(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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ちなみにオズボーンくんのコンセプトは鉄血の子ども内における最大戦力です。
今はまだ未熟ですがⅢの頃には名実共にそんな感じの立ち位置になるでしょう。



鉄血の子と緋の帝都《ヘイムダル》⑥

 

 オリヴァルト皇子との会談を終えて女学院を出たリィンを待っていたのは、どこか複雑そうな表情を浮かべた敬愛する義姉のクレアであった。曰く、協力をお願いしたい事があるとのことで、他の面々は既にヘイムダル駅の一角にある鉄道憲兵隊の司令所に集まっているとの事である。

 そしてそこで語られたのはノルドで対峙したギデオンと名乗る男が所属している何がしかの組織が夏至祭を狙って何がしかのテロを行うのではないかという事、そしてその対策のためにリィン達に“遊軍”として働いて貰いたいというものであった。

 

「なるほど、そういうことならば俺達はマーテル公園で待機していた方が良さそうですね」

 

 与えられた資料と情報を整理したリィンはそう結論づける。テロリストが狙ってくるならばまず間違いなく此処だろうと。

 

「……何故、そう判断したか理由を聞いても良いですか?」

 

 2年前までに幾度も経験した教え子の回答を採点する教師のような表情をクレアは浮かべて問いかける。

 

「第一に、マーテル公園での園遊会にはアルフィン皇女殿下とレーグニッツ知事閣下が参加されます。

 例のギデオンという男の発言からしてテロリストは帝国そのものというよりはオズボーン宰相閣下への怨恨という線が高い。となれば目的は革新派を失墜させるという政治的な動機の線が高い。一般市民を標的とするものよりはそういった要人狙いで来る可能性が高いでしょう」

 

 一般市民を標的としたテロは市民からの恐怖もだが同時に怒りと憎悪も買う。そして怒りに駆られた帝国人はテロリストに対して断固とした処置を取る、強いリーダーを求めるだろう。そしてギリアス・オズボーンはそんな強いリーダーの象徴とも言える豪腕で以て知られる指導者である。一般市民を標的にしてしまえば、むしろ火に油となってオズボーンに対する支持を逆に強める結果となりかねないのだ。

 だが要人、それもこの国の象徴とも言える皇族が危機に晒されたとなれば帝国人はテロリストへの怒りを抱くと同時に、危機に晒した警備体制にも同時に厳しい目を向けるだろう。加えて革新派のNo2と謳われるレーグニッツ知事が凶刃に倒れるような事になればその時点で革新派にとっては当然ながら大打撃だ。

 

「ですが、皇族の方々が出席されるのは何もマーテル公園だけではありませんよね。

 オリヴァルト殿下がご出席される帝都競馬場、セドリック皇太子殿下がご出席される大聖堂。

 特にセドリック皇太子殿下は次代の皇帝となられるお方。我々の失点を狙うというのならばそちらも十分に考えられるのでは?」

 

 それだけでは不合格ですよと告げられる師の言葉にリィンは頷きながら続きを述べていく

 

「ええ、なので当然そちらも狙われる事となるでしょう。まずは市内各地において散発的な騒ぎを起こして混乱させた上で、それに乗じて皇族の方々を狙った襲撃を起こす、そんなところでしょうか。

 ーーーですが、その上で“遊軍”である自分達が最も警戒すべきはマーテル公園だと考えています」

 

「それは、知事閣下が参加されるからですか?」

 

「いいえ、理由は至って簡単です。マーテル公園の警備には近衛隊が出張っているからです」

 

「……大好きなお姉ちゃんが指揮取っていないから危ないって言うわけ?そりゃいくらなんでもシスコンが過ぎるんじゃないの?」

 

 学院を出た際の自分の顔を見た時と隣にいるいけ好かない女を見た時のあからさまな態度の違いを見せた教え子に対する教官の揶揄にリィンは頭を振って

 

「違います、サラ教官。確かにリーヴェルト大尉は極めて優秀な将校であると自分は思っていますが、別段リーヴェルト大尉が指揮を取れていないからそのまま警備に穴があると思っているというわけではありません」

 

 鉄道憲兵隊が正規軍から選抜された精鋭部隊なら、近衛隊とて領邦軍から選抜された精鋭部隊。皇族を守護する彼らの士気は旺盛だし、決して無能では在りえない。

 

「指揮系統が憲兵と近衛隊で分割されている場所であるという事、それ自体が付け入る隙になっているという話です。指揮系統の確立と一本化という基本中の基本が出来ていないんですから」

 

 例えば襲撃が起きた際に持ち場をあくまで堅守するのか、それとも襲撃箇所の援護に向かうのかといった判断。こういった際に兵士は指揮官の指示の下に動く。だが、マーテル公園ではその指揮系統が分割されている。近衛隊の指揮官が指揮権を有するのはあくまで自らの部隊である近衛に対してのみである。非常時の際に周辺の警備を行っている憲兵隊へと命令を下す権限が彼らには無いのだ。

 加えて言うのならば貴族派と革新派の対立もある。プライドが高く、皇族を護るのは我らの役目であると鉄道憲兵隊からの協力要請を拒否した彼らが果たして有事の際に、すぐに一度突っぱねった相手に対して援軍を要請する事が出来るのかは怪しいところであった。

 

「更に言うならばマーテル公園には魔獣がうじゃうじゃとひしめく帝都の地下道へと繋がっているところがあります。そして、件のギデオンは魔獣を操ると思しきアーティファクトを所持していたのが確認されています」

 

 あの時自分がみすみす取り逃がしてしまったがためにという内心の忸怩たる想いを心のなかで押し殺しつつリィンは続けていく

 

「以上の事から、一番“遊軍”たる我々の力が必要となるのは園遊会が開かれるマーテル公園だと自分は判断致しました、リーヴェルト大尉」

 

「……ええ、ほとんど文句のつけようがない回答です。本当に頼もしくなられましたね」

 

 数週間前にまだ小さな子どもだと思っていた眼の前の少年に喫したまさかの敗北。

 それはクレアに否応無しに可愛い義弟が何時までも自分に護られるだけの子どもでない事を突きつけた。

 そして今もまた、そんな義弟の成長を実感させる光景を見て嬉しさと同時に寂しさを味わっていた。

 

「これも一重に、6年間も素晴らしい教師の教えを受けたおかげですよ」

 

 今の俺があるのは貴方のおかげなんだとそうリィンは感謝の言葉を目の前の大切な義姉へと伝える。

 

「……ケルディックの時も思ったけど、本当になんというか何時もと露骨に態度が違うわね」

 

「実はシスコンの年上好き」

 

 

 初日にユーシスとやりあった事、女学院から出た際の露骨な態度の違い、そして今も見せている様子も相まってケルディックの時にはまだ疑惑の段階であったリィン・オズボーンのシスコン疑惑は女性陣の中で確信へと変わっていた。

 

「しかし、分析の的確さと判断力の高さは流石と言う他ない。やはり大したお方だ」

 

「流石は首席殿と言ったところか」

 

 だがそんな中でも理路整然とした内容と判断にトールズ士官学院首席の座は決して伊達ではないのだと示した事で彼の威厳はかろうじて保たれていた。

 

「ふむ、そうなると俺たちB班は競馬場と大聖堂の方を警戒した方が良いという事かな」

 

「……競馬場の方に関して言えばそこまで心配はいらないと思うぞ。何せオリヴァルト皇子殿下ご自身が卓越した武芸の腕を持つ上に、殿下のお傍には守護役たるミュラー少佐がいらっしゃるからな」

 

 ヴァンダール流皆伝であり、ナイトハルト少佐とも並び称される帝国正規軍若手の双璧たるミュラー・ヴァンダール。彼が常時警護についている以上、それこそ光の剣匠クラスの隠し玉がテロリスト側に居る等といった事態にでもならない限り、ことオリヴァルト皇子の身に関してはまず万が一は有り得ないだろうとリィンは考えている。逆に、もしもミュラー少佐が遅れを取るような手練が敵に居た場合、現状の自分達では相手取るのはまず不可能だろうとも。

 

「確かに、あの皇子様ふざけているようで隙がなかった。かなりの実力者。ぶっちゃけ私達よりも強いかも」

 

「ふむ、放蕩皇子等と揶揄されているが中々どうして大したお方だったな」

 

 

 

 

「ところで君たち、結局協力するって事で良いのかしら。リィンが受ける気満々だからそういう流れになっているけど、これはあくまで要請であって命令ではないわ。受けるも、受けないも君たちの自由よ」

 

「……サラさんの仰る通りです。協力を依頼している側が言うのもなんですが、これは本来我々軍人が行うべき仕事です。皆さんはあくまで士官学院生、未だ学ぶ立場にあるのですから」

 

 そう自分達での判断を促すサラの言葉に乗っかるようにクレアもまたどこか釘を刺すように告げるが……

 

「トールズ士官学院特別実習A班――テロリスト対策に協力させて頂きます」

 

「同じくB班、協力したいと思います」

 

 先程まで会話をしていた仲睦まじき3人の皇族の笑顔、それが彼らの決断を後押しした。

 あの素晴らしき人達の笑顔を護るのだと、そう誰もが決意して。

 

「……ありがとうございます。皆さんの勇気と献身に心よりの感謝を。それでは明日はよろしくお願い致します。くれぐれも無理だけはどうかしないように」

 

「何度も言うけど、君達はまだ学生の身。庇護を受けるべき立場なんだからね。もしもの時は自分の身をきちんと優先するように、良いわね」

 

 そんな、どこか特定の人物に対して特に強く念押ししているような二人の言葉で会議は締めくくられるのであった…… 

 




無茶だとか無理だとかに尻込みする者は“英雄”にはなれないんですよ

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