(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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彼は変わる強くなる。だけどそれと引き換えに彼の素晴らしいところが消えていく
それは優しさだったり、面白さだったり、ふと気の抜けた午後、陽だまりで笑って語り合えるような、暖かい幸せの色彩...... あらゆるものを犠牲にして、彼は唯一の望みに手を伸ばす。


変わりゆくもの

 ガギンと甲高い金属音が鳴り響く、そしてそれと同時にフリーデルがその手に持っていたレイピアが宙を舞う。そしてフリーデルの喉元に突きつけられたのはリィンの構えた双剣。勝者がどちらかが明らかな光景を目にして、武術教官たるサラ・バレスタインは若干の嘆息の後に宣言する

 

「それまで。勝者リィン」

 

 そしてその光景に他の生徒は呆然とする。これまでも幾度も渡り合ってきた好敵手たる二人の決着がこうも一方的にかつ早期についた事など今までなかったからだ。戦績自体は確かにリィンの方が良かった。されどフリーデルもそんなリィンに五分とは言えないまでも十二分に渡り合える学院最高峰の実力者だったのだ。

 故にこそ休み明けに行われたその二人の果たし合いはさぞや、見応えのあるものになるとばかり予想していたのに……

 

「……参ったな。何時の間にそんなに強くなっちゃったの?」

 

 行われた戦いは数分も経たぬ内にリィンの勝利で終わった。そしてそんな事実にフリーデルは悔しさを滲ませながらも嘆息する。

 

「強敵相手に死線をくぐり抜けた。良き師の下で鍛錬へと勤しんだ。まあ、そんなところだな」

 

「……なるほど、夏季休暇をリィン君が取得するなんて一体どういう風の吹き回しかと思ったけど、帝都の道場で特訓していたってわけね」

 

「ああ、大変に充実した日々だったよ」

 

 その結果が今、目の前に広がる光景である。皆伝へと至ったリィンは、入学以来共に切磋琢磨し続けた剣友を大きく追い越していた。

 

(本当に、末恐ろしいわね)

 

 もはやこれでは成長ではなく進化だ。それ程までに今のリィンは一ヶ月前とは桁が違う。フリーデルとて決して怠けていたわけではないというのに、こればかりは相手が悪かったとしか言えないだろう。そのあまりの変貌ぶりにサラは言いようのない不安を感じていた。

 思い出すのはあの鬼の如き殺気に満ちた姿。そして総てを飲み干さんとする鋼の意志。あの時自分は目の前の教え子に対して恐怖を抱いた。単純な強さにではない、その在り方にだ。

 頼もしい先輩になったと思っていた。友人たちと笑い合うその姿は自分の嫌うあの男とは違うものだから、これならば安心だとそう思っていた。

 されど帝都でのあの一件以降、サラはどうにも教え子に対して一抹の不安を覚えてしまうのであった……

 

 

・・・

 

「どうだミリアム、Ⅶ組の面々とは仲良くやっていけそうか」

 

 学院内を案内しながらもリィンは急遽編入してきた可愛い義妹分へと問いかける。最もこの天真爛漫な少女に関して言えば然程心配はしていないが。

 

「うん!皆いい人ばっかりで楽しくなりそう。一週間後には特別実習ってので皆でお出かけもするみたいだし楽しみだなー」

 

「遊びに行くわけじゃなくてあくまで学院での実習として行くんだからな。士官学院生として恥ずかしくないように行動しろよ」

 

「わかってるわかってるって。それにしてもリィンはおじさんと一緒にクロスベルに行くんだっけ?お土産よろしくねー」

 

「……買う時間があればな」

 

 そのまま取り留めの無い話をして行くが、人気のない屋上へとたどり着いたところでリィンは真面目な表情でミリアムを見据えて

 

「……ミリアム、この時期にお前がわざわざ編入してきたという事は、この学院に《帝国解放戦線》の関係者が居るという事か?」

 

 《帝国解放戦線》なる組織が世に現れ、貴族派が裏で何かを画策しているこの情勢下で《鉄血の子》たるミリアムがわざわざ編入して来るなど、それ位しか考えられないだろう。

 何せ帝国軍情報局にしてみれば今の時期はそれこそ猫の手も借りたいくらいに忙しいはずなのだから。そんな時期にまさか、本当にただの社会勉強のために派遣されるなどというのは凡そ考えにくい事であった。

 

「うん、そうだよー。《帝国解放戦線》のリーダーと思しき仮面の男《C》。それがトールズに居るんじゃないかって事で、僕が派遣される事になったんだ」

 

「……聞いておいてなんだが、良いのか、それを明かしてしまって」

 

「リィンだったら別に平気でしょ。なんたって僕らの筆頭(・・・・・)なんだし」

 

 アルフィン皇女殿下救出によって“英雄”となったリィンはその名を一気に帝国中へと広める事となった。《鉄血の子どもたち》たるレクター・アランドール特務大尉とクレア・リーヴェルト大尉に幼少期から英才教育を施させた秘蔵っ子という事実も相まって革新派と貴族派双方にある確信を抱かせる事となる。すなわち、リィン・オズボーンこそが《鉄血の子どもたち》の筆頭であり、やがては兄妹達を率いていく存在なのだろうと。そして今回通商会議で護衛へと抜擢したという事実はその噂を加速させていくだろう。徐々にされど確実に、リィンの扱いは一介の(・・・)士官学院生というものから変化しつつあった。

 

「ま、それはそれとしてせっかくだから学院生活をめいいっぱい楽しむつもりだけどね!えへへへ、楽しみだなぁ。確かもう少しだったよね、去年リィンがすっごいカッコイイ格好して歌を歌ったりしていたガクインサイって」

 

「……ああ、存分に楽しむと良い。きっとそれがミリアムにとっても掛け替えのない財産になってくれる。

 それじゃあ、そろそろ寮へと帰るとしようか。今日はミリアムとおまけのもう一人(・・・・・・・・)の歓迎会という事でシャロンさんが腕を奮ってくれるらしいからな」

 

「わーい!ご馳走楽しみだなぁ」

 

 年相応といった様子で喜ぶその義妹の姿にリィンは心を癒やされながらも、帰路へとつくのであった……

 

・・・

 

「しかしまあ、阿呆だ阿呆だとは思っていたがまさか此処までの阿呆だったとはな……」

 

 第三学生寮にてささやかながら催された、今日の主賓にあたる新たなメンバー二人の良く見知った二人の内のもう一人にリィンは呆れきった眼差しを向けながら、疲れ切ったような表情でつぶやく。

 

「うう……まさかクロウ君の必要な単位が足りてなかっただなんて……気づかないだなんて友達失格かも」

 

「いや、この場合は単にクロウが学生失格なだけでしょ。別にトワは全く悪くないよ」

 

「うむ、全くもってジョルジュの言うとおりだ。必須単位の見極めを怠ったクロウが間抜けだっただけだ」

 

「だーてめぇら、なんだその容赦の無さは!少しは哀れな友人を慰めようとは思わねぇのか!!」

 

 ボロボロにけなされたクロウがそう憤慨の言葉を述べるが一人を除き、どこまでも冷たい視線を向けて

 

「何を言っている、一年の時に俺とトワが再三注意したというのにそれに耳を貸さなかった度し難い阿呆はどこのどいつだ」

 

「うぐっ」

 

 別段体調を壊したという止む得ない事情があったわけでもない上に地頭とてそれ程悪くないのにも関わらず、留年の危機に陥ったのは自業自得以外の何物でもないだろう。そしてリィンはこの手の本人の怠け根性故に陥った窮地に対しては友人だろうが、とことん辛辣なタイプであった。

 

「この分だと明日の自由行動日、クロウは大人しく勉強していた方が良いかも知れないね。遠出している場合じゃないでしょ」

 

「うむ、さらばだクロウ。君の犠牲は無駄にはしない」

 

「お前ら!それでも友達か!!」

 

「……別に去年の夏の時に、僕だけ置いてけぼりにしてアンと二人揃って帝都に行っていた事を根に持っているとかじゃないよ」

 

「根に持ってんじゃねぇか!!」

 

 珍しく自分ではなく温厚で仲裁役に回る事の多いジョルジュがクロウと喧嘩らしき行為をするという光景に苦笑しながらもトワはリィンへと語りかける

 

「ねぇ、リィン君。明日なんだけど久し振りに5人揃ってどっかに遊びに行くのはどうかな?2年生になってから忙しくて中々そういう時間取れなくなっちゃったし。来月からは今度は学院祭の準備が始まりだす頃でしょ?だから、どうかなって」

 

 はにかみながら告げられたその言葉にリィンは

 

「……悪いけど、これからしばらく通商会議までの間は忙しくて予定が埋まってしまっているんだ。准尉待遇で宰相閣下の護衛の任に就く事になったからな。会議の間までにクロスベルの地について学んでおく必要がある」

 

 申し訳無さを滲ませながらもその誘いを断る。父から与えられた課題をこなすためにリィンのスケジュールはかなりのハードスケジュールとなっている、夏季休暇を取っていた事も考えれば流石に友人たちと遊ぶ時間を捻出するのは厳しかった。

 

「悪いな、せっかく誘ってくれたのに」

 

「う、ううん。そういう事情じゃしょうがないよ」

 

 そしてその言葉を前にトワは何も言えなくなる。何故ならばリィンの言葉は正しい(・・・)から。大役を任されたからそれに備えて少しでも学んでおく必要があるというその言葉は何ら非難に値するものではない、むしろ称賛されて然るべきものだろう。だからこそリィンと同じく優等生(・・・)のトワはもう何も言えなくなる。むしろ自分も通商会議へと行くというのに、リィンのようにしなくて良いのだろうかという罪悪感めいたものさえ感じてしまっていた。

 

「ふむ……君のその意気込みは立派だとは思うが、流石に最近の君は根を詰めすぎというものじゃないかい?君の役目は護衛、つまりは武官としてであってトワのように文官としてではないだろう?

 半年前にクロスベルに一度行って一通りの学習はしているわけなんだから、この上となるとそれこそ本職の文官顔負けの領域となってくると思うんだが……」

 

 故にこそ、そんなリィンの有り様に対して苦言めいた言葉を呈す事が出来るのは不良娘を自認するアンゼリカとなる。

 リィンに対してその手の事を言える不良生徒の友人というのはもうひとり居るのだが、生憎留年しかけている男がそんな事を言っても逆襲を喰らいズタボロになるのが目に見えているので。この場では口を噤む事にしたようだ。

 

「武官だからといって文官の知識が不要というわけじゃないだろう。何せ俺は鉄血宰相の息子であり、トールズ士官学院を代表して行くわけだからな。軍事だけしか取り柄がないと他国に思われるのは避けたいところだ」

 

 されどリィンはそんな友人からの気遣いにも揺るがない。どこまでも貪欲に自分は上を目指すと告げるのみだ。

 なおも言い募ろうとするが、それでもリィンの硬い意志に説得を断念する。結局アンゼリカ達も友人の真面目さにどこか危うさを感じながらもため息混じりに当初の予定を白紙に戻すのであった……

 




ちなみにオズボーン君の現在のスケジュールは
何故か3時間睡眠で済むようになった強靭ボディを前提に作成されていますので
覚醒前の彼が同じスケジュールをこなしたら多分一週間経たない内にぶっ倒れます。

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