(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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原作だと起動者が試練を受けるのに魔女が必要なのかは不明な部分がありますが
この作品では第一の試し以降の試練を受けるには、魔女の導きが必要という設定となっております。


鉄血の子と《巨いなる騎士》

 3回目の特別実習から帰還して数日が経過した。リィン達A班は戦争を回避するために貢献したという事で両班通じて初めてとなるS評価を獲得し、トワ達B班はラウラとフィーの二人の関係改善こそされなかったもののどこかの大人気ない二人のように四六時中火花を散らし合い空中分解寸前になるという事もなく、概ね問題なくこなした事でB評価となった。そうして夜中リィンが日課である自習を行っているとコンコンと自室をノックする音が聞こえてきて……

 

「夜分遅くにすみませんリィン先輩。……大事な話があるんです、お部屋に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「?わかった。部屋の鍵は空いているから入ってきてくれ」

 

「失礼します。すみません、勉強の邪魔をしてしまって」

 

「構わんよ、後輩の相談に乗る程度の時間なら捻出するさ。それで一体どういう要件なんだ?」

 

 真剣な面持ちで夜中に同年代の女子が自室に大事な話がある(・・・・・・・)と訪ねてくる。普通この年頃の男だったら何かそういう勘違いしてをドギマギしてもおかしくなさそうだが、リィン・オズボーンにそんな様子は欠片も見受けられなかった。

 そうしてエマは改めて決心するかのように一度大きく深呼吸を行って

 

「まず最初に言いたいのはこれから私がお話をするのは冗談でもお伽噺でも妄想でもない、紛うことなき真実であるという事を前置きさせてもらいます。それをまずは信じてもらうために……セリーヌ、リィン先輩に挨拶してくれないかしら?」

 

 真剣な面持ちで連れてきた飼い猫にそんな事を語りかけるエマの様子にリィンが訝しがると

 

「はいはい、何回か会っていると思うけど改めて自己紹介させてもらうわ。私の名前はセリーヌ、この子の使い魔をやっているわ。よろしくね、リィン・オズボーン」

 

「……何らかの手品で俺を騙そうとしているというわけではないんだな」

 

「違います。今の言葉は間違いなくこの子が、セリーヌが発したものです」

 

「ま、疑うのも無理はないけどね。でもこれからこの子が喋る話はもっと色々とぶっ飛んだ内容になってくるから信じてほしいわね。その辺の話がこの子の妄想じゃないとわかってもらうためにこうして私が喋っているんだから」

 

「どうやら話の腰を折ってしまったみたいだな。続けてくれ、おそらく聞いて居る内に色々と疑問は湧いてくるだろうから、総て聞き終えてから改めて質問させてもらう」

 

「では……」

 

 そうしてエマは語りだす、自分がお伽話に出てくる魔女と言われる存在である事を。そして自分はある使命を果たすためにこの学院に入学したことを。そしてその使命とは伝承に謳われる《巨いなる騎士》、《騎神》の担い手である起動者を導くことだという事を。

 

「……なるほど、なんとなくだが話が見えてきたよ。この話を俺に打ち明けたという事はその起動者とやらの候補がつまり俺なんだな。そして件の《騎神》とやらはあの旧校舎に封印されていると、そういう事だな」

 

「はい、ご推察の通りです。セリーヌに調べて貰いましたがリィンさん達はすでに第一の試しのところまでは到達していた様子。そしてここから先の試練を受けるには私達《魔女》の導きが必要になります」

 

「そして俺はどうやら君にその起動者たる資格ありと認めてもらえたと、そういう認識でいいのかな?」

 

 知らず、言葉に力が篭もる。曰く「時に災厄を退けて人々を守り、時に全てを破壊して支配する支配者」そんな文字通り降って湧いた“力”を手に入れる事が出来るかもしれないという望外の好機(・・・・・)に心が高揚するのをリィンは感じていた。

 ただの力としてだけではない、今の技術を超える騎神を解析する事で帝国が得られる技術的な恩恵は計り知れない、エマの言うことが事実ならばそれはなんとしても手に入れたい、いや手にいれなければならない代物だ。

 

「はい、ノルドの地を守れて良かったとああいう人達を護るためにこそ自分は強くなりたいといった先輩の言葉を私は、信じたいと、そう思いました」

 

 真っ直ぐな瞳で告げられた自分への信頼の言葉にリィンは一瞬息を呑む。そして自分が降って湧いた望外の力に振り回されていた事に気づく。そして魔女の導きとやらが起動者候補に必要なわけを理解する。必要なのだ、人には何のための力かを教えてくれる存在が。強い力に溺れぬように、何のために力を求めたかを思い起こさせてくれる存在が。魔女はそうして「私は貴方がそれを正しい事に使ってくれることを信じている」と告げる事で起動者が力に振り回される事を食い止めるべく存在しているのだろうと。

 

「……俺はこの力を軍に報告して祖国のために、革新派のために振るうつもりだ。それが最善の選択だと俺は信じている」

 

 そうしてリィンはエマの信頼へと応えるべく自分もまた真っ直ぐに虚飾無く言葉を紡ぐ。エマ・ミルスティンは自分を信じてくれた。ならば自分もその信頼を裏切ってはならないだろう、故に騙すような事はしない。自分が《騎神》を手に入れたらどうするか、それを隠す事無く伝える。それこそがせめてもの誠意だと思って。

 

「……ええ、知っていました。多分、リィン先輩だったらそういう選択をするだろうという事は」

 

 告げられた言葉をエマもまた静謐に受け止める

 

「白状してしまうと、それがこれまで先輩を起動者に相応しいかどうか迷っていた理由でもあったんです」

 

 祖国のためという大義の元にその力を奮うだろうことが予想できたから、そして振るっていく内に今までも幾多も存在した多くの起動者達のようにその力に呑まれて行ってしまうのではないか、そんな危惧を抱いたから。

 

「でも、それでも私は綺麗事だろうとなんだろうと“護るため”に強くなりたいとそう仰った先輩のあの誓いを信じます。ノルドの星空を見上げながら告げた、あの穏やかな笑みを信じたいと、そう思ったんです。だから、お願いします。どうか、私を後悔させないで下さい。貴方を信じて良かったと、そう思わせて下さい」

 

 この3ヶ月でリィンの性格を知ったエマはそう笑みを浮かべながら告げる。責任感の強いリィンのような人物にはこういう風に言っておくのがおそらく一番効果的だろうと、そう思って。

 

「ああ、心するよ」

 

 そうしてリィンもまたそんなエマからの信頼の言葉に穏やかに微笑むのであった……

 

・・・

 

「……以上が、あの旧校舎に隠された秘密になります学院長閣下」

 

 厳粛な面持ちでそう告げる自慢の教え子の一人たる副会長の言葉に学院長たるウォルフガング・ヴァンダイクは重々しく頷く。そしてそんな彼の後ろには曰く《魔女》である一年生のエマ・ミルスティンが控えている。

 

「……なるほど、あの旧校舎にそのような秘密が隠されておったとはな」

 

 にわかには信じ難い話では有る。だがこのゼムリア大陸に於いては“早すぎた女神の贈り物”と称される現代の技術を上回るロストテクノロジーの産物たるアーティファクトが存在する故一概に有り得ないお伽噺と切って捨てる事は出来なかった。

 

「しかし、獅子戦役にそのような秘密が隠されていたとはな……ふふ、トマス教官辺りが知ったら大騒ぎしそうな話しだ」

 

 獅子心皇帝ドライケルス・ライゼ・アルノールには謎が多い。その一つが僅かな戦力に於いて如何にして勝利したかというものだ。庶出の母を持つ第三皇子であったドライケルスは獅子戦役の序盤に於いて歯牙にもかけられぬ言わば泡沫の候補であった。競馬で例えるなら大穴も良いところだったのである。

 彼が挙兵した際に付き従ったのは腹心のロラン・ヴァンダールの他ノルドの勇士17名のみ。如何にドライケルスが卓越した才幹を有した英雄であろうと、如何に彼に付き従う勇士達が勇猛な戦士であろうと想いだけで勝てる程現実は甘くない、そのはずであった。だが、ドライケルス・ライゼ・アルノールはそんな現実を覆すかのようなお伽噺の如き英雄譚を成し遂げた。戦をすれば百戦して百勝し、そのカリスマと称すべき人格に惹かれ槍の聖女を筆頭とした名だたる英傑たちがこぞって彼の陣営へと馳せ参じるようになった。そしてやがてロランとリアンヌという最高の友と最愛の人をその過程で失いながらも彼は獅子戦役を終結させ、帝国中興の祖と称されるようになったというまさに“英雄譚”としては文句のつけようのない“お話”なわけなのだが、ここで“歴史”として見た場合大きな謎が存在する。

 それは如何にしてドライケルスは勝利を収めたかというものである。おかしいのだ、如何に彼が所謂天才と言われる軍事的才幹を有する英雄であり、彼に付き従う兵士たちが命を惜しまぬ勇士であったとしても常識的に考えれば(・・・・・・・・)どう足掻いてもドライケルスの敗北で終わるはずの会戦を彼は数十以上にも渡って行って、その尽くに勝利しているのだ。あるいはそう、表立っては言えぬような英雄たる獅子心皇帝のその御名に傷がつくような秘密があるのではないかとも言われたが、その理由が今こうして明らかとなったのだから歴史学者にしてみればまさに垂涎の事実と言っていいだろう。

 

「確かにそうかもしれませんね、公になればアルテリア法国辺りも放っておかないでしょう」

 

 ゼムリア大陸における最大宗教であり七耀教会はアーティファクトの保管と回収を行っている。あるいは《騎神》もアーティファクトとみなされ、それを回収するべく教会が動いてくるという可能性は大いにあった。

 

「だから、君はそれを獲得して技術(・・)に落とし込んでしまおうとそう考えているという事かな」

 

「はい、その通りです閣下。曰く《巨いなる騎士》と謳われる《騎神》、それを解析して得られる技術的な恩恵は計り知れないでしょう。そして一度技術に落とし込んでしまえば、教会の介入とて防げます」

 

「ふむ……」

 

 告げられたリィンの言葉、それにヴァンダイクは士官学院生としては非の打ち所のないものである事を認める。正規軍名誉元帥として考えれば祖国の国益を第一とし、こうして学院の責任者たる自分にも報告にきているその姿勢に文句のつけようはないだろう。だが……

 

「わかっているのかねリィン君、それをしてしまえば君はもはやただの学生では居られなくなる」

 

 巨大な力を有する個、そんな存在を国家というものは放置する事はできない。懐柔か排除か、そのいずれかを取る事となる。そしてリィン・オズボーンという少年の国家に抱く忠誠は揺るぎないものだ、故に革新派は諸手をあげて宰相の息子という立場も相まって彼を英雄へと祀り上げようとするだろう。そしてその革新派と敵対している貴族派は当然ながら彼を排除しようとする。

 結果としてリィンはもはやただの学生ではどう足掻いても居られなくなる、巨大な力とそれに伴う責任、媚態に嫉妬そういったありとあらゆるものが彼を押し潰そうとするだろう。

 

「覚悟の上です」

 

 そしてそんなヴァンダイクからの危惧にリィンもまた静かに宣誓する。それら総てを自分は背負い込んでみせると。例え敵と自分の血で塗れる事となる茨の道だろうと、それでも自分は他ならぬ自分の意志でこの道を進むと決めたのだと。そんなリィンの決意にヴァンダイクは嘆息して……

 

「一つだけ聞きたいことが有るリィン君、君にとって貴族とはどういう存在だね」

 

 ヴァンダイクがもう一つ気がかりなのはその点だ。すなわち目の前の少年がその力に溺れてしまわないかという事だ。自分は正義で敵は悪であるという思考は驚く程の早さで人を傲慢にしていく。自らの正義を疑わぬ者こそがこの世に於いて、最も残酷になれる事をこの老将は嫌というほど知っていた。そして目の前の若者のような青く正義感と責任感の強い真面目な者程、そのようになりかねない事を。

 彼の背後に控えている人物の存在を思えば、彼はこの力を祖国のそして革新派のために奮う気なのだろう。それ自体は別に良い、自分とあの皇子等はまた違った思惑ではあるが、目の前の少年の立場を思えば革新派へと傾倒する事は当然の事だろう。だから彼がその力を革新派のために、祖国のために奮おうとする事を掣肘する気はヴァンダイクにはない。

 しかし、もしも彼が自分達こそが絶対的な正義であり、貴族派は腐敗した邪悪な敵でしかない等と思っているならヴァンダイクはどれほど自分の立場が危うくなろうとそれを止めるつもりであった。祖国のためにも、そして教育者として一人の若者を正すためにも。

 

「同じ人間です閣下。敬意を払うに値する真の貴族と言うべき存在もいれば、とても貴族とは思えないように気さくな者もいる、腐敗した傲慢な者もいる。我々革新派と同じく。故に、同じ人間だと俺は思っています」

 

 そんな問いかけにリィンはかつてノルドで語った事をもう一度語る、そしてその上で

 

「閣下、数ヶ月前お話いただいた事を自分は決して忘れていません。己の正義を信じて疑わぬ者こそ最も邪悪になることも、敵であろうと同じ人間であるを忘れてはならぬ事、しかとこの胸に刻み込んでいます」

 

 敬愛するエレボニアの英雄が自分のために教えてくれた金言の言葉、それを忘れる気はリィンは毛頭ない。かつて平然と“必要悪”等と犠牲者に対して嘯いた未熟で傲慢だった若者の姿はそこにはない。数多の出会いを経て彼は若き軍人の卵から雛鳥となり、そして幾多の経験を経て今飛び立とうとしている。

 

「老兵は死なず、ただ去るのみか……」

 

 此処までの意志と覚悟を若者に見せられたというのならばもはや老人としては言える事は何もない。後は見守っていくしかあるまい、決定的な過ちを目の前の若者がしないように。

 

「あいわかった、君の意志と覚悟の程は見せてもらった。旧校舎の探索はこれより君に一任する、見事獅子心皇帝陛下の残せし試練を突破してみせよ」

 

 そうして告げられたヴァンダイクの言葉にリィンは無言で敬礼を行い、その場を立ち去るのであった……

 




手にした力を振るう理由はいつでも変わらない
命 生きる場所 人としての誇り 穏やかな生活
それらを奪われるから
ただ奪われないために 僕らは力の限り 多くのものを敵から奪い続けた

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