(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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「剣は凶器、剣術は殺人術、どんな綺麗事やお題目を口にしてもそれが真実だ」
この台詞好きなんですよね、その後に「でも、そんな真実よりも拙者は薫殿の言う甘っちょろい戯言の方が好きでござるよ」って続くところまで含めて。



鉄血の子と悠久なる大地《ノルド》③

「ふっ!」

 

 早朝、リィンは特別実習中にも関わらず何時もと変わらず鍛錬を行う。ガイウスの方は言うと羊の放牧を行っており、他の三人は未だ眠ったままである。歓待を受けた身として手伝いを申し出たが、客人にやらせるわけには行かないと断られ、加えて言うのならば全くの未経験である以上手伝うどころか足を引っ張る可能性の方が高い故、こうしてリィンは日課である剣の修練を行っているわけだ。

 

(しかし、ゼクス中将閣下ほどの方がこの地におられるとは……政府はそれだけ共和国がこの地の近くに基地を建設したという事を重く見ているという事か)

 

 ゼンダー門の司令を務めるゼクス・ヴァンダール中将は《隻眼のゼクス》とも称され、最強と謳われる第四機甲師団の長たる《赤毛のクレイグ》とも並び称される帝国正規軍で五指に入る名将とされる。前年に起きた《リベールの異変》に際しても《鉄血宰相》の意を受けて、オリヴァルト皇子殿下と共にどの近隣諸国よりも先んじて友邦(・・)救援(・・)として駆けつけた。その旗下の第三機甲師団もまた精鋭と称されるに足る部隊で、そんな彼らが此処ノルドの地に駐屯しているという事は即ち政府がそれだけ共和国の建設した軍事基地の存在を憂慮しているという事だろう。

 ノルド高原の戦略的な価値は乏しい。軍事的にも要衝とは言い難く、何か特別な資源が眠っているわけでもない。この地が帝国に併合されずに長らく友邦として帝国と良き関係を築けているのは、中興の祖たるドライケルス大帝に助力したという歴史的事実が大きな要因では有るが、それ以上にわざわざ併合する価値がない(・・・・・・・・・・・・・)、そんな打算的な理由も存在した。

 元より国家や政治とはそういうもの、『国益』の前には個人の抱く友誼や情などは容易く飲み込まれてしまうものだ。逆に言えばこのノルドの地で、ある日莫大な資源が発見される等といった事でも起きない限りはノルドと帝国は良き友(・・・)で在り続ける事が出来るという事でもあり、数年前まではゼンダー門の警備は退役間近の老将が務める半ば閑職扱いだったのだが、そんなノルドの地に数年前転機が訪れる事となる。

 東の脅威(・・・・)《カルバード共和国》による軍事基地の建設である。ゼムリア大陸において大国としての地位を築き上げているエレボニア帝国が唯一脅威(・・)として認識している敵国、それがカルバード共和国である。そしてそれはカルバード共和国にしても同様。《鉄血宰相》という豪腕を持って知られる指導者により推し進められる拡大政策、次々と小国を併合していき強大となっていく帝国と正規軍。そんな脅威に対する恐怖が彼らに基地を築き上げさせた、すなわち今はノルドを友邦として扱っているが何時併合してこちらを攻める橋頭堡にしてくるかわからない、故にそれに備える必要がある、というわけである。

 そして東の脅威が軍事基地を建設してきて帝国側も黙っていられるはずがない。カルバード共和国より以東の地は近年加速している砂漠化により不毛の地と化している。そして共和国とはそんな東方よりの移民を受け入れている事で、耐えず国内では移民に対する潜在的な不満を抱えている国である。内部のそういった不和を解消する一番の特効薬は『共通の敵』を作ってしまう(・・・・・・)事である。これは帝国も同じ事、帝国は帝国でカルバード共和国の勃興以後、貴族と平民の対立を抱え続けている国でも有る。故に両国の指導者は決まってこう叫ぶのだ、「我らは同じ国の者同士。真の敵とは東の脅威カルバード共和国(西の脅威エレボニア帝国)である!我らが互いに争うことは真の敵を利するだけである」と。このような背景からカルバード共和国とエレボニア帝国は長年に渡る不倶戴天の仇敵同士なのだ。

 加えて言えば共和国は徐々に自国の領土にまで近づいてきている砂漠化現象に対する不安を抱えている国でもある。そんな国が未だその不安の薄い、西にある豊穣の地を欲するというのは言わば必然であろう。だからこそ、そんな脅威たる共和国が軍事基地を建設していながらそれを座視する事は帝国とて出来ない。共和国に備えるべく監視塔を築かせた。そしてダメ押しとばかりにゼンダー門には名将と称される隻眼のゼクスが赴任してきた、というわけである。

 かくしてノルドの地を取り巻く情勢は加速度的に悪化した。とは言えゼクス・ヴァンダールの赴任は一説には鉄血宰相の怒りを買った左遷によるものではないかという噂も飛び交っており、この地の戦略的な価値が両国にとって乏しい事は変らない。ただ敵に奪われるわけにはいかない(・・・・・・・・・・・・・・)、そんな意地の張り合いによるものなので、同じ係争地でも《クロスベル》に比べればはるかに平和と言えるであろう。しかし、係争地である事は変らない。何かきっかけ一つ(・・・・・・)で帝国と共和国の大規模な軍事衝突が起きかねない、それが今のノルドの状況であった。

 

「…………」

 

 昨夜受けた歓待をリィンは思い出す。ノルドの人々はそんな大国のエゴに振り回されている状況下にありながら、帝国人であるリィン達を心より「友」として歓待してくれた。願わくば、獅子心皇帝以来の友誼が末永く続く事をリィンとしても祈りたい心境であった……

 

 

・・・

 

 あの後羊の放牧を終えたガイウスと共に班員達を起こすと用意された朝餉に舌鼓を打つ。ミルク粥は鍛錬後の空きっ腹に実に良く聞き、おそらくは滋養に良く香草等も入っているのだろう身体の芯から活力が溢れてくるようであった。そうしてリィン達は族長であるラカンより特別実習の依頼へと取り掛かり始める。用意された依頼は3つ監視塔への配達、薬草の採取、そしてゼクス中将からの依頼である魔獣退治である。

 監視塔への配達ではこの地における軍とノルドの民の蜜月関係が窺い知れ、薬草の採取では高原を馬にて駆け回る事となった。そうして最後の依頼である魔獣退治を終えたリィン達はゼンダー門のゼクス中将へと報告に赴いたのであった。

 

「魔獣相手とはいえ軍をみだりに動かすような自体は出来るだけ避けたいところだからな」

 

 そうゼクス中将は朝リィンが想いを巡らしたこの地の微妙な緊張状態への配慮を滲ませた言葉を述べる。その言葉はノルドの民の事を思えば早期に退治しておきたい、しかし軍を動かして共和国を刺激する事は極力避けたい、軍人としてのそんな政治的な配慮が感じられる言葉であった。

 とかく軍人は武力による強引な解決をしようとする傾向にある、というのは良く中央の官僚たちが軍に対する不満として述べる言葉であるが、どうやらゼクス・ヴァンダールはそういった強引さとは無縁のようであった。

 流石は領邦軍とは違い(・・・・・・・)、身分に関係のない実力主義を標榜する帝国正規軍において中将まで登り詰めただけの事はある、と言うべきであろう。

 

「オズボーン候補生、君は軍人志望と聞いている。ならばこそ覚えておいてもらいたい。我々軍とは国家における最大の力を擁する暴力機構だ。故にこそ、我々が出向くのはあくまで最後の手段と弁えよ。力というものは振るわずに済むに越したことはないのだからな」

 

 軍のために国家が存在するのではなく、国家のために軍が存在する。その大前提を決して忘れてはならないのだと帝国屈指の名将と称される男は、いずれ軍を背負う事となるであろう若者に重々しく忠告の言葉を述べる。とかく血気盛んな若者程に焦りがちな事を憂慮するように。

 

「は、肝に銘じておきます!」

 

 偉大なる先達より伝えられた忠告にリィンもまた真剣な口調で答える。剣は凶器、剣術は殺人術。守護の剣を標榜する我々においてもそれは変らない。誰かを護るために剣を振るうという事はその大切な誰かを脅かす、敵を殺すという事である。リィンがヴァンダールの剣術道場にて最初に習った事がこれであった。

 軍人は理性によって感情を律して国家の敵を打倒せねばならない、これもまた軍人を志すと告げた時にオーラフやナイトハルトと言った多くの先達に教えられた言葉であった。

 これらの重みをトールズに入学するまでの間、リィンは真の意味では理解していなかった。だが、今は違う。クロウ・アームブラストという親友に国益のために止むを得ない少数の犠牲を作るという事がどういうことなのかを教えられた。

 クロスベルの地にて軍人になれば好感を抱ける人物だろうとその剣を向けねばならないときが訪れる事を知った。

 そしてトワ・ハーシェルという優しい少女に武力に頼らず対話を模索し続ける優しさという強さを教えられた。

 故に万感の想いを込めてリィンはゼクスの言葉を受け止める。自分達軍人は出来る限りは使われないほうが良い道具なのだと、そう心に刻み込む。

 そしてそんなリィンの姿を見てゼクスもまた満足げに頷く。この分ならば心配は要らない(・・・・・・・・・・・・)と。

 鉄血宰相の愛息子という事で心の何処かで抱いていた警戒心。それを解きほぐすのであった。

 

・・・

 

「リィンさんから見て貴族というのはどういう存在なんでしょうか?」

 

 午前中の課題をすべてこなしたリィン達は昼餉をウォーゼル家にて頂くと再び午後の課題へと取り掛かっていた。

 まず行ったのは子どもたちに対する特別授業の依頼、帝国という外の事を子どもたちに教えて欲しいというものである。

 半ば必然的かつ順当に首席であるリィンが務める事になったが、最後とばかりに問いかけられたのはそんな質問。

 すなわちノルドに於いては存在せず、帝国に於いて存在する“貴族”それがどういう存在なのかという問いかけである。

 

「そうだな……」

 

 リィンは考える、打倒すべき敵手か?それとも手を取り合える同胞か?敬意に値する存在か?

 リィンの中に浮かぶのはこれまで出会った幾人もの貴族たち。

 アンゼリカやフリーデルのような友と、そう呼べる存在もいる。

 リッテンハイムとアルバレア公のように決して相容れぬ存在もいる。

 ユーシスやルーファス卿のような敬意に値する存在もまた居る。

 故にそれらを纏めて貴族という存在をどういう存在かと聞かれればそれは……

 

同じ人間だな(・・・・)。嫌いな奴も居れば好きな奴も居る。一緒に笑い合える奴も居れば、一秒たりとて同じ空気を吸う事さえ嫌な奴も居る。貴族と一纏めにされるけどいろんな奴が居る。だから、俺達と同じ人間さ」

 

 そんな、当たり前の結論を告げていた。最も平民にこんな事を言われると「我ら貴族を平民風情と同列視するなどなんたる不遜な!」等と怒り狂う存在も中には居るんだろうがという言葉を胸の内に秘めて。

 

「ちなみにその辺り、四大名門が一角、アルバレア公爵のご子息であらせられるユーシス・アルバレア殿はどう思われるかな?君にとって、貴族とは何だ」

 

「“誇り”だ」

 

 突如として自分に対して振られてきた問いかけに、ユーシスはそう短くも確固たる意志を以て言い切る。

 

「誇り……ですか」

 

「ああ、そうだ。偉大なる先祖に恥じぬようにしようという思い、民の生活を護り、家臣からの奉公に応える責務、そういった自らの血に流れる高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージェ)を果たさんとする“誇り”こそが貴族を貴族たらしめる。……少なくとも、俺は兄からそう教わった」

 

 ユーシスの言葉に迷いは無い。それこそが彼の思い描く真の貴族なのだろう。リィンが軍人とは国家とそれを構成する民を護るためにこそ存在すると信じているのと同様に、ユーシスもまた貴族とは高貴なる者の義務を果たすからこその貴族なのだと、そう信じているのだろう。

 その思いが気高く素晴らしいものである事は疑いようのない、若者の抱く高潔な理想、これを聞いて嘲笑うような者はよっぽどのひねくれ者と言うべきである。だが、高潔な理想というのは抱く事よりも、抱き続ける事、貫き続ける事こそが難しい物なのだ。それを実現できる者が少ないからこそ、“高潔”とそう評されるのだ。何故ならば、世の大多数の人間がそれを実行できるのならばそれは“普通”の事なのだから。

 

「おーカッコイイ~~~」

 

 だが、そんな世の無情さを知らぬ子どもたちはただユーシスの言った言葉に眼を輝かせる。

 言葉の意味を理解したわけではない、ただそこに込められたユーシスの思いの本気さ、それにこそ彼らは魅せられたのだ。何時の世も人を魅了するのは言葉それ自体ではなく、言葉に込められた思いである。

 

「とまあこういう立派な貴族のお兄ちゃんも居れば、中には困った人も居てな。だから結局のところ貴族も同じ人間なのさと、それが俺の回答になるが満足して貰えたかな?」

 

「はい、ありがとうございましたリィンさん、ユーシスさんも!」

 

「「ありがとうございました」」

 

 そうして子どもたちからの感謝の言葉を受けて、トールズ士官学院首席によるノルドの子どもたちに対する特別授業は幕を閉じるのであった。

 

 

 




「貴族の義務、果たさせてもらうぞ」

戦闘終了後のこの勝利ボイスがおそらくはユーシス・アルバレアという男の信念なんだろうなぁと思っております。
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