(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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鉄血の子と悠久なる大地《ノルド》①

 日課である朝の鍛錬を一通り終えたリィンは腕時計へと目をやる。時刻は7時。以前であればこのまま学校へと趣き学生会館で朝食を取るところであったが、ラインフォルト家のメイドであるシャロン・クルーガーが来て、食事を用意してくれるようになってからは専ら後輩達やトワも含めて皆で食事を取るようになっていた。アリサは反対していたが、正直リィンも含め他の面々にとっては有り難い事この上なかったので、圧倒的な賛成多数を持ってシャロン・クルーガーの第三学生寮管理人就任はあっさりと受け入れられた。

 一番諸手を挙げて喜びそうな教官たるサラ・バレスタインが若干渋い様子だったのが意外と言えば意外では合ったが。

 

「なるほど、そんな事があったのか」

 

 朝食の場でリィンはⅦ組の面々から昨日の顛末を聞く。以前フリーデルより聞かされていた増長の傾向が見られる一年生、ハイアームズ家の三男坊が曰く実技テスト中に絡んできたのだと。そして負けたハイアームズの三男坊がそれはもう負け犬の遠吠えの生きた見本とでも言うべき醜態をさらしたと。

 

(分水嶺だな)

 

 パトリック・ハイアーズムがユーシス・アルバレアのような家を依りどころにするのではなく誇りとする気高さを持った真の貴族になれるか、それともヨアヒム・リッテンハイムのような家に縋るだけの貴族となるか、その境目がおそらく今だろう。此処で自らの敗北を内省出来るのであればⅦ組の面々への言動やこれまでの行動も若気の至り(・・・・・)で済むだろう。しかし、此処で自らの失言を正当化するようであれば後はリィンの打倒すべき存在たる腐敗した傲慢なる貴族へと転げ落ちていくだけである。

 自分がクロウ・アームブラストという父の覇道の犠牲者と出会った時と同様、今がパトリック・ハイアームズという男にとっての正念場だろう。そしてあの時の自分はトワが、掛け替えのない友人が居たから踏みとどまる事が出来た。パトリック・ハイアームズにはそういう存在は居るのだろうか?

 

(……フリーデルに相談された手前、義理立て位はしておくか)

 

 自分が直接諭してどうこうというわけではない、革新派である自分から言われてはむしろせっかく内省しかけているところを逆に反発心から悪化する方向に行きかねないだろう。事が貴族としての誇りという問題である以上、それはトワも同じだ。

 平民から(・・・・)の説教を心穏やかに受ける事は出来ないだろう。故にそう、ことこういった貴族生徒の相手として最も適切なのはーーー

 

・・・

 

 

「なるほど、つまり私にハイアームズ殿に貴族の何たるかを教えてやれと」

 

 放課後の生徒会室で、優美な、と本人は信じているのだろうが、まさに優美さの極致とでも言うべきルーファス卿に出会ったリィンからしてみると三枚目にしか見えない様子でリィンの宿命のライバル(・・・・)にして同じく副会長を勤めているヴィンセント・フロラルドはリィンから持ちかけられた話しに頷く。

 

「ああ、フリーデルからも以前相談されたんだがな、どうにも彼は貴族の誇りを履き違えている部分があるようでな。そこで貴族の鑑たるフロラルド殿の方からそれとなく真の貴族の何たるかを教えてやってほしいんだ」

 

 多少のリップサービスはこめているものの全てがお世辞というわけではない。実際知勇兼備であり、平民に対しても寛大に接するヴィンセント・フロラルドは貴族の鑑と言っても過言ではない、どこか漂う三枚目の空気もある種の親しみやすさになっており、そんなわけで貴族生徒相手の対応という点に関して言えば生徒会で一番の適任は目の前の男であった。

 

「ほほう、フリーデル嬢がな」

 

 ピクリとフリーデルが手を焼いているという言葉にヴィンセントが反応する。気高く美人であり実家も武門の名門である伯爵家令嬢の人気は高い。例によってヴィンセントもまたそんなフリーデルに懸想している一人であった。

 彼の頭のなかではすでに颯爽とパトリックを更生させる自分、そして自分を尊敬の念で見つめるパトリックと「私じゃ出来なかったパトリックくんをこうも見事に更生させるだなんてヴィンセント君ったら素敵!」等と言うフリーデルの姿が浮かんでいる。無論あくまで彼にとっての都合の良い妄想であり、現実が彼の希望通りに動くとは限らない。特に最後の妄想の実現の可能性は凡そ絶望的と言えるだろう。

 

「ふ、話はわかった。先輩として、そして副会長としてこの私ヴィンセント・フロラルドが見事ハイアームズ殿を導いて見せようではないか。君は大船に乗ったつもりで特別実習とやらに行ってくると良い」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 自分が打てるとしてはこんなところまでだろう、後は本人次第だ。そんな感慨を抱きながら友人であるフリーデルに対する義理立てのために特別実習の前日にリィンは宿命のライバル(・・・・・・・)と言葉を交わすのであった。

 

 

・・・

 

 

「一難去ってまた一難というか、お前達は本当に一筋縄ではいかんな」

 

 ユーシスとマキアスが健全なライバル関係となり、ようやくクラスに平和が訪れるかと思ったのも束の間、帝都に向かう列車内にて火花を散らし合うフィーとラウラの二人を見てリィンは苦笑を溢す。

 

「先輩たちはやっぱりずっと仲が良かったんですか?」

 

「ああ、そうだな。トワについてはもう言うまでもないと思うがジョルジュにしても温厚なやつだし、アンゼリカはあんな感じだしな。喧嘩らしい喧嘩をしたのは大体俺とクロウの奴位だったよ」

 

 エマからの問いかけにリィンは昔を懐かしむような心境で穏やかに笑いながら答える。よくよく考えてみればまだ出会って一年とちょっとしか経っていないんだなとリィンはいつの間にか十年来の友のように思っていた自分自身に苦笑する。この分では老人になる頃にはそれこそ子供の頃からの付き合いだったかのようにボケて勘違いするのではないか、等と。

 

「あの以前から気になっていたんですけど、どうしてクロウ先輩とそんな大喧嘩をしたのか聞いてもよろしいでしょうか」

 

 チラリと火花を散らし合っている二人の少女とその間を取り持とうとしている年長の少女、そして出発前の意気込みはどこへ行ったのかすっかりと置物と化した男子二人を伺いながらエマは問いかける。今では親友通しと化した二人がどうして喧嘩したのか、そしてどうやって仲直りしたかを聞けばひょっとして今冷戦状態にある二人の仲直りのきっかけになるのではないかという期待を込めて。

 

「まあ別に構わんぞ。正直、若気の至りというか今思い返すと赤面ものではあるんだがな」

 

 大人が聞けば自分のような若輩者がこう言うのは失笑物だろうがそれでも今の自分からするとそう言わざるを得ない程に一年前の自分は未熟だったと若干恥ずかしい気持ちを覚えながらもリィンは語っていく。元々不良生徒という事で自分がクロウを良く思っていなかった事を、そして仮面を被っていたクロウの様子がどうにも癪に障った事を、そして向こうに父と姉を侮辱されて後は売り言葉の買い言葉の大喧嘩になったことを。

 

「ふむ、些かに意外だな」

 

「確かに。ちょっと意外かも」

 

 リィンの語った内容にⅦ組の面々は驚きを示す。彼らにとってのリィン・オズボーンはまさしく絵に描いたようなエリートと言った頼りになる先輩としてのリィンだから。友人達から影響を受けて成長した、貴族が相手でも公明正大で不良生徒に対しても叱責しながらも寛容さを持ったまさに副会長に相応しい懐の大きさを持つ立派な先輩、それが彼らの抱くイメージなのだ。

 

「もしも俺が君たちと同じ年に入学していたらそうだな、さぞ委員長を務めるエマにとっては頭の痛い事になっていただろうさ」

 

 もしも自分の入学が一年遅れていたらマキアスやラウラと意気投合する一方で、アンゼリカと出会わなかった事で自分の中の貴族に対する偏見は拭いきれずに、おそらく大貴族であるユーシス相手に意地を張っただろう。

 クロウと喧嘩をしなかった自分は父を絶対視し、何よりもトワと出会わなかったことで自分の目指す軍人という仕事もまた「誰か」を殺すという矛盾を受け止めようとしなかっただろう。そして猟兵であるフィーに対して敵意を燃やしたはずだ。おそらくマキアスと一緒にユーシスを敵視し、今フィーとの関係が微妙になったラウラへと同調していた事だろう。全くもって大惨事と言うべき有様になっていたことだろう。

 

「しかし、それほどに激しくやり合ったというのにきちんと和解し、今では友となれたのだから大したものだ。自分の過ちを認めて謝罪するというのはそうそう出来る事ではない」

 

 感心したようにガイウスがそう言うが、おそらく同じ状況になればそれをきっちりと行えるであろう人間に言われてもリィンとしては苦笑するしかない。本当にとてもではないが後輩には思えなかった。

 

「何、それに関してはトワのおかげさ。彼女のおかげで俺は自分がどれだけ恥知らずな事を言っていたのかに気づく事が出来た。彼女には俺は教わってばかりさ」

 

「あーはいはい、ごちそうさまです。本当にもう、さらっと惚気けるわねこの人は」

 

「別に惚気けてなどいないがな。ただ純然たる事実を述べているだけだ」

 

 またいつものパターンかと言わんばかりに辟易とした様子で呟くアリサに対してリィンは小首を傾げながら何故惚気などと言われるのかがわからないといった様子で告げる。

 

「まあとにかくだ、喧嘩の時は相手が悪い(・・・・・)と思うもんだが、後々振り返れば自分にも改めるべきところがあったりするもんさ。その辺を一度冷静になって考えてみるのが大事だと、一つ先輩風をふかさせて貰ってこの話は終わりにさせてもらうとしようか」

 

 正直に言えば猟兵に対する隔意が全く無いとはリィンとて言えない。命じた大貴族こそが自分にとって母の仇なのは当然だが、実行犯である猟兵に対する憤りとて当然ある。だが、フィーは年齢から考えても事件に関与しているはずがないし、そも自分の目指す軍人とて決して綺麗なだけの存在ではない。

 人を殺すという点では国のためだろうとミラのためだろうと同じだ、等と言う論は些か暴論に近いとは思うが、さりとて事情を知りもせずに猟兵だからという理由だけで一方的に蔑むというのもそれはそれで何か違うと思うわけである。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな誰に向けられている(・・・・・・・・・)のかが明白な最後のリィンの言葉にどこまでも実直な青髪の少女は少しだけ気まずそうな顔を浮かべ、奔放な銀髪の少女は知らんぷりをするという二人の性格の違いがそのまま現れたような対照的な反応をするのであった……




パッと見変わらんように見えますが、列車での移動中これまでに比べると
若干後輩達と談笑する時間が減って本読んで勉強する時間が増えたりしています。

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