(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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鉄血の子と緋の帝都《ヘイムダル》③

 朝食の場に現れた3人の姿にリィンとエリオットは訝しがる。マキアスが妙にぐったりしているのに対して、ラウラとフィー、どこかぎくしゃくしていた二人がすっかり意気投合して友人、いや親友同士といった様子になっているのだ。

 そして疑問符を浮かべるリィン達にマキアスはポツリポツリと語る、昨夜あの後ラウラとフィーが心の中を整理するために公園で一騎打ちを行ったことを。そして胸の内を明かしあってすっかりわだかまりが溶けたことを、そしてそのとばっちりで自分まで(・・・・)憲兵に2時間あまりの説教を受けたことを。

 

「その担当した憲兵の方が如何にも古風な方で「お父上があんなにも立派な方だというのに息子の君がそんな事でどうするのだね!」だとか「帝国男子たるもの毅然と止めんでどうする!」だとか言われて本当に大変でしたよ……言っている事自体は正論でしたので無下にも出来ないですし……」

 

「あ、あははは、お疲れ様……」

 

「すまぬ、そなたには迷惑をかけた。やはり副委員長という事でな、つい頼りにしてしまった」

 

「うん、マキアスはとても頼りになる副委員長だからつい甘えちゃう」

 

「む?そ、そうか。ま、まあ僕は副委員長だからな!同じクラスの仲間の面倒を見るのも仕事の内ではある!」

 

 ラウラの本心からの言葉とそんなラウラの発言に乗っかったフィーのお世辞にマキアスはすっかり気を良くする。なんというか人間的には好感を抱けるが、本当に政治家としてやっていけるのかとリィンとしては少々心配になる光景であった。

 

「しかし、そういうことならば相談してくれればヴァンダールの道場をお借りできないか、師範代に掛け合ったものを。なんだってまた三人だけでマーテル公園に行ったんだ」

 

 アルゼイドの後継者と《西風の妖精》等とも謳われた一流の猟兵の試合、師であるオリエ師範代ならおそらく門下生の、そして息子であるクルトの良い刺激になると判断して快く許可してくれた事だろうとリィンは問いかける。その言葉の中には咎める色こそないものの、若干拗ねるような色が含まれていた。

 

「い、一応何回かリィン先輩のARCUSにも連絡はしたんです。ただ、何回かけてもお出になられなかったので止む得なく……」

 

 マキアスとてまず真っ先にこの尊敬する先輩を頼ろうと思ったのだ。悲しいかな自分ではこの二人に力で及んでいないが、リィンならば止める事もできると思って。だが、そんな彼の切なる祈りを空の女神は叶えてくれなかった。

 3回目のコールでも出なかっところで二人の戦闘大好き系女子(アマゾネス)は知性と理性を重んじる文明人たるマキアスの静止を振り切り、公園での決闘という暴挙に及んだのだ。

 

「……そういえば雑念を振り切るためにちょうど師範代にお願いして撃剣訓練100本を行っているところだったな」

 

 昼間にあったヴィータ・クロチルダからのからかい混じりの誘惑、それに惑わされた自分の不甲斐なさが許せずフィオナ手製の夕食を食べ終えたリィンは、挨拶も兼ねてヴァンダールの道場へと赴いた。導力トラムも使わずに街中を疾走しながら。

 

「なるほど、それで肝心の迷いは晴れましたか?」

 

 昨日見たクロチルダ相手に狼狽する姿で若干失望したラウラだったが、それを乗り越えるために特訓を行ったというリィンの言葉を聞き、再びリィンを見るその目に輝きがやどりだす。

 

「ああ、やはり剣術は良い。思う存分に身体を動かし、剣を振るえばそれだけで色香や悩みは吹き飛ぶ……お前達も何か迷ったときはとりあえず思い切り身体を動かすのが一番だぞ。自分と同格の相手との試合、あるいは格上の相手に稽古をつけてもらえるならなおの事良い」

 

 澄み渡る青空のような晴れやかな顔でリィンはそう告げる。その言葉と表情にマキアスは悟る、目の前の尊敬する先輩も文明人の皮をかぶった戦闘民族だったのだと。

 

「流石はリィン先輩。全くもって見事な見識をお持ちだ。昨日は少々何時もと違った様子で戸惑いましたが、どうやらいつもの自分を取り戻したご様子。安心しました」

 

 なんて冷静で的確な判断なんだ!とでも言いた気な様子でラウラはリィンの言葉に安心する。あの不真面目な先輩と友人という事で実は同類なのではないかという抱いたわずかな疑念、それらが霧散して行く。ああ、やはりこの方は尊敬に値する先達なのだと、天然極まりないリィンの言葉にどこまでも天然な様子で感じ入る。

 

「すまないな、女性の色香に惑わされ、後輩を不安にさせるなどやはり俺はまだまだ未熟のようだ。だが、安心して欲しい、それらの迷いは昨夜血と汗と共に振り払った。やはり剣は素晴らしい、振るう事で己を取り戻させてくれる」

 

「ふふふ、それでは今日もよろしくお願い致します。昨日迷惑かけた分を見事取り戻してみせます、なあフィー!」

 

 わだかまりが溶けた友の方を向きラウラは告げる。きっと今の自分達ならばこの感動を共有出来ているはずだと、そんな風に信じて。

 

「……………あ、うん。昨日迷惑かけた分はしっかり取り戻すから安心して欲しい」

 

 しかし、そんな期待は実らない。昨夜熱い友情を結びあった片割れの少女たるフィーは二人のノリについていけないものを感じつつもとりあえず合わせておく。

 

「……なぁエリオット、リィン先輩って実は結構天然な人なのか?」

 

 今まで見てきた威厳と覇気に満ち溢れた堂々とした尊敬する先輩というイメージをこの数日で大きく揺さぶられているマキアスはポツリと傍らにいるエリオットへと問いかける。

 

「うん、リィンは昔から割りとこういう感じだよ」

 

 思春期を迎えてからのリィンはクレアとそういったハプニングが起きる度、昨夜のようにヴァンダールの道場で修行を行い、ボロボロになりながらも爽やかな顔を浮かべて帰ってきたものだった。そのためアルト通りにおいて昨夜全力疾走しながら道場へと向かうリィンの姿を見た住人たちは「ああ、帰ってきたんだな」と懐かしさすら覚えたものだ。

 

「ふふふ、大人びて来たと思ったけどやっぱりこういうところは何時までも変わらないわねリィンは」

 

 そして、そんな成長しても変わっていない弟のどこか子どもっぽい部分に姉であるフィオナは食後のコーヒーを淹れながら、嬉しそうに微笑むのであった。

 

 

・・・

 

 2日目の特別実習、ヘイムダル港へと魔獣退治に赴いたリィン達はそこで依頼人である《ダンベルト》氏から話を伺う。曰くまたしても地下水路に魔獣が湧いているとのことだ。昨日と昨年度に引き続き、もはや地下水路に湧く魔獣に関しては帝都が慢性的に抱える問題と言って良いだろう。

 軍とて手を拱いているわけではない、定期的に魔獣の掃討は当然ながら行っている。何せここはこの国の象徴にして頂点たる皇帝陛下のおわす帝都。当然駐屯している兵士の規模も他の都市の比ではない。しかし、如何せん帝都の地下水路は広大過ぎる上に複雑すぎる。

 加えてどうしても軍というのは動かすのに様々な手続きを要するもので、どうしても対応が若干遅れる側面が有る。そんな住民生活における痒いところに手が届く便利屋のような立ち位置が支える籠手こと遊撃士と呼ばれる存在であったのだが、あいにくその遊撃士協会はある事情(・・・・)によって現在帝国に於いては大幅に活動が縮小している。そんなわけでトールズ士官学院の課外活動として回ってきたわけなのだが……

 

「へー兄ちゃん達はそれぞれ、あのオズボーン宰相とレーグニッツ知事の息子さんなのか。さぞかし鼻が高いだろう、あんな立派な親父さんを持ったら」

 

 依頼人であるダンベルト氏から告げられるのは帝都における革新派の人気を改めて実感させるそんな発言。

 

「え、ええと……はは、そうですね……」

 

「父は自分の誇りです。父の名を穢さぬように自分も勤めたいと思っています」

 

 なんと答えて良いものやらと控えめに同意するマキアスに対してリィンは慣れた様子で返答する。そうギリアス・オズボーンはリィンにとって依然変わらず誇りだ。決して全面的に肯定されるものではないだろう、その覇道の過程で親友のような嘆きを生み出している事も事実だろう。誰も彼もが父に好意的である義務はない。

 だが、父が皇帝陛下の信認厚く、目の前の人物のような多くの平民から絶大な支持を誇る冠絶した指導者である事もまた事実だ。クロウのように犠牲となった者が恨むのは当然だろう、彼らにはその権利があるし、最大多数の幸福に寄与したのだから黙って我慢しろと加害者側が言うのは傲慢という他ないだろう。

 だが、そうして犠牲を生み出したからといってその総てを否定するというのもまた公正ではないだろう。父の行っている事が多くの平民の幸福に寄与しているのも、また揺るぎない実績なのだから。

 だからこそリィンは父に対する賞賛をありがたく受け止める、親友のように犠牲となった者も居ること、総ての平民が父を支持する義務はないのだという事、敵である(・・・・)貴族派にも彼らなりの正義が存在することを心に留め置きながら。

 

「おう、あの二人は俺たち平民の希望だからな!兄ちゃん達も立派な親父さんに負けないように頑張ってくれよ!!」

 

 そうして和やかな様子で会話を進んでいたのだが、メンバーの一人であるラウラの口調に引っかかるものを感じ、彼女が貴族である事を知ったダンベルト氏は露骨に不機嫌になり打って変わった様子で告げる。

 「貴族なんていうのは腹の底じゃ、俺たち平民を見下しているんだろう?そんな連中の力を借りるのは正直ゴメンなんだがな」と。この国おける平民と貴族階級の断絶をそのまま物語るかのように。

 気が短い程ではないラウラも流石にそうした悪意を正面からぶつけられてムッとした様子を見せる。無理からぬ事だろう、彼女にしても彼女の父である光の剣匠にしてもそのように言われる謂れはないのだから。

 

「……落ち着いて下さい、ダンベルトさん。仮に彼女がそうした傲慢な貴族だったら、鉄血宰相の息子である俺や平民である他の面々とこうして仲良く一緒に居られると想いますか?」

 

「む、そいつは……」

 

「知っての通り我が父は貴方のような平民からは支持されている一方、大貴族からは忌み嫌われています。もしも彼女が貴方の言うような平民だからという理由で見下すような人物でしたら、そもそもこうして仲良くなれていませんよ。その手の輩は俺が鉄血宰相の息子であるという理由だけで近づきたがらないでしょうし、俺とてそんな輩と付き合うのはゴメンですから」

 

 高圧的にならぬように柔和な言い方を心がけながらリィンは告げる。

 

「ラウラ・S・アルゼイドは誇り高い真の貴族です。自分は貴族だからという理由で平民を見下すのではなく、自分は貴族だからこそ気高く在らねばならないと思っている、そんな人物です。その人格も実力も班長である俺が保証します」

 

「そ、その僕もラウラから平民だからって理由で見下されたような事は今まで一度もありません。むしろ助けられてばかりです」

 

「……ラウラは剣の腕は確かだし、義理には人一倍厚い。他人を見下して仕事に手を抜くような真似は絶対しない」

 

「……その僕もみんなと同様です。貴族だとか平民だとかを抜きにして、ラウラは一人の人間として尊敬に値する人物だと思います」

 

 告げられる怒涛の擁護にラウラは感動した様に目を丸くし、ダンベルト氏は何かを考え込むような様子を見せた後に

 

「……いや、悪かった。俺とした事が実に心の狭い事を言っちまったみてぇだ」

 

 そうして手渡された水路の鍵を受取り、依頼内容の説明を行ってくれたダンベルト氏にラウラは感謝を述べる。そんなラウラの真摯そのものと言った様子に余計にダンベルト氏は先程の自分の態度を恥じ入るような表情を浮かべて

 

「……一方的に決めてかかって失礼な事を言っちまった。どうか許してくれ。

 貴族ってのは平民とは決して相容れないと思っていたが、貴族にもいろんな奴が居るんだな」

 

 

 気まずそうな表情を浮かべながら素直に謝罪の言葉を述べたその事実は彼が決して狭量な人物ではない事を示すものだっただろう。だからこそ、それはすなわちより一層今の帝国における平民と貴族の断絶の深さを物語る。特別狭量ではない、自分の非をきちんと認められるだけの器を持った人物が「ただ貴族である」というだけで反感を抱き、「平民とは相容れない存在」だと思っているという事なのだから……

 

「………」

 

 だからこそ、その事実はリィンにも重くのしかかる。

 平民と貴族の間の断絶の深さ、それに父の貴族への挑発的な態度が無関係とは決して言えないのだから。

 

(いや、その点についてもはや自分にどうこう言う権利はないのかもしれんな)

 

 何故ならば自分は《騎神》の力を革新派のものとしようと行動しているのだから。

 それはすなわち、貴族派と戦う事を選んでいるのと同じ事。

 貴族にも尊敬に値する立派な人物が居る事、個人的に友誼を結んだ多くの友がいて、そういった者も貴族派の中にはいる事を承知しながら、結局、自分は鉄の絆で結ばれた兄妹達を頼る事を選んだ。

 革新派であることを、鉄血宰相の息子である事を選んだのだから。

 

「特にフィー、そなたがあんな風に言ってくれるとはな。正直嬉しかった」

 

「……別にお礼を言われるような事じゃない。事実を言っただけだから」

 

 

 そんな自分の内心とは裏腹に目の前の後輩たちはすっかり打ち解けた様子でその絆を見せつける。

 それは間違いなく昨年、自分も手に入れたもので、どこか懐かしさを覚えるものだったからリィンは微笑ましそうにその光景を見つめる。

 

「さて、それじゃあ行くとしよう。

 ラウラ、フィー。昨日の分は今日の働きできっちり返してもらうからな」

 

「承知した。しっかりと名誉挽回させてもらうとしよう」

 

「……その内、トールズ最強コンビの座を私達で先輩たちから奪ってみせるから楽しみにしてて」

 

「ほう、言うじゃないか。ならば俺も二年生最強コンビの片割れとして一年最強コンビに恥じない働きをしないとな」

 

 

 立場を超えた友情。絆。全くもって素晴らしい事だ。

 それは確かに多くの事を自分に教えてくれた。

 だが、同時に多くの苦しみも齎す。

 自分はいずれ、そんな絆で結ばれた友と敵同士になる時が訪れるという事に気づいてしまったから。

 

(乗り越えてみせるさ……!) 

 

 それでも知って良かったとリィンは思う。

 今味わっている苦しみは自分が成長するために必要不可欠のものだったはずだから。

 この苦しみを乗り越えた先にこそメッキではない、真の《鋼》の強さを得られるとそう信じて。

 

 真実とは、時として自分の想像すら超えて残酷なのだという事を知らないままに鉄血の子は無情なる世界へと飛び立とうとしていた……

 

 




後輩たちが青春しているのを他所にどんどん鋼化が進む先輩
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