(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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Ⅲでヘイトを稼ぎまくったセドリック皇太子の天使だった時代をみんなにも思い出して欲しい、そんな願いを込めて今回の話は書きました。


鉄血の子と緋の帝都《ヘイムダル》④

 聖アストライア女学院。

 それは帝都に存在する貴族の子女のみが入学が許される由緒正しき名門の女学院。

 現在帝国の至宝たるアルフィン皇女が在学している事もあり、非常に厳重な警備が敷かれており、通っている生徒の父兄であろうと事前のアポイントメントなしでは門前払いを喰らう、帝都においては皇帝の居城たるバルフレイム宮の次に一般人が立ち入ることは困難と言っても過言ではないだろう。

 そんなアストライア女学院にて今リィン達は……

 

「初めまして。トールズ士官学院の皆さん。僕の名はセドリック・ライゼ・アルノール、一応この国の皇太子を務めています」

 

「私はセドリックの姉のアルフィン・ライゼ・アルノールです、弟共々よろしくお願い致しますね」

 

 《帝国の至宝》とも謳われる二人の皇族へと拝謁するという予期せぬ栄誉を賜っていた。

 あまりの衝撃にフリーズした思考をどうにか再起動させ、慌てて挨拶をしていく一行であったがリィンが挨拶をすると皇太子は満面の笑顔を浮かべて

 

「ああ、貴方がリィンさんですね!クルトから良く話を聞いていました。自分にとって尊敬するもう一人の兄のような存在だと。こうして会えて本当に嬉しいです!」

 

「……光栄です、殿下。私こそこうして殿下とお会い出来たのは望外の喜びです。正直、今日だけでこの一年分の幸運を使い切ってしまったのではないかと思う次第です」

 

「そんな、大げさですよ。僕など兄上に比べれば未だ皇族としての責務も満足に果たせていませんし……」

 

「もう、そんなに気にするものでなくてよセドリック。お兄様と私達は10以上も歳が離れているんだから、これからよこれから」

 

 皇太子でありながら尊大さなど欠片もない謙虚な、されどどこか自分を不甲斐なく思っているような様子を見せる双子の弟を皇女はそう励ます。《帝国の至宝》という呼び名は決して虚飾というわけではないことをその光景からリィンを実感する。なんというか、愛する祖国の皇族が今、目の前にいる二人のような人物でよかったと不敬ながらそんな想いを抱く光景であった。

 

「とりあえず、何時までも立ち話も何ですから、どうかおかけ下さい皆様。すぐにお茶を用意いたしますから」

 

「ひ、姫様!私が淹れますから!」

 

「あら、良いのよエリゼ。貴方にはここまで案内役をお願いしたんだから、私もこの位は働かないとね」

 

 微笑みながら優雅な手つきでアルフィン皇女は紅茶を淹れていく。

 

「さあ、どうぞ皆様。何分まだまだ修行中の身。お口に合えばよろしいのですが」

 

 紅茶を呑む際の正しい作法はどんな感じだっただろうか。一応その手のマナーや作法も二人の教師には教わったが、流石に皇女殿下手ずから淹れて頂いたお茶を飲む機会などリィンとしても初めてである。若干何時もに比べてぎこちない動きになる。それは大半の他の面々も同じだろう、ユーシスだけは流石と言うべきか洗練された所作を見せているが。

 

「……大変美味しゅうございます」

 

 これはお世辞でなく本音だった。最もフィオナの料理で育ったリィンは馬鹿舌というわけではないものの、紅茶には然程詳しいわけではないので舌の肥えたユーシス等は別の意見もあるかもしれないが、彼とて皇女殿下に淹れて貰ったとなれば舌の方を無理にでも合わせるだろう。

 

「うーん、やっぱりエリゼさんに淹れて貰ったほうが良かったんじゃないの?せっかくの良い茶葉なのにこれじゃ蒸らし過ぎて台無しだよ」

 

 そんな中、一人セドリック皇太子だけはそんな風に苦笑しながら中々に辛辣な論評を行う。流石は皇太子というべきか舌が肥えている上に当然ながら相手が皇女だからといって気後れした様子は一切ない。まあ双子の姉弟なのだから当たり前なのだが。

 

「……皆様、どうやらセドリックはもう要らないとの事ですので、無礼な弟の分もどうぞ存分に召し上がって下さいね」

 

「ごめんごめん。謝るから拗ねないでよアルフィン」

 

「全くもう、私相手だけじゃなくて他の女性相手でもそれ位しっかり物が言えれば良いのだけど。今日だって此処に来るまでの間にちょっと他の生徒にキャーキャー言われた位で顔を真赤にしちゃって情けないわよ」

 

 その言葉にリィンはこの庭園につくまでの間に散々生徒たちから好奇の視線で晒された事を思い出す。自分達であの騒ぎ立てようだったのだ、セドリック皇太子殿下が来たともなればどうなったかは推して知るべしという奴だろう。

 

「わぁ、皆さんの前でそれを言わないでよぉ!僕だって、来年は皆さんと同じくトールズ士官学院の一員になるわけだし、もう少したくましくなりたいと思っているんだから……」

 

 するとセドリック皇太子はどこか羨望の色の篭った眼差しをリィンへと向けて

 

「リィンさんはトールズで首席を務めているというお話でしたよね?此処にいらしたときも堂々とした態度でしたし、僕もリィンさんみたいになれたら良いのですが……」

 

 そう言われる事自体は面映くも嬉しくないと言えば嘘になるが、どうなのだろうか。目の前に居る皇太子が自分のようになってしまったらそれはそれで嘆く人々がそれなりに居るのではないか、そんな感慨をリィンは抱いた。

 

「恐縮です。自分もトールズに入学したばかりの頃は未熟も良いところでしたが、こちらのトワを始めとする掛け替えのない友人たちと出会った事で大きく成長できました。自分と彼女は入れ違いとなってしまいますが、殿下にも、そうした出会いがあればと祈っております」

 

 そうしてリィンはⅦ組の面々の方へと視線を向けて

 

「そういうわけだから、頼むぞ後輩諸君。俺たちが居なくなった後もしっかりな」

 

「うふふふ、その時はよろしくお願い致しますね皆さん。どうぞ弟をビシバシとしごいてやって下さい」

 

 微笑みながら告げられたアルフィン皇女の言葉にⅦ組一同は緊張した面持ちで頷く。そうしてセドリック皇太子はせっかくの機会とばかりに先輩たち(・・・・)へと学院生活の質問をしていたのだが……

 

 どこからともなくリュートの音が響きだす。開かれたドアと共に現れたのは二人と同じく輝く黄金色の髪を持った青年が現れる。美青年と呼んで何ら差し支えのない整った顔立ちをしているのにどこか三枚目な印象を受けるのは本人の人徳という奴だろうか。

 いぶかしがる一同を他所に待っていたと言わんばかりに二人の至宝はその現れた金髪の青年へと輝く笑みを浮かべて

 

兄上(・・)、お待ちしていました!」

 

「お疲れ様です、お兄様(・・・)。今お兄様の分のお茶も淹れますね。……それともせっかくの茶葉を台無しにしてしまう私などよりもエリゼに淹れて貰ったほうが良いかしら?」

 

 この帝国においてこの二人から兄と呼ばれる人物はただ一人。

 

「わ、悪かったからそんなに根に持たないでよぉ、アルフィン」

 

「ははは、エリゼ君に淹れて貰うというのも良いんだが、ここはせっかくだから我が愛しの妹に淹れて貰うとしようかな」

 

 慈愛に満ちたその眼差しと言葉は発した人物の弟と妹に抱く愛の深さを示すものであった。

 母の異なる弟と妹、平民の母だったために皇位継承権を持たない自分に対して皇位継承権を有する二人。

 そんな事情が有りながらも彼の弟と妹に抱く愛には何一つとして暗いものがない、彼は真実兄として惜しみない愛を二人に対して抱いていた。

 そうしてその皇子は弟と妹に向けるのとはまた異なる優しい笑みをリィンたちへと向けて

 

「オリヴァルト・ライゼ・アルノール――通称”放蕩皇子”さ。そして、トールズ士官学院のお飾りの理事長でもある。よろしく頼むよ――トールズ士官学院の諸君」

 

 

・・・

 

 アストライアの聖餐室、そこでリィン達トールズの面々は3人の皇族と食事を共にするという栄誉に預かっていた。そこで語られたのは“Ⅶ組”の設立が理事長たるオリヴァルト皇子の発案だったという事実。各地を巡る事で帝国を担っていく若い世代に現実にある様々な《壁》が存在することを知り、自ら主体的に考えてもらえるようになって貰いたいというそんな願い。そして口々に告げられるⅦ組の生徒たちからの《Ⅶ組》に入ることが出来て良かったという言葉を聞き、理事長たる放蕩皇子は顔を緩めて

 

「そう言ってもらえるだけでも、私も作った甲斐があったというものだ。Ⅶ組の発起人は私だが、既にその運用からは外れている。それでも一度、君たちにあって今の話だけは伝えたいと思った。そこに可愛い弟がせっかくだから先輩たちの話を聞きたいと、微笑ましいお願いをしてきてね。それを聞いたアルフィンがこうして顔を合わせる場を用意してくれたというわけさ」

 

「すみません、皆様には僕のワガママで忙しい身だというのにご迷惑をおかけしてしまって」

 

「いえ、迷惑などとんでもありません」

 

「そうですよ!こうしてお会い出来てむしろ本当に光栄の至りというか、まるで夢でも見ているんじゃないかという心境です!!」

 

 トワ・ハーシェルは彼女にしては珍しい事に非常に浮かれていた。市井の民が皇族にお目にかかれる機会など夏至祭の時のパレード位なのだからそれも当然だろう。

 

「ふふふ、Ⅶ組の設立と運用にあたってはただでさえ多忙を極める身でありながら、君たち二人には特に苦労をかけてしまったね。トワ・ハーシェル君にリィン・オズボーン君」

 

「どうかお気になさらず。むしろ得難き経験を積ませていただき、殿下には本当に感謝しております」

 

 これは別にオリヴァルト皇子に対する気遣いではなくリィンの本心であった。特別実習、そして昨年度その予行演習として行われた数々はリィンにとって得難き財産となっているのだから。

 

「えへへへ、私もリィン君と同じ気持ちです。……帝国の各地を実際に目で見て肌で感じる事で机の上でだけでは学べない事をたくさん勉強させてもらって本当に有り難いです」

 

「やれやれ、ヴァンダイク学院長から話は聞いていたが本当に話通り、学生の鑑と称する他無い二人だね。君たち二人と比較すると学生時代の自分がとんだ不良生徒に思えてくるよ」

 

 冗談めかしながら告げられたオリヴァルト皇子の話に一同は苦笑するが、彼の親友がこの場に居ればおそらくこう言っただろう「その二人と比較せずとも絶対評価でお前は不良生徒だっただろうが」と。

 

・・・

 

「それにしても皆さんは本当に仲が宜しいですね。羨ましいです、僕もトールズに入学したらそんな友人が出来るんでしょうか……アルフィンにエリゼさんのような友人が出来たように……」

 

 談笑を続けているとふとセドリック皇太子は姉とその友人、そして特科クラスⅦ組の面々の仲睦まじさを見てポツリとそんな不安を溢す。そこにいるのは皇太子という以前に、新しい環境に本当に馴染めるのだろうかと不安がる、そんな年相応の少年の姿があった。

 

「ご心配されずとも殿下ならきっと出来ますよ。何しろ今ではこうして談笑している面々にしても散々自分や彼女の手を焼かせてくれたのですから。

 これまでの会話でも殿下はご自身が皇太子という立場でありながら、その立場を振りかざすような真似は一切なさりませんでした。そんな殿下ならばきっと……掛け替えのない友人が得られるはずです。

 何しろ、鉄血宰相の息子である私が四大名門ログナー侯爵家のご息女と親友になれた位なのですから」

 

 だからこそリィンもまた臣下としてではなく先輩としての言葉を述べる。それほど上手くもないユーモアを交えながら。

 

「それに……そのような言い方をされるとクルトの奴が落ち込みますよ。殿下は自分が傍に居るのでは不安なのだろうかとね」

 

「そうよセドリック、エリゼが私相手にこういう風に接してくれるまでどれだけかかったことか。ミュラーさんがいるお兄様もそうですけど、クルトさんという友人が最初から居る貴方は十分に恵まれているじゃない」

 

 苦笑しながら告げられたリィンの言葉とそれに乗っかったアルフィン皇女の言葉にセドリック皇太子は苦笑して

 

「あはは、そうですね。僕にはクルトという友人がいるんですから。その時点で知り合いが誰もいない人達に比べてはるかに恵まれていますね」

 

 

 そんな風に談笑しながらもリィンはふと思う。特化クラスⅦ組をオリヴァルト皇子が設立した理由、それはこの場で語られた内容だけでなく弟であるセドリック皇太子の為という兄心があったのではないかと。

 トールズ士官学院は入学した時点でどのような大貴族あるいは皇族であろうと平民生徒と対等であるという建前(・・)となっている。

 皇族の男子が必ずトールズに通う習わしとなっているのも、そんなトールズに通うことで平民、貴族の別なく将来この国を背負うにあたって得難き多くの知己を得る事を狙ってでもある。

 だが、そうは言っても「わかりました。そういうことならば皇太子だろうと自分は気にしません」等と言える者は圧倒的少数派だし、躊躇いなくそんな態度を取れるのは皇族という存在の重みがわかっていない物知らずか、あるいはよほどの大物位であろう。

 皇太子ともなれば平民生徒は遠い存在として、貴族生徒は将来自分が仕える相手と見なして、どうしても対等の友を得るというのは難しくなる。

 生まれ持った立場や価値観の差異というのはそういうものだ、それを乗り越えるのは容易ではない。

 

 そしてオリヴァルト皇子はそんな容易ではない立場の差を乗り越えるきっかけをこの特科Ⅶ組で用意したかったのではないだろうか。

 ユーシスとマキアス。四大名門アルバレア公爵家の子息と革新派のNO2たる帝都知事の息子である二人が貴族派と革新派という立場を超えていがみ合いながらも敬意を抱く好敵手となったように。

 ラウラとフィー。アルゼイド子爵家の令嬢と猟兵出身という対象的な価値観を有する二人が互いに認め合い、信頼できる友となったように。

 弟御であるセドリック皇太子にもそんな立場や価値観を超えた友を一人でも多く作れるように、彼が皇帝となった時に直面する多くの《壁》について考える事が出来る機会を設けられるように、そしてそれらの思惑を抜きに恋に部活に友情といった甘酸っぱい青春を皇太子としてではなくただのセドリック・ライゼ・アルノールとして謳歌出来るように。

 

「うーん、それにしても考えてみると不公平じゃありません?どうしてお兄様にはミュラーさん、セドリックにはクルトさんがそれぞれいらっしゃるというのに私にはそういう守護役の方が居ないんですか?」

 

「い、いやその辺りは僕に言われても……」

 

「はははは、件のクルト君にもそれこそ君たちのように双子の姉でも居れば良かったのだろうがね」

 

 深い絆で結ばれた至尊の血を引く、三人の兄妹。そんな三人の様子に誰もが皇室に対する敬愛の念を強めながら、一行はしばし楽しい一時を過ごすのであった……

 

 




パトリック「ふふふ、僕はこれから皇女殿下に拝謁する栄誉を賜ってくるのだ!」←皇女殿下手ずから淹れて下さったお茶を頂いた一行に対して

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