(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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夏至祭は原作では3日間ですが今作では都合により5日間となっております。
理由はそうしないといまいち、オズボーン君の怪我の重傷感が出ねぇなと思ったためであります。




父と子

 5日間に渡る夏至祭は終了した。

 初日のテロもあって、無事とは流石に言い難いものの負傷したレーグニッツ知事が陣頭指揮を取った事もあり、混乱は最小限に収められた。そして夏至祭終了の翌朝、初日に見事な活躍を見せたトールズ士官学院の面々は予定通りに帝都を跡にしようとしていた。

 

「いや、君たちには本当に世話になった。兄妹共々士官学院には足を向けて寝られなくなってしまったよ」

 

 そう、気さくな笑みでオリヴァルト皇子は礼の言葉を述べる。リィン達A班の活躍の傍らで、トワ達B班もまたテロ阻止で大きく活躍したのだ。

 

「特に、その身を呈してアルフィンを救ってくれたリィン君には本当に心より礼を言わせてもらいたい。妹を助けてくれて本当にありがとう。こうして今、妹と笑い合えているのも君のおかげだ」

 

「お兄様の仰る通りです。あのまま攫われていたらどんな運命が待ち受けていたかと思うと、本当に何度お礼を言っても足りない気分です」 

 

「……勿体無きお言葉。守護の剣を授けて頂いた身としてどうにか師に顔向けが出来そうです」

 

 恭しく礼をしながらリィンは満たされる想いを覚えていた。ああ、この方たちの笑顔を自分は護れたのだと、そう思えるだけで味わった苦痛など如何程のものかとそう思えた。

 

「私からも改めて、礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました。父も是非この御礼をしたいと申しておりましたので、機会がございましたら、どうかユミルへと遊びに来てくださいね。心よりのおもてなしをさせて頂きます。

 ……それと、本当にお身体の方は大丈夫なのですか?一昨日の夜、ようやく目を覚ましたばかりというのに、もう退院するなど」

 

 瀕死の重傷を負ったリィン・オズボーンはすぐさま軍病院へと搬送された。

 鉄血宰相の実子でもあり、皇女救出の功労者でもある彼には当然帝国でも最高峰の治療体制がただちに敷かれ、なんとか峠を超えたわけなのだが、それでも眠り続けている3日間の間は彼を知る多くの者達にとっては気が気ではない日々であった。

 フィオナ・クレイグは夏至祭中出店する予定だった屋台を臨時で休み、ほとんどつきっきりで彼の見舞いを行った。

 クレア・リーヴェルトもまた軍務の合間の忙しい中、超人的なスケジュール管理によってなんとか時間を捻出して彼の病室を訪れた。

 Ⅶ組の面々とトワ・ハーシェルも当然ながら特別実習の傍ら何度も見舞いに訪れた。

 そしてそれはエリゼ・シュバルツァーもまた同じであった。自分達を救出するためにそんな重傷を負った恩人を放っておく程に彼女は不義理でも恩知らずでもない。当然ながら彼女もまた合間を縫って見舞いへと訪れた。

 そんなわけで彼は目覚めると同時に涙ながらにそれを喜ぶフィオナとエリゼ嬢、情報を聞いてすぐさま駆けつけたクレアにⅦ組の面々、そして泣きじゃくりながら、「バカバカバカ。どうしてリィン君はいっつもそんな無茶ばかりするの!?……本当に生きていて良かったよぉ」等と言うトワに囲まれて何とも居心地が悪い思いをしたのであった。

 

 だが、リィンとしては当惑するしかなかった。何故ならば目覚めた後の彼の体調はすこぶる良かったのだから。

 まるで生まれ変わったかのような(・・・・・・・・・・・・)爽快感と活力が身体を満たして今すぐにも飛び回りたい気分であったのだ。

 絶対に安静にしないとダメだと言う周囲を押し切り、見舞いに持ってきてもらった林檎を素手で砕き

 「こんな事は有りえるはずが……」と困惑する医師の入念な検査の下、問題ないと信じてもらうのにおよそ1日かかり、ようやく今朝退院できたというわけなのだ。

 

「その辺りに関しては全く問題ないよ、快調そのものさ。むしろ、怪我をする前よりも調子が良くなった位だ」

 

 それは別に気遣いでも何でも無いただの事実だったのだがエリゼはそう捉えない。

 何故ならばそんな事は常識的に考えれば(・・・・・・・・)有り得ない事だからだ。

 人体というのは使わないと驚く程早くに劣化していく、3日間昏睡状態だったのに目覚めたら全快していたなどそんな事は有り得ないのだ。

 昏睡状態に陥った程の重傷が3日足らずで治るはずがないし、3日間寝たきりだったのに以前と全く変わらず動ける事など人間ならば(・・・・・)有り得ないはずなのだ。

 故に、リィンの言葉は自分達に対する気遣いによるものだと捉える。もう治ったから気に病む必要はないと、そう言っているのだと。

 

「……ま、心配なのはわかるけどコレに関しては医師に太鼓判を押してもらっているから心配しなくても平気よ。そうじゃなければ過保護なお姉ちゃん二人が許可するわけないしね」

 

 そしてあの状態のリィンを見ていたサラ・バレスタインは訝しがる。

 結局あの鬼のような状態と化していた件については本人も何故かはわからないと答えた。

 ただ、この有り得ない治癒速度に無関係とは到底考えられない、さりとて本人も知らない以上後は本人を良く知る人物に尋ねる位しか術はないだろう。

 しかし、家族であるエリオットにしてもフィオナにしてもそしてクレアにしても知らなかった以上、知っていそうな人物となればもはやそれは、血の繋がった実の親(・・・)位しか……

 

「むしろ、俺としてはあのまま入院している方が逆に身の危険を感じましたね。

 検査の途中から医師の目が血走りだして、「もしもこの異常な回復速度の理由を解明できれば人類の夢たる不老不死も……」だとかブツブツ言い出していましたから」

 

 眉間にしわを寄せながら告げるリィンのその様子に周囲は安堵する。どこからどう見ても、それは以前の彼と同じ様子だったから。理由は不明だが、こうして無事であるならばそれが何よりだと、そう考える。

 それはそうだろう、何故ならば彼にはこれまでに培った信頼(・・)があるのだから。多少常人離れしたところを見せたからと言って、その程度で気味悪がる程に彼らが培った絆は柔なものではないのだから。

 アルフィン皇女にしても、エリゼ・シュバルツァーにしても恩人の身体が無事である事を喜びこそすれ、それを気味悪がる人物ではない。

 「理由は良くわからないが、元気そうでよかった」、多少の疑念はあれど、それが彼らの胸のうちの大部分を占める想いであった。

 

 そしてその後に現れたセドリック皇太子からも改めてアルフィン皇女救出への礼を言われて、以前にもみた仲睦まじき姉弟の様子へと心を癒され、トールズ士官学院の理事たるレーグニッツ知事からも改めて労いの言葉をかけられて、和やかな空気のままにそろそろ出立しようとした、その時

 

「どうやら、皆お揃いのようですな」

 

 姿を現したその人物によって、場の空気がガラリと変わる。

 一目見ればわかる常人とは違う圧倒的な存在感。

 軍の第一線から退いた今持って衰えが見られない堂々たる体躯。

 そしてその両眼に宿るのは何もかもを呑み込まんとする鋼の意志。

 “鉄血宰相”ギリアス・オズボーンがその姿を現したのだ。

 

「アルフィン殿下におかれましては、ご無事で何よりでした。これも女神の導きでありましょう」

 

「ありがとうございます、宰相。ですがその件につきましては女神の導きよりも何よりも貴方のご子息であるリィンさんを始めとする、トールズ士官学院の皆さんのおかげですわ」

 

 故に貴方はまず真っ先に自分を助けるために生死の境をさまよった実の息子を労ってやるわけではないかという皇女の言葉を受けて、オズボーンは微笑を讃えながらリィンの方へと近づいていき……

 

「リィンよ、今回の一件については聞いている。良くやってくれた(・・・・・・・・)。父として、お前を誇りに思うぞ」

 

 肩からその温もりが伝わる。その大きな手から伝わる温もりは自分の記憶のままだった。

 伝えられたその言葉にリィンは全てが報われるような気がした。

 血反吐を吐きながら剣術の鍛錬に勤しんだ毎日も、二人の師の下で知識を蓄えたのも。

 今まで自分が重ねてきた研鑽の日々は全て全て全てーーーこの時のためにあった(・・・・・・・・・・)のだと。

 涙を流さんばかりに心を歓喜が満たしていた。

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 そう応えるリィンの姿はこれまで誰も見たことがない年相応の否、年不相応のまるで子どものような笑顔だった。

 そこにいるのはトールズ士官学院主席でも、帝国男子の鑑と称されるような硬骨漢でもない、ただ大好きな父親に褒められて喜ぶただの子ども(・・・・・・)であった。

 

「しかし……残念ながら、満点をやるわけにはいかんな」

 

 だが、それで満足してはならないと父は我が子に対して伝える。満足してしまえば、そこで終わりだぞと言わんばかりに。

 

「《帝国解放戦線》、今回の騒乱を巻き起こした悪逆なる恐怖主義者(テロリスト)共。その幹部と思しき者とお前は矛を交えながら、それを取り逃がしてしまったそうだな。些か画竜点睛を欠いた結末だと言わざるを得んだろう」

 

「……!!」

 

 告げられた父の戒めの言葉にリィンは深く恥じいる。そうだ、一体何を自分は浮かれていたのか。

 結局今回もまた幹部と思しき連中を自分は取り逃がしてしまったのだ。

 アルフィン皇女を奪還できたのはーをようやく0に戻せたという程度に過ぎない。

 今回の事件を巻き起こした《帝国解放戦線》を殲滅(・・)出来て初めて勝利したと言えるのに。

 未だ何も何一つとして終わっていないのに一体自分は何を満足していたのかと強く拳を握りしめる。

 

「やれやれ、あまり他人の家庭事情に首を突っ込むのは無粋なんだろうが、流石にそれはいくらなんでもスパルタが過ぎるんじゃないかな、宰相殿。未だ学生の身としては十分すぎるほどに良くやってくれたと思うがね」

 

「殿下の仰る通りかと。理事として彼の学院での様子について大まかに聞いた限りでは、まさしく士官学院生の鑑と称すべきものです。私も命を救われた身として言わせてもらえれば、閣下の仰る事は余りに要求するハードルが高いと言わざるを得ませんな」

 

「これは失敬、つい私の息子ならば(・・・・・・・)とそんな風に考えてしまいましてな。いやはや、親バカも大概にしないといけませんな」

 

 自分の息子だからこそ(・・・・・・・・・・)つい期待をかけて厳しくしてしまうのだと父が告げたその言葉を聞いた瞬間にリィンは弾かれたように答えた

 

「次こそは必ずや閣下のご期待へと応えて見せます!貴方の息子(・・・・・)として恥じぬように……!」

 

「ふふ、期待しているぞ。我が息子(・・・・)よ」

 

 そして親子の語らいを終えたオズボーンは我が子の背後にいる若獅子たちへと視線をやって

 

「諸君も、今後とも我が不肖の息子とどうか仲良くしてやってほしい。一体誰に似たのか随分と武骨に育ってしまった故、何かと苦労をかけると思うがね」

 

 ほんの一瞬、その場に居合わせた面々は心が緩むのを感じた。

 何故ならば、そう告げた時のオズボーンは本当にただの、どこにでもいる息子を案じる父親のようだったから。

 鉄血宰相ギリアス・オズボーンとしてではなく、リィンの父ギリアスとしての言葉。そんな風に感じたのだ。

 だが、そう感じたのも一瞬。すぐさまオズボーンは再び鋼鉄をその身と心に纏って

 

「そしてこれからも、どうか健やかに、強き絆を育み、鋼の意志と肉体を養って欲しい。

 これからの“激動の時代”に備えてな」

 

 告げられた言葉のその圧力に若き獅子達は気圧される。

 これまでも多くの人物に出会ってきた。

 イリーナ・ラインフォルト、カール・レーグニッツ、ルーファス・アルバレアの学院の理事を務める3人。

 生ける伝説とも称される“軍神”ウォルフガング・ヴァンダイク名誉元帥。

 そして理事長たるオリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子。

 皆、“傑物”と称されるに足るだけの優れた人物であった。

 だが、そんな彼らと比較してなお目の前に立つ人物は別格(・・)であった。

 何もかもを呑み込まんとする鋼の意志。それに呑まれないようにするだけで彼らは精一杯であった。

 その世に於いて“カリスマ”等と称される、その魔性のような存在感にどこか危険なモノを感じ取って。

 それはあるいは本能の挙げた警鐘だったのかもしれない。

 

 ただ、一人リィン・オズボーンだけは告げられたその言葉を臆する事無く受け取り、更なる飛躍を心に誓った。

 この父のような鋼の如き強さを必ずや手に入れて見せると、ただ父に憧れる小さな子どものように……

 




燃料は注いだ!
ボディもエンジンに耐えるだけのものに作り変えた!
さあ、此処からは英雄譚に向けてフルスロットルだぜぇ!ヒャッハー

ちなみに軍事用語だと
全滅:部隊の3割が消滅すること
壊滅:部隊の5割が消滅すること
殲滅:部隊の全てが消滅すること
を指すとのことです。

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