(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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なにゆえ もがき 生きるのか?

ほろびこそ わが よろこび。
死にゆく者こそ 美しい。

さあ わが うでの中で 息絶えるがよい!


覚醒

 

 勝敗は決した。

 如何に残滓とはいえ、魔竜を相手取るには未だ雛鳥でしかない彼らでは、余りにも早すぎた。

 無情なまでの力量差、それが灼熱となってリィン達をその矜持と絆毎燃やし尽くした。

 

「…………ッ!」

 

「う……ぐぅ……」

 

「こんな……ところで……!!」

 

 致命傷こそ避けられたものの、それは幸運だったことを意味しない。

 むしろ不幸とさえ言えるだろう、もはや身じろぎするのがやっとの状態で生きたままに食われる恐怖を味わいながら、その生を終える事となるのだから。

 いや、あるいはだからこそ(・・・・・)即死しなかったと言うべきだろうか。

 自分へと挑む輝く意志を持った勇士、そんな人類の至宝とも言うべき勇者たちの心をへし折り、その慟哭を余す事無く頂く事こそがこの魔竜にとっての最高のご馳走なのだから。

 魂の一片も残さずに喰らうとはそういう事だ。

 

 

 目覚めたてで、その身体はかつて持っていたものとは比べ物にならない程に脆弱なものとなってしまった。そう、魔竜は実感する。

 今の自分は圧倒的に弱い、それこそかつて自分を討伐したあの忌々しい勇者が相手となると、《騎神》がなくとも敗れかねない程に。

 それが証拠に今、目の前で倒れている勇士たちの攻撃を防ぐために気合を入れて防御(・・)をしなければならなかった。

 かつての自分であれば忌々しい《魔女の眷属》共の邪魔さえなければ、そんな事をする必要さえなかったというのに。

 弱体化は深刻だ。今の世にどれほどの勇者がいるかはわからないが、自分がこうして目覚めた以上《騎神》もまた目覚めるだろう。何故ならば、アレはそういう存在なのだから。

 力を取り戻さなければならない。それもできるだけ早急に。再びこの世へと君臨するために。

 そんな自分を討ち果たさんと立ち上がる勇者たちを、余さず喰らい尽くすために。

 だからこそ、目覚めて初めてありつける、せっかくのご馳走はゆっくりと味わなければならない。食べ残しがあっては勿体無いではないか。

 

 ジロリとそこで魔竜は倒れ伏した三人を睥睨する。

 

 さて、そうなるとどれから喰らうべきか。この場に於いて最も強かった勇者を真っ先に喰らい、残された二人の絶望を味わうのも悪くはないが……

 

「まだ……だ!こんな…ところで……俺は…!」

 

 やはり、一番美味そうな(・・・・・)獲物は最後にとっておくべきだろう。

 雄を食べる前には、雌を目の前で食べてからのほうが、より味わい深くなる。それが今までで学んだ傾向という奴だ。

 さあ、それでは思う存分に久方ぶりのご馳走を味わうとしよう。

 

 

 

 

 

 動け。動け。動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け。

 どれほど強く思っても自らの身体はそれに応えようとしない。

 リィン・オズボーンはかつて無い無力感をその身に味わっていた。

 このままでは終わる、自分だけではなく自分に付き合い留まった大切な仲間共々。

 相手は人間ではない正真正銘の怪物。慈悲などというものを当然持ち合わせているわけがない。

 そして、あの魔竜相手となると姉が鉄道憲兵隊を率いて到着しても無駄に犠牲者が増えるだけだ。

 何故ならば自分達三人がかりの決死の攻撃でさえもあの魔竜には傷一つつけられなかったのだから。

 鉄道憲兵隊の携帯する火力ではどう足掻いてもダメージなど与えられないだろう。

 あの魔竜を打倒するとなれば、それこそ第二機甲師団の動員さえも視野に入れなければ……いや、違う!

 戦車もこのような地下に送る事は出来ない以上、人の手で討ち果たさねばならないのだ!

 何故ならば、アレが地上に出てしまえば、それは多くの罪なきエレボニアの民が犠牲になるという事なのだから!!

 それだけは絶対に許すわけにはいかない!この場で、やつを討ち滅ぼさねばならないのだ!!

 そうだ、師範ならば、《アルノールの守護神》、マテウス・ヴァンダールならば生身でも打倒する事が可能だろう。

 ならば、同じ人間(・・・・)である自分にとて不可能ではないはずだ!!

 故に立て、立つんだリィン・オズボーン!!此処で立てずに一体何が守護の剣か!!

 

 そう、強く願っているのに身体はそれを裏切る。それでも諦めるわけには断じていかないとリィンはただひたすらに力を求める。かつて無いほどに強く、強く。ただひたむきに。

 そして、そんなリィンを嘲笑するかのように横目で見ながら、魔竜は倒れ伏した二人の少女の下へと近寄っていく。まるで、そこで指をくわえて大切な仲間が食われるのを黙って見ていろと言わんばかりにーーーー

 脳裏に過るのはかつて大切な人を失った光景。何も出来なかった無力な自分。

 ーーー自分は、あの頃と何一つとして変わっていないのか?

 ーーーまた、失うのか?

 

 ふざけるな!!もう何も、何一つ奪わせてなるものか!!

 そう、決意した瞬間に心臓がドクンと大きく跳ねた。

 心のなかに灯っていた火が広がっていき、それが大きな焔と化していく。

 

 ーーー本当にそれで良いの?

 そう、身を案じる優しい母の声が聞こえた。

 

 ーーー後悔しないのだな

 覚悟を確かめる厳しい父の声が聞こえた。

 

「ああ、勿論だ」

 

 大切な誰かをそれで護れるというのならばーーーこの身が焔と化そうと構わないのだから。

 

 

 

 

 

「ラウラ……ごめん、私の家族に会わせるって約束はどうやら果たせそうにないや」

 

 迫りくる魔竜、それを前にしてフィーは身動き一つ取れぬ身体で唯一どうにか動かせる口から謝罪の言葉を紡ぐ。

 

「フィー!諦めるでない!!私とてそなたに故郷であるレグラムを見せられていないのだぞ!?」

 

 そう言いながら、親友の下へとなんとか這ってたどり着こうとするが、満身創痍のラウラはそれすらも出来ない。

 

「ふふ、団の仕事であちこち行ったことはあったけど、友達の家に遊びに行くなんて事はなかったから私も、行ってみたかったな……」

 

「ならば、諦めるでない!!這ってでも逃げるのだ!!そうして、少しでも遠くに行けば、稼いだわずかな時間で援軍が駆けつけるかもしれん!!」

 

「ラウラは……強いね。いつでも真っ直ぐで。そんな真っ直ぐなところが苦手で、でも同時にすごく眩しくて……ずっと尊敬していた」

 

「フィー……?」

 

 そう穏やかに語る言葉はまるで遺言のようで

 

「私は猟兵としていろいろと(・・・・・)やってきたから。今度は私に番が回ってきたってだけ。……ま、流石に竜に食べられて死ぬなんて死に方は予想してなかったけど」

 

 近づいてくる魔竜、それを前に苦笑交じりに最期の(・・・)言葉を伝えるように

 

「だから、生き残るべきなのは私よりもラウラみたいな人。私が食べられている隙に少しでも遠くへ逃げて、なんとか生き残って。死ぬにしても、友達(・・)を庇って死にたいから」

 

「フィー!駄目だ!」

 

 ラウラ・S・アルゼイドは己が力の無さを呪う。そして自然と、祈る。空の女神に。

 奇跡でもなんでも良い、どうか助けてくれ(・・・・・)と。

 

 

 邪悪なる魔性の竜。

 その犠牲になろうとしている少女。

 助けを求める祈りの声。

 条件は整った(・・・・・・)

 悲劇を焼き尽くし、物語に救いを齎す者こそが“英雄”なれば。

 今こそ、その殻を打ち破り飛翔を果たす時である。

 

「神気合一」 

 

 

推奨BGM:光の殉教者

 

 告げられた静かな宣誓。

 その言葉と共に漆黒だった髪が白く変わっていく。

 そしてその瞳も真紅に染まっていく。

 鋭き眼光に宿るのは圧倒的な殺意。

 邪魔する者はすべて討滅せんとする鋼の意志。

 しかし、身体から立ち昇るのは神聖なる白い焔。

 

 邪悪なる魔竜を退治すべく、“英雄”が立ち上がった。

 

 

「ギャオオオオオオオオオオ」

 

 響き渡るのは魔竜の悲鳴。

 白焔を纏った双剣が邪竜の鱗を破り、なんなく切り裂いた(・・・・・)

 先程までそんな事は不可能だったというのにまるで当然のように。

 人の身を侵す瘴気もリィンの身に纏った白い焔へと阻まれ、真価を発揮する事ができない。

 

 ーーー何故、満身創痍だったはずの獲物が立ち上がっている。

 ーーー先ほどとは比べ物にならないこの力は一体何なのだ。

 そう困惑したのも束の間、邪竜は目前の相手を獲物から自分の命を脅かしうる敵と認識する。

 立ち昇るのはそれまでの比ではない、瘴気。それによってリィンの双剣が阻まれる。

 

 どうだ、見たことかと勝ち誇るかのような魔竜に対して

 

「小賢しい」

 

 これで足りぬというのならば、身を護るための焔も攻撃に費やせば良いだけの事だ。

 そう言わんばかりにその身に纏っていた焔が双剣へと収束されていく。

 必然、リィンの身に猛烈な激痛が襲う。剣を振るう事は愚か立っている事さえ苦しいはずのそれをリィンは胆力(・・)で耐える。

 この敵は、己が身を可愛がっていて勝てるような甘い相手ではないのだからと。当然のように。

 痛みという身体の発する悲鳴を鋼鉄の意志でねじ伏せる(・・・・・)

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 

 始まるのはデッドヒート。

 リィンの振るう双剣が魔竜のその身を切り裂いていく。

 魔竜の瘴気がリィンのその身を侵していく。

 リィンの双剣が魔竜を殺し切るのが先か、それとも魔竜の瘴気がリィンを殺し切るのが先かというそんな根比べ。

 魔竜が何とか捉えようと攻撃を行うも、リィンは白焔をスラスターのように噴出した高速機動でそれを縦横無尽に躱す。

 断裂していく筋繊維、負荷に耐えきれずひび割れていく骨。そして沸騰していく血液。

 まるで本来積むはずではなかった(・・・・・・・・・・・・)高性能のエンジンを積んでしまったかのように、その出力に耐えきれずリィンの肉体が無理だ、無謀だと悲鳴を挙げだすがそんなものに耳を貸すな。

 何故ならば、無茶と無謀を通して道理を覆す者こそが“英雄”なのだから。

 「人間は怪物には勝てない」そんな世界の敷いた道理を突破して、人々に希望を齎す理の破壊者こそが英雄なのだから。

 

 そして、そんな様に魔竜は恐怖した。

 何故ならばそれこそが、かつて自分を打ち破ったモノだったのだから。

 このまま行けば敗れるのは自分の方である(・・・・・・・・・・・)

 本来であれば、巨大な体躯を持つ竜と矮小な人、我慢比べをしてどちらが勝つのかなど自明の理だ。

 大きいという事はそれだけ頑強であるという事なのだから。

 だが、そんな道理を覆すのが“英雄”だ。

 

 故に魔竜は思考する、何がこの手の手合いに有効なのかを。今までに喰らってきた数多の勇士との戦いの記憶から検索する。

 そして視界に写ったものを確認した瞬間、魔竜の顔が醜く歪んだ。

 次の瞬間魔竜はリィン達を壊滅に追い込んだ灼熱の業火を倒れているラウラとフィーへと吐き出した。

 

「!?」

 

 察知した瞬間リィンは弾かれたように動いていた。あまりの急加速によるGに身体が悲鳴を挙げるが、それを無視して後先考えずにその身を魔竜の狙い通り(・・・・・・・)に二人の仲間の間へと割り込ませる。

 

「ぐうううううううう」

 

 リィンの許容値を超える炎がその身を焦がしていく。

 それこそが(・・・・・)お前たちの最大の弱点なのだと魔竜は嘲笑う。

 霞んでいく意識、溶け落ちていく肉体。まだだ、まだだと吠えるも訪れた限界。

 リィン・オズボーンが道理を踏破出来なかった英雄(自殺)志願者という数多いた存在の列に加わろうとした刹那

 

「ノーザンイクシード!」 

 

「カレイドフォース!」

 

 放たれたのは紫電と氷の一閃。リィンを殺す事に全精力を集中させ、無防備となった魔竜へとそれが突き刺さる。

 必然弱まる炎の勢い。尊敬する二人の師(・・・・)が作ってくれたその好機を逃さず、魔竜の炎さえも自らの剣へと集中させ

 

「ブレイズ・ストライク!!」

 

 放たれた焔の一閃が魔竜を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 




よくぞわしを倒した。
だが光あるかぎり闇もまたある……。
わしには見えるのだ。ふたたび何者かが闇から現れよう……。
だがそのときはお前は年老いて生きてはいまい。わははは………っ。ぐふっ!

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