(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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美しい――見渡す限りの財宝よ。
父を殺して奪った宝石、真紅に濡れる金貨の山は、どうして此れほど艶めきながら、心を捉えて離さぬのか
煌びやかな輝き以外、もはや瞳に映りもしない。誰にも渡さぬ、己のものだ
毒の吐息を吹き付けて、狂える竜は悦に浸る



《魔竜》退治

 

 巨大な威容を誇る魔竜それを相手に、臆する事無く前へと躍り出たのは三人。

 リィン、ラウラ、フィー。トールズ士官学院に於いても屈指の実力者達が果敢に魔竜へと挑みかかる。

 

「まずは様子見」

 

懐に忍び込ませていた閃光弾を魔竜の眼前へと炸裂させる。凡そ生物であるならばしばらく視覚と聴覚が使い物にならなくる轟音と閃光が炸裂する。

 

 しかし

 

「……ま、予想はしていたけどやっぱり効かないか」

 

 生物相手ならば効果覿面のそれもすでに死骸である魔竜に対しては意味がない。半ば予想は出来ていたが、それでもその光景にフィーは辟易とした表情を浮かべる。フィー・クラウゼルはラウラ・S・アルゼイドのような正道を往く武人ではなく、あくまで猟兵である。

 その戦闘スタイルも真っ向からねじ伏せにかかるものというよりは、敵の虚を突いたり、撹乱したりする事を前提としている。どちらの戦闘スタイルも一長一短が存在する故、一概にどちらが秀でているというものではない。だが、今回の敵が自分にとっては凡そやりにくいタイプに位置する事をフィーは悟らざるを得なかった。

 

 

「鉄砕刃!」

 

「クロスエッジ!」

 

 続いてヴァンダールとアルゼイド、帝国における二大流派の剣士がまずは小手調べとばかりに、その戦技を叩き込む。放たれるは全身全霊の力の込められた大剣による袈裟斬りと双剣による十字斬り、並大抵の敵ならばこれだけで終わるであろう、痛烈な一撃を足へと叩き込まれても魔竜は微動だにしない。屍体である魔竜には当然ながら痛覚も存在しないため声をあげる事さえしない。結果、二人の攻撃は魔竜を構成する骨の一部を砕く程度に終わった。されど砕いたのは足の骨、この巨体を支えるともなれば当然四肢にかかる負担とて並大抵のものではないはずだ。故に一つ脆いところを作ってしまえば、そこから一気に崩れるのではないかと目論んだのだが……

 

「な!?」

 

「ハハハ、どうした。伝説に謳われし魔竜だぞ。まさか骨を砕いた程度でその動きを止めるとでも思ったのか!?」

 

 

 骨が砕かれた事など関係ないと言わんばかりに魔竜の周りを覆っている瘴気が砕かれた骨を繋ぎ止めていく。

 状況は明らかにリィンたちにとって不利だった。こちらは人間である以上体力にも集中力にも限度がある、これだけの質量の敵ともなると一撃貰っただけでこちらは瀕死になりかねない。故に前衛を務める三人は的を絞らせぬように耐えず動き続けているわけなのだが、当然体力の消耗は激しい。

 

「エリオット!」

 

「うん、今回復するね皆。ホーリーソング!」

 

 発動するのはエリオットが最も得意とする回復系の導力魔法。響く音色と共に静かな水の調べが広がり、三人を癒やしていく。しかし、その直後にそれまで前衛の三人、魔竜から見るとうっとおしく飛び回る羽虫といったところだろうか、それを相手にしていた魔竜はエリオットの方を向いて

 

 

「―――――――――――」

 

 音の出ない咆哮。同時に、口から漆黒のブレスを吐き出した。

 

「……え?」

 

 導力魔法を使った直後の硬直、それを狙い済ましたかのように高速で飛来したそれをエリオットは躱す事が出来ない。既に屍体でありながら、回復役を狙いに来るという戦術的めいた行動を取ったのは死してなお魔竜の中に宿る戦いの遺伝子によるものだったのだろうか。しかし、それは当然織り込み済みである。

 

「アダマスシールド!」

 

 エリオットの傍らに控えていたマキアスが得意とする地属性の導力魔法により、障壁を展開する。支援役たるエリオットを護る事、それが今回のマキアスの役割であった。

 

「ありがとうマキアス、助かったよ」

 

「気にする事はない、今回の僕に出来るのはこの位しかないんだからな」

 

 こと戦いに於いて自分が出来るのはこうして後衛を護る事、後は銃によって牽制の攻撃を入れる事位なのだから。そして今回の敵には銃による牽制など凡そ意味がない。そんな現状にマキアスは歯噛みする。今、前衛で死闘を繰り広げている三人に比べて自分のなんと弱いことかと。しかし、無いものねだりをしても仕方がない。支援役を護ること、これとて重要な役割なのだから。

 

 

 状況は膠着状態に見えてリィンたちの不利であった。

 エリオットからの支援を前提とし、スタミナを度外視した全力戦闘によって何とか五分に持ち込んでいるこの状況、エリオットからの支援がなくなってしまえばすぐさま前衛の三人に限界が来るのは明らかである。そしてそのエリオットの体力と導力とて有限なのだから。それに対して魔竜の方は屍体であるために疲労等というものは持ち合わせていない上に、生半可な攻撃では立ちどころに治ってしまうと来たのだから、時がどちらに味方をするかは比を見るよりも明らかというものである。

 

 加えて

 

「むぅ……」

 

「……っ」

 

「……厄介だな」

 

 魔竜の身を覆う瘴気、それがリィンたちの精神を徐々に蝕んでいく。毒とはまた違った、まるで魂を奈落に堕とされそうな奇妙な感覚。物理的なものではない以上、エリオットの支援魔法でも回復する事は出来ない。そしてそれは、後衛の二人も同じことだろう。前衛よりも距離が離れているため前衛ほどではないが、それでも奇妙な圧迫感のようなものを抱いていた。このままいけば、いずれ危ういところで成り立っている戦いの天秤が敵の方に傾くのは明らかだった。

 

(火力が要る……それもサラ教官の切り札である《ノーザンイクシード》級の!)

 

 回復の暇すら与えない最大火力で一気に吹き飛ばす、この手の相手となるとそれしかない。

 そして必要なのは瞬間的な大火力だ。自分達三人の切り札を三連撃で叩き込んでもおそらくあの謎の瘴気によって再生されてしまう。

 必要なのは、瘴気もろとも吹き飛ばす圧倒的な火力なのだ。そうそれこそ呼吸を完全に合わせて切り札を同時に叩き込む位しなければ効果は薄いだろう。

 

 しかし、現有戦力にそんな手札はない。

 自然とリィンは自分にとっての最高の相棒、あいつがここにいてくれればと、そんな想いを抱くが……

 

(現有戦力でなんとかするのが前線指揮官だ!柔弱な考えは捨てろ!考えろ、この場でそれを叩き出せる可能性があるとすれば何かを……)

 

 そこでリィンは思い至る。今こうして戦っている最中にも激烈にコンビネーションが研ぎ澄まされていっている一年生最強のコンビを。

 自分達からトールズ最強のコンビの座を奪い取って見せるとそう豪語した姿を。

 心を繋いだパートナー同士が使えるコンビクラフト、此処にいるメンバーでサラ教官のアレに匹敵する程の火力を出せるとしたら可能性はそれ位だろう。

 

(だが、大博打も良いところだぞ……)

 

 コンビクラフトは一朝一夕で出来るものではない。自分達にしてもサラ教官のそれを上回るまでには1年近くの歳月がかかった。

 ぶっつけ本番で成功させるというだけでも難事だというのに、成功させた上でノーザンイクシード級の破壊力にするともなればそれはもはや奇跡と呼べる領域だろう。

 凌いでいれば、おそらく遠からず鉄道憲兵隊の援軍が駆けつけるはずだ。ならば博打に打って出ずに持久戦に持ち込むというのは一つの手ではあるが……

 

(二人を奪還するならば、向こうが俺達の事を学生風情と侮っている今がチャンスだ)

 

 敵は自分達の勝利を全く疑っていない。故に敗れるはずのない切り札が敗れ去った時の動揺こそが二人を奪還する最大の好機となるはずだ。しかし、義姉指揮下の鉄道憲兵隊が到着すればおそらく冷静さを取り戻すはずだ。形勢の不利を悟り、最後の手段に出てくる可能性はある。

 そしてそうなれば義姉も軍人として非情の判断をくださなければならくなるだろう。

 すなわち、皇族であるアルフィン皇女殿下はともかく一男爵家の令嬢に過ぎない、エリゼ・シュバルツァーを見捨てるという冷徹な判断を。無論、最大限どちらも救出出来るように尽力はするだろう。しかし、そうしなければならない時が来たら《氷の乙女》というその名の通り、情を切り離した理による判断で皇女の身を最優先するだろう。ーーー冷徹な軍人という仮面の中に隠した私人としての素顔を歪め、心を痛ませながらも。

 叶うのならば優しい姉にそんな想いは味わってほしくない、何よりも自分達はテオ・シュバルツァー男爵と約束したのだ。必ずやご息女を救ってみせると。その約束を破りたくはない。

 

 決断しなければならない。他ならない自分が。全滅のリスクを覚悟してでも博打に打って出るのか、それともジリ貧とわかりつつも安全策を取ってこのまま持久戦で援軍の到着を待つのかを。決断することこそが指揮官の役目なのだから。

 

「フィー!ラウラ!数ヶ月前に俺とクロウが教官相手に見せたコンビクラフトは覚えているな!

 俺が奴の相手をする!呼吸を合わせて、お前たちでそれをやれ!!コイツを倒すには、それしかない!!」

 

 わずかな逡巡の後、リィンは決断を下した。大博打に打って出る事を。それは軍人として見れば凡そ教科書から外れた選択である。軍事学の講義やテストでこのような回答をしたらまず間違いなく不正解である。訓練でも成功させた事のないものを仲間がぶっつけ本番に成功させる事を期待した死力頼りなど。

 

「……正気?訓練でもやったことのないような事をぶっつけ本番でやれだなんて、そんなの……」

 

「流石に、今の我々でアレをやるのは……」

 

出来る(・・・)!!お前たち二人なら!!この俺が保証する!!!」

 

 そして指揮官の役目とは一度決断を下したならば堂々と自信を持つことだ。

 指揮官の弱気は部下へと伝播する、例えどれだけ勝ち目が薄くても、俺達は勝てるのだと、そう鼓舞する事こそが指揮官の役目である。

 

「何故なら、俺とクロウはぶっつけ本番で成功させたからな!!お前たちが俺たち二人を超えるというのなら、やってみせろ!!」

 

 俺たちに出来たのだからお前たちにも出来るはずだとどこまでも自信満々に失敗する等と欠片も思っていないように振る舞うそのリィンの言葉に

 

「やれやれ……不用意な発言はするもんじゃないね」

 

「だが、出来るはずだ。私とそなたの二人ならば」

 

 信頼と共に微笑み頷きあう二人。それを確認してリィンは更に前へと踏み込む。

 

「エリオット!これから少し無茶をする、悪いが援護を頼むぞ!!」

 

「う、うん。任せて!」

 

 後輩二人にぶっつけ本番でコンビクラフトを成功させろという無理をやれと言った以上、先輩である自分も三人で相手取っていた魔竜を一人で釘付けにするという無茶の一つや二つやらねばならないだろう。

 

「おおおおおおおおおおおおお」

 

 魔竜の攻撃が幾つか直撃して血みどろになりながらもリィンは双剣を振るい、しのぎ続ける。

 戦闘開始からずっと無理な動きを続けているせいで、徐々に体力ではなく肉体そのものが悲鳴をあげ始めているが、それもねじ伏せる。

 ヴァンダールの剣とは護るための剣なのだから、背後に控えた大切な仲間を、そして囚われた二人を助けるためにも自分が此処で倒れるわけにはいかないと心して。

 

 

 ラウラ・S・アルゼイドは奇妙な心地を味わっていた。

 数日前に今と同じ事を言われたら、どれほど尊敬する先輩に言われたといっても出来るわけがないと答えていただろう。

 だが、今の自分は違う。傍らに立つ自分よりも小柄な少女、数週間前に「我らは合わない」と自分が拒絶の言葉を述べた相手に全幅の信頼を抱いていた。

 こいつと一緒ならば(・・・・・・・・・)誰が相手だろうと負ける気がしない、そんな錯覚さえも覚えていた。

 出来る!とそう自信満々に告げられた瞬間に、そうだ何を臆していたのか。自分達二人ならば(・・・・・・・・・)奇跡の一つや二つ程度、安いものだとそんな風にさえ。

 

「……ゼノとレオも、何時も二人一緒で戦っている時はこんな気持だったのかな」

 

「その者達も、そなたの家族(・・)か?」

 

「ん。性格も戦い方もおまけに外見も全然違ったんだけど、すっごく仲が良くてね。何時も二人でつるんでいた」

 

「そうか……機会があればいずれ会ってみたいものだ。そなたの家族にも」

 

「それじゃそうするためにも、邪魔者を手早く片付けちゃおうか」

 

「ああ、皆に迷惑をかけた分を今、此処で取り戻すとしよう!」

 

 そうして二人は全く同じタイミングで魔竜へと向かって駆け出した。

 

 

「ラグナストライク!」

 

 こちらへ向かって接近する二人を確認したリィンは血みどろになりながらも己が切り札を魔竜の足に向けて放つ。これだけで仕留めきれないのは百も承知、だがそれでも復元するまでの間にわずかな時間を擁する。足止めには十分だ。

 前足を粉砕された魔竜はバランスを崩して倒れ込む。

 

 そして、そこにーーー

 

「「洸翼風精陣!」」

 

 呼吸を合わせきった、一年生最強ペアのコンビクラフトが炸裂した。

 

 

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