(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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ロックスミス大統領のあの如何にもって感じの狸っぷりがやりての政治家って感じで自分は中々好きです。
経済恐慌になったり、クロスベルを帝国に奪われたりで失脚している以外の未来が見えない辺が残念ですが。


鉄血の子と《西ゼムリア通商会議》①

 8月30日午前10時。

 

 開催される西ゼムリア通商会議へと参加するために諸外国より来た使節団は、ここクロスベルの新庁舎前へと集まっていた。

 居並ぶメンバーは圧巻という他ない。エレボニア帝国よりは皇帝の名代として《放蕩皇子》などと称される趣味人たるオリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子と政府代表として豪腕を以て改革を断行するギリアス・オズボーン宰相。

 リベール王国よりは、まさしく可憐と称する他ない、国民からも絶大なる人気を誇る次期女王たるクローディア・フォン・アウスレーゼ王太女。

 レミフェリア公国よりはその誠実で温和な人柄から国民から高い支持を誇る元首たるアルバート大公。

 カルバード共和国よりは庶民派を以て知られる、移民問題に揺れる共和国政界を見事束ねる海千山千の政治家たるロックスミス大統領。

 そして主催者たるクロスベルからは市民より熱烈な人気を誇るディーター・クロイス市長とクロスベル政界の重鎮にして良心と讃えられるヘンリー・マクダエル議長が新庁舎たるオルキスタワーの前へと集まっていた。

 

 もしも今、この場で導力爆弾が炸裂するような事があればこの大陸の未来は大きく変わるだろう。それ程のVIPが此処には集結していた。無論、そんな事になってしまえばクロスベル自治州にとっては破滅を意味するため、そんな万が一は無いように蟻の子一匹とて通さない入念な警備が行われているのだが。

 そして式典の始まる前に際して、居並ぶ各国の首脳は互いに軽い挨拶を行っていた。

 

「おお、これはオズボーン宰相閣下。お久しぶりですなぁ、相も変わらずご壮健なご様子で閣下の友人(・・)としては胸を撫で下ろした思いです。」

 

「これはこれはロックスミス大統領閣下。大統領閣下もご健勝なようで、大統領閣下の友人(・・)として大変喜ばしく思います」

 

 エレボニア帝国とカルバード共和国は西ゼムリア大陸の覇権を巡って争う不倶戴天の宿敵と見られている。

 エレボニアは共和国を指して東の脅威(・・・・)と呼び、カルバードもまた帝国を西の脅威(・・・・)と称する。

 だが、そんな中で両国の首脳たる二人はまるで年来の友人と再開したような和やかな様子で挨拶を行っていた。

 おそらく彼らは握手をするように記者に求められれば、喜んで行うことだろう。片方の手に短剣を忍ばせながらも。

 そのまま表面上は和やかな談笑を行っていく二人だったが、ふとしたタイミングでロックスミスは眼前の相手の傍らに控える少年の方にも気さくな笑みを浮かべて

 

「おお、君がオズボーン宰相閣下の秘蔵っ子と噂のリィン君か!君の話は聞いているぞ。何でも悪逆なるテロリストへと囚われた皇女殿下を見事救ったそうじゃないか。まるでお伽噺に出てくる騎士のようで話を聞いた時は年甲斐もなく心が踊ったよ」

 

 ロックスミスは心からそう思っているかのような人懐っこい笑みを浮かべた後にまじまじとリィンの顔を見つめて

 

「ふーむ。しかし、写真で見るよりも実物はずっと男前だなぁ。

 宰相閣下もさぞや鼻が高い事でしょう、このような立派なご子息を持たれて」

 

 あからさまなおべっかでありながらも半年前に出会ったハルトマン議長とは異なり、全く不快な印象を受けず、むしろ気を強く持たなければ懐へと引きずり込まれそうな奇妙な感覚、それがリィンを襲う。鋼鉄の強さを持つ父とは違う、されど紛れもなく目の前にいる人物もまた大国の長である事をリィンは実感せざるを得なかった。

 

 

「ふふ、まあ確かに良くやっている方ではあるでしょう。この程度(・・・・)で満足して貰っては困りますが」

 

 そしてそんなリィンを引き戻すのは彼が敬愛して止まぬ父親の声。まだまだだ、お前ならば(・・・・・)もっと飛躍する事が出来るはずだと告げる鋼の意志がリィンの心に火をつける。

 そうだ、現状に満足してしまえばそこで終わってしまう。10へ到達したなら次は100を、そして100へ到達したなら1000をただひたすらに前へと進み続けるのだと強く意識する。

 

「いやはや宰相閣下は中々に手厳しいですなぁ。いや、それともそれだけご子息へ寄せる期待の現れという事ですかな。何と言っても実力主義を以て知られる宰相閣下が護衛へと抜擢する位なのですから、実力に関しては折り紙つきというものでしょう」

 

 苦笑しながら大統領が告げるのはリィンが周囲からどうみなされているかを示す言葉。

 皇女救出という華々しい功績によりデビューを果たし、そしてこの重要な国際会議において宰相の護衛へと抜擢された唯一の実子ともなれば注目を集めないはずもない。果たしてリィン・オズボーンなる少年は鉄血の後継者たり得る竜なのか、それとも我が子可愛さに駆られた父親の贔屓を受けたボンボンに過ぎないのか、海千山千の狸は笑顔を浮かべながらも推し量るような視線をリィンへと送っていた。

 

「確かに、宰相殿は些か以上に手厳しすぎると思うね。17歳の若さで皆伝に至るなど驚嘆する他ない。私の護衛を勤めているミュラー少佐でさえ、皆伝に至ったのは22歳の時だったのだからね。もう少し息子に優しくしてあげても罰は当たらないだろうと私などは思うのだが」

 

「なんと!?この若さで皆伝へと至るとはそれはまた驚きですなぁ。やはり男は父親の背中を見て育つもの、これも一重に宰相閣下の大きな背中を見て育ったが故というものでしょう。

 私は見ての通り武術に関してはからっきしの男ですからなぁ。良く妻や娘にもダイエットをしたらどうかなどと叱られてしまいましてな……」

 

 リィンが皆伝へと至ったという言葉を聞いた瞬間にロックスミスは真実驚いたかのような様子を見せるも、すぐにまた元の調子へと戻り愛嬌のある笑みを浮かべたかと思えば、しゅんとした落ち込んだような顔を浮かべと百面相のようにコロコロとロックスミス大統領は表情を変えていく。

 指導者や政治家というのは非常に大雑把な分け方をすれば二つのタイプに分類される。一つはこの人に従えば安心だと思わせる、豪腕によって人々を引っ張っていくタイプ。ギリアス・オズボーンはこの典型例と言って良いだろう、強引さ故に忌避も買うが、同時にその強引さが頼もしさ(・・・・)にも繋がっているのだから。

 もうひとつのタイプはどこか放っておけない、自分が支えてやらないといけないと思わせるタイプだ。こちらの典型例の一人がオリヴァルト皇子であり、ロックスミス大統領だろう。

 

「ご歓談中のところ申し訳ありません。定刻となりましたので、そろそろ開催の挨拶をさせていただければと思います。続きはこの後の昼食会、そして夜に執り行われる晩餐会にて行って頂きたく」

 

「おお、これは失礼しました。ついつい旧友(・・)と会えた喜びに舞い上がってしまいましてな。オズボーン宰相、続きはこの後の昼食会で改めて。リィン君も、その際に是非詳しい事を聞かせてくれたまえ」

 

 ウインクをしながら立ち去っていくその背中を見送り、オズボーンは傍らに控える我が子へと周囲には聞こえない程度の声で語りかける

 

「ふふ、アレが我が宿敵(・・)の一人たるロックスミスだ。中々どうして大した食わせ物だろう。率直に聞こう、どう思った」

 

 どこか楽しげな様子で問いかける父へとリィンは……

 

「……恐ろしい方ですね。大統領閣下の噂は自分も聞いていましたから、十二分に警戒しているつもりでした。

 どのように向こうが煽てて来ようと、相手はあくまで宿敵カルバードの元首、決して気を許してはならない相手だと、そう心して。

 それにも関わらず、先程のほんのわずかなやり取りで自分はあの方に好感めいたものを抱いてしまいました。

 ……もしも閣下が傍に居ずに、二人きりで会いでもしていたら、それこそ取り込まれていたかもしれません」

 

 見えを張ること無く素直な所感を述べる事とした。ルーファス卿にレーグニッツ知事といった一流と称されるような政治家に、これまでもリィンを出会ってきた。

 そして改めて実感する彼らの持つ、単純な武力では決して測れない、魔性の如き魅力を。吸い込まれるのだ、さながら巨星の引力に囚われた衛星のように。

 

「それがわかったのならば合格と言えるだろう。それが真に政治家(・・・)と呼ばれる存在だ。そして今日この地に集まった者達は皆、そんな政治家の中でも真に一流と称されるに足る者ばかりだ。

 学べ(・・)。彼らの一挙手一投足を全力で観察する事だ、間のとり方。表情、仕草、そして発する言葉。それら総てを余さず吸収しろ。無論護衛の任を果たしながらな」

 

 その程度当然出来る(・・・・・・・・・)だろうと告げる父の言葉にリィンは深い頷きをもって返事とする。

 父から寄せられる期待、それが心で燃え盛る焔に注がれる新たな燃料となる。そして改めてこのような得難い経験を積める事を感謝するのであった。

 

・・・

 

 導力先進国と名高きリベールの中でも最高傑作と謳われる高速巡洋艦《アルセイユ》。リベールの宝たるクローディア王太女を運んだこの船で3国(・・)の人間が集っていた。

 一組目はこの船の主たるクローディア王太女と親衛隊長を務めるユリア・シュバルツ准佐。

 二組目はクロスベルの“英雄”としてその名を響かせる《特務支援課》。

 三組目はエレボニア帝国の皇子オリヴァルト・ライゼ・アルノールとその護衛を務めるミュラー・ヴァンダール少佐である。

 エステル・ブライトという共通の友人を持つ彼らは、ちょっとした茶飲み話(・・・・)として自治州政府には伝えられていない

 ロックスミス大統領とオズボーン宰相を付け狙う反動勢力が彼らを狙っているという話を共有しあったわけなのだが

 

「そういえば、鉄血宰相殿と言えば、如何にも側近って感じで彼の護衛を勤めていた彼は何者なんだい?どうやらロイドたちは面識があるみたいだけど」

 

 如何にもといった大国の軍人然とした精悍な顔立ちをワジは思い出しながら問いかける。

 そういえば自分も半年前、確かあんなような顔を見た覚えがあると記憶を手繰り寄せながら。

 

「ああ、彼は……」

 

「彼の名はリィン・オズボーン。《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン唯一の実子であり、先程挙げた《鉄血の子どもたち》の筆頭とも目されている少年さ」

 

「ふーん、あの宰相閣下殿がまさか息子可愛さの身内贔屓で抜擢した……という事は当然ないんだよね」

 

「そういう理由だったら、私としてはまだ安心だったのだがね。生憎彼は明確な実績を示しているんだよ」

 

「近衛軍一個中隊を単騎で相手取った演習で勝利。提出された論文は本職の書記官も顔負けの内容。

 それが今回鉄血宰相の護衛に就くにあたって彼が示した実績だ」

 

 クロスベルへと出立する3日前。リィンは父から読むよう言い含められた資料を読み進めながらも書いた論文を帝国政府へと提出した。そしてそれと同時に行われたその演習にて、自らのその実力を内外へと示したのだ。

 決して宰相が自分を選んだのは血縁に依るものではなく、その実力を見込んでの事だと否応なく理解できるように。正規軍ではなく、わざわざ近衛軍が演習相手へと選ばれたのには先月あった夏至祭での出来事に対する、革新派の貴族派への牽制という意味が多分に込められていたが。

 

「加えて言うなら彼のそれまでの素行もなんら文句のつけようのないものでね。特に異論が出る事もなく、未だ学生の身である彼が護衛役となることはすんなりと決まったというわけさ」

 

「へーそりゃまたなんというか、本当に絵に描いたように出来たエリートさんだね。今日も遠目から見ていたけど如何にもって感じだったし」

 

「アレで中々どうして年相応の少年らしいところもあるんだがね」

 

 女学院で行った会話、オリビエは目を閉じながらそれを苦笑しながら思い出す。

 せめて学院の理事長たる自分だけでも、革新派の若き英雄、そんな色眼鏡であの少年を見ないようにしなければならないと心に留めて。

 

「話がそれてしまったね、まあ宰相閣下もそんな風に襲撃への対策は色々と(・・・)行っているわけだが、その備えが無駄に終わる(・・・・・・)に越したことはない。

 そのためにも君たちには頑張ってもらいたいとまあそんなところさ」

 

 そしてその後も和やかながらも時に物騒な話を交えて、共通の友人を持つ一行の茶飲み話は幕を閉じるのであった。

 




息子にまたとない成長の機会を用意した父親
そんな父親の気遣いを心から喜び、貪欲に学び成長する息子
いやー実に心温まる親子関係ですね。

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