(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

83 / 120
マテウス大将に関しては原作とキャラが違っても泣かない方向で。

作中でちょくちょく登場する《獅子心十七勇士》について

中興の祖たるドライケルス大帝の挙兵の際に付き従った十七人の勇士にちなんで設けられた名誉職。
皇帝直々に任命される帝国に於いて武に携わる者にとっては憧れの存在。
名誉職なため実質的な権力はないが、その権威は絶大であり、この地位に居るものに対して軍属は階級差に関わらず先に敬礼を行われなければならないし、《四大名門》でさえも、その影響力を無視する事はできない。

また死亡までの恩給、公共施設の特別席利用券、希少金属たるゼムリアストーンを用いた専用の武器が下賜される等各種特権が与えられる。
十七勇士と銘打たれているが実際に任命されるのは多いときでも7人程度。
現在列席されているのは《軍神》ウォルフガング・ヴァンダイク、《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィン、《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイド、《アルノールの守護神》マテウス・ヴァンダールらわずか四名であり、オーレリアを除き、死者に送られるのが原則の《ロラン・ヴァンダール勲章》の授与者でもある。

ぶっちゃけギア○のナイトオブラウンズ的なアレである。


鉄血の子と《アルノールの守護神》

 ヴァンダール流。

 それは代々皇室守護を務めるヴァンダール家が起こした守護の剣。

 その武名は帝国全土へと知れ渡っており、帝国各地にもいくつもの道場を有する帝国を代表する二大流派の一つである。現在総師範を勤めているマテウス・ヴァンダールは帝国正規軍にて武術総師範も勤め、大将の地位にも位置する高官だが、「自分は皇帝陛下の剣である」と常々公言しており、革新派、貴族派双方へとその絶大なる武名を持って睨みを利かせている。当然のように《獅子心十七勇士》にも列席されており、《光の剣匠》共々帝国で最強の武人は誰か?という話題になれば必ずその名が挙がる人物でもある。

 そしてそんな人物と今、リィンは帝都にあるヴァンダールの練武場にて向かい合っていた。

 

「……約束通り、私に一太刀でもいれられれば奥義の伝授を行おう。だがそれすら出来ないようであれば、未だその資格なしという事だ、良いな」

 

 目の前の若者が告げた奥義の伝授を願いたいという言葉。本来であれば奥義の伝授などというのは師が弟子の成長を見て行うものだ。この者ならば(・・・・・・)奥義を授けるに足ると判断されて初めて、その資格を得る。

 故にリィンが告げた奥義の伝授の願いなど本来であれば「思い上がるな未熟者」と一喝されて終わりのところではあったのだが……

 

「は、承知しております。忙しい身でありながら、私の身勝手な要望へと応えてこのような場を設けていただき、感謝いたします」

 

「構わん。功には報いるところがなければならん」

 

 されど今回マテウスにはリィンのその我儘を無碍に出来ない理由があった。

 それはリィンがアルフィン皇女救出という功績を打ち立てたためである。ヴァンダール家は代々皇室守護役を務める家であり、皇室に対するその忠誠心は《アルノールの剣》等と讃えられる程に絶対的なものである。だからこそ、今回マテウスはアルフィン皇女を救出するという功績を成し遂げたリィンの我儘を聞き届けた。

 元よりマテウス自身のリィンへの評価は高い。《鉄血宰相》の推薦で7年前から道場へと通いだして、決して奢ること無くその実力を練磨し続け、皇室と祖国に対しても確かな忠誠を抱くこの愛弟子の事をマテウスもそれなりに気に入っていた。あいにく自分は忙しい身故、指導はもっぱら妻であるオリエへと任せていたが、それでも息子であるクルトが世話になっている事も相まって、いずれは奥義の伝授を行おうと思う程度にはこの愛弟子の事をマテウスは買っていた。

 故に、「自分に一太刀いれられれば」という条件付きではあるが愛弟子の我儘を聞き届ける事としたのだ。

 

 向かい合う両者の間に闘気が高まっていく。そしてリィンは双剣をマテウスはその大剣を構えて……

 

「ヴァンダール流中伝リィン・オズボーン!」

 

「ヴァンダール宗家総師範マテウス・ヴァンダール」

 

「「推して参る」」

 

 宣言と共に師弟は此処に激突を開始した。

 

 ヴァンダールの剣は守護の剣であり、その真価は後の先を取ることにこそある。

 しかし、これは決して自ら攻撃することが出来ない消極的な剣術を意味しない。

 「攻撃こそ最大の防御」という言葉があるように、主を守るならば敵を殺す(・・・・)必要があるのだ。

 ただ防御をしているだけでは何時まで経っても主を狙う脅威が取り除かれないという事なのだから。

 主を護る(・・)ために敵を殺す(・・・・)、それこそが守護の剣の本質である。

 そして、後の先を取る事に長けているというのはそれだけ見切りに長けているという事でもある。

 相手の行動を、体格、骨格、筋肉の動き、得物の特徴、そして相手の心や感情から意識を把握し見切る事、それこそがヴァンダール流の極意。

 

 つまり、こうも言えるだろう。相手の動きを見切る事ができるのならば、その挙動を察知して相手が攻撃へと移るその前にこちら側の攻撃を先に(・・)叩き込むことも可能であると。

 故にこそ後の先を取る事に長けた流派というのはあくまで中伝までの段階。ヴァンダール流を極めた皆伝者においては後の先を取ることを極めたが故の先の先、という矛盾のような現象が発生する事となるのだ。

 

「才はある。積み重ねた確かな研鑽も見て取れる。されど、その程度ならば(・・・・・・)奥義を受け継ぐには未だ能わず」

 

 そして、そんなヴァンダール流を極めた総師範の猛攻にリィンは晒されていた。

 

「………ッ!」

 

 まるで何もかもが見切られているかのような絶望感。何をどう足掻いても察知されてその出鼻をくじかれる。

 目覚めてから強化された反射神経、そして研ぎ澄まされた直感と言った諸々がなければとっくの昔に終わっていただろう。

 リィン・オズボーンの成長は目覚ましい。天性の才能、飽くなき向上心により一時足りとも止むこと無く続けた弛まぬ研鑽、互いに切磋琢磨し合う剣友、得難き師、くぐり抜けた死線、そして生死の境を乗り越えてから手に入れた強靭な肉体と超感覚。全てがリィンを成長させ、その実力はすでに学生という領域を超えて“達人”と呼ばれる頂へと至らんとしている。

 

 しかし

 

「どうした、守勢に回っているばかりでは私に一太刀入れる事など出来はせんぞ」

 

 マテウス・ヴァンダールはそんな“達人”と呼ばれる領域の中でも最高峰たる武の理に至りし者。未だリィンとの間には歴然たる実力差が存在する。ならばとばかりに魔竜の時に使ったあの力の使用を試みるもどういうわけだか、まるで応えようとしない。何かが決定的に足りていないかのように。

 

「……わからぬな、何故それ程までに焦る。貴殿はその年にしては十分に強い、そこまで焦らずともいずれ必ずや皆伝へと至る事が出来るだろう」

 

 それはお世辞でも何でも無い真実だ。リィン・オズボーンは彼が見てきた弟子の中でも屈指の剣才を持っている。そして弛まぬ研鑽を積んできたのも見て取れる。いくら手加減をしているとはいえ、こうして自分と打ち合いながらも未だかろうじて持ち堪えられているのがその証拠だ。おそらくもう数年も経たぬうちに自分の方から奥義を自ずと授けていただろう、それにも関わらず何故それ程までに強さを求めているのか、それがマテウスには不可解だった。

 

「何故?何故かと問いますか師よ。そんなもの今の状況が全ての答えですよ!貴方に(・・・)こうして圧倒されている(・・・・・・・・)というのに一体何が十分な強さのものか!!」

 

 学生にしては、未だ未熟な若者としては十分な強さ。それが一体なんだというのかと言わんばかりに、今こうして軽くあしらわれている自分が不甲斐なくてたまらないとばかりにリィンは師の問いに烈火の如き意志を叩きつける。

 

「守護の剣を掲げる者に敗北は許されない。何故ならば我らの敗北はすなわち我らが護りたいと願うものの死も同時に意味するものなのだから!」

 

 それは剣を授けられた際に教えられた事、どれほどの勝利を積み重ねようと時にたった一度の敗北で砕け散る事となるのが戦いなのだと。そう教えられた

 

「今の俺はこうして貴方に圧倒されている。ならば、相対する敵の中にマテウス・ヴァンダールがいないとどうして言い切れるのですか!!」

 

 《C》と名乗った解放戦線のリーダーと思しき男を思い出す。あの男もまたかなりの実力者であった。おそらくはサラ教官と同等あるいはそれ以上の実力を有しているとそう思えるほどの。

 ならば、自分はそれよりも強くならなければならない。未だ学生だから等という事を関係ない。何故ならば、自分は鉄血宰相ギリアス・オズボーンの息子であり革新派の“英雄”なのだから。

 期待しているぞと告げられた父の言葉を思い出す。ならば、自分はそれに応えなければならない。

 もう二度と、大切な存在を失わないためにも。

 求められるのは学生としては(・・・・・・)優秀などという領域ではない。目の前に立つ人物のような圧倒的なる力。どのような敵相手だろうとも打ち砕き勝利を齎す絶対的な存在。

 どれほどの脅威が相手だろうと胸を張り堂々と大切な存在を守り抜く事のできるお伽噺の“英雄”。

 それこそがリィン・オズボーンの目指すべき境地に他ならないのだから、故に奮起しろ。覚醒しろ。目の前に聳える師という巨大な壁を乗り越えて、いざさらなる高みへ至らんと決意する。

 感じるのは再び胸の奥より溢れ出る焔の如き勝利への飢え、自分自身さえも(・・・・・・・)焼き尽くしかねないそれへとリィンは再びその手を伸ばして……

 

「神気合一」

 

 変貌するリィンの肉体。

 内より溢れ出るその力はリィンの肉体を内側から焼くが、それでも以前に比べればその反動ははるかにマシとなった。

 それは自らの肉体が強靭になったというのもあるが、出力自体が以前に比べて落ちているためだろう。

 絶対に負けるわけにはいかなかった魔竜との死闘の際とは異なり、今回のこれはあくまで稽古に過ぎないのだから。

 力を求めるその思いの深度にも明確な差が生まれる。

 

「オオオオオオオオオオ」

 

 しかし、そんな事情も今のリィンには関係ない。

 全身全霊でもって突撃を敢行する。目の前の相手に区々たる小細工等意味がないのだから。

 届きうるとするならば、それは自分の全身全霊の一撃以外にありえない。

 

 そしてそんな弟子の不可解なその変貌にもマテウスは一切動じること無く明鏡止水の境地で迎え撃ち

 

「破邪顕正!」

 

 放たれた大剣の一撃が容赦なくリィンの意識を刈り取った。

 

・・・

 

(危ういな……)

 

 マテウスはそう実感する。今のリィン・オズボーンは非常に危うい。どこまでも貪欲に強さを求めている。

 剣は凶器であり、剣術は殺人術。それは確かな真実だ、守護の剣という題目を掲げるヴァンダールの剣でもその本質とはすなわち護るために敵を殺すという事なのだから。

 されど、その本質を理解した上でそれでもなお「誰かを護る」という綺麗事を掲げてこその守護の剣なのだ。

 なんのために強さを求めたのかを忘れて、剣術の本質ばかりを追求してしまえば後は修羅道へと転がり落ちていくのみ。その才も相まって“怪物”を生んでしまうだろう。

 そしてマテウスから見て今のリィンはその端境に位置するように思えた。一歩間違えば、先程発したあの鬼の如き力に目の前の愛弟子は呑み込まれかねないだろう。

 故にあるいはそれを理由に奥義の伝授を断るべきなのかもしれないが……

 

(しかし、そうなった日にはより一層先程の力へと固執するやもしれぬ)

 

 リィン・オズボーンの力への飢えはもはやありきたりな言葉だけで止まる程度のものではない。

 もしも、ここで自分が奥義の伝授を断ればそれこそますます一層先程の力への傾倒を深めるだけだろう。

 故に、ここはあえてリスクを覚悟した上で奥義の伝授を行うとマテウスは決意する。

 少なくとも、強さを求めながらもその剣には、確かに誰かを護るためという想いが込められていた。故にマテウスはそれを信じてみることとしたのだ。

 

(何よりも、約束は約束だしな……)

 

 それは、かすり傷程度のささやかな傷だった。されどリィンの剣は確かに自らへと届いていたのだから、自分も男としてその約束を守らねばならぬだろう。

 精一杯の思いを伝えて、この若者が修羅道へと堕ちぬように祈りながら。そうマテウスは嘆息しながらも奥義伝授の決意をするのであった。

 




「選ばれし者だったのに!」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。