(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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その何気ない一言がリィン・オズボーンのシスコン魂に火をつけた


鉄血の子と緋の帝都《ヘイムダル》①

 目の前に広がる光景にリィンは懐かしさを覚える、緋の帝都ヘイムダル。西ゼムリア大陸においても最大と謳われる規模の故郷へとリィンは帰ってきたのだ。ただし帰省としてではなく、特別実習としてだが。

 

「それでは、私はこれで失礼させていただきます。3日間の特別実習どうか頑張ってください。……昨年度も活躍されたリィンさんとトワさんがそれぞれ班長を勤めているので大丈夫だとは思いますが」

 

 そんな風に微笑を浮かべながらクレアは立ち去っていく。上司にして恩人でも有る宰相から提案されたある案件を依頼するかどうか、それを未だ迷いながらも、そんな内心を表に出さずにどこまでも淑やかに。そんなクレアに対してⅦ組の一同は好意的な印象を受け、その感想を述べていたのだが……

 

「ふん、各地の貴族からは蛇蝎の如く嫌われているがな。何せ鉄路さえあれば我が物顔で治安維持に介入する連中だ」

 

 そうユーシスが嫌味を口にした瞬間にそれまでご満悦といった様子で姉に対する評価を聞いていたリィンの雰囲気が一変する。

 

「だが、その我が物顔で介入してくれる人達が居なければ俺にエリオット、アリサ、ラウラ、フィーは哀れ窃盗犯の濡れ衣を着せられるところだったわけだ。何せ現地の領邦軍は事もあろうに盗人共とつるんでいたのだからな」

 

「……確かにそれは由々しき問題ではあったが、果たして鉄道憲兵隊が介入したのは本当に盗人達を捕まえて不幸な被害者を助けるためだけだったのかな?何せどこかの誰かさん(・・・・・・・・)がやたらと貴族を挑発するような事ばかりしているからな。そんな誰かさんの手駒に対して過敏になるのは止む得ないことだと思うが?」

 

 介入される側にこそ問題が有るんじゃないかというリィンからの指摘にユーシスもまた怯むこと無く言い返す。罪なき被害者を助けるためと、果たしてそんな綺麗な理由が目的で介入したのかと。

 互いの表情は穏やかでは有るが目は笑っていない、マキアスとユーシスではなくリィンとユーシスが睨み合う事となった常に無い構図に他の面々は困惑する。

 

「で、でも凄いですよね。鉄道憲兵隊と言えば正規軍でも最精鋭と謳われるところでもありますし、それでいてこの間会った時もすごく優しい方でしたし!リィン先輩のことも本当のお姉さんのように大切に思っていらっしゃるみたいですし!」

 

 正直思い入れが強すぎて若干引くレベルでしたけど等という言葉は内心に飲み込んでエマはどうにかリィンの気を逸らそうとする。エマのクレアへの評価は基本的には好意的であったが、どうにも数週間前の鬼気迫る様子でリィンをボコボコにしていた光景が頭の片隅にこびり着いており、どこか恐れる気持ちが生じていた。

 

「ああ、小さい頃から良くしてくれてな。俺にとっては大切なもう一人の姉だよ」

 

 一方のリィンはあんな目に遭いながらもクレアへの尊敬と憧れは依然全く変わっていない。姉が自分の身を案じてくれてああした事はよくわかっているし、そもそもああやってボコボコにされる事などヴァンダールの道場に通っていた頃は日常茶飯事だったからだ。

 

「ふふ、そうですか。実は私にもクレアさんとは全然違うタイプですけど血の繋がらない姉さんが居るんです。……先輩にはお義兄さんと義妹さんも紹介して頂きましたし、いずれ紹介したいなと思います」

 

 エマはそんな風に微笑みながら告げる。魔女である事を明かした以上、姉の事もいずれ目の前の先輩には話さなければいけないだろうとそんな風に考えて。当人にはそこまで深い意図はなかった。ただ姉の事は起動者となる目の前の先輩にとっても重要になってくるだろうからとそんな程度の意味合いだった。

 だが、彼女はそれを告げた場所が悪かった。ふと周囲を見渡すとどこか唖然とした様子で自分を見つめる仲間たちの姿があって……

 

「エマ……家族を紹介し合うだなんて貴方いつの間にそこまで……」

 

 恐ろしい子!とでも言いた気にほんの一ヶ月の間に見事に正妻の座を脅かさんとしている眼の前の友人の姿にアリサは戦慄して

 

「……やるね委員長。絶望的だった戦況を此処まで持ち直すだなんて。まあでも委員長は敵には持っていない強力な武器があるもんね」

 

 ジーっと自分の胸を見つめながら告げられるフィーの言葉にエマはきょとんとした様子を浮かべた後に「リィンから家族を紹介してもらって、自分もリィンに家族を紹介したい」等という発言が周囲にはどう思われるかを悟って

 

「ちちちちち、違うんです!そ、そういうのじゃなくてですね!ただリィン先輩には色々とお世話になっているので今度姉さんを紹介したいなぁと思っただけで特にそういう意図はなくてですね!」

 

「ふーん、それで私たちには今まで一度も話してくれたこともない血の繋がらないお姉さんの話をリィン先輩には話すだけじゃなくて紹介したいだなんて言ったんだ」

 

「外堀から埋めにかかるだなんて委員長は中々に策士だね。良い参謀になれると思うよ」

 

 大慌てでの弁解は完全に火に油だった。面白がったアリサとフィーは揃ってエマをからかい出す。

 

「……すまない、一体何がどうなっているのだ?私には何故エマがあそこまで戸惑っているのかもアリサやフィーが何を言っているのかも良くわからないのだが……」

 

 リィンと同じくその手の機微にはとことん疎いラウラは何がなんだかさっぱりわからないといった様子で盛り上がる女性陣の中一人だけ外されたような疎外感を味わい困惑した表情を見せて

 

「い、いや僕にも何がなんだかさっぱり……」

 

 クレア大尉に鼻の下を伸ばしていたと思ったら、ユーシスと一触即発の雰囲気になって、そして今度はエマとの交際疑惑が持ち上がりだすという今まで尊敬する先輩に培ってきたイメージが大きく揺さぶれる出来事にマキアスも困惑して

 

「……副会長殿は中々におモテになるご様子のようだ」

 

 舌戦を繰り広げる雰囲気ではなくなった事でユーシスはどこか毒気を抜かれた様子を見せて

 

「ふむ、委員長には姉が居たのだな」

 

 そんな空気の中でもガイウスは動じること無く常と変わらぬ悠然とした様子を保ち

 

「あ、あははは多分姉さんや父さんがこのことを知ったらまた大騒ぎするんだろうなぁ」

 

 エリオット・クレイグはそんな風に苦笑してと各々異なる反応を見せるが

 

「ね、ねぇリィン君。お義兄さんや義妹さんも紹介したってど、どういう事なの?」

 

 何故自分は此処まで動揺してこんな事を必死に問い詰めているのだろう、別段何か問題のある行動というわけではないのにと理性が囁くが、そんな理性の静止を振り切り胸のうちより溢れ出る感情の赴くままにトワ・ハーシェルはそんな問いかけを行っていた。

 そしてそんなトワの様子にⅦ組の面々は黙り込む。どこか面白がる様子を見せて囃し立てていたアリサとフィーもまた口を噤む。世話になっている先輩の修羅場等に放り込まれれば後輩としては困惑する他ないだろう。

 

「ああ、ミリアムとレクターさんの事は君も知っているだろ?昨年学園祭の時に君も会った赤毛の飄々とした人と天真爛漫な青髪の子だよ」

 

 しかしそんな周囲のハラハラとした心境とは裏腹にリィンは特に動じるでもなくそう泰然とした様子で説明する。君の方が先(・・・・・)に紹介されていると本人は全く意図しないながらも見事なまでの宥めの言葉を述べて。

 

「この間トリスタにちょうどその三人がちょっと事情があって俺に会いに来ていてね。その時にちょうどエマとも会ったからついでに紹介したんだが……それがどうかしたのか?」

 

 嘘はいっていない。ただ《騎神》という三人がトリスタに来た理由とエマに会うことになった理由を伏せているだけだ。

 

「え?その……特別何かあったとかそういうのじゃなくて私もクレアさん達が来ていたなら久し振りに会いたかったなぁって思って」

 

「ああ、三人もトワには会いたがっていたんだけど……悪いな、三人共色々と忙しい人達だったものだからさ」

 

「う、ううん。別にいいの、こんなの私のただのワガママなわけだし」

 

 心の中を覆っていたどこかモヤモヤした気持ちが吹き飛ぶのをトワは感じながらそんな風に告げる。

 そうして何時もの様子へと戻った二人を見てⅦ組の面々は

 

「……うーん、やっぱり手強いわね」

 

「頑張れ委員長、男は大体大艦巨砲主義。腹立たしい事に」

 

「で、ですから違うんですってば」

 

「……良くわからんが、仲良き事は美しい事だな」

 

「……そういえば僕も昨年の学祭の時に会っていたな。そうか先輩のご兄妹というのはあの人達の事を指して言っていたのか」

 

「ふふ、リィン先輩も姉弟仲が良いようで何よりだ」

 

「は~あんまりクレアさんとばっかり会っていると姉さんがまた拗ねるよリィン」

 

「……とりあえずいい加減に実習を始めないか」

 

 そんなユーシスの言葉を契機にようやく色恋沙汰で沸き立つ思春期の少年少女達は栄えあるトールズ士官学院生の顔へと戻り行動を開始するのであった……

 

・・・

 

 

 

 実習を始めて手始めに宿泊場所を探しにアルト通りを訪れたリィン達A班は手始めに聞き込みがてら、実家を訪れたわけなのだが、ちょうど家に滞在していたフィオナからエリオットとリィンの二人は揃って熱烈な抱擁を受ける。そうして他の三人の班員達も紹介がてら少しの間雑談に興じるのであったが……

 

「ええっ……!?ウチに泊まっていかないの!?」

 

 宿泊場所を探しているという旨を伝えた途端そんな風にフィオナ・クレイグはこの世の終わりのような表情を浮かべる。

 

「い、いや姉さん……今回来たのはあくまで士官学院の実習としてだからきちんとケジメはつけないとならないし……」

 

「でもでも、去年は実習だったけど夜はウチに止まっていたじゃない!」

 

「去年は俺もトワも二人揃って帝都出身だからって事で、知事閣下もあえて宿泊場所を用意されなかったんだろうけど、今回はわざわざ宿泊場所を用意されている以上班長の俺が勝手な行動を取るわけには……」

 

「ぼ、僕もリィンがそうする以上一人だけ勝手な行動するわけには行かないし……」

 

 気まずそうな様子でそう告げる二人の弟にフィオナは涙目になりながら

 

「……クスン、きっと、エリオットもリィンもお姉ちゃん離れの年頃なのよね。複雑だけど、見守るのがお姉ちゃんの役目よね……」

 

 大げさな様子でそう告げるフィオナに二人は乾いた笑いを浮かべながらもなんとか丸く収まりそうな雰囲気にホッと胸を撫で下ろすが

 

「……でも、もうひとりのお姉さんには凄いべったりな感じだったけど。ユーシスにちょこっと嫌味言われただけでムキになっていたし」

 

「フィー!貴様!?」

 

 颯爽とそれを言えばどうなるかわかりつつ丸く収まりかけた場をぶち壊すフィーの言葉にリィンが焦るが、時既に遅し。

 

「うわーん!そうよね……私なんてピアノや料理位しか取り柄がないダメなお姉ちゃんだもんね……クレアさんみたいにリィンに勉強を教える事なんて出来ないもの。クレアさんにお姉ちゃんの座を取られちゃうんだわ……」

 

 グスリグスリと泣き出した義姉をリィンは必死に宥める。これを招いた元凶を睨みつけるもフィーはどこ吹く風とばかりにそっぽを向く。

 

「その……どうでしょうか先輩、此処まで先輩の事を思ってくれている義姉さんがいるわけですし、エリオットと先輩の二人は今日はこちらに泊まられては」

 

 ある人を思い出しながらマキアスはそんな風に告げる。せっかくなのだから家族で一緒に過ごされてはどうかと。

 

「い、いや……しかしだな……班長としてそういうわけには……」

 

「我々とて先輩が居なければ何も出来ない子どもというわけではない。どのみち夜になればもうほとんど活動はできなくなる。ならばその後どう過ごすか位融通を利かせても誰も文句は言わぬだろう」

 

「ん。流石に帝都の真ん中で襲われるってこともないだろうし、それなら別に夜は別々に行動したって問題はないと思う」

 

 告げられた三人からの気遣いの言葉にリィンとエリオットは顔をつき合わせて互いに苦笑を浮かべて小さく頷き合って

 

「……わかった。それじゃその言葉に甘えさせてもらうとしよう。

 姉さん、今日はやっぱり久し振りに泊まっていこうと思うんだけどかまわないかな?

 久し振りに姉さんの作ってくれた料理が食べたくてさ」

 

「うん、やっぱり僕達にとっては姉さんの料理が一番だもんね」

 

 告げられた言葉にグスングスンと泣いていたフィオナは輝くような笑顔を浮かべて

 

「ええ、ええもちろん!お姉ちゃん、腕によりをかけてご馳走を用意するからね!

 皆の分も用意して待っていますから、うんとお腹を減らしてきてね!」

 

 告げられた言葉に5人は了承の意を告げてその場を跡にするのであった。

 

・・・

 

「フィーよ、そなた、わざとあのような事を言ったのか?」

 

 クレイグ家を跡にした後宿泊場所たる遊撃士教会へと向いながらラウラは傍らを歩くフィーへとポツリと語りかける。

 

「何のこと?」

 

「先程リィン先輩とエリオットがフィオナ殿と一緒にいられるようにあえてそう仕向けたのではないかとそう問うておるのだ」

 

 あの真面目な二人の性格上、ああでもしないと固辞するだろうと予測してあえて火に油を注ぐような事を言ったのではないかと

 

「……別に。ただ思った事を言っただけで深い意味はないよ」

 

「…………」

 

「ただ、そうだね、家族は出来るだけ一緒にいられるうちは一緒に居たほうが良いんじゃないかってそんなふうな事も少しだけ思ったかな。どれだけ仲が良い家族でも、ある日、突然離れ離れになることが有るんだから。そうなった時に後悔しないように」

 

「そなたは……」

 

 告げられた言葉は自分自身がかつてそんな想いを味わったという実体験に基づくかのようなものだったからこそラウラは考え込む。自分自身もかつてある日唐突に母と別れて、もっと一緒に居たかった。母のために何かもっと出来る事があったのではないか?とそんな後悔を抱いたが故に。

 

「ま、一番の理由はやっぱりあの堂々とした先輩が戸惑う珍しい光景が見られて面白そうだと思ったからだけど」

 

 ニンマリと悪い笑みを浮かべながら告げるフィーにラウラはため息をつく。この少女は何時もそうだ、こちらが感心するような事を言ったかと思うとすぐにそれを台無しにするような事を言う。

 

(やはり、どうにも合わんな(・・・・)

 

 後ひと押し、後ひと押しで確かな絆を紡ぐ事ができる。そんなもどかしい関係性のラウラとフィーも含めてA班は帝都ヘイムダルでの特別実習へと取り掛かるのであった。

 




堂々とした先輩が凄い年下の弟している様子って見るときっと後輩からすると妙な気分になるよね。

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