(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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別名ジャイアン(帝国)とスネ夫(共和国)によるハイパーのび太君(クロスベル)イジメタイム
しずかちゃん(リベールとレミフェリア)の必死の擁護も効果は薄い!
おまけにこのジャイアンは母ちゃん(オリビエ)に怒られても全然へこたれない!

追い詰められたのび太君はドラえもん(キーア様)に頼る事にした模様。




鉄血の子と《西ゼムリア通商会議》③

「それでは皆さん、この後の警備も互いに頑張るとしましょう」

 

 会談を終えて部屋を出るとリィンはそう支援課の面々に声をかける。そこに居るのは先程までの鋼鉄の意志を宿した鉄血の継嗣の姿はない、どこまでも年相応といった質朴な少年の姿だった。

 そしてそんなギャップに支援課の面々は呆気に取られる。鋼の如き意志で討てと命じられれば討つと躊躇いなく言い切ったにも関わらず、今少年が浮かべるのは友人に向けるような柔和な笑顔だったからだ。

 

「なんというか……大した変わり身だね。あんな事(・・・・)を言った後だというのに」

 

 ワジ・ヘミスフィアのどこか咎める色を帯びた視線を受けながらリィンは特に動じる事もなく笑みを浮かべて

 

「ああ、アレ(・・)ですか。先程までの話しはあくまで仮定の話(・・・・)であり、もしもの話(・・・・・)ですよ。

 いわば、軍人としての職業意識(・・・・)を述べたまでの事です。今の我々は所属は違えど、この重要な国際会議の警備を担当する仲間(・・)です。

 別段無理に険悪になる必要はないでしょう。そもそもクロスベルは自治州ですが、列記とした我々の同胞(・・・・・)なのですから。

 先程はああ言いましたが、有事の際にはむしろ戦友(・・)として轡を並べる事になるでしょう」

 

 クロスベルは列記としたエレボニアの領土なのだから、有事の際というのはすなわち共和国が侵攻(・・・・・・)して来た時、あるいは《教団事件》のような犯罪集団が跳梁した時に他ならない。

 その時は同じ帝国人(・・・・・)としてクロスベルを護るために(・・・・・)肩を並べる事になるだろうとそんな、どこまでも帝国軍人としての模範回答をリィンは述べる。

 

「シーカー曹長は確か元々警備隊のご出身でしたね。半年前の演習の際には色々と学ばせてもらいました。

 貴方のような人とならば安心して一緒に戦えるというものです。もしもの時(・・・・・)にはよろしくお願い致します」

 

 告げた言葉には一切の嘲りの色などはない。彼の抱く特務支援課の面々への敬意は決して嘘も偽りもない。

 その上で(・・・・)自分はエレボニアの軍人(・・・・・・・・)なのだとリィンは改めて宣言していた。

 

「……ッ!」

 

「……お前さん、随分と変わったな。半年前に会った時は似てねぇ親子だって思ったもんだが、今のお前はあの(・・)親父さんにそっくりに見えるぜ」

 

 ランディ・オルランドは半年前に出会った目の前の少年が決して嫌いではなかった。

 真面目で口うるさい堅物、されどどこまでも清廉に誰か(・・)のためにと理想を追うその姿は難からず思っているある女性(・・・・)を連想させるものだったからだ。

 友人たちと戯れて、現実の壁を前に時に悩み、支え合って、それでも一歩一歩進んで行こうとするその姿は立場は違えど、自分たちと同じ(・・)だとそんなふうにも思っていた。

 しかし、今の目の前の少年は半年前とは違う。まるで迷うこと無く一直線に、立ちはだかるものを轢き潰しながら、道を突き進む鋼鉄の戦車だ。

 強く……なったのだろう。纏う風格も身に着けた実力も半年前とは桁が違う事はわかる。それこそ自分の叔父や従妹ならば舌なめずりをしながら歓喜するかもしれない。

 されど、それでも、そんな強さ(・・・・・)についていけずに掛け替えのない仲間と出会い、その尊さを知ったランディには目の前の少年の変貌を成長だとは思いたくなかった。

 仲間や友人と一緒に進んでいたら、歩みが遅くなる。だから、独り(・・)で突き進むなどというのはあまりに雄々(かな)しすぎる在り方ではないかと。

 

「ありがたい褒め言葉です。宰相閣下は自分が最も敬愛するお方ですから」

 

 どこか悲しげに告げられたランディの皮肉にもリィンは心からの笑みを浮かべて応じる。

 父のようだ(・・・・・)と言われること、それこそが自分にとっては最上級の褒め言葉だと言わんばかりに。

 ……かつてバリアハートでもしも父が貴族憎しの私情で動いているようであれば自分が止めるとそう決意していた少年の姿はそこにはない。

 いみじくも先程述べられたように、リィン・オズボーンという小さな火はギリアス・オズボーンという大きな焔へと呑み込まれつつあった。

 ーーー親子の絆があり、暖かな手で撫でられた記憶がある。故に私人としての感情は父に従うべきだと告げる。

 ーーーギリアス・オズボーンは革新派の戴く皇帝陛下よりの信認も厚い偉大な指導者だ。故に軍人としての理性も宰相閣下に従うべきだと告げる。

 ならばこそ、リィン・オズボーンが父にしてエレボニア帝国政府代表たるギリアス・オズボーン宰相に背く道理は存在しない。

 盲信しているわけではない、父の行いによって生み出された犠牲者の慟哭を知っているから。

 自分や父に敵対する者が悪だと思っているわけでもない。大貴族にも尊敬に値する高潔な者が居ることを知り、目の前の特務支援課のような人々こそを自分はその手にかける事を覚悟しているから。

 だからこそ、リィン・オズボーンはギリアス・オズボーンの忠実なる腹心にして後継者足りうる。まさしく今の彼は紛れもない《鉄血の継嗣》であった。

 

「……帝国軍人としての貴方の考えはわかりました、オズボーン准尉。だけど、私人としての君はどう思っているんだい、リィン君」

 

 そんな鋼鉄の決意に他の面々が気圧される中、それでもとロイド・バニングスはこれだけは聞いておきたいと問いかけていた。

 

「君は半年前別れ際に言ってくれたね、「自分が言えた義理ではないかもしれないが、頑張ってほしい」と。そう俺たちの事を応援してくれていた。「自分が言えた義理じゃない」なんて言う位なんだ、あの時の君の言葉は決して帝国軍人としてのものではなかったはずだ。

 だからこそ聞かせて欲しい、軍人としての立場を取り払った上での今の君の気持ちを。宰相閣下の言うように、俺たちクロスベルの小さな意志はエレボニアという大きな意志に呑み込まれるべきだと、それこそが世の理なのだと、君も、そう思っているのか?」

 

 告げられた言葉と見据えられた瞳にリィンは一瞬息を呑む。

 好意がある、敬意がある。目の前にいる人達とは一週間程度の短い付き合いで、立場も違えど、それでも()だとさえ思っている。

 だけどそれでも、政府が討てというのならば討つのが軍人だと理性はそう告げている。されど、それはあくまで軍人として(・・・・・)の意志だ。

 それらを総て取り払った、もしも軍人でないただの私人としての自分の意見を述べる事が許されるというのならば、それはーーー

 

ーーー私は愛する祖国が他国とも憎しみ合い蹴落とし合うのではなく、手を取り合える未来が来ることを望んでいる。

 

 脳裏に過ったのはそんな美しい綺麗事(・・・)。そう、あの時自分は確かにあの皇子の語った理想に魅せられた。

 

ーーーリィン君が、不幸な人を作ってしまうことを『必要悪』だなんて切り捨てちゃうところ、私は……見たくないな

 

 どこまでも優しい少女がそう告げた事を覚えている。そう、必要だろうが悪は悪。やらずに済むに越したことはないのだ。

 

 だからこそ、立場も何もかも放り捨ててただ私人としての言葉を述べることが許されるというのならば、自分の理想はーーー

 

「……もしも、本当にそれが叶うというのならば、国など関係なく全ての人が笑い合って手を取り合える。そんな理想郷が実現する事を俺も望んでいますよ」

 

 もしも本当にそんな青臭い綺麗事を実現できるというのならば、それこそが一番だと。

 纏っていた鋼を外して、夢見がちな青臭い(・・・・・・・・)少年としての思いをリィンは告げていた。

 最もこれは本当にただの理想論だ。現実はそう甘くはない、そう理性は告げている。

 

「……ありがとう、その言葉を聞けて良かったよ。立ちはだかる壁が大きい事はわかっている。だけど、それでも(・・・・)、俺は、俺達(・・)はそんな未来にするために足掻き続ける。

 だから、もしもそうなった時はまた、クロスベルに皆と一緒に(・・・・・)遊びに来て欲しい。友人として(・・・・・)案内させてもらうから」

 

 されど、それでも、もしも本当にそんな未来が来るというのならと、そんな風に願う感情を抑える事はリィンには出来なかった……

 

・・・

 

休憩を挟み再開された会議の様子は、第1部の時とは違い、不穏な空気を齎し始めていた。議題に上がったのはクロスベルの安全保障問題。

 

 数ヶ月前、二大国からしてみれば”たかが”宗教団体如きに自治州全土が混乱に陥れられた≪教団事件≫。組織の上層部の腐敗具合がピークに達していた時期とも重なり、治安維持組織である警備隊の面々までもが操られ、IBC本社ビルを襲撃するという事態にまで陥ったことについてオズボーン宰相とロックスミス大統領はここぞとばかりに仲良く(・・・)責め立てる。その原因となったのはそもそも親帝国派でもって知られたハルトマン議長が教団にスキャンダルを握られ、脅された事でその腰巾着たる警備隊司令に教団の用意した薬を隊員たちに飲ませたため、というある意味では帝国にブーメランが刺さるものではあるのだが、オズボーンはそんな事は意にも介さずにただクロスベルの不祥事としてその件を追求し、ロックスミスもまたそれに追従する。

 皮肉にもディーター・クロイス市長が推し進めた改革によってクロスベルの政治体制が健全化されつつある事が不倶戴天のはずの二大国の長が図らずも共同戦線めいた状態を取らせる結果を生んだ。

 クロスベルという金の卵を生む鶏の所有権を巡って帝国と共和国は長年争い続けてきた。どちらの管理にするかで揉めている両国だが、クロスベルに自立されてしまっては困るという点では同じなのだ。故にこその共同戦線、所有権を決めるのはまたあとでやればいい、重要なのは、まず第一にこの金の卵を生む鶏を自由にさせないことだと言わんばかりに。

 大国としてのどこまでもエゴに塗れた主張を何の衒いもなく言ってのける。政争にかまけた(・・・・・・・)結果《教団事件》などという重大な事件を引き起こす事になった上に、そんな政治の腐敗を食い止める象徴たる君主や憲章と言った権威が存在せずに、頼みとするのは自治州法(・・・・)などという脆弱極まりないクロスベルが果たして安全を保障する事が出来るのかと。そもそも自治州法の欠陥も、クロスベルの政治家達が政争にかまける事となったのも原因は二大国の圧力によるものだと承知の上で、どこまでも厚顔に。

 

 そして二大国の要求はさらに加速していく。オズボーン宰相は警備隊などという自国の士官学院生に負ける程度の練度しか持たない上に、戦車も飛空艇も持たず、挙げ句の果に怪しげな組織に操られて市民を恐怖に陥れた役立たずの治安維持組織等解散して他国(・・)にそれを委ねるべきだと主張。そして求められれば、精鋭たるエレボニア帝国正規軍がそれを担ってもいいと主張。余りに過激すぎる発言に出席者達が必死に止めんとしたところで、共和国の大統領は冷静にオズボーン宰相の発言は余りに強引に過ぎる(・・・・・・)と諌めの言葉を述べる。

 しかし、更に続いて続けられた言葉に一同は凍りつく、「タングラム門に共和国軍が、ベルガード門に帝国軍が駐留するようにすればいい。そうすれば有事の際には何時でも駆けつける事が出来るはず」と。どちらか一方だけが駐屯するとなれば、それは火種に成りかねない。故に、ここは互いに妥協(・・・・・)しようと言わんばかりに。

 そんなロックスミス大統領の意図を察してオズボーン宰相もまた「一考に値するかと」と好意的な意志を見せ、両者は実にこれ見よがしに互いを称え合う。その帝国と共和国以外の小国の意見など考慮に値しないのだと見せつけるかのような光景に、流石に鼻白む列席者達と「ここは二国だけの会議ではない」と諌めるオリヴァルト皇子の言葉にオズボーンはわざとらしそうに謝罪の言葉を述べる。

 これこそが現実(・・)なのだと夢見がち(・・・・)な若い皇子へと見せつけるように。

 

 

 そしてそんな光景を目の当たりにしてリィン・オズボーンは忸怩たる思いを抱いていた。

 ……思うところがないわけでは決してない。何故ならばリィン・オズボーンは未だ若い(・・)から。だから、どうしても希望(・・)を信じたくなってしまう。

 されど、これこそが現実(・・)なのだとリィンは心する。確かに悪辣だが、それでもエレボニアの指導者としての父は決して間違っているわけではないのだからと。どこか、自分に言い聞かせるように。

 胸の中にある「他国とも手を取り合える未来」、そんな綺麗事はあくまで理想に過ぎないのだと押さえつけるかのように……

 

 トワ・ハーシェルは心を痛めていた。

 彼女とて理解しているつもりであった。政治や外交というものがどうしても『必要悪』と呼ばれるものを孕む事になる、決して綺麗事だけで済むものではないという事は。

 されど、それでもあくまでそれはつもり(・・・)でしかなかったのだと彼女は思い知らされていた。

 彼女は優秀だ。故に理解出来てしまう(・・・・・・・・)。オズボーン宰相の発言も帝国の指導者として決して間違いではないのだと。

 そして、自分たち帝国人はその恩恵を受けている(・・・・・・・・)側なのだと言うことも。

 だからそう、そんな自分がオズボーン宰相を声高に非難するというのならば、それこそ恥知らず(・・・・)な行いなのだという事も。

 だけど、それでも(・・・・)本当にオズボーン宰相閣下の突き進む以外の道が自分たち帝国人は選べないのかと、そんな青臭い(・・・)思いを捨てる事が彼女にはどうしても出来なかった。

 

 オリヴァルト・ライゼ・アルノールは憤っていた。

 他者に対してではない。無力な自分自身にだ。鉄血宰相の突き進もうとしている覇道ではなく王道を、威圧ではなく融和する道をこそ自分は選んだ。

 だが、それでも今の自分は実に無力だった。鉄血宰相の発言をどうにか皇族としての立場から諌めはしているものの、それでも宰相はどこ吹く風とばかりに突き進む。

 そしてそんな宰相へと同調した共和国の大統領によって、通商会議は完全に共和国と帝国が(・・・・・・・)如何にしてクロスベルというパイを取り分けるかという話へとなって来てしまっている。

 それを、自分は止める事ができない。帝国の指導者としての宰相が決して間違っている(・・・・・・・)わけではないという事がわかってしまうからだ。

 何故ならば政治や外交というのは古来より突き詰めればそういうものなのだから。帝国の指導者が考えるべきは帝国の繁栄であり、他国の繁栄や誇りなどというのは二の次なのだから。

 そんな事はオリビエとて理解している。だが、しかし、それでも(・・・・)自分は決して胸に抱いたこの青臭さ(・・・)を捨てはしない。

 これこそが自分の目指すべき未来なのだと、そう信じて歯を食いしばりながら、目の前の立ち向かうべき現実(・・)をしっかりと見据えていた。

 

 そしてそれら総てを呑み干し、ギリアス・オズボーンは鋼鉄の意志で突き進む。

 怒りも、嘆きも、敵意も、崇拝も、忠誠も、総て余さず受け止めて自分はこの道を突き進むのだと鋼の進撃を続ける。

 

 

 そして、会議の流れがまさに帝国と共和国の二大国の望む方向へと進もうとしている中……

 

「ーーー方々、下がられよ!!」

 

 議場にて待機していた《風の剣聖》が招かれざる客の襲来を告げた。




青臭い綺麗事を追い求める姿を尊いと思えるのは現実の無情さを突きつけてこそです。

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