(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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「建前があればそれを拠り所として、お偉い方を批判する事が出来ます。私は建前を最初からバカにする人間をどうも信用できんのです」


鉄血の子と緋の帝都《ヘイムダル》⑤

「やぁすまないねリィン君、わざわざ君だけ残ってもらって」

 

「いえ、どうかお気になさらぬようお願いします。それで一体話しというのは何でしょう?」

 

 宴も酣と言った様子でリィンはオリヴァルト皇子へと呼び出され、一人その場に残っていた。曰く、「他の人間を交えずに一対一で話したいことがある」との事である。

 

「うん、率直に聞こうか。君は、《騎神》の力をどう扱うつもりなんだい?」

 

 問われた内容はリィンの予想したとおりであった。先の会話からも目の前の皇子がヴァンダイク学院長と懇意なのは明らかだったのだから。当然自分が話した内容も学院長から伝えられたのだろう。

 

「それを決めるのは自分ではありません。強大な力は国家によって管理、運用されるべきでしょう」

 

 首輪に繋がれていない犬は野犬として駆除されるが飼い主に忠実な猟犬はそれなりの待遇を受ける事が出来る。とかく国家の狗という言葉は侮蔑の言葉として使われるが、リィンとしては権力と見るとやたらと噛みつきたがる狂犬に比べればはるかにマシだろうというのが個人的な意見であった。

 

「ふむ、士官学院生としては模範的と言っていい回答だね。だが国家と言ってもそこには様々な思惑が存在する。君も実感していることとは思うが、貴族派と革新派の対立は日に日に増すばかりだ。ーーー下手をすれば内戦になるのではないか、そんな危惧が声高に叫ばれる位に。

 そんな中で鉄血宰相の息子である君が《騎神》という力を手に入れることの意味、君ほどに優秀な若者ならば当然理解しているだろう?」

 

「ええ、無論です殿下。革新派は勢いづき、逆に貴族派はますます革新派への警戒を強めるでしょうね。元々純軍事的に見れば革新派が優位なのですから。それこそ警戒は恐怖へと変わり、貴族派の暴発を生むかもしれない」

 

 《騎神》それ自体の力もだが、何よりもそれを解析して得られるであろう技術的な恩恵。それを革新派が獲得すれば帝国正規軍は更に強大となるだろう。そしてそれは貴族派にとっては脅威以外の何物でもない。

 

「そこまでわかっていながら、君はそれでも《騎神》の力を手に入れる事を選んだ。それは何故かな?私はその理由が知りたいんだ」

 

「それは無論、我々(・・)革新派にとってそしてひいてはこの国の大きな益となるとそう判断したからです」

 

「……君にとっては革新派が、そして君のお父上である宰相閣下こそがこの国を導くに相応しい存在であると思っていると、そういう事かな」

 

「はい、殿下。無論、父は非の打ち所のない完全無欠の超人では有りえません。当然非難する声とてあるでしょう、不安視する声もあるでしょう。それらが必ずしも的外れな物であるとは自分とて思ってはおりません」

 

 かつて父を盲信して父を非難するような者は私欲に凝り固まった大貴族共等と思っていた頃とは違う。非難されるべきところとてある事はリィンとて認識している。父の行いによって何の罪もなくある日幸福を奪われた存在が居ること、大貴族の中にも尊敬に値する人物が居ること、それらをリィンは知ったのだから。

 

「ですが、それでも自分は父の成そうとしている事、貴族や平民と言った生まれではなくその人物の持つ実績によってこそ評価される社会という理想が間違っているとは思いません。……他ならぬ殿下ならばそれは理解できるのではないですか?」

 

 オリヴァルト皇子は卓越した才覚を有しながら、母が平民であるというだけで長男であるにも関わらず皇位継承権を有する事ができなかった。二人の弟と妹に抱く彼の愛には何一つとして偽りはないだろう、だが思うところがないはずがないのだ。

 

「……そうだね、確かに君の言う通り、別段皇帝の座に興味があるわけではないが、それを抜きにしても私とて四大名門のお歴々に思うところがないと言えば嘘にはなる。だが、同時に私は宰相閣下にも不安を抱いている。ーーー彼は一体、この国をどこへ導こうとしているのかそんな不安をね」

 

「……殿下は父を、オズボーン宰相閣下を危険な野心家だと思っていると、そういう事でしょうか?」

 

「そこまで言う気はない、彼が傑出した才覚と確かな実績を有する優れた指導者である事は確かだろう。

 しかし、彼のやり方はあまりに性急であり過激に過ぎる。そして彼のその傾向は加速するばかりだ。

 私はそこにどうしても不安を抱かざるを得ないのだよ、彼が《騎神》という力を手に入れたとして、それを果たして国を護るためだけに用いようとするのか、とね」

 

 そうしてオリビエは告げるべきか否か、幾ばくかの葛藤を抱えたかのようにわずかな間目を閉じて……

 

「《リベールの異変》については君も知っているね」

 

「はい、導力停止現象という異常事態に見舞われた友邦たるリベール王国に殿下とゼクス中将閣下旗下の第三機甲師団がいち早くに駆けつけてリベールのクローディア王太女や現地の遊撃士と協力して見事解決なされたという。殿下のご活躍を耳にした時は帝国人として誇らしく思いました」

 

「ああ、表向きはそういう事になっている。だが実態は違う、あの時第三機甲師団が派遣されたのは「百日戦役の報復としてリベールは新兵器を開発したのではないか?」そんなこじつけを建前とした恫喝と示威行為を宰相閣下によって命じられたためだ」

 

「!?」

 

 告げられた真実にリィンは瞠目する。リベールとエレボニアの雪解けの象徴、そんな風に教えられていた美談にそのような裏があったことをこの時初めて知ったからだ。無論、実情は公式発表ほどに綺麗なものではない国家としての打算があったのだろうとは思っていたが、それでも打算にまみれたものであったとしてもそれはあくまで友邦への救援を企図したものだと思っていたからだ。

 

「……お言葉ですが殿下、エレボニア帝国の宰相の役目はあくまでエレボニア帝国を繁栄へと導くことです。それが国益に適うというのならば、時としては非情とも言える手段を取らなければならないのが指導者という立場なのは殿下の方が自分などよりおわかりでしょう。

 そして、そのための《必要悪》を担う事こそが軍人の役目という事も。」

 

 絞り出すような声でリィンは師であるレクターより教えられた無情な現実を伝える。すなわち国家と国家の間には真の友情など存在せず、国益と国益がかち合えばそれ自国の利益を優先するのは当然である。そんな政治の世界において凡そ人としての正しい道徳を放り捨てる事が必要だという事を。

 

「ああ、無論君の言うことも理解できるとも。国家の運営においてどうしても《必要悪》と言われるものを飲み干さざるを得ないことはね。総ての人間を救う等というのはそれこそ《空の女神》にしかなし得ない事だ」

 

 世の中には優先順位というものが人によって存在する。誰とて赤の他人よりも家族や友人と言った人物の幸福を優先するものだし、それは特に非難されるようなものではない。そして自分の所属する共同体の利益を優先する事は政治家として当然の行いだ。

 

「だが、君は言ってくれたね。帝国人として友邦であるリベールの救援へと赴いた私の行いを誇りに思うと。

 それは、つまり君自身も友邦の危機に於いてつけ込むのではなく、手を取り合えるというのならばそれこそが理想だと、そう思っているという事ではないかな?」

 

「それは……」

 

「私の語っている事は確かに理想論であり、綺麗事なのだろう。皇位継承権のない皇子、そんな権威はあれども権力はない無責任な立場だからこそ言える言葉なのかもしれない。

 だが、それでも私は愛する祖国が他国とも憎しみ合い蹴落とし合うのではなく、手を取り合える未来が来ることを望んでいる。

 国家を運営するに辺り生じる避けようのない《必要悪》、それを君が担う覚悟があるという事も理解したつもりだ。

 その上で私はあえて言おう、君はまだ軍人でも何でもない、未だ学ぶ立場にある学生に過ぎないのだと。力を手に入れたからと言って、君が何もかも背負い込む必要はないんだよ、リィン君」

 

 表情を緩めて穏やかな視線で自分を見つめるオリビエのそんな綺麗事(・・・)にリィンは押し黙る。

 反論の言葉は……紡げなかった。何故ならば目の前の皇子が語っている言葉を他ならぬリィン自身が綺麗(・・)だと思ってしまったから。

 そして同時に大人として未熟な子どもを案じる真摯な思いを感じてしまったから。

 

「改めて聞かせて欲しい、リィン・オズボーン君。

 軍人としてでもない、鉄血宰相の息子としてでもない、それら全てを取り払って君が何のために《騎神》という力を振るいたいのかを。

 何のために力を求めたのかを」

 

 《騎神》という力、それを目の前の少年が手に入れる事を止めるつもりはオリビエには無かった。

 既にその力を手にした存在もおり、この手のものを放っておかない組織をオリビエは良く知っていた。

 リベールがそうだったようにこの帝国でも何らかの計画が動き始めているのだろう。そして目の前にいる少年はその運命に巻き込まれてしまった。

 おそらくは獅子心皇帝の代より、いやあるいはそれよりもはるか前、この国が始まった時から仕組まれていた巨いなる運命に。

 だからこそ、オリビエは力を手に入れる事は止めようとしない、基よりこの少年がその気であるのならば自分とヴァンダイクが如何に止めてもすぐさま彼の父、そして軍や政府の知るところになるのだから。

 故に出来るのは目の前の少年が力に呑み込まれないよう、何のために力を手に入れようとしたか、それを思い起こさせる事位だと。

 

「自分は……俺は……たくさんの人を護りたいです。理不尽な目に合って泣く誰かがいないように。大切な人を失って悲しむ人を少しでも減らせる様に」

 

 そんな青臭い綺麗事こそが自分の抱いたきっと最初の願いだったのだと。そう告げるリィンの言葉にオリビエは微笑んで

 

「そうか……どうか、その気持を忘れないで欲しい。そして卒業するまでの短い間でもいい、一人の若者として思う存分に青春を謳歌して欲しい。それが理事長としての私の偽りなき願いだ。

 私が、君と話したかった事というのは以上になる。長い時間付き合わせてしまって悪かったね、リィン君」

 

「……いえ、頂いた金言しかと胸に刻み込んでおきます」

 

 纏いかけていた鋼の心に再びわずかな亀裂を生じさせ、深々と一礼を行うと鉄血の子はその場を立ち去っていくのであった……




「恒久的な平和なんて人類の歴史にはなかった。だが何十年かの平和で豊かな時代は存在した。要するに私の希望は、たかだかこの先数十年の平和なんだ。だがそれでも、その1/10の期間の戦乱に勝ること幾万倍だと思う」

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