(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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その強さがあれば、すべてを守れると思った


鉄血の子と守護の剣

 

 奥義の伝授は苛烈を極めた。修行期間中、文字通り剣の鍛錬のために総てを注ぐ勢いでリィンはそれに没頭した。優しい大切な少女に約束が果たせない旨を伝えて、悲しそうにだけど堪えるようにしてそれを了承してくれた少女の顔や、休み中道場で寝泊まりする事を伝えてこの世の終わりをするような義姉に胸を痛めながらもそれらを振り切り文字通り全身全霊でもって挑んだ。

 行われた奥義の伝授はどこまでも実戦形式のスパルタなもの、元より基礎に関して言えばリィンは既に十分以上に出来ているため、いまさら改めて行う程のものではない。故に行われたのは実戦形式の立会。この技とこの型はこの場面ではこう使うのが有効だから、さあやってみろと言わんばかりに帝国最高峰の武人マテウスから叩き込まれる。そしてそれを再現しようとやってみれば、「そうじゃない」と言わんばかりに見惚れんばかりに洗練された技が自分の身に刻み込まれる。

 そしてマテウスが所用で外す際には、師範代であるオリエや門下生との手合わせを行った。リィンは目隠しをした状態で。曰く、視覚のみに頼らず気配を察知してそれを下に戦うための訓練である。これが出来るようになった時、貴殿の剣は大きく向上するとそう言われてしまえばリィンがやる気にならないはずもない。

 日頃厳しい訓練を課されている門下生たちをして青ざめるような、地獄の如き修練へとリィンは明け暮れていた…‥…これを乗り越える事で自分は強くなれるとどこまでも飽くなき向上心と鋼の如き意志を以て全身全霊で。

 

 

 そしてリィンがそんな日々を送っている頃、5日間の短い夏季休暇を挟んだ後、長期休暇を取得した貴族生徒を除きトールズ士官学院では授業と訓練が再開されていた。どういう風の吹き回しかアレほど嫌っていたそういった貴族生徒にのみ与えられた特権を利用して、合計で20日に及ぶ休みをとった一人を除き、技術棟へと集まった友人たちにトワ・ハーシェルはある相談をしていた。

 

「ふむ、つまりリィンの奴がトワの実家に招待されるというとんでもなく羨ましくもけしからん約束をしながらそれを破ったと、よし、戻ってきたら一発殴ろう」

 

 笑顔とは本来攻撃的なものである、そんな言葉を実感させる物騒な言葉を爽やかな笑顔を浮かべながら告げる親友の様子に相談をしたトワは慌てる。

 

「そ、それは止めてよアンちゃん。リィンくんもその件についてはちゃんと謝ってくれたし、私も納得しているんだから……」

 

 納得していると言いながらもどこかその表情には陰りがある。理屈の上では納得できている、されどそれでもやはり寂しさを覚えるのが人の情というものである。

 

「おいおい、そうやって甘やかすとつけあがっていってそのうち家に帰ってきても「風呂。飯。寝る」しか言わなくなる亭主関白の生きた見本みたいになるぞー。一回その辺ガツンと言った方が今後のため(・・・・・)って奴だぞー」

 

「あははは、確かにリィンは放って置くとそんな感じの如何にも仕事人間って感じになりかねないよね。奥さん(・・・)がしっかりと手綱を握っておかないとね」

 

「も、もう……クロウ君たちもそんなおばさん達みたいな事言って……」

 

 友人たちのからかいへとトワは顔を真赤にしてうつむく。

 こんな風に囃し立てられているが、実際どうなのだろうか。

 何時までも自分と彼は一緒に居られるのだろうか?そんな疑念が頭をかすめる。

 何と言っても彼は……

 

「しかしまあ、普段見ている顔だというのにこうして記事に載っているとまるで別人に思えるね」

 

 帝国時報に書かれた若き“英雄”リィン・オズボーンの特集記事、手元にあるそれに視線を落としながら、アンゼリカはため息をつく。

 

「帝国男子の鑑、トールズ士官学院主席の俊英、うーん書かれている内容に一切嘘がないってのがまた性質が悪いっていうか……」

 

「「10年に一人の逸材。配属先は未だ未定だが、それでも帝国軍をいずれ背負って立つ事疑いなし」と軍の高官も絶賛と来たもんだ。ちょっとした芸能人みたいな扱いだなこりゃあ」

 

 革新派の行ったリィン・オズボーンを“英雄”と祀り上げる事でアルフィン皇女殿下誘拐という失態から目を背けさせるという作戦は革新派の予想通りの効果を挙げた。

 若い女性からはその端正な容姿と精悍な眼差しから人気となり、年配の男性や女性からはその如何にもな帝国男子の鑑と言える優等生的な発言が好評を博し、リィン・オズボーンは一躍時の人となった。そして人気になれば当然、人々はその情報を求め、新聞も載せれば売れ行きが好調になるのだからとばかりに連日リィン・オズボーンの特集が組まれる事となったのだ。

 そしてそれがトワの心に逆に陰りを生む。ここ最近の様子と合わせて彼がどこか遠くへと行ってしまうのではないかと……そんな不安が頭から離れないのだ。

 

「しかし、トワとの約束を破るだなんて流石に今までなかった事態だね」

 

「あいつはクソ真面目だからな~こうやって“英雄”扱いされているんだから自分はその期待に応えないとならない!だとかまた思い込んでいるんだろうなぁ」

 

「……それもあると思うけど、それ以上にお父さんからの期待に応えたいって思っているんじゃないかな」

 

 「お前を誇りに思うぞ」とオズボーン宰相に言われた時にリィンが浮かべた、これまで見たこともないこどものような笑顔、それを思い出してトワはポツリと呟く。

 

「ふむ……リィンのお父上と言えば、言わずと知れたかの鉄血宰相殿だが……」

 

「うん……凄い人だった。噂では聞いていたけど本当に噂以上だったと言うか……」

 

 常人とは異なる圧倒的な存在感と総てを飲み干さんとする鋼の意志を宿したその眼光。

 トワ自身はどちらかと言えば、皇道派に位置するスタンスだが、革新派の人達が崇拝するのも納得だとそう思ったのだ。

 

「それで、その宰相殿とリィンに何かあったのかい?」

 

「うん、最初はねオズボーン宰相に褒められてリィンくんもすごい嬉しそうにしていたの、それこそ今まで見たことがないような笑顔を浮かべていた。

 でもね、その後でオズボーン宰相が言ったんだ。「テロリストを取り逃がしてしまった以上、満点をやることは出来ない」って」

 

「それはまた……」

 

 あまりのスパルタぶりにジョルジュが流石に引いた様子を見せて

 

「ふん、7年ぶりに会った実の息子に言うことがそれとはな。つくづく容赦だとか加減だとかって言葉を知らねぇみたいだな、麗しの鉄血宰相殿は」

 

 鉄血宰相に対して思うところのあるクロウは仏頂面で忌々しそうな様子を浮かべる。

 

「……なるほどね。そして我らが麗しの宰相閣下の息子殿はそんな父親からの期待にクソ真面目にも応えないとならないと思っているわけだ。全く親の勝手な期待など無視すれば良いものを」

 

「アンが言うと説得力があるね、本当に」

 

 四大名門ログナー侯爵家の息女、そんなもの知ったことかと言わんばかりに人生を謳歌し、父の侯爵家の息女として相応しく最も淑女としての作法を~等と言った説教などどこ吹く風、嫌な見合い話など見向きもせずにそのままゴミ箱へと放り捨てる自由人アンゼリカの言葉にジョルジュは呆れとも感心とも取れる呟きを漏らす。どこかその立場に囚われない(・・・・・・・・)生き方に羨望(・・)の色を覗かせながら。

 

「ま、トワが何を心配しているのかは良くわかったよ。戻ってきた一つ、皆で遊びにでも行こうじゃないか。そしてやたらと背伸びしたがっている我らの友人に思い出させてあげよう、学生時代の今だからこそ、いや今しかできない事の楽しさってやつをね」

 

「アンちゃん……えへへ、そうだね!そうすればリィン君もきっと前みたいに戻ってくれるよね」

 

「今しか出来ない青春か……ああ、本当にそうだね。僕らも二年生でもうじき学院生活も終わるんだから、それまでの間に精一杯思い出を作っておかないとね」

 

「……はは、全くちょっとくさすぎるんじゃねぇのか?」

 

 いつか終わるとはわかっている。されどだからこそ今を大事にしようとそう四人は約束するのだった。きっと、此処にはいない大切な友人も同じ気持ちだと、そう無邪気に信じて……

 

・・・

 

「これにて奥義伝授を終了とする。20日に及ぶ厳しい修練へと良くぞ耐えた」

 

「はい、ありがとうございました師範」

 

 息を荒げながらもリィンは目の前の師範へと礼を述べる。

 

「私から貴殿に教えられる事はこれにて全てとなる。これより先は自分自身でその剣を磨いて行かなければならない。そうすればいずれ、貴殿ならば理に達する事も出来るだろう」

 

 改めてマテウスは目の前の愛弟子の剣才、いやその執念へと感嘆する。この20日余り、マテウスはそれこそ地獄すら生ぬるい修練を愛弟子へと課した。元より無茶苦茶な要望をしたのはそちらなのだ、ならばこの程度乗り越えてみせろと言わんばかりに。そして目の前の愛弟子はそれを見事に乗り越えた、才能ではない、他ならないその鋼鉄の如き意志を以て。素晴らしい、故に恐ろしくもあり危うくもある。

 

「貴殿はこれにて“達人”とそう称される領域へと足を踏み入れた。故に改めて伝えておこう、どれほど綺麗なお題目を掲げようと剣は凶器であり、剣術は殺人術。如何に守護の剣というお題目を掲げようと我ら武人がするのは人殺しに他ならない。その本質から目をそらしてはならん」

 

 それはヴァンダイクからも告げられた軍人としての心構えとも似ている。正義は人を何よりも酔わせる。正しい事のために自分は力を使っているという実感は振るう剣をやがて軽くさせていき、使い手を凶行へと走らせる。故に、あくまで自分のやっていることは人殺し(・・・)に過ぎないだという事、それを忘れてはいけないのだと告げるマテウスの言葉にリィンは頷く。覚悟はしている、どれだけ言い繕おうが自分のする事はそういう悪行なのだと。そしてその避けられぬ“必要悪”を担う事こそが軍人の役目なのだから。祖国と父のため(・・・・)にその手を穢す覚悟はとうに出来ている。

 

「だが、それと同時にその本質に呑まれてもいかん。良いか、我らが掲げるのは守護の剣である。誰かを護りたいと言う心、それを見失ってはいかん。その誇りこそが我ら武人をあくまで人足らしめるのだ。理想を見失ってしまえば、後は鬼や修羅へと堕ちるのみよ」

 

 そうだ、大切な人達を守り抜くためにこそ自分は強さを求めた。エレボニアの民の幸福を輝きを、そして何よりもあの優しい大切な少女を笑顔を守り抜けるならば例えこの身が焔と化してもーーー

 

「そして、最後にその上で自らの身も(・・・・・)守り抜かねばならん。例え大切な者を守りきれたとしても、自らが命を落としてしまったら、それは守護の剣としては半人前も良いところよ」

 

 そこで今まで師の言うことに同意し続けてきたリィンは一瞬呆然とする。何故ならばそれはリィンがまるで予期していなかったことだから。

 

「どうした、何を呆けている。当たり前の事であろう。守護の剣を担う者が途中で死んでしまったら、それ以後一体誰がその者を護るのだ。何よりも命を護られた側の気持ちはどうなる。

 自分のために誰かが死んだというその事実を一生その者を背負っていかねばならんのだぞ。故に守護の剣を掲げる者は自らの命を軽んじてはいかん」

 

 リィンの脳裏に過るのは自分が目を覚ました時に涙ながらにそれを喜ぶ義姉たちの姿。本当に良かったと心から自分の生還を喜ぶ姿。

 ああ、そういえば自分が助けた少女も心から安堵したような表情を浮かべていたなとその事を思い出す。

 

「……仰る事は最もですが、でしたらロラン卿はどうなるのですか?あの方こそまさに帝国の武人にとっての目標と言っていい存在だと思っているのですが」

 

 ロラン・ヴァンダールは自らの命と引き換えに主君たるドライケルス帝の命を救った。そしてドライケルス帝はそんな親友に報いるために無数の名誉を送った。

 彼の名を冠した《ロラン・ヴァンダール勲章》もその一つだ。ロラン・ヴァンダールこそまさに忠臣の中の忠臣。武人の鑑とも言える存在であるとそう多くの書では称賛されているのだが……

 

「逆に問うがロラン卿が死んだことをドライケルス帝が嘆き悲しまなかったとでも貴殿は思うのか?」

 

「それは……!?」

 

 そんな事は有り得ない。自らの親友たるロランを失った時のドライケルスはそれこそ酷い落ち込みようだったといくつもの史書に記されている。

 あるいは、そのままへし折れてしまうのではないかとそう心配する者さえも居た等と記される位に豪放磊落で知られる獅子の心を持つ皇子は深く嘆き悲しんだとされる。

 度々、「もしもロラン(アイツ)が居てくれれば……」等とそう、彼らしくもない事を漏らす事さえもあったと。

 

「そういう事だ。ロラン・ヴァンダールは確かに我らヴァンダール家にとっても尊敬すべき偉大なる先祖よ。自らの命さえも主君のために捧げた彼の献身は讃えられるべきであろう。

 だが、それでもヴァンダール流の総師範とあえて私は言おう。自らの命と引き換えに護るようでは半分しか(・・・・)護れていないのだとな」

 

 帝国中から武人として、臣下としてまさに鑑だと讃えられる偉大なる先祖の最期に駄目出しを行う師の言葉にリィンは思わず呆然とする。

 

「だからこそ言おう。守護の剣を掲げる者ならば生きる事を決して諦めるな(・・・・・・・・・・・・)。これが、師として貴殿に最後に贈る言葉だ。

 そして、これを以てヴァンダール宗家総師範として此処にリィン・オズボーンをヴァンダール流皆伝者と認める。以後守護の剣を掲げる者として恥じぬよう、その剣を振るう事だ。なんのために剣を取ったのか、それを決して忘れぬようにな」

 

「はい……ご指導ありがとうございました」

 

 最後に告げられた言葉、自分が死ねばそれを悲しむ人が居るのだという当たり前の事実。

 その言葉に泣きじゃくりながら自分の生還を喜んでくれた少女を思い出し、此処にリィン・オズボーンはヴァンダール流皆伝の資格を得るのであった。

 

 

 

 




君は知るだろう
奪われた命と 分け与えられた命の違いを
僕らが選んだのは 命の奪い合いを避けるための道だった
それでも殺意は追ってきた
どこまでも
どちらかが倒れるまで
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