(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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オズボーン君から見た鉄血の子

ルーファス:超えるべき敵(当然実は筆頭だなんて事は全く知らない)
クレア義姉さん:綺麗で優しい憧れのお姉さん。守られる側から肩を並べて戦える様になりたい。ほぼ全面的とも言える信頼を抱いている。
レクター:チャラい兄貴分。嫌いではないが自分の事をからかってばかりなので苦手。魔界皇子ネタを握られたことを一生の不覚と思っている。何だかんだで頼りにしている。
ミリアム:可愛い妹分。年上との縁が多かったので弟分のクルト同様ある意味数少ないオンリーワンなポジ。ミリアム自身に思うところは一切ないが、年下である彼女が既に父のために働いているのに未だ学生の身である自分を比較して不甲斐なく思っている。


鉄血の子と悠久なる大地《ノルド》⑥

 

「身、身の安全の保証を要求する……」

 

「安心しろ。俺達は栄えあるトールズ士官学院の生徒だ。犯罪者とは違い(・・・・・・・)ルールは守る」

 

 図々しくもそんな事を要求してくる武装集団へとリィンはそんな事を告げる。内心で共和国と帝国の軍事施設を攻撃したような後ろ盾もない犯罪者の末路など碌な物じゃないだろうがなと毒づきながら。

 

 奇襲により、呆気なく武装集団を無力化する事に成功したリィンたちだったが、生憎と後方に控えており射程外にいたギデオンまでは捉える事ができなかった。

 そうして状況を把握したギデオンはおそらくは《アーティファクト》と思しき笛を使い、この遺跡の主である魔獣を呼び出した。

 これの撃退自体には成功した物の、交戦している間にギデオンを取り逃がしてしまうのであった。

 

(俺にもっと力があれば……!)

 

 そうすればギデオンもこの場で捕らえる事ができたはずだとリィンは強く拳を握りしめる。

 ギデオンが魔獣を呼んだ時、自分にもっと力があれば自分達が魔獣の相手をしている一方、ミリアムにはギデオンを追ってもらうという事とて出来たのだ。

 だが、その選択肢は取れなかった。何故か?それは偏に自分が、リィン・オズボーンが弱かったからに他ならない。

 こんな魔獣如き(・・・・)に手こずる程度の力しかなかったからだとリィンはそう断じる。

 ーーーもしもこの場に居たのがクレア義姉さんだったら

 ーーーレクターさんだったら

 ーーーナイトハルト少佐だったら

 ミリアムに追撃を任せても全く問題なく魔獣を蹴散らす事ができただろう。

 だが、自分は出来なかった。ミリアムを欠いた状態だとあの魔獣相手に万一が有り得ると判断したからだ。

 奴は同志からは(・・・・・)等と何がしかの組織に所属している事を示唆していた。

 此処で奴を捕らえる事が出来なかった事が後々大きな禍根に繋がりかねない。

 それを思うと自分の不甲斐なさに腹が立って仕方がない。

 

(力が欲しい)

 

 わかっている、こんなものはただの現実逃避だ。

 思いだけで強くなれれば苦労はしない。強くなるために必要なのは適切な指導を受けた上での地道な鍛錬。それ以外にない。

 技術にしても肉体にしても一朝一夕では変わらない、がむしゃらにやったところでそれは身体を痛めつけているだけだ。

 これ以上修練に割ける時間は自分にはない、無理に休養する時間を削ってもすぐに身体に限界が訪れてむしろ歩みは遅くなるだろう。わかっては……いるのだ。

 

(だけど)

 

 リィン・オズボーンは目標意識が高い男だ。100点満点のテストで95点取れれば普通の人間は良しとするだろう、だが彼は100点を取れなかった事を悔しく思う。

 そして今の彼が自分に求める水準というのは明らかに常軌を逸している。どれだけ優秀だろうと彼はまだ学生の身に過ぎない、そんな身でクレアやナイトハルトと言った俊英を持って知られる現役の将校と同レベルの働きを自分に課すなど、それはもはや傲慢と言うべきだろう。

 彼らとて未熟な時代は存在したのだから。積んできた経験の差が彼我の間には存在するのだから。

 そんな事はリィンも頭では理解している、だが彼の心の中に焼き付いた光景が彼の足を止めさせない。

 ーーーある日、唐突に奪われた幸福が

 ーーー倒れ伏す母の姿が

 ーーー燃え盛る生家の姿が

 ーーー胸に走る痛みが

 彼を駆り立てる。強くなれ、強くなれ、強くなれと。さもなくばまた失う(・・・・)事になるぞと。

 温もりの大切さを知っているからこそ、それがそのまま失う事の恐怖へ繋がり、より強さへの執着を生む。

 それが、今のリィンの状態であった。

 

「まあ首謀者っぽいのは取り逃がしちゃったけど、実行犯達は捕まえられたから上出来上出来。後はレクターがこいつらを取引材料になんとかしてくれるよ」

 

 そんなリィンの内面を見透かしたのかのようにミリアムは極めて明るい声でそんな言葉を告げる。

 

「ありがとね、リィン、みんな!僕一人だとそこの人達あのでっかい蜘蛛の餌になっちゃってた可能性もあったから君たちが居てくれて助かったよ!」

 

 どこまでも明るい笑顔と声で告げる妹分の姿にリィンは張り詰めていた心を一旦解して穏やかな笑みを浮かべて応じる。

 

「どういたしまして。俺達の方は俺達の方でミリアムがいなかったら犯人達の居場所がわからず手詰まりになっていただろうからな、助かったよ」

 

「ニシシ、兄妹(・・)の絆の勝利!って奴だね」

 

 自然と頬が緩むのをリィンは感じる。基本的に年上から可愛がられる事の多いリィンにとっては目の前の妹分との交流は敬愛するクレア姉さんとはまた違った方向で清涼剤となってくれる心の癒やしであった。

 

「ふん、一段落したところで改めてオーロックス砦の件について改めて伺いたいものだな」

 

「えーまだ引きずっているのー?しつこいなー粘着質な男はモテナイんだぞー。女の過去は深く詮索せずにそっとしておくのがモテル男の秘訣って奴だぞー」

 

 どこからどう見てもお子ちゃまにしか見えないミリアムにそんな事を言われたユーシスは鼻で笑って

 

「貴様のようなチンチクリンにモテずとも俺は一向に構わん」

 

「ムカー女の子の身体の事をあげつらうなんてデリカシーって奴が足りてないぞー!僕だってもう数年もすればクレアみたいな大人の女って感じになっているんだからなー!その時に吠え面かいたって知らないぞー」

 

「……まあ夢を見る権利は誰にとてある」

 

「こらーそこで急に憐れむような目を向けるなーー!!!」

 

 ミリアムと漫才を行っているユーシスも、そしてそれを笑いながら聞いている他の面々も気づいていない。気がつけばすっかりと当初の問題の対象となっていたオーロックス砦侵入に関する話が有耶無耶になっている事に。これがミリアムが演技で行っている意図的なものであったならば、そこにわざとらしさを感じ取り気づく事が出来ただろう。しかし、ミリアムにそんな意図はない。どこまでも自然かつ天然である。故に周囲はその容貌も相まって自然と毒気を抜かれて気を許してしまう。

 これこそが《白兎》の異名を持つ情報局員ミリアム・オライオンの真骨頂であった。

 

 

・・・

 

「よう久し振りだな、クロスベルに行った時以来だから大体4ヶ月振り位か。元気にしていたか、魔界皇子様(・・・・・)

 

 下手人達は捕らえたものの交渉の窓口が存在しないためにこのままでは戦端が開かれる事を止められない、そんな緊迫した場面で、待ち望んでいたその男はどこまでも気安い様子でそんな弟分の黒歴史を穿り返す事を告げていた。

 

(やはりこの男には優しくする必要など一切ないな)

 

 再会して早々に後輩達の前で忌まわしき記憶を掘り起こしてくれた男を前にして、リィンは青筋を立てながらそう強く思う。今回の面々には昨年学園祭に来ていた人間はいなかったため、魔界皇子という単語に疑問符を浮かべているのがせめてもの救いだろう。

 

「もー遅いよレクター!せっかく僕とリィンが頑張ったのにお兄さんの君が台無しにするところだったんだぞー」

 

 プクーと頬を膨らませながらミリアムはそう赤毛の青年レクターを責める。その様はさながら散々兄に待ちぼうけを食らった妹といった様子だ。

 

「悪い悪い、ちょっとクロスベルの方に出張していたもんでな。ちなみに支援課の連中も元気そうだったぜ。今じゃすっかりクロスベルの英雄って感じだ」

 

「……そうですか」

 

 その時自分の胸に走った思いは何だったのだろうか。僅かな間だったが同じ時間を過ごした友人が報われた事を祝福する気持ちか。未だ学生の身に過ぎない自分と差がついてしまったことに対する妬心か、寂寥感か。あるいはその全てが入り混じった心か、いまいちリィンは判断がつかなかった。

 

「さてと、せっかくだから久方ぶりに会った義弟としばらく戯れていたいところだが、やらなきゃいけない仕事があるんでな。寂しいだろうが此処は一つ我慢してくれ、義弟よ」

 

「ええ、たまにはクレア義姉さんのようにどうか兄貴分として素直に尊敬できるところを存分に見せて下さい」

 

 どこまでも冗談めかした様子でそんな事を告げる義兄にリィンは肩を竦めながらそう告げる。素直に尊敬し辛い存在では有り、そのおちゃらけた態度に物申したくなったことは両の指では到底足りないが、それでもリィンはこの目の前の義兄を無能だと思った事は一度たりとてなかった。

 

「改めて名乗らせて頂きます閣下。帝国軍情報局特務大尉レクター・アランドールと申します。共和国軍との交渉ルートを担当するために参上致しました」

 

 そうして中将の了承を取り付けたレクターは《通商会議》を控えて軍事衝突を避けたいのは共和国も同じ事であり、すでに交渉へと入っているという旨を告げて

 

「じゃあな、リィン。あんまり勉強だの鍛錬だのといった不健全な事ばかりしてないで年頃の男らしく彼女の一人や二人でも作っておけよー」

 

「バイバイリィン、みんな。また機会があったらよろしくねー」

 

 そんな言葉を残してその場を去っていくのであった

 

 

「ふむ、なるほど。今の二人が鉄血の子どもたち(アイアンブリード)というわけかね」

 

「ええ、ご推察の通りです閣下。二人とも父の信認厚き俺の兄妹です」

 

 リィンはそう肩を竦めながらゼクスからの問いかけを首肯する。別段隠す必要もない事だし、先程のやり取りを見ていればわかる事だ。

 

「ふむ、あまり顔は似ていなかったし髪の色も違ったが先輩の兄妹だったのか?」

 

 だが、その割には名字が違ったような等と帝国の事情に疎いガイウスは本人は大真面目な天然ボケをかますが

 

「義理のな。戸籍上では他人だが、まあそういう形容が俺たちの間柄を示すものとしては多分一番相応しい」

 

 上司の息子、父親の部下、あくまで表向きの関係性だけを言えばそういう形容になるのだろうがリィンが彼らに抱く思い、そして彼らがまたリィンへと抱く思い、それらを考えれば兄妹という言葉こそがもっとも自分達には相応しいとそうリィンは思っていた。

 

「で、でもさっきのミリアムって子はリィン先輩よりも年下でしたよね?」

 

「そ、そうよ。まだ日曜学校に通っているような年齢の子だったじゃない!」

 

「それとも会長殿のようにああ見えて実は副会長殿よりも年上だったりするのかな?」

 

「……まあその辺については色々と複雑な事情があってな」

 

 実は俺もミリアムの詳しい事情については知らない等とプライドに賭けて言えるはずもなく、リィンはそう意味深な言葉で誤魔化した後に澄み渡った青空のように晴れやかな笑顔を浮かべて

 

「これ以上知りたいという事ならば、それは俺達の身内になりたいと、そう受け取るがいいのかな?もちろん、お前達ならば革新派(ウチ)としては大歓迎だが」

 

 突如として行われた先輩のそんな営業トークにⅦ組の面々は釈然としない想いを抱えながらも閉口するのであった。

 




ちなみにオズボーン君は戦争回避のための取引材料として犯人の身柄を拘束する必要がなければ
普通に武装集団を囮にしてそいつらが魔獣に食われている間にギデオンの追走をしていました。

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