壮麗な威光を前に溢れんばかりの欲望が朽ちた屍肉を蘇らせる
故に必ず喰らうのみ。誰にも渡さぬ。己のものだ
滅びと終わりを告げるべく、その背に魔剣を突き立てよう
身に纏う瘴気毎吹き飛ばされ、断末魔をあげる事もなく崩れ落ちていく魔竜。
それを為したのは有角の若獅子達。その光景にギデオン達はただ呆然となる。
それは、まさか敗北するわけがないと思っていた切り札が敗れた故か?ーーー無論それもある。
だが、それ以上にその光景に彼らは魅入ってしまったのだ。
若き英雄たちによる魔竜退治、そんなお伽噺のような光景にただただ圧倒されてしまった。
これはギデオンが元来戦闘のプロフェッショナルではない学者だったからこそ。
優れた頭脳を有して、計画を立てる事は出来る。されど、その精神はどこまでも戦士からは遠かった。
ーーーそして、そんな隙を彼らは見逃さなかった。
「マキシマムショット!」
これまで攻撃らしい攻撃をしていなかった、マキアスがギデオンめがけてフル出力の導力散弾銃の一撃を叩き込む。
奴らが切り札を失った瞬間こそが最大の好機だ、そんな風に事前にリィンから言われた通りに。
「!?」
ギデオンがようやく忘我から己を取り戻すもーーー遅い。
放たれた導力弾は《降魔の笛》を砕き、止まること無くギデオンの身体を貫いた。
幹部と思われる彼は極力生かして捕らえると予め言い含められていたために、非殺傷状態で放ったが、それでも防弾ベストの上からでも人一人を昏倒させるには十分過ぎる威力であった。
「フラッシュ・グレネード」
そして指揮官を失った敵の隙を歴戦の猟兵たるフィー・クラウゼルは見逃さない。
迸る閃光が残された二人のテロリストたちから視界を奪い取る。
この状態においても彼らは手元にいる人質を有効活用する事ができなかった。
それはこの場のリーダーたるギデオンから、くれぐれも丁重に扱うように言い含められていたから。
そして、事前に伝えられていたのは仮に追いつかれたとしてもこの場で魔竜の餌食にしておしまいだと言うところまでだったから。
事前の指示、予期せぬ切り札の敗北、そして判断を下すべき指揮官の不在、奪われた視界。
これらが重なったことで生じた硬直時間、その間に距離を詰めたフィーとリィンの刃が呆気なくその首を切り裂いたーーー
「やれやれ……本当に二人が眠っていて良かったよ」
自分が絶命させた相手からエリゼ・シュバルツァーを奪還し、その手に抱えたリィンはその場から下がる。
血みどろの助けに来た相手と首無し死体というのは、確かにご婦人方に見せるには些か以上にショック過ぎる光景である。
「何にせよ、エリオット。今のうちに回復をしてくれると助かる。といっても、テロリスト共を仕留めてこうして人質も確保した以上、もう滅多な事はないだろうがな」
「……あ、うん。今回復するね」
発動する戦闘中にずっと世話になっていた回復魔法。ボロボロだった身体が癒されるのを感じながら、リィンは目の前の青ざめた顔を浮かべた兄弟を見つめて
「あまり、気にするなよ。敵の命なんてのは戦場に於いて最も優先順位の低いものだ。
加えて言うのならばこれほどの事をやらかした犯罪者などどう足掻いても死刑を免れる事はまず不可能だろう。結局死ぬのが遅いか早いかの違いである。痛みも恐怖も感じる間も無く逝けたという点では、あるいはこちらの方がまだマシな死に方だったという見方さえあるかもしれない。
「先輩の言うとおりだよ、エリオット。やらなきゃやられるのが戦場なんだから。優しくするのは味方にだけで良い」
魔獣退治はこれまで幾度もやったもののこうして人が死ぬところを、もっと言えば知り合いが敵を殺すところを見るのは初めてだったのだろう。ショックを受けた様子のエリオットへとリィンとフィーは語りかける。
「う、うん……ごめんね……」
「……別に謝る必要はないけど。ただ、下手な躊躇いは自分や味方を危険にさらすって事は覚えておいてね」
平時に於いては優しさと呼ばれる人としての美徳も、戦場に於いては甘さという悪徳に変わるのだと容赦なく、されど仲間への気遣いを見せながら語るフィーにエリオットはどこか気まずそうに黙り込む。
そしてそんな光景を見てリィンは改めて再確認していた。
やはり、この優しい親友は軍人の類には向いていないと。
幼いころよりエリオットは荒事の類が苦手であった。決して臆病というわけではないのだが、優しい彼は自分に非がなければ一歩も譲る気のなかった負けん気の強いリィンとは対照的に、それで場が丸く収まるならばと相手に譲るという事が多かった。根本的に他者と争うという事、それ自体が苦手なのだ。
更に言えば、音楽によって人は分かり合えるなどという純粋な夢を掲げる位なのだ、エリオット・クレイグという少年が国家における最大の暴力機構たる軍人などという職に向いていないことは明らかだった。
いずれ、きちんと自分からもそのことは義父であるオーラフに伝えたほうが良いだろう、そうリィンは決意する。最もオーラフとてそれがわかっていたからこそ、中央士官学院や完全な軍学校とは指定せずにトールズ士官学院というある種の抜け道を用意しておいたのかもしれないが……
何にせよ、その辺の事は今、此処で喋るような事でもないだろう。
「まあ……その辺の事は後にしよう。何にせよ、よくやったなお前たち。幹部と思しきギデオンを生きた状態で捕らえて、皇女殿下とエリゼ嬢も傷を負わせる事無く救出できた。この上ない、俺達の完全勝利だ」
空気を入れ替えようと明るい表情で四人の後輩に向けて告げた後に、リィンはラウラとフィーの方へと視線をやり
「特にラウラ、フィー。魔竜を退治出来たのはお前たち二人のおかげに他ならない、見せてもらったぞ一年最強コンビの実力をな」
「ふふ、これで今まで迷惑かけた分の名誉を挽回する事が出来ただろうか?」
「ああ、十分すぎるほどにな」
「……一年最強なんだ。トールズ最強じゃなくて」
「悪いがその座を手に入れたかったら後8ヶ月待つんだな。そうすれば自動的にお前たちが繰り上がりでトールズ最強だ」
「……そんなに待たなくても、2年最強を私達で倒したらその時点で私達が最強だよね?」
「ほう……何時になく積極的じゃないか。もちろん、挑戦は何時でも受けて立つぞ」
「ふふ、であれば学院に戻ったら是非とも手合わせ願いたいものだ。今の私とフィーならばそうそう遅れを取らぬ自信がある」
常にないやる気を見せるフィーを含め、盛り上がる三人達。そんな三人をどこか呆れた心境で見つめる二人。
誰もが自分達の勝利を確信し、いい加減この辛気臭い場所を離れて地上へ戻ろうとした、その時だった。
「!?」
「何……この感覚……」
「なんだ……この、とてつもない邪気は……」
とてつもない悪寒が、全員の身体を駆け巡る。
霧散したはずの瘴気、それが粉々に砕けた魔竜の屍体へと集まりだす。
そして、砕けたはずの骨が復元されていくーーーのみならず
「あ、ああ……」
「な、何がどうなって……」
肉が形成されていく。
血が通い出す。
闇のような漆黒の鱗が輝きを放つ。
そして、禍々しさに満ちた眼が開く
「ゴギャアアアアアアアアアアアアアアア」
魂の芯から凍えるような咆哮が響き渡る。
かつて、帝都を死の都に変えた魔竜”ゾロ=アグルーガ”が再び姿を現した。
ギデオンは優秀な男であった。
その優れた頭脳は彼の専門たる政治学以外にも如何なく発揮された。
古文書を読み解く事で伝承に存在した魔竜の墓所を突き止めて、《降魔の笛》の力によってそれを利用する事を目論んだ。
そう、彼は優秀だった。現代を生きる学者としては。
彼は魔竜の持つ真の恐ろしさを理解していなかった。幾ら恐ろしかった魔竜とはいえ、既にはるか昔に討伐された存在。故に《降魔の笛》で傀儡出来ると、
恐ろしきは魔竜の執念。
降魔の笛によって呼び寄せられた僅かな残留思念を核についには、肉体を形成するまでに至ったそのしぶとさ。
無論、肉体を形成したと言っても、かつてヘクトル帝が自らの命と、《紅の騎神》と引き換えにやっとの思いで討ち果たした全盛期から見ればほんの搾りかすに過ぎない。
騎神がなくとも《光の剣匠》や《アルノールの守護神》、《黄金の羅刹》といった《獅子心十七勇士》にも列席されている帝国最高峰の実力者ならば生身で討ち果たす事も、可能かもしれない。
されど
「う……あ……」
「う、嘘だろう……」
未だ巣立ちを迎える前の未熟な雛鳥、その心をへし折るには十分過ぎる程であった……
“全滅”その二文字が頭を過る。
“絶望”その二文字が心を満たしかける。
人は真の恐怖に遭遇した時、思考が麻痺してしまう。
どこか現実感を伴わなくなり、まるで夢の中にいるかのような心地となり
立ち向かうという選択は愚か、“逃げる”という決断さえも下す事ができなくなるのだ。
「ッ!総員、殿下とエリゼ嬢を連れて撤退しろ!!殿は俺が引き受ける!!」
故に指揮官たるリィンは忘我から強い意志によっていち早く復帰し、指示を出す。
指揮官は突撃を行う際には陣頭に立ち、撤退する時は最後まで残るべし。そんな、教えを体現するべく。
「ーーーーーーーーーーッ!!」
そしてあまりの恐怖に思考が凍りついたエリオットとマキアスはその与えられた命令に縋りつくように、弾かれたように動き出す。
アルフィン皇女とエリゼ・シュバルツァー眠ったままの二人を抱えながらその場から一目散に逃げ出す。
そして魔竜はそんな二人を追わずに、未だ戦意を失わずにこちらを見据える
「……俺は、“総員”といったつもりだったんだがな。命令違反は軍じゃ重罪だぞ」
「ふふ、幾らリィン先輩と言えども一人で残っては生存の目は残るまい。だが、三人居ればなんとか活路も見えてこよう。
我らはまだ正式な軍人ではなく、リィン先輩はあくまで“特別実習”の班長に過ぎない。流石に、コレの相手も特別実習の範囲に含めるには無理があろう」
「含んでいたらあちこちから非難轟々間違い無し、哀れサラは責任を取らされて失業」
「故にこそ、今此処に私が残ったのは特科クラスⅦ組所属、特別実習A班の班員としてではない。
リィン・オズボーンの剣友、ただのラウラ・S・アルゼイドとして残ったつもりだ」
「……部下が自分の意志で殿に付き合った時、指揮官は怒るんじゃなくて喜ぶべき。
それだけ、その指揮官を死なせたくない人だって思っているって事なんだから。部下からの信頼を勝ち取った証拠」
微笑と共に告げられたその信頼にリィンは心を綻ばせる。
そうだ、臆するな。自分にはこんなにも頼もしい仲間がついているのだ。
一人では無理でも、三人居れば活路が見えてくる。
「フィー!ラウラ!さっきやったアレをもう一度出来るな!!とてもじゃないが、長期戦は無理だ。
最大火力を奴の顔にぶち込んで何とか眼を潰す。そうしたらとっとと離脱する」
「承知!」
「
恐怖を乗り越えた黄金色に輝く勇気。
その気概、結集した意志。
それのなんと素晴らしい事か。
未だ未熟な雛鳥である事など関係ない。
今の彼らはまさしく“英雄”と呼ぶに足る存在だ。
故に、彼らは必ずや勝利する。何故ならば“魔竜”などというのは“英雄”によって討伐されるのが運命が故に。
「ラグナストライク!」
「「洸翼風精陣!」」
ーーーされど、忘れるな。
今、ここに存在するのはそこらの怪物とは格が違う。
そんな幾多の“英雄”達を喰らい尽くした伝説の“魔竜”ゾロ=アグルーガなのだ。
光の矢となって自らへと向かってくる、三人の若き“英雄”それを相手に魔竜は歪んだ欲望を滾らせる。
ーーーそうだ、自分はかつてこんな眼をした者達を幾人も相手取った。
他者のためにその命を投げ捨てるような奇特極まりない、黄金の財宝にも匹敵する輝く勇士達。
今にも逃げ出したい恐怖に駆られながらも、自分達は負けない、勝つのだ!とそう言い放つ気概。
おお、なんと極上の獲物なのか。決して逃さぬ、その血肉も魂の一片も余す事無く、必ずや喰らってやろうと。
「「「おおおおおおおおおお」」」」
先程の比ではない瘴気が突撃を敢行したリィンたちの心だけでなく、今度は身体までも蝕む。
まるで酸の海にでも落とされたかのような激痛が三人を襲うが、それでも歯を食いしばりながら堪えて。
放たれた乾坤一擲の一撃はーーー
「……ぁ」
「馬鹿……な……」
「こん……な……」
何気なく、振り上げられた前足に阻まれて、呆気なく終わった。
骨を断つどころではない、肉を切り裂く事すら出来ずに、その頑強な鱗と、何よりも攻撃された箇所に集中させた、その禍々しい瘴気に弾かれて。
絶望に歪む三人の表情を魔竜は
そして、放たれた灼熱の業火が三人を包み込んだ。
ゾロ=アグルーガ「お前たちの本気は素晴らしかった!コンビネーションも!戦略も!
故に必ず喰らうのみ 誰にも渡さぬ己のものだ!!!」