(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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鉄血の子と喧嘩の後②

「しかしクロウ、昨日のお前ずいぶんらしくなかったけど、どうしたんだよ?」

 

「ああ、オズボーン宰相をえらい剣幕で批判していたけど……」

 

そんな風におっかなびっくりと言った様子で問いかけてくる麗しの学友達にクロウは内心舌打をする

 

(ち、まずったぜ)

 

気さくな不良生徒、そんな仮面を被って数年後にはああ、そういえばそんな奴もいたっけと思われる程度の軽い関係で特に誰の記憶にも残らないように消える、そんな彼の思惑は瓦解してしまった。あまりにも目立ちすぎてしまった。

平民生徒でありながらも、必死の形相で平民の味方とされる(・・・・)宰相を声高に非難して、その息子と本気の殴り合いをする、そんな出来事を記憶から消せなどと言っても無理だろう。

こんな事ならばいっその事普段からあのお坊ちゃんに批判的なポーズをとっておけば良かった。そうすれば宰相を批判したところであのお坊ちゃんが嫌いだから、挑発するために父親の悪口を言ったとでも思われただろう。

だがアレではどう見ても、宰相の方が坊主でその息子の方が袈裟だ。自分は宰相と何らかの因縁があって、その件で恨みを抱いている、そう思われただろう

 

(どう誤魔化したものか……)

 

この場面ではどんな仮面を被るのが適切かとクロウが思案を始めると……

 

「すまない、クロウ・アームブラストはいるか」

 

何かを決心したような様子で今自分の頭を悩ませている張本人たるリィン・オズボーンが自身の下を訪ねて来たのであった。

 

 

「で、話ってのはなんだ。昨日の続きでもやろうってのか?」

 

邪魔の入らないところで話がしたいとリィンに言われたクロウは旧校舎の方へと付いて来ていた。そんなリィンにクロウはもはや取り繕う必要性を感じないのだろう、仮面を外した素の顔で接する。

 

「単刀直入に聞きたい、お前は我が父ギリアス・オズボーンと何があった?」

 

「はぁ?なんでてめぇにそんな事を教えなきゃいけねぇんだよ」

 

クロウには全く持って目の前の男が何を考えているのかがわからない。

昨日の様子からも目の前の男が実の父である鉄血宰相を絶対視しているのは良くわかった。当然その宰相に対して批判的な自分の話など聞いたところで愉快になるはずもないのに、何故そんな事を言うのか。

もしや情報局あたりとすでに繋がっていて自分の父に反抗的なものを探してでもいるのかとクロウは訝しがるが……

 

何も知らないお坊ちゃん(・・・・・・・・・・・)と俺の事をそういったのはそちらの方だ。そしてそんな俺に教えてやる(・・・・・)と言ったのもな」

 

謀略の陰など一つも見えないどこまでも真っ直ぐな瞳でリィンはクロウを射抜きながらそう告げていた。呆気にとられるクロウへとリィンは告げていく

 

「お前の言うとおりだ、俺はまだ何も知らない。幼い頃から軍人に憧れ、軍人となるのが俺の目標だった。帝都で育ったのもあって俺の周囲は大よそ父に肯定的な人達ばかりだった。だからこそ俺は父の正義を一度たりとも疑ったことがなかった」

 

そうして自らの発言を悔いるような、恥じるような表情をリィンは浮かべて

 

「そんな俺が必要悪などと軽々しく言って良いはずが無かった、それがどれだけ多数の幸福に繋がろうとも、そんな事は犠牲となった人達には関係ないのだから」

 

自己犠牲は尊い行為であろう、だが他者に犠牲を押し付ける行為はこの世で最も醜悪である。昨日の自分の発言はそんな恥知らずなものだったとリィンは深く恥じいる

 

「だからこそ知らないままにしていいはずが無い、父の行いによって生まれた嘆きを、息子だからこそ、俺はきちんと受け止めなければならない」

 

「………」

 

何なんだこいつは、クロウの頭を埋めるのはそんな思いだった。世間知らずのただのお坊ちゃんだと思っていた、いけ好かない如何にもなエリートだと思って、そんなところがたまらなく癪に障った。そうして気が付いていたらあらん限りの罵倒をぶつけて、そんなこちらに反論してくる相手の言葉はどこまでもこちらの神経を逆撫でするものだった。

それは向こうも同じだったはずだ、そう、普通ならばそうして晴れて縁が切れて終りのはずだった。なのに目の前の相手はわざわざ物好きにもそんな相手の話を聞きたいなどと申し出ている

 

「聞いていて愉快になるような話じゃねぇぞ。特にお前さんの場合はな」

 

まて、何故自分はコイツに自分の境遇を話そう等としているんだ。目の前にいる相手は憎き仇の息子だというのに、そんな想いがクロウの頭を過ぎる

 

「構わん、俺に必要なのはそういった俺にとって聞いていて不愉快になるような話こそなのだろう」

 

どこまでも真摯な瞳で射抜きながらそう告げるリィンの姿にクロウは……

 

「俺の家は所謂郷里の名士って奴でな、土地を持っていて代々農作物を作っている家だったよ」

 

自分でもわからぬ目の前の相手に自分の過去を打明けたいという衝動を抑えながらも、自分に用意された嘘の経歴と辻褄が合いそうな仲間の過去を借りることとした

 

「まあ何不自由の無い生活を送っていたわけだが、そんな折だった、鉄血宰相肝いりの鉄道網拡充の計画が持ち上がったのは。行政執行の下で先祖代々受け継いできた土地を買い上げられた。まあ土地に見合うだけの金銭は与えられたわけだが、金だけがあれば良いってもんでもねぇ。お前さんなら良くわかるんじゃねぇか、お前さんだって金よりも誇りってのが大事な人種だろ?一生食うに困らないだけの金をやる、だから軍人の道を諦めろって言われてお前さんはそれに従うか?」

 

そんなクロウの問いかけにリィンは黙って首を振る。仮に軍人となる道をある日唐突に奪われでもすれば、おそらく自分はまさしく道を見失ったかのように途方に暮れるだろう。それは死ぬことよりも恐ろしい事にリィンには思えた

 

「そういうことさ、先祖代々土地を受け継いできた事に誇りを持っていた特に俺を可愛がってくれていた爺さんはそれがショックでポックリと逝っちまい、親父は酒に溺れ、お袋はどっかに逃げた。そんな親父を尻目に俺はここに入学してきたってわけだ。てめぇが言ってた仮面を被っていたのはそのほうが過ごしやすいからだ、なんと言っても鉄血宰相閣下は平民の御味方だ。こんな話しても言われたほうも困るし、空気が悪くなるだけだろ?だから俺はまあ仮面を被ってやり過ごす事にしたわけだ。どこかの誰かさんにはそいつが気に食わなかったみたいだがな」

 

一通り話し終えたクロウは黙って聞いていたリィンへと向き直り、告げる

 

「さて、一通り教え終わった(・・・・・)わけだが、コイツを聞いてお前さんはどういう答えを下すんだ、お坊ちゃん」

 

「・・・・・・・・」

 

リィンの頭の中に様々な思いが駆け巡る、仕方が無かった、全ての人を救うことなどそれこそ空の女神にしか出来ない、帝国全土に張り巡らした鉄道網は大多数の帝国民に恩恵を齎した、犠牲なくして政治や国を動かすことなど不可能だ、そんな正論と父を擁護したい想いが心から溢れてくる。

 

だが、しかし

 

「リィン君が、不幸な人を作ってしまうことを『必要悪』だなんて切り捨てちゃうところ、私は……見たくないな」

 

そう自分に告げてきた優しい少女の言葉が脳裏をかすめて……

 

「わからん」

 

そう素直な気持ちを述べていた。はぁ?と身構えていた相手が呆気を取られたような顔をするが知ったことではない

 

「わからんと言ったんだ。少なくとも今の俺にはその答えに判断を下せない、何せ俺は曰く何もかもが父親からの借り物の世間知らずのお坊ちゃんだからな」

 

何故かどこか得意気に昨日のクロウの自分に対する煽りを逆手に取ったことをふてぶてしくリィンは言う

 

「てめぇ、散々知らなきゃならんとかカッコつけておいて答えがそれかよ!人にこんな事を言わせておいて!」

 

正確には自分自身ではなく仲間であるスカーレットの過去なのだが、今この時クロウはすっかり自分の本音と過去を吐露したような気分になっていた

 

「仕方が無いだろう、父を擁護したい気持ちは俺の中にある。だが、やむをえない犠牲などと片付けて欲しくないと俺に言ってくれた友人がいて、俺自身他ならない被害者自身にそう言うのは恥知らずだという想いがある」

 

そこでリィンは真っ直ぐとクロウを見据えて

 

「だからこそ、改めて謝罪しよう。クロウ・アームブラスト、そちらの事情を良く知りもしないのに薄っぺらいなどと言った事、必要悪だなどと軽々しく言った事心より申し訳なく思っている。本当にすまなかった」

 

そうして深々とこちらに頭を下げてくるリィンにクロウはまたもや呆気に取られる。そして目の前の人物に本当の事を語っていないことに小さな胸の痛みを覚える、相手はどこまでも真っ直ぐに自分に向き合っているというのにこんな嘘八百を並べて良いのかと考えるが

 

「……顔を上げろよ。そうやって素直に詫びてくる相手を許さないなんて言う程俺は狭量じゃねぇつもりだ」

 

どうにも目の前の相手と接していると調子が狂ってしょうがない、そんな想いが去来する。昨日までは良かった憎らしい仇の息子で大国のエゴ丸出しのエリート、そんな心置きなく怒りをぶつけられる相手だった。だが今目の前に居る相手は、そんな傲慢さを感じさせないどこまでも真っ直ぐなガキにしか見えなくて……

 

「てめーの気持ちは良くわかったよ。だから、これでこの話はもう終わりだ。そんで今まで通りの特に大した関りの無い同級生、それで良いだろ。無理に一緒にいて互いに不快になる必要はねぇ」

 

それだけ告げてクロウはその場を去っていく。

鉄血宰相の実子と友達(・・)になるチャンスを何故自らふいにして立ち去っているのか、自らもわからぬままに………


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