クレア「!!!!!!!!??????????????????」
レクター「落ち着け」
「なんだかリィンと知事のおじさんのところの子が領邦軍に捕まっちゃったみたいだけどどうしたら良いかな?」
レクター・アランドールの下に《鉄血の子供達》専用の通信機でそんな連絡が入ってきたのは正午になってからであった。
「いざという時は強行手段で奪還する事を視野に入れつつとりあえずは様子見だな。トールズにしても自分ところの生徒が冤罪をかけられたとなりゃ動くだろうし、向こうがなんとかしてくれて終わるならそれに越したことはない」
理事長を務めるあの放蕩皇子にしても、学院長を務める軍神にしても生徒が冤罪をかけられて四大名門を敵に回すことを恐れて黙殺するというタイプでは決してない。革新派にとっても貴族派にとっても無視できぬ影響力を持つ、中立の両名と貴族派の関係がコレを機に悪化するというのならそれは革新派としては福音と言うべきであった。
「ほいほーい、了解。それならクレアの方にもその辺の事はレクターの方から説明しておいてね」
「は?」
まて、今コイツはなんと言った
「いやーちょうどクレアから通信が来てさ。調子はどうかって聞かれたから僕は元気だけどリィンが領邦軍に捕まっちゃったみたいだよーって言っちゃったんだよね」
「ちょ、おま……」
「それじゃあ後はよろしくねレクター、ダメそうな時は僕の方でリィンと眼鏡の子を助けるから」
その言葉を最後にプツンと切れた通信を前にレクターは一瞬忘我へと陥る。そしてミリアムとの通信が切れて程なくしてまたもや通信機がけたたましくなり出す、噂をすればなんとやらクレアからの連絡である
「へいまいど、こちら宰相のパシリ。一体どんなご用件で……」
「レクターさん!ミリアムちゃんからの連絡でリィンさんが領邦軍に囚われてしまったと!!!私は今すぐ部隊を纏めてバリアハートに向かいますので、レクターさんの方もすぐにアルバレア公爵に対する抗議を……」
「落ち着け、リーヴェルト大尉」
氷の乙女という異名はどこへ行ったのやら、冷静さ等かなぐり捨てたクレアの焦った様子にレクターはため息をつきながら殊更階級で呼ぶ。お前の立場と職務を思い出せと言わんばかりに。
「バリアハートはアルバレア公爵の完全なお膝元、いくら鉄道があって鉄道憲兵隊にも捜査権限があるとは言え反発だってケルディックの時とは比べ物にならんものになる。……あいつ自身はともかくこっちだって清廉潔白とは言えねぇ身だしな」
リィンとマキアス自身がオーロックス砦に侵入した等というのは事実無根の冤罪ではあるが、オーロックス砦への侵入それ自体は紛れもない革新派の犯行。この状況下で鉄道憲兵隊が突っ込めばそれこそ一触即発の状況になりかねないだろう、何せ統制を取るべき指揮官本人が常の冷静さをどこかへやってしまっているのだから。
「でしたら、レクターさんの方でなんとかリィンさん達を解放するように交渉を!」
「足元を見られないようにするのは交渉の基本中の基本だぜ?この段階でこちらから交渉を持ちかけるのは、みすみす弱点を晒すようなものだ。喜々としてさぞ高い値段をつけてくる事だろうな」
「ですが……!」
もう、私は二度と
人質の身の安全を最優先にするなら相手の要求に全て従うというのも一つの手ではあるだろう、例えばこれが家族を人質に取られた民間人であるのなら犯人の逮捕や財産などよりも家族の安全が大事だ!と思って行動する事はむしろ愛情の深さを示すもので、賞賛にすら値するかもしれない。
だが自分たちは革新派という派閥の利益を考えて行動しなければならない公人だ。私人としての情に囚われて
(だけど……!)
姉さん、クレア姉さんとそう輝く宝石のような笑顔を自分に向けてくれていた少年の笑顔を思い出す。一度失って、奇跡のようにもう一度手に入れる事ができたそれを
「まあ冷静になれって。おっさん本人ならともかくあいつ自身はまだ貴族派の恨みを買うような事はしていないし、こういっちゃなんだがあくまでおまけだ。そうそう手荒な扱いは受けねぇだろうよ。それにトールズの方だって自分のところの学生が冤罪をかけられたなんてなれば、沽券と名誉に関わってくる。それなりの手を打って来るだろうさ」
リィン・オズボーンは生徒会副会長を勤め、学年首席でもある俊英だ。そんな俊英が冤罪をきせられればそれは大帝縁の名門校であるトールズの名誉にも関わってくる、当然アルバレア公と領邦軍に厳重な抗議を行うだろう。
最も学院長を務めるヴァンダイクの性格からして、例えこれが不良生徒であったとしても捕らえられている理由が冤罪である以上、教育者として教え子を守ろうとするだろうが。
「ですけど、今とらわれているであろうあの子の心中を思うと……」
無意識の内にリィンを、かつていた弟であるエミルと重ね合わせ、心細そうに自分に助けを求めている弟の姿を想像して言い募るクレアにレクターをため息をついて
「アイツがそんな事でビビるタマかよ。どっちかというと公爵の横暴ぶりに怒りを燃やしながら、空いた時間を使って牢屋の中でトレーニングでもしているようなタイプだと思うがね」
理不尽に合った時に人が取る代表的な例は対応は2つである。すなわち耐え忍ぶか、それとも怒りを燃やして理不尽の元凶を打ち倒そうとするかである。リィン・オズボーンという少年は後者に位置する。理不尽を強いるものが居た時それと戦う事を選ぶプライドが高い少年だ。だが、短慮では決してない。今の自分ではそれが不可能な事も理解して、内心に秘めた怒りを押し殺し、いずれ然るべき報いを与える事を心に誓いながら耐えている事であろう。
そして同時に暇な時間というものを何よりも嫌う人種であるから、おそらく気晴らしとばかりにたくましくトレーニングにでも勤しんでいる事だろうとレクター・アランドールは外交官として培った観察眼と過ごしてた日々の長さからリィンの内面と行動を正確に洞察していた。
「というわけで、しばらくは
「………わかりました。少し、頭を冷やします」
そうして通信が途切れ、レクターはため息をつく。
(ったく、一体誰と重ね合わせているのかしらんが随分と拗らせちまってんなぁ)
クレアはリィンを護るべき庇護の対象として見てしまっている。おそらく彼女の中では未だリィンは幼い子どもの頃のままなのだろう。既に彼は守られる幼子などではなく今すぐ軍に入っても通用するだけの実力を有している俊英にも関わらずである。
まるで
最精鋭で知られる鉄道憲兵隊か、オーラフが指揮する精鋭の第四機甲師団か、あるいはその第四機甲師団と並ぶ精鋭と謳われる西部にある第八機甲師団と、まあその辺だろうか。そして軍人とは死と隣り合わせの仕事だ。指揮官たるもの部下に範を示すために突撃の時は先陣を勤め、撤退の時は殿を務めるべし。力のない民間人を護るためにその身命を捧げるべし。そんな
そうなった時、果たしてクレアはその事実を受け止めきれるのだろうかと、そんなお節介な気持ちが湧いて来た所でレクターは頭を振る。
(俺も、人の事は言えねぇか)
2月にあったリィンを囮役へと使った宰相に対して抱いた奇妙な不信感をレクターは思い出す。諸々の事情からリィンに入れ込んでいる所があるという点では自分もクレアに対して偉そうな事を言えるわけではないのだと。
(もしも、俺の親父があんな事をしでかしていなければ……)
自身の父親が行ったある蛮行。それによって幸福に過ごしていたリィン・オズボーンは母親を失った。そして残された父もまた人が変わったように覇道を進むようになった。そして自分はそんな父が何をしでかすのかを半ばわかった上で止めなかった。言わば、リィン・オズボーンが見舞われた不幸の元凶は自分にあるのだ。
リィン・オズボーンとレクター・アランドールが出会ったのはクレアと同じく7年前。
その才能を買われて情報局員として働いていたレクターの下にオズボーンからとある
「我が不詳の息子が軍人を目指すと言っている、現役の士官として綺麗事だけでは済まされぬ軍人としての何たるかを君には教えてやって貰いたい」と。そうして言われるがままに訪れたクレイグ家にてレクターを出迎えたのは、
「アランドール特務少尉ですね。今日より、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します!」
そんな10歳の子供とは思えないような口調で
「オズボーン君!君はこんな安い挑発に乗るのかね!?軍人とは理性を持って感情を律する存在。怒りに飲まれるようでは軍人失格だぞ!」
等と適当にそれっぽいデタラメを言ったら、それをまんまと信じて、ハッとした様子で
「申し訳ございません!自分が誤っておりました!」
等と真面目くさった様子で言うものだから、そんな様が余計にレクターにとってはおかしく
「ま、これは今適当に考えたデタラメだけどな。そんな素直な様子じゃすぐ敵に騙されるぞ」
と笑って言ってやれば、ゆでダコのようにしてますます怒り、そんな様が余計におかしくと初回は授業らしい授業にならなかったものだ。
その次からはもう少し真面目に授業の方をしだしたが、二人の関係は変らなかった。真面目な弟とそんな弟をからかうチャラい兄貴、リィンとレクターはそんな関係であった。
そしてそんな日々がレクター・アランドールにとっては何時しかたまらなく楽しくなっていた。唯一の家族である父を亡くし、その後は《鉄血の子供》として情報局員というばかしあいの世界に身を投じる事になった彼にとって、どこまでも真っ直ぐでひたむきなリィンとの日々が心の癒やしとなっていた。自分は一人っ子だったが、もしも弟が居たのならばあるいは、こんな感じだったのかとそんな風にさえ思った。
だがその弟から家族を奪ったのは他ならない自分なのだ。自分の父があんな蛮行を行わなければリィンは母親を失わず、父が覇道を歩む事もなく今も優しい両親の下で穏やかに過ごしたのだろう。こんな風に
故にこそクレア・リーヴェルトがそうであるようにレクター・アランドールのリィン・オズボーンに対して抱いている思いもまた、ただの仲の良い兄弟のような関係、そう一言では言えない複雑なものとなっていた。
(ま、でも流石に俺はあそこまで重症じゃねぇけどな)
先程のクレアの血相を変えた様子を思い出してレクターはそう苦笑を漏らす。いくらなんでもあそこまでではないはずだと。
(やれやれ、あいつが結婚なりした時に大丈夫なのかね、クレア
恐ろしい小姑と化して嫁いびりをするのではないかと小姑と化したクレアとそれの板挟みになっているリィンの様子を想像してレクターは思わず吹き出す。
(何にせよ、ここはお手並み拝見と行くかね)
あの放蕩皇子が希望をこめて作り上げた特科クラスⅦ組、未だ未熟な雛鳥達のその軌跡を見守らせて貰おうとレクター・アランドールは今回の事件をきっかけに打てる手を思い浮かべながらミリアムからの通信を待つのであった。
エマ「リィンさんとマキアスさん大丈夫でしょうか……」
クレア「ああ、リィンさん……どうか無事で居て下さい」
マキアス「どうですかリィン先輩!」
リィン「よーし!その感覚を忘れるな!明日のためにその2!右ストレートはえぐりこむように打つべし!だ」