(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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シュバルツァー男爵が社交界に顔を出さなくなったのは、浮浪児であったリィンを拾ったことで、ゴシップの種になって嫌気が指したため。
よって、リィンがリィン・オズボーンとして育っているこの世界では普通に貴族として社交界へと顔を出しています。


かくして❝英雄❞は舞台へと上がる

  7月26日。帝都ヘイムダルは夏至祭に湧いていた。

 10時より始まった皇族3人のパレードはつつがなく終了し、その後バルフレイム宮を出立してヘイムダル大聖堂、帝都競馬場、マーテル公園へと到着。時刻は15時30分。特に問題が起きる事もなく、夏至祭の初日は終了しようとしていた……

 

「良かった~昨日クレアさんから話を聞いた時はどうなるかって思ったけど何事もなく終わりそうで」

 

「ああ、後30分で園遊会も終わりだ。だからこそ注意しろ、ここからが一番危険な時間帯だ」

 

「……だね。あと少しで無事に終わる。そういう緊張が緩んだ時こそが襲撃する側にとっては最大のチャンス」

 

 人間常に集中している事は出来ない。どうしてもふとした気の緩みが出る時というのが存在する。基本的に守勢に回る側というのは攻撃する側に比べて不利なのだ。攻撃側は目的の時間のみに意識を集中すれば良いのに対して、守る側は常に気を張りつづめていなければならないからだ。

 

 そうして告げられた言葉にエリオット・クレイグが慌てて気を引き締め直すと、巨大な地響きが鳴り響くと同時にーーーマーテル公園に多数の魔獣が出現していた。

 

 

 

・・・

 

 パトリック・ハイアームズは浮かれていた。

 いけ好かない寄せ集めたるⅦ組の面々が警備に駆り出されている中、自分は園遊会へと優雅に出席するというのは先月有り得ないはずの醜態を晒してしまった彼の自尊心を癒やすのに大いに貢献していた。

 皇女殿下を遠目に眺める事しか出来ないⅦ組の面々と、こうしてハイアームズ家の人間として皇女殿下にお目通りが叶った自分というのはまさしく四大名門の一員たる自分と所詮は寄せ集めでしかない彼らの学院を出た後の立場の差というものをこの上なく顕していると思えたからだ。

 それはⅦ組の面々だけではなく、一応は先輩に当たるあの副会長にしても同じ事だ。やれ首席、学生最強、鉄血宰相の息子等と言っても結局の所は自分のような上に立つべき者に使われる使いっ走りとしての力でしか無いのだ。

 だからこそ、先月たかだか実技で負けた事程度何時までも引きずるような事ではない、自分が養うべきはそのような匹夫の勇ではないのだからとそんな風に自分を慰める。

 

 そして彼が浮かれているのはそれに加えてもう一つの理由が存在した。

 エリゼ・シュバルツァー、清楚可憐という言葉を体現したかのような少女にパトリック・ハイアームズは一目惚れをしたのだ。貴族の中に於いては最下級の男爵位でこそあるものの、シュバルツァー男爵家は皇室とも縁が深い列記とした帝国貴族。

 彼女の両親であるシュバルツァー男爵夫妻においても社交界において特に悪い噂を聞いた事はないし、何よりも目の前の少女はどうやら皇女殿下からかなりの信認を得ているようだ。

 自分が三男で家督を継ぐ可能性がまずないことを考えれば、自分の相手としては決して有り得ないというわけではないだろうと常に無く浮かれた様子で。

 彼女にしても四大名門たるハイアームズ家の自分に見初められて、断るはずがないだろうとそんなどこまでも実家頼みの心境でそれとなくアプローチをかけていた。

 

 そんな人生薔薇色と言わんばかりに浮かれていた彼は今……

 

「う……あ……」

 

「御機嫌よう、知事閣下。招待されぬ身での訪問、どうか許していただきたい」

 

 常の尊大さをどこかへやった様子で、ただ目の前の光景へと恐怖し立ちすくんでいた。

 

 

 クリスタルガーデンにて催されていた皇族主催の園遊会。粛々と進行していたこの会は、無粋な乱入者によってその静寂さを打ち破られる事となる。

 ガーデン内の石畳の一部が地下から爆破されて、侵入してきたその男の名は《ギデオン》、かつてノルドにてリィン・オズボーンが会敵し、取り逃がしてしまった大魚である。

 複数の同志と共に乱入した彼はすぐさま今回の最重要目的たるアルフィン皇女の身とその傍にいた付き人たるエリゼ・シュバルツァーを確保し、これを拘束。

 これを阻止せんとしたレーグニッツ知事は左肩を撃たれて負傷した。

 

 そしてパトリック・ハイアームズはそんな状況にあって皇族を守護するという貴族としての誇りを示す事も、ただ惚れた少女を護ろうとするという男の意地を示す事も出来ずに、ただただ怯えて立ちすくんでいた。

 四大名門のハイアームズ家の三男坊として育った彼は武を尊ぶ帝国貴族としての英才教育によってユーシスにも匹敵するだけの宮廷剣術の腕前を有していた。

 賊がその姿を表した時、もしもエリゼ・シュバルツァーへと熱心にアプローチをかけていた彼が、皇女をその身を呈して護ろうとしたレーグニッツ知事のように、エリゼを護ろうとしていたら、最重要目的たる皇女はいざ知らず、エリゼだけは今ああして賊の手に落ちずに済んだかもしれない。だが、彼はその瞬間にただ怯えるだけで何も出来なかった。

 もしも命を落とす事になったら、そんな人として当たり前の恐怖に立ちすくんで、他ならぬ匹夫の勇(・・・・)を持ち合わせてなかったが故に。

 その事自体で彼を特別責める事は出来ないだろう、自らの命よりも誇りを優先する気高さ、そして他者の命を優先できるような献身。それらを持っている事は賞賛に値するが、だからといって出来ない人物を責める事は出来ないのだから。何故ならば、出来ないことの方が当たり前なのだから。

 

 だが

 

「ーーー殿下は関係ないだろう!二人を解放したまえ!」

 

 自らの命を狙うテロリストの言葉、それを聞いても臆する事無く、人質とされた二人を庇おうとする平民の(・・・)知事のその姿が彼の心を揺さぶる。

 他ならぬ平民である彼が、武術を収めているわけでもない人物が、その身を呈して皇族を護らんとしている。

 それにも関わらず、誇り高きハイアームズ家の一員たる自分がただ見ているだけで良いのかと。

 

「ククク、それは応じられぬ相談だ。こちらのお二方には君たちの陣営の致命的な失点となって頂く。命までは奪うつもりはないがね」

 

 先程告げた言葉通りレーグニッツ知事に対しての恨みはさして無いのだろう。どこか冷静な、されど己が勝利を確信した笑みを浮かべながら首謀者たるギデオンは大仰な仕草をしながら告げる。そうしてそのまま二人とは異なり、あの男の盟友と謳われる人物の命を無慈悲に刈り取るべく指示を下そうとした瞬間

 

「殿下と、そして我が娘を返してもらおうか不届き者よ」

 

 無手でありながら不退転の覚悟を抱き、賓客の一人である一人の貴族が姿を顕した。

 

「ほう……確か貴方は……」

 

「父様!危険です、私の事は構いませんからどうかお下がり下さい!!!」

 

「ご息女の言われるとおりだ。私たちの狙いはあくまであの男にある。別段貴方に対して特に思うところはないのだよ。ここは一つ、退いて頂けると手間がはぶけて有り難いのだがね」

 

 そうして前へと出た貴族の男性は安心させるような笑みを娘へと向けた後に、打って変わった静かなされど鋭い眼光を狼藉者へと向けて

 

「笑止!皇室に忠義を捧げし誇りある帝国貴族として、そして娘を愛する父として、どうしてこのような暴挙を見過ごす事が出来ようか。

 このテオ・シュバルツァー!例え我が身と引き換えにしてでも娘と殿下を救い出してみせよう!」

 

(…………!)

 

 高貴なる者の義務を体現する真の貴族のその姿にパトリック・ハイアームズは何よりも打ちのめされる。

 その意志と覚悟を宿った背中のなんと眩しい事か。あれこそが真の貴族なのだと、その勇姿はどこまでも未熟な少年の心へと焼き付けられる。

 そして翻って今の自分のなんと不甲斐ない事か。仰ぐべき皇族が、好意を抱いた少女が危機に晒されていながらこのまま何も出来ずにただ指を咥えて眺めているだけでいいのか?ーーー良いはずがない。

 

 決意と共にパトリック・ハイアームズは小さな、されど彼にとっては大きな一歩を踏み出した。

 あふれる恐怖を必死に堪えながら、今にも震えだしてしまいそうな足を誇りによって律して。

 

「君は……」

 

「貴方は……」

 

 エリゼ・シュバルツァーはその前へと現れた青年の姿に驚きを隠せなかった。

 

 何故ならばその人物はどこまでも実家であるハイアームズ家の威光を頼みにした様子で今日自分に対して散々言い寄ってきた人物だったのだから。

 そしてエリゼ・シュバルツァーのパトリック・ハイアームズに対する印象は好意的なものではなかった。

 領主は領民に寄り添って生きるべしと幼き頃より両親に教えられ、皇女という立場にありながら尊大さとは無縁の大切な友人を持った身として、どこまでも実家だよりといったパトリックの姿はひどく傲慢で幼稚に思えた。

 決して性根から腐っている人物というわけではないのだろう。されど昨日会った同じトールズ士官学院の面々の誇り高くも凛々しく、立場を超えた絆に結ばれた様子を、鉄血宰相の実子という立場でありながら貴族である自分に対して何ら含む様子も見せず誠実に接していた大人びた青年の姿を思い出すと、家柄へとしがみついているパトリックの様子は余計にその尊大さが鼻についたのだ。

 だからこそパトリック・ハイアームズから好意めいたものを感じてもエリゼとしてはただ困るばかりであった。ハイアームズ家の人間という事で決して無碍には出来ない、されど人間的にはどうしても好感を抱けない。どう接すれば良いのかと、そんな具合に。

 

「シュ、シュバルツァー男爵の仰るとおりだ。皇女殿下とエリゼ嬢を今すぐに解放したまえ。そうすれば、誇り高き帝国貴族として不敬なる狼藉者にも格別の慈悲を以て接してやろう!」

 

「ククク、あまり無理はされないほうが良いのではないかな。可哀想にそんなにも震えて声が上ずっておられる。怖いならば怖いで素直に下がっておられた方がよろしいかと。あいにく、私達は見ての通りの狼藉者。ーーーご実家の威光は我々には通用しませんぞ?」

 

「ふん、皇女殿下を攫おうとしている貴様らのような不届き者どもにそんな事は端から期待していない。僕が今、この場に居るのはハイアームズの威光を頼ってではない。誇り高きハイアームズ、その名に恥じぬように僕自身が在るためだ!」

 

 されど今、目の前の青年の見せた勇気のなんと眩しい事か。

 恐怖を押し殺し、震えながらも告げられたその言葉は先程告げられた歯の浮くような百の美辞麗句よりもはるかにエリゼ・シュバルツァーの胸を打った。

 

 

「……済まないが、君たちのその忠道に付き合っている暇はないのでね。その気高き姿には、この国を憂う者として感じ入るものもあるが、されど邪魔立てするというのなら容赦するわけにはいかない。」

 

 

 しかし、ギデオンにその覚悟は伝わらない。片手を軽く上げ、それを合図に武装集団たちの軽機関銃の銃口が一斉に向く。加え、二匹の魔獣も唸り声を上げて近寄って来た。

 時間を食ったと、所詮その程度にしか考えていなかった。否、状況だけ見ればそうだろう。今回の作戦の本命たる此処を襲撃したメンバーは同志たちの中でも選りすぐりの精鋭であり、気前の良いスポンサーに恵まれた事もあって、武装も実力も帝国正規軍にとて引けを取らないという自負がある。それに対してあくまで賓客たる彼らは当然ながら武器を持ち込む事など出来るはずもなく、当然無手である。 

 誇りではどうにも出来ない無慈悲なる力によって気高き二人の貴族の骸が作られようとしたその刹那

 

「ーーーそこまでだ」

 

 脇役(・・)達が稼いだその時間の間に、主役(・・)がついに舞台へと躍り出た。

 

・・・

 

「やってくれたな……!」

 

 双剣を構えながら守護を宣誓するかのように三人の前へと出たリィンは今にも飛び掛かりたい衝動を必死に抑えながら・射殺さんばかりの眼光を目の前の敵へと向けていた。

 

 リィン・オズボーンは憤激していた。

 このような暴挙へと及んだ目の前の敵手に。

 そして何よりも、それを許してしまった自分自身の不甲斐なさに。

 こうなることは読めていた。わかっていたのだ。

 

 だが、それが一体何になるというのか。予測出来たところでそれを防げなければ意味がない。

 自分にもっと権限があればーーー

 あるいは此処に来るまでに交戦した魔獣共を一蹴できるだけの力があればーーー

 そしてあのノルドの時に目の前の男を捕らえる事が出来ていればーーー

 今、ああして皇女殿下とエリゼ嬢をみすみす賊の手に明け渡す事など無かったはずなのだ。

 

「現れたな、トールズ士官学院……ノルドでの仕込みに続いてまたもや。だが、今回ばかりは邪魔されるわけにはいかん」

 

 そうして二体の魔獣をけしかけてギデオンは人質二人を連れてその場を立ち去る。それをリィンは歯噛みしながら見るしか無い、迂闊に飛びかかれば背後に控えたVIPの命が危ないからだ。まずは目前の魔獣を掃討しなければならない、可及的速やかに。

 

「総員、戦闘準備。事は一刻を争う。速攻で片をつけて奴らを追うぞ!」

 

「「「「応!」」」」

 

・・・

 

「此処までだ。皇女殿下とシュバルツァー嬢を大人しく解放してもらおうか」

 

 地下道を走りながら、ついに賊の姿を捕らえたリィンたちは、取り囲みながら一応の降伏勧告を行う。即座に仕留めにかからないのは一重に暴発して人質に危害がかかることへの危惧と荒事に不慣れであろう二人の少女の前で流血沙汰は出来る限り、避けたほうが懸命だろうという判断からだ。

 

「ククク、恐れ入った。ここまで早くにあの魔獣を仕留められるとはな、流石に想定外だった」

 

 その未だ余裕を有する様に警戒を行いながらも、リィンはある確信を抱く。目の前のテロリスト達にはすぐさま人質である二人を害する意志がないのだと。それは何らかの奥の手があるからかもしれない、だがそもそも皇女殿下へと銃口を突きつけられて「武器を捨てろ」と言われれば、その奥の手を切らずともこの場を切り抜けられる可能性はあるはずなのだ。無論、人質は生きてこそ意味があるものだからそれを指摘してこちらもむざむざとそれに従う気はないが。

 しかし、この場において敵はアルフィン殿下の友人であるエリゼ・シュバルツァーも確保している。

 皇女自身には傷をつけずとも、「殿下の大切なご友人がどうなるか保障しかねる」とでも言われれば友情に篤い皇女がそれを見捨てる事が出来るはずもない。皇女直々に「エリゼを助けるために要求を飲んで欲しい」等と言われれば、こちらとしても打つ手が無くなるところだった。

 

 だがどうやら現状目の前の犯人達は人質を有効活用するつもりはどうやらないようだ。その事にリィンは安堵する。ノルドでの言動等から目の前のギデオンと名乗る男は父に対する憎悪を燃やす一方、皇族に対する畏敬は持ち合わせていると思っていたが故の半ば賭けだったが、どうやらその賭けは実ったようだ。

 それは未だ何らかの奥の手を有しているが故の余裕によるものなのかもしれないが、ならばその奥の手を破った瞬間こそが人質を取り戻す絶好の機会だと心する。

 

「ああ、本当に危ないところだったよ。後わずかに追いつかれるのが早かったらどうしようもないところだった。だが、空の女神はどうやら我々に微笑んでくれたようだ」

 

 視線で合図を送られたギデオンの配下たちは何らかの薬品を人質二人へと嗅がせて昏倒させる。曰く、これからの光景はご婦人方に見せるにはショックが大きいだろうからとのことであるが、これはリィンにとっても好都合。これで躊躇いなく、やれるというものだ。

 

 響き出す笛の音。そして辺りに轟音が鳴り響いたかと思うと現れたのは巨大な骨だけとなった怪物。

 数百年も前、かつて帝都を死の都へと変えた魔竜、”ゾロ=アグルーガ”。神話と思われた怪物が屍のままに蘇ったのだ。

 

「ハハハ、どうだ!これこそがかつて帝都を死の都へと変えた魔竜!かの偉大なるヘクトル帝が自らの命と引き換えにやっとの思いで討ち果たした伝説の存在!どう足掻いても、お前たちが勝てる相手ではない!!!」

 

 本来であればこれを呼び出した時点でギデオンがこの場に残る理由はない。

 だが、彼はこの場に留まらざるを得ない理由が存在した。魔獣を操る事ができる《降魔の笛》は決して無制限かつ無条件に操れるわけではない。操れる有効距離と時間はその魔獣の強大さに反比例して落ち込んでいく。

 生きている魔獣ならば、その場を離れるまで自分達を襲わないように命令して置くだけでいい。だが、今回蘇らせた魔竜は元を正せばはるか昔にヘクトル帝によって討伐された存在。それを強引に蘇らせた形であるため、《降魔の笛》の効力が切れてしまえばその時点で元の屍へと戻ってしまうのだ。

 

「将来有望な若者たちの命を奪うのは些かに心苦しいが……まあ、あの男の息子に協力した自らの不明さを呪う事だ」

 

 自らの勝利を確信してギデオンはそう告げる。

 例え屍と言えどもこの存在はこれまでとは桁が違う。

 伝え聞く《光の剣匠》や《アルノールの守護神》、そして《黄金の羅刹》といった人の形をした怪物共ならばいざ知らず、目の前の学生ごときでは勝ち目などあるはずがないと。

 

「魔、魔竜だなんて……そんなのお伽噺の中の存在だとばかり……」

 

「こ、こんなの相手にどうすれば……」

 

「……敵戦力不明。動きが読めない」

 

「……クッ、このような巨体相手となるとどうすれば」

 

 その巨体の発する威容と得体のしれぬ不気味さにⅦ組の面々が気圧されかけたその時

 

 

「狼狽えるな!そして良く見ろ、奴の背後に控えるアルフィン皇女とエリゼ嬢の姿を!」

 

 指揮官先頭。そんな言葉を体現するかのように気圧されかけた後輩たちを鼓舞するべくリィン・オズボーンは前へと踏み込み後輩たちを叱咤する。

 

「そして思い出せ!彼女たちと昨日交わした言葉とその笑顔を!」

 

 尊大さなど欠片も存在しない気さくで天使のような愛らしさを持ったアルフィン皇女。そしてその親友たるエリゼ・シュバルツァー。

 昨晩初めて会っただけの浅い付き合いに過ぎないが、それでも彼女たちのその姿は、生命を賭けて護ろうと誓うに値するものだったはずだと。

 

「思い出せ!絞り出すような声で娘の身を自分達へと託したシュバルツァー男爵の姿を!」

 

 自らの無力さを噛みしめるかのような苦渋を飲み干す様子で「どうか娘を助けて欲しい」と頼み込んだ貴族も平民も関係ない、娘を思う一人の父親の姿。

 そんな当たり前の幸福を護るためにこそ自分達の手に入れた力は存在するのだと。

 

「臆するな!我らは有角の獅子の紋章を掲げるもの。ただの巨大な骨の塊など恐れるに足らん!!」

 

 告げられたその宣誓に四人の瞳に意志の力がやどりだす。それは恐怖を知った上でなおそれを乗り越えんとする勇気。

 図らずもパトリック・ハイアーズムがほんの少し前に自らの殻を打ち破り、示したものと同じ黄金色に輝く意志の輝きであった。

 

「クッ……諦めの悪い。行くが良い、暗黒時代の魔物よ!

 この愚かで哀れな夢見がちな若者たちに現実というものを教えてやるがいい!」

 

 攫われたるは帝国の至宝。

 対峙するは魔竜。

 舞台はすべて整った。

 

「行くぞ!総員、死力を尽くせ!」

 

 さあ、《灰色の騎士》の英雄伝説(サーガ)を始めよう。

 

 


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