「私は真実、光を尊ぶ守護の盾に――“正義の味方”に成りたいのだ」
北部の探索に出かけた《帝国時報》のカメラマンであるノートン氏を巨像の前で無事発見したリィン達は彼を集落へと連れ帰る。そうして集落へと帰還すると村に一台しかない運搬用の導力車が壊れているところへと出くわし、導力製品に詳しいと評判のラグリマ湖畔の傍にて隠居をしている老人をリィン達は訪ねる事となる。
そうしてラグリマ湖畔を訪ねたリィン達はその隠居していた老人がラインフォルト社の会長を勤めていたアリサの祖父《グエン・ラインフォルト》氏である事を知り、彼を引き連れたリィン達に対してノルドの人たちは昨晩に続き客人に対する歓待の席を用意するのであった。
「しかしお前さんも物好きじゃのう。こんな爺共の話に混ざるよりもアリサやエマちゃんのような若い女の子達と話したほうが楽しいじゃろうに」
「彼女たちは学院で話せますし、それよりも俺としては人生の先輩であるお歴々にお話を伺いたいと思いまして」
RFグループ社という巨大な組織の長であったグエン氏、そして一族の長としてノルドの民を纏め上げているラカン・ウォーゼル氏。一見すると軍人とは関係ないように思えるがどちらも長年に渡って人を率いていたという共通点がある。ラカン氏からは少数の集団を率いる場合のコツを、グエン氏からは大組織を率いる場合のコツを参考までに教えてもらえればそれはどこかで
「そう言われてもな、私のやっている事など当たり前の事に過ぎんよ。危険な魔獣退治に赴かねばならない時は自らもそれを引き受ける、最終的な決断をする前に皆に相談し意見を聞く。そしてガイウスの話を聞くにこれらは皆全て君も出来ている事だ、故、改めて私の方から特に君に伝える事はないな」
ラカンが告げたのはそんなリーダーとして当たり前の心構え。幼い頃からリィンが何度も聞かされた指揮官は部下に対してその勇気を示すべし。自らも命を賭けるからこそ部下はそんな指揮官を死なせまいと奮い立つのだという教え。そしてそれはリィンも出来ている事だとラカンは言う。
「儂の方はそうじゃな、お前さんはもうちっと遊び心を持ったほうが良いと思うぞ」
「遊び心……ですか?」
飄々とした様子で告げられたグエンの言葉、それにリィンは目を丸くする。それは今までリィンが接してきた人たちが言ったことは……
(いや、そういえばレクターさんやクロウにも何度か言われたな)
「そうじゃ。お前さんは優秀じゃよ。真面目で責任感が強くてラカン殿の言っていたリーダーとしての心構えを見事体現している。正直年齢の割には出来すぎな位じゃ。
だがのう、そういう優秀すぎて隙のない人物というのはどこか下の人間からすると接していて息苦しくなって来るものなんじゃよ」
リィンではない別の
「わかっているつもりです。だからこれでも自分では柔らかくなったつもりなんですが……」
クロウという親友を得たことで多少なりとも改善したという自負のあるリィンはそう反論するが、グエンは深い溜め息をついて
「改善してそれとは……いやはやお前さん思った以上の筋金入りじゃな。こういう言い方は口幅ったいのだが……お前さん達の通っているところは大帝縁の名門中の名門トールズ士官学院。
当然そこに通っている生徒は皆この帝国の未来を背負って立つエリート中のエリートよ。
一見不良や落第生のように思える者が居たとしてもそれはあくまで、トールズ士官学院という
わかるかの、お前さんが接してきている不良や落第生というのはあくまで
「…………」
グエン氏の言葉にリィンは考え込む。今まで幾度もクロウのような不良生徒を副会長として注意してきた。その度にどうしようもない奴らだと思ったものだったが、グエン氏はそういう者たちも帝国という大きな枠組みの中で見れば列記としたエリート達なのだと言う。
「監視塔を訪問したそうだがその時お前さんはどう思ったかのう?」
「住民であるノルドの民と良好な関係を築けている事は評価に値しますが、正直随分と
「ふむ、まあそうじゃろうな。だがのうアレが所謂普通の人間だと儂は思うわけじゃ」
「……俺の言っている事、やっている事は
恥知らずにも程が有るのではないかとリィンは憤りを込めて言葉を発する。「正しい」行いをする側が何故か忌避される、そんな不条理があって良いはずがないと。
これまでにも幾度か受けた、
それらを思い出し、リィンの言葉は自然と棘のあるものになるが、グエンはリィンがそういう反応になることを予期していたかのようにどこまでも飄々とした態度で
「別にそこまではいわんよ。お前さんのような存在が希少な側ではあるものの正しい事も、組織に於いて必要なのも確かじゃ。そういう存在が居ない組織なんてものはどんどん腐敗していってしまうからのう。だがのう陳腐な言葉だが、水清ければ魚住まずという奴よ」
どれほど茨の道だろうが突き進み正しい事をなそうとする高潔な存在、それは希少で時にうっとおしく思える存在かもしれない。だがそれでも世において必要な存在では有るのだ。何故ならば世を構成する大多数の
「お前さんが正しく在り続ける事は立派な事よ、賞賛にも値する。だがのう、
だからこそ、お前さんが上に立って「正しくあれ!」と呼びかける際にはこれまた陳腐じゃが、そういった者たちへの思いやりを心に持っておいて欲しいのじゃよ。それでこそ、彼らの心に響く」
同じ言葉であってもそこに確かに自分に対する思いやりが込められた言葉とただ自分の理想通りになれと強制する言葉では受け取られる印象が違う。そして後者の言葉は響かず、押し付けに対する反発となる。アイツは自分達とは
だがそこに自らを思う心があれば違う、どれだけうっとおしく煩わしく思える言葉であっても信頼する友や家族の言葉はやはり心の何処かに響くものなのだとそんな
「ま、そういうわけで最初に告げた遊び心を持つべきだという話しに繋がるわけじゃよ。完璧な存在なんてのはとっつきにくいからのう~仕事では厳格だが奥さんには頭が上がらないだとか、実は子煩悩だとか、酒には目が無いとかそういった人間味が大事になってくるわけじゃな」
「……なるほど」
先程までの真面目だった雰囲気を一変させた飄々とした空気でウインクをしながら告げるグエンの言葉をリィンは受け止める。なるほど、確かにこうやって冗談めかした言われる事でその忠告は確かに胸に刻まれながらも、押しつけがましさを感じなかった。こういった剛柔の使い分けを身に着けろという事をあの不真面目な兄貴分は自分に言いたかったのだろう。……今度会った時は少し優しくしようとリィンは一瞬思ったが、あの手のタイプは優しくするとつけ上がるので辞めたほうが無難だろうと思い直す。
「で、そういうわけでどうじゃ、お前さんとて年頃の男子なわけだし気になる女の子の一人や二人位居るじゃろ。いっちょ“コイバナ”で盛り上がるとしようではないか。ん?」
「は、はぁ……」
「なんじゃノリが悪い、コイバナトークは古今東西男女を問わず王道の話題じゃぞ。そういう所が堅いと言うとるんじゃ」
(いかん、この方は俺の苦手なタイプだ)
一時撤退すべきかとという考えがリィンの頭を過るが
「のう、ラカン殿、ファトマ殿、あなた方も気にならんか。おたくの家の子であるガイウスにそういう相手が居るのかどうかと」
「ふむ……あれも確かに17、私にとってのファトマのような存在と出会っていてもおかしくはないか」
「どうでしょうかリィンさん、あの子には誰かそういう人はいるのでしょうか?」
そうはさせじとグエンは愛息子の恋愛事情という親であれば食いつかざるを得ない話題をガイウスの両親へと振り、すかさずリィンの退路を断つ。
「そ、そうですね……自分はその手の事情にはあまり詳しくないんですが、確か同じ美術部のリンデという少女と結構親しくしていたと思います。恋愛感情があるかどうかは当人達に聞いてみればわからないですけど」
グランローズをガイウスに贈呈させる事で恋人同士に周囲に思わせるというクロウの解釈は彼女の双子の妹であるヴィヴィによる犯行だと判明した事で腹黒疑惑は晴れたが(その誤解を聞いた時リンデは顔を真赤にして涙目になって否定して、ヴィヴィは流石に悪戯が過ぎたと反省し、ガイウスは「なるほど、そのような見方も存在するのか」と特に怒りもせずどこまでも悠然としていた)、ガイウスがⅦ組以外の女性陣で一番親しい存在と言えば彼女だろう。傍から見ても関係は非常に良好に思えた、それが恋愛に発展するものかどうかは生憎唐変木たるリィンにはわかりかねるものだったが。
「ほほう、そのリンデちゃんはどういう子じゃ?可愛い子かのう?」
「容姿はそうですね、優れている方だと思います。性格も淑やかで慎み深い感じでしたし、そう悪い印象はありません。もっとも俺と彼女はそこまで接点が有るわけじゃないのでこれ以上の事は」
「なんじゃ、役立たずじゃのう。副会長だったらその特権を利用して女子生徒の3サイズを全員把握することだって出来るじゃろうに」
「そんな恥知らずな事はこのリィン・オズボーン、空の女神と誇りに誓ってする気はありません!」
「冗談じゃよ、冗談。そう熱くならずリラックスせい、リラックス」
やはり苦手なタイプだとどうどうどうとこちらを宥めながら飲み物を差し出してくるグエン氏を見てリィンは再認識する。
「ふむ……リンデ嬢か」
「ふふふ、今度あの子にそれとなく聞いてみましょうか」
「えとえとえと、ガイウス兄ちゃんの良い人って事は私達の義姉さんになるかもしれないって事ですよね」
「お義姉ちゃんが増えるのーえへへ、優しい人だと良いな」
「あ、あまり先走りすぎないようにお願いしますね。ただの友人同士という可能性も十分に有り得ますので」
(すまん、ガイウス)自分の不用意な一言のせいでおそらく家族から質問責めに合うことになるであろう後輩へとリィンは心の中でそっと詫びる。まあガイウスならば特に焦らずに悠然とした様子で問い詰められても冷静に答えそうだが。
「それでお前さん自身の方はどうなんじゃ」
「は?いえ俺は今は軍人になるために学ばねばならぬ事があるのでそういった事に現を抜かしている暇は……」
「かーだ・か・ら、そういう所が堅物だと言っているんじゃ。お前さんだって健全な年頃の男子じゃ気になる女の子の一人や二人位は居るじゃろ?」
「いえ、そう言われましても俺には本当にそういう存在は……」
居ないのだろうか?とふと自問してみる。すると脳裏に過るのは二人の女性。綺麗で優しくて子どもの頃からの憧れの青髪の女性ととても優しい大切な大切な栗色の髪をした少女の姿。
「お、なんじゃなんじゃどうやら居るみたいだのう。安心したぞ、ここできっぱりと居ませんとか言われたらどうしようかと思ったが、ちゃんとお前さんにも年相応の部分があって。ほれどういう子か言うてみ、言うてみ。此処は一つ百戦錬磨の儂が悩める若人にビシっとアドバイスしてやろうではないか」
「い、いやそういうわけでは……ただ姉のような存在だったり、掛け替えのない親友と親しくしている大切な人達だからふと頭に過ぎっただけでして……」
「ほほう、まだ自覚していない淡い気持ちという奴か。青春じゃのう~~~それでその子はどういう子なのかのう」
「いや、ですから……」
そうしてリィンは大人たちに優しい眼で見守られながら百戦錬磨のグエン氏にその日の宴中玩具にされるのであった……
同年代の美少女ではなくその祖父と話し込む主人公の構図。
オズボーン君がグエン氏に玩具にされている間、後輩達四人は原作の青春真っ盛りなトークを行なっていました。