をするともっと拗れかねない、そうエマからの指摘を受けてリィンが行ったのはあえて魔獣にトドメを刺さずに互いの不和が何を齎すのかそれをその身を持って実感させる事であった。

 無論一つ誤れば大惨事に繋がりかねないので最大限警戒していつでも対応出来るように準備はしていたが、どうやらリスクを背負った甲斐はあったようだ。

 

「リィン先輩……その……」

 

「…………………………」

 

「幸いな事に大した敵じゃなかったからなんとか間に合って(・・・・・・・・・)大事には至らなかったが、そうじゃなかったら大惨事になっていた、それは理解できるな?」

 

 いけしゃあしゃあと告げるリィンの言葉にマキアスは目に見えて落ち込んだ様子を見せ、ユーシスを黙って拳を握る。事情を知るエマとしては少々気の毒になって来る光景であった。

 

「反省会は街に戻ってからだ。ひとまず《オーロックス砦》に報告へ行くとしよう」

 

 

・・・

 

 

「ユーシスの言うとおりだな、協力を求められたのならいざしらずそうでないのならば殊更こちらが気にする必要はないだろう。それこそ領邦軍が威信を賭けて探しているだろうからな」

 

 今日だけで自分はいずれあの世に行ったときに《空の女神》に叱責を受けるであろう事をどれだけ行っただろうか、素知らぬ顔でユーシスへと応じた後バリアハートへの帰路を歩きながらリィンはふとそんな感慨を抱く。

 

 オーロックス砦での報告を終えてバリアハートへの岐路、銀色の飛行物体へ乗る少女を見かけ、さらに装甲車に乗ってそれを追跡してきた兵士からそれがオーロックス砦への侵入者だと言う話を聞きリィン以外の四人は騒然となるのであったが、実のところリィンはその正体を知っていた。

 

 情報局所属《ミリアム・オライオン》

 それが銀色の飛行物体《アガートラム》に乗った少女の名前だ。鉄血の子(アイアンブリード)の一人であり、リィンにとっては妹のような存在でもある。

 

(領邦軍の軍備拡張それを探るためと言ったところか)

 

 先程オーロックス砦へと運ばれていた最新鋭の戦車《18(アハツェン)》それを思い出す。大規模な増税と合わせて貴族派が革新派との戦いに備えている事は明白であった。そして革新派は革新派で当然指を咥えて眺めているわけではない、ということなのだろう。

 今冷静になって振り返れば先月、父の腹心たるクレア義姉さんが図ったようなタイミングでケルディックでの窃盗事件に介入してきたのもその一環だったのだろう。ケルディックはクロイツェン州でも屈指の要衝であり、経済規模を誇る街だ。そこの住人の支持を獲得できれば、それは革新派にとって大きな前進を意味する。自分を慮る姉の言葉には嘘はなかっただろうが、ケルディックへと介入できたのは元よりそういう意図で情報を集める人員を潜ませていたからなのだ。

 

 内戦になるかもしれないという危惧、それを杞憂と笑い飛ばす事はもはや出来ない状況となっていた。もちろん、貴族派とてすぐに戦端を開く気はないだろう。もしも内戦になれば革新派が勝利する、それが大半の見方であるのだから。

 

 革新派が勝利すると見られている要因は主に2つ

 

 一つ目は帝国正規軍の強大さ。

 帝国正規軍は強大だ、規模、練度、装備の質、そのいずれもが大陸最高峰と言って良い。領邦軍にも黄金の羅刹など名だたる将がいるが、それでも外敵からの国土防衛を主とした正規軍と地方の治安維持を主とした領邦軍では正規軍に明確に分がある。故に正面から戦えばまず間違いなく正規軍が優位である。

 

 二つ目は指揮系統の確立

 鉄血宰相という明確なトップを戴く革新派に対して、貴族派はあくまで反鉄血のための連合に過ぎない。特にアルバレア公爵はカイエン公に対する対抗意識を燃やしているという話からもいざ戦いになった時には内部での主導権争いで揉める事は必至である。

 

この二点から純軍事的には革新派が優位だが、当然ながら内戦となれば革新派側とて無傷で終われるはずがない。決して少なくない代償を支払う事になる。だからこそ両派においても穏健的な者やそもそも革新派にも貴族派にも属していないような立場の者は政治的な駆け引きによって穏便な着地点へと至る事を望んでいるのだが……

 

(果たして父さんはどう考えているんだろうか)

 

 革新派のリーダーたる《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン、彼の貴族派に対する対決姿勢は強まる一方である。 

 それは果たして自身の支持基盤からの目を気にした貴族にもひるまない『強い平民のリーダー』という演技の結果なのか、はたまたそれこそ貴族に対する怒りと憎しみによって突き動かされている物なのか、その真意の程がリィンにはわからなかった。何故ならばあの事件以来、彼が父と会ったのは10歳の誕生日の時だけだったのだから。

 

(演技なら良い、だけどもしも父が母を奪われた憎しみによって動いているのだとしたら……その時は止める)

 

 それこそが息子たる自分の役目だとリィンは心する。国家を導く指導者が自分の身勝手な私情で多くのものを巻き込んで良いはずがないのだから。

 だが、もしも父が憎しみ等ではなく、大義のためにこそ内戦を起こそうとしていると考えていたら自分はどうするのだろうか?かつてクロウに自分が言ったように国のためのやむを得ない犠牲(・・・・・・・・)だと考えているのなら?

 当然従うべきだろう、何故ならば軍人を目指すというのはそういう事なのだから。犠牲なくして国を動かす事など出来はせず、軍人とはそれを効率よく回すための暴力装置なのだから。

 だがそうして革新派として戦うということそれは即ち自分にとって掛け替えのない親友の一人、ログナー侯爵家の人間たる彼女と袂を別つという事で……

 

(軍人は感情と理性を切り離して行動しなければならない……か)

 

 なんとも残酷で無慈悲な標榜だとリィンはかつて誇らしげに諳んじていた言葉を思い出す。

 言うは易し、行うは難しの典型だろう。例えどれだけ大切な友人だと感情(自分の心)が訴えていても理性(上からの命令)が敵だと言うのなら殺せという事なのだから。

 

 貴族のお膝元たるバリアハートにて目の当たりにした革新派と貴族派の対立、現実味を帯びてきた内戦の二文字。それを前にしてリィンは改めて己が進む道の重さを実感するのであった……

 

 




Ⅱは最後に掻っ攫っていったんで何もかも鉄血宰相の掌の上だったような印象受けますけど
多分鉄血パッパの本来の想定って銀英伝のリップシュタット戦役的な自分が革新派率いて「国難」の時期に反乱した身勝手な貴族を皇帝陛下の勅命受けて討伐的なアレだったと思うんですよね。
クロウに撃たれた時の「見事だ……」ってセリフ的にも。

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