(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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イリーナ会長みたいな親を持ったら大変だよなぁって思います。
なまじ正論言ってくるから反論もできないという。


鉄血の子と悠久なる大地《ノルド》②

 ノルド高原へと向かう旅路は中々にハードであった。

 トリスタよりおよそ5時間かけてようやくルーレへとたどり着いたA班であったが、ノルドに行くには此処から更に貨物列車に揺られる事4時間。ようやく道半ばと言った状態である。

 

(やはり専門書を2冊持ってきて正解だったな)

 

 今回の旅路に際してリィンが持ってきた本は2冊。ハインリッヒ教頭より勧められた経済と政治の本である。授業からの範囲は大分外れているが、それでも質問に来たリィンの問いに対して教官が、本来は学術院で学ぶような内容となってくるのだが等と前置きした上で勧めてくれたものである。行きの列車で読み終えて、帰路の際に復習の意味を込めてもう一回読み返す、そして学院に帰ったら不明瞭だった分を質問することで知識をきちんとみにつける事ができるだろう。景色を眺めるのも悪くはないが、自分には学ばなければならない事がまだまだ幾らでもある。一つ知識を得ればそれに付随して新たに知りたいと思うこと、知らなければならないと思うことが5つ浮かんでくる。とにもかくにも時間が幾らあっても足りないと、それがリィンの心境であった。

 そんな事を考えながら、乗り換えの間にノルドに就くまでに食べる昼食の弁当でも買っておくかという話になったところでⅦ組の面々は呆気にとられる。朝トリスタにて別れたはずのシャロンが作りたての弁当を携えてルーレに来ていたのである。しかもアリサの母親であるイリーナ・ラインフォルト氏と共に。

 

「貴方がリィン・オズボーン君ね、昨年度に引き続きARCUSのテスターの任を引き受けてくれた事感謝しています。現場の観点から書かれた貴方のレポートはこちらとしても大変参考になっているわ」

 

「いえ、学生の身にも関わらず随分と好き勝手な事を書いてしまった身としては恐縮するばかりです」

 

 昨年度リィン達が運用したARCUSは完全な試作段階で技術的なトラブルが数多く散見された。ジョルジュは技術者としての観点から、リィンはいずれ軍人としてそれを運用する事になったらどうか?という観点からその問題点をレポートに書いて報告していたわけなのだが、今思えば学生の身では些か出すぎていたという気がするわけなのである。

 

「感想文を送られてはこっちとしても困るけど、貴方のはきちんとしたレポートだった、理路整然と問題点が列挙されていた、ね。そしてそれが貴方達が今使っている改良型の試作機へと結びついた。だから畏まる必要は全く無いわ」

 

 過度の謙遜など不要。自分は能力に対しては公正に評価を下すと言わんばかりの温かみは欠片も有していない様子でただ事実を述べるような態度でイリーナはリィンを賞賛する。そしてそのままの様子で

 

「どう?卒業後はウチでテスターをやってみる気はない?導力技術に対する体系的な知識を有していて、なおかつ技術畑ではなく現場の観点から理路整然と意見を出してくれる貴方みたいな存在は結構貴重でね。不満を持たせないだけの待遇を用意する事は約束するけど」

 

 所謂優秀な人材の青田買い、それを敢行していた。冗談やリップサービスではないのであろう傍らにいるシャロンは既にそっと契約書のようなものを用意し始めている。もしもリィンが此処で乗り気な様子を見せればそのまま詳細な条件を取り決めて、社員へとするつもりなのだ。

 

「自分に対する評価は有り難いですが、生憎自分が選ぶ道はもう決まっていまして」

 

 そこでリィンは一度軽く息を吸って

 

「俺は軍人になります。故に貴方のそのお誘いは申し訳ないですが、断らせていただきます。イリーナ会長」

 

 自らに対しても改めて宣誓するように、そう静かにだがはっきりとした口調で真っ直ぐな瞳でイリーナを見据えながらそう言葉を告げた。

 軍人が「自国の民を護る」という綺麗事だけでは済まされない存在である事は知った、「理性と感情を切り離して行動する」という標榜が如何に無慈悲で過酷なものなのかも朧気ながらも理解した。

 かつて夢に焦がれていただけの子供ではない、軍人という職務の過酷さ重みそれらを朧気ながらもリィンは感じている。憧れだけで務まる程に容易い仕事ではない事も、“必要悪”を担うという事がどれほど大変なのかも。

 だがそれでも国家にとって軍隊、そして軍人とは必要な存在なのだ。誰かが担わなければならないというのならばそれを自分が担いたい、「憧れ」ではなく確固たる意志と覚悟を以て。それがリィンの今の思いだった。

 

「そう、残念だけどそれならばしょうがないわね。気が変わったら何時でも言って頂戴」

 

 その気のない人間を強引に引き込んだところで何の意味もないと言わんばかりにリィンの意志の強さを察したイリーナはあっさりと引き下がる。そうして用は済んだ(・・・・・)と言わんばかりの態度でそのまま立ち去ろうとするが……

 

「いい加減にしてよ!」

 

 そんな態度こそ(・・・・・・・)が我慢ならないのだと言わんばかりに娘であるアリサ・ラインフォルトが怒りの言葉を告げていた。

 

「いっつもいっつも私のことなんてどうでも良いと言わんばかりに仕事の事ばかりを最優先して!そんなにリィン先輩を社員として引き込む事が大事だったの!?家出した実の娘を叱る事よりも優先するほどに!勝手に家を飛び出した娘に対して言うことは無いの!?」

 

「お嬢様……」

 

 怒りの言葉をぶちまけたアリサに対して傍に仕えて彼女の抱く寂しさを良く理解している姉同然の存在であるシャロンは気遣わしげな視線を送る。しかし、血の繋がらない存在がそんな風にアリサに対する愛情を見せる中裏腹に血を与えた実の母はどこまでも冷淡な様子で

 

「貴方自身の人生、好きにすればいいわ。ラインフォルトを継ぐことも強制する気はないわ。あの人のように勝手気ままに生きるのも悪くはないでしょう」

 

 言っている言葉、それ自体はある意味では娘の意志を優先した理解有る親の発言にも思える。だがそこには親が我が子にかける言葉に本来込められているべき愛情がないと、少なくとも言われたアリサを含め周囲で聞いている者には、思えるものだった。

 

「その上で最低限どういう学院生活を送っているか把握できている娘よりも、将来有望な若者の勧誘を優先したとまあそういう回答になるわね。換えが効かないというわけではないけど、とかく武術に優れた人間ほど導力技術への関心や知識が薄い傾向にあるから、彼のように武術を修めていてかつ体型だった知識を修めている存在というのは中々に貴重なのよ」

 

 残念ながら色よい返事は貰えなかったけどねとどこまでも平然とした様子でイリーナ・ラインフォルトは言い放つ。こちらはそちらの(・・・・・・・・)動向を把握しているからいちいち話を聞く必要もないし、する必要もない。それよりもどんな組織に置いても常に必須な将来有望な若い人材を獲得する事をこの場では優先しただけだと。

 絶賛と言っていいレベルで賞賛されたにも関わらずリィンとしては当人には一切非がないのに、どうにもアリサに悪いことをしているような気がしてあまり嬉しくなかった。

 

「それじゃあこれで私は失礼するわ。理事として特別実習、応援させて貰いうわね」

 

 それだけ言うとまだいい足りないことがあるのだと言わんばかりの様子のアリサを気にもとめずイリーナ・ラインフォルトはその場を去っていくのであった……

 

 

・・・

 

「あの場に現れて俺たちに挨拶をするだけマシというものだ。ーーー少なくとも完全な無視よりはな」

 

 憤懣やるかたないといった様子で母に対する不満を述べるアリサに対してユーシスはそう釘を刺すかのように告げる。良い親とは呼べないかもしれないが、そこまで悪い親かと。実際物質的には何不自由のない生活をさせているという点で言えばイリーナ氏は親の勤めを最低限を果たしていると言えるのかもしれない、その上で一応はメイドであるシャロンを派遣して曲がりなりにも生活の様子を気にする素振りを見せているのだ。親としての愛情が全く無いというわけではない、とそう言えるのかもしれない。少なくとも、さも息子に対してした冷淡な態度を反省しているように見せかけてその実、リィンとマキアスを拘束する際の邪魔者を排除するためだったどこかの父親に比べれば。

 それに気づいたのだろう、アリサはどこか気まずそうな様子で口を噤む。

 

「そういえば、聞いて良いのかどうかわからない話題故これまで口にして来なかったが班長殿の方はお父上との仲はどうなのだ?」

 

「7年前、10歳の誕生日に会ったきりだな。まあ多忙さを思えば無理からぬ事だし、わざわざ家庭教師を二人も付けてくれた辺り決して冷え切っているというわけではないよ。クレイグ家の方々が俺にとってはもう一つの家族だから寂しい思いも特にはしなかったしな」

 

 平然と、とリィンは自分では思っているが周囲からするとどこか自分にそう言い聞かせているかのような響きを感じ取り、アリサは気まずそうな顔をする。なんだか自分が恵まれているにも関わらずつまらない事でいちいち騒ぎ立てているとんでもない我儘娘に思えてきたのだ。

 

「だから、そんな申し訳無さそうな顔をする必要はないって。人の事情なんてそれぞれだし、他人から見るとどうでも良いことに思えても、それは当人にとって見れば切実な問題だという事とてある。真剣な悩みを他人が「その程度」等と勝手に言っていいものではないだろう。俺は親に対して思うところはないが、アリサは思う所がある、それだけの話しだろう」

 

「……そうだな、詮無いことを言った。忘れてくれ」

 

 リィンのどこまでも穏やかに告げられたその言葉にユーシスも先程の自分の言葉が、半ばある種の八つ当たりに近いものだと思ったのだろう、そうアリサに対して軽い謝罪の言葉を述べる。

 

「……ひょっとしてリィン先輩が軍人になろうとしているのはお父さんの力になるため何ですか?」

 

 普段とても頼りになって大きく見える立派な先輩が、一瞬だけ父親の話になった時だけまるで親に必死に褒めてもらいたくて頑張っている小さな子どものような錯覚を覚えたエマはそんな風に問いかける。アリサとリィン、親に反発して居る者と親を尊敬して力になろうとしている者、一見対照的に思えるが実はこの二人はただ親に振り向いて欲しい子供という点で実は同じなのではないかと、そんな奇妙な感覚を覚えながら。

 

「無論、それもある。だがそれだけじゃない、俺が軍人を目指すのは父のためだけじゃない。祖国とそこに住まう民を護るため、そして何より俺自身がそう在りたいと思うからだ。俺は誰に強制されたわけでもない、俺自身の意志で軍人となる事を選ぶ」

 

 そう告げるリィンの様子は常と変わらないどこまでも堂々としたものだった。故に皆、先程抱いた奇妙な感慨を自分達の錯覚だったのだと結論づける。そうして談笑を終えたリィンはルーレまでの道中でもそうだったように厚い専門書を自身の荷物から取り出す。

 

「しかし、軍人になる事が目標という割には随分と熱心に政治や経済について学ばれておられるようだが、いずれはお父上に倣われる気かな?」

 

 鉄血宰相ギリアス・オズボーンは元々帝国軍准将にまで登り詰めて、やがては軍神ウォルフガング・ヴァンダイクの後継として軍を率いるはずだったが百日戦役の折リベールとの講話を取りまとめた功績によって皇帝によって宰相に任ぜられ政界へと転出した、故に息子であるリィンもまたそれに倣う気なのかというユーシスに対してリィンは苦笑して

 

「政治に左右されない軍事など在りえないし、そしてその政治とは経済によって左右される。故に経済と政治から切り離された軍事など在りえん……と尊敬する人に教わってな。中央士官学院じゃなくてトールズに決めたのもその人に勧められたのが最終的な理由だったよ。何せ軍事に関しては任官後も学べるが、他分野を専門家である教官方の指導を受けながら体系だって学べる機会等というのはもう早々ないだろうからな」

 

 人間は学ぼうという意志さえあればどこでも学べる、とは言うものの現実はそうそう上手くいかない。仕事についてしまえばどうしても直接関係のない部分へと割ける時間などというものはほとんど無くなってしまうからだ。加えて言うのならば、自習をするにもある程度の基礎を身に着けて置かなければ、どの文献が参考になるのかと言ったことさえもわからない。

 故にリィンは帝国でも屈指の教官陣に指導を受けられ、豊富な蔵書を誇る図書館に気軽にアクセス出来る学院生という立場を卒業までの間最大限に利用することにしたのだ。無論専門たる軍事を疎かにする気などは欠片たりとてないが。

 

「はぁ……これはあの基本的には人物評価が辛い母様があんな風に欲しがるわけだわ」

 

 真面目で強い向上心を持つ名門士官学院の首席、リィン・オズボーンは間違いなくこの世代を代表するトップエリートである。彼のような人材を欲しがらない組織、というのはまず存在しないと言っていいだろう。先程母が自分よりも目の前の先輩の青田買いを優先させたことで胸に灯った八つ当たり染みた思い、それらが霧散していく想いをアリサは感じ取るのだった……

 




無い内定とは無縁の男リィン・オズボーン
まあ柔軟で打たれ強さを持ったトップエリート(今ならおまけで帝国宰相とのコネもついてくる!)を欲しがらない組織など存在しないので当然と言える。

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