(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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さあ、それじゃあ次の試練だ


《赤い星座》

「宰相閣下!ご無事ですか!!」

 

 襲撃と同時にリィン・オズボーンは他の護衛とともにすぐさま議場へと駆けつけ、焦りと共にそう叫んでいた。一瞬よぎった、血まみれで倒れ伏す父の姿、それを必死に振り払うように。

 

「私などよりもまず、オリヴァルト殿下の御身をこそ案じるべきだろう」

 

 しかして、そんな息子の懸念を父はどこまでも悠然とした様子で吹き飛ばす。

 そこには命を狙われているという事に対する恐怖も、予期せぬ襲撃に動転する様子も全く見られない、どこまでも常と変わらない威風堂々とした様子であった。

 まるでこの程度(・・・・)自分にとっては非常時でも何でも無い、取るに足らぬ日常だと告げるかのように。

 

「殿下、お怪我はありませんかな」

 

「はは、銃弾が特注ガラスに遮られたというのに、何をどうしたら負傷すると言うんだい?見ての通りピンピンしているさ」

 

 そんな調子で各国の武官が自らの主君の安否を口々に確認していく。幸いな事に負傷者は誰一人出ていなかった。ーーーもしも出ていたらクロスベルにとってはそれこそ悪夢であったであろう。

 

「覚悟してもらおう!《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン!!」

 

 告げられたテロリストの言葉、それはリィンも聞き覚えのあるとある男の声だった。《帝国解放戦線》、そしてロックスミス大統領を狙った反移民派のテロリスト、それが襲撃犯の正体であった。

 テロリストたちの語る弾劾の言葉を大統領も宰相も動じずに一笑に付す。それは別段自分たちの身の安全が武官達に保証されているからのものではない、彼らはおそらく死の間際であっても変わらず一国の代表に相応しい堂々たる態度を見せつけるだろう。

 その様は善悪(・・)はおいて、彼らが紛れもない傑物である事を示すものだった。

 

 ここにテロリストたちの末路は定まった。

 何せこの場に居る護衛役は遊撃士である《風の剣聖》アリオス・マクレインを筆頭に選りすぐりの腕利きばかり。

 どうやら建物がハッキングを食らって階下に居るクロスベル警備隊は足止めを食らっているようだが、そんな事は些事(・・・・・・)である。

 飛空艇に乗れる人員には限りがある以上、たかだか武装したテロリストの相手などこの場に居る面々だけで十分過ぎる。

 故に、これは危機でも何でも無いのだと、そう武官達は動き出そうとする。

 それは決して自惚れでも慢心でもない、実力に裏打ちされた自信というものである。

 断言しよう、そこらの(・・・・)テロリスト如きに今この場に居る精鋭たちが遅れを取る事はまず有り得ない。

 ひねり無く、順当に彼らは勝利するだろう。

 ーーー本当に襲撃してきたのが、そこらのテロリストのみ(・・)であったのならばだが。

 

「む、どうやらまだ一機居たようですな……まあたかだか(・・・・)テロリストの数が10や100程度増えたところで」

 

 大統領の護衛隊長を務める《クロフト・コールドウェル》少佐がそう告げようとする。

 彼もまた《ミュラー・ヴァンダール》や《ユリア・シュバルツ》同様に《達人》と呼ばれるに足る実力者。

 その言葉は決して大言壮語ではない。実際襲撃者がただの(・・・)テロリストであればそれこそ彼一人でも100人程度、十分に片付けられるだろう。

 

 しかし、現れた飛空艇に刻まれた紋章を目にした瞬間、コールドウェル少佐は余裕と自信に満ちていたその表情を強張らせる。

 そこに刻まれていたのは赤い蠍の紋章、大陸最強と謳われる猟兵団《赤い星座》、それが現れた襲撃者の名であった。

 

 《赤い星座》、それは西ゼムリア大陸でも最強と謳われる猟兵団である。

 ゼムリア大陸の《猟兵団》の中でも赤い星座と肩を並べるとされる《西風の旅団》は癖が強く、様々な分野のスペシャリストを抱え、中には戦闘力を然程持たない団員も居るのに対して

 《赤い星座》の団員に求められるもの、それはどこまでもシンプルに“強さ”である。

 こと単純な戦闘力であれば帝国正規軍において最精鋭と謳われる《鉄道憲兵隊》や共和国の誇る特殊部隊《ハーキュリズ》さえも上回ると言われている。

 団員全てが一騎当千と謳われる実力者で、部隊長以上の地位にあるものは全て《達人》の領域へと至った者達で、団長を務める《シグムント・オルランド》に至っては西ゼムリア大陸でも屈指の実力者である。

 

 そんな《赤い星座》が現れたという事実にその場に居た者達は表情を強張らせる。

 もはや楽観出来る状況ではない。この場に集った精鋭たちを以てしても勝利を確約出来る程甘い相手ではないのだ。

 流石というべきか、各国の首脳陣はそんな中でも毅然とした態度を保っているが、文官の中には哀れ恐慌状態に陥ってしまう者達も出ていた。

 それほどまでに《赤い星座》の名は重いのだ。

 

「ふふふ、よもや《赤い星座》を動員してくるとはな。最新鋭の軍用艇といい、どうやら余程気前の良い(・・・・・)スポンサーが背後に居ると見える」

 

 しかし、そんな命の危機を前にしてもギリアス・オズボーンは全くもって揺るがない。

 むしろ自分の想像の上を行くような手を打ってきた敵手をどこか讃えるような色さえ、そこには存在した。

 

「いやーこいつは流石にやばくないですかね、宰相閣下。そこらのテロリスト程度ならともかく相手が《赤い星座》となるとちょいと厳しいんじゃないかと」

 

 蛙の子は蛙というべきか、宰相の腹心たる《レクター・アランドール》もまた余裕に満ちた表情を崩さない。

 それは、武官達に対する信頼か、はたまた死ぬ覚悟が出来ている故か、それとも何か奥の手でも用意しているのか余人には判断がつかないところであった。

 

「確かに君の言うとおりだアランドール書記官。自治州の警備隊ごとき(・・・)には些か荷が勝ち過ぎるというものだ。ここは宗主国(・・・)としてその手を貸してやるべきだろうな」

 

 そこでオズボーン宰相はさあ、奮えよ我が息子。舞台は整ったぞと言わんばかりにリィンを見据えて

 

「准尉、手を貸してやり給え。守護の剣の皆伝、それが決して飾りでない事を証明して見せよ」

 

「御意。無謀なる襲撃者共に我が双剣を持って帝国の威信をその身に刻んでやりましょう。誰に(・・)喧嘩を売ったのか、それを教えてやります」

 

 告げられた父からの命令に対してリィンは敬礼を施しながら、鋼鉄の意志をその両眼に宿らせて応える。

 その光景は百の言葉よりも雄弁に、彼が《鉄血の継嗣》である事を示していた。

 そして、そんなオズボーンへと負けじとロックスミスもまた護衛達へと宗主国として(・・・・・・)手を貸すように指示。

 

 それはクロスベル側は断る事ができない。

 何せクロスベル側が現状動員できる戦力は遊撃隊として待機していた《特務支援課》と捜査一課のエースたるダドリー刑事位なのだ。

 いくら彼らが《教団事件》を解決したクロスベルの英雄であっても、元々警備隊の所属であった《ランディ・オルランド》や警備隊からの出向である《ノエル・シーカー》曹長を除けば本職の軍人でもない。

 警備隊が足止めを食らっているこの状況下で彼らだけで襲撃者の相手をするというのは余りに無謀が過ぎるというものだろう。

 いや、例え警備隊が足止めを食らっていなかったとしても協力を仰がざるを得なかっただろう。

 それ程に《赤い星座》は格が違うのだ。クロスベル警備隊のみで相手をするなら、それこそ一個大隊ではなく一個連隊は最低でも(・・・・)必要だろう。

 

 そして苦渋を飲み干すような表情で協力を求めるディーター市長とマクダエル議長の言葉を受けて

 リベールのクローディア王太女、レミフェリアのアルバート大公、そしてオリヴァルト皇子らもまた自らの(・・・)護衛達へと迎撃に当たるようにと命令を下す。

 当然、会場の警備を任されていた《風の剣聖》も遊撃士としての仕事を果たすべく迎撃へと当り、遊撃部隊として待機していた特務支援課もそれへと合流しようとする。

 

 此処に各国の混成部隊と大陸最強の猟兵団《赤い星座》の死闘が、幕を開けようとしていた……

 

・・・

 

「リィン君!」

 

 トワ・ハーシェルは気づけば戦場へと赴こうとしている大切な少年の名を呼んでいた。

 まるでこのままどこか遠くへ(・・・・・・)と少年が行ってしまうのではないか、そんな不安が心を過って。

 そして、そんな少女の不安そうな顔を見てリィンは何時もと同じ柔和な笑顔を向けて

 

「心配は要らない。君は必ず俺が護る。例え敵があの《赤い星座》であろうと、必ずや守り抜いてみせる。だから、どうか安心して待っていてくれ」

 

 ヴァンダールの剣は守護の剣なのだから。そして目の前の少女こそリィン・オズボーンが心から(・・・)護りたいと願う大切な陽だまりなのだから。

 誰が相手(・・・・)だろうと必ずや守り抜いてみせると誇りと共にリィンは誓う。

 

 そしてそんな何時もと変わらない優しい微笑みを向けながらも瞳に強い意志を宿した少年の様子にトワは何も言えなくなる。

 「行かないで」等と言う事は出来ない、彼が何のために(・・・・)戦おうとしているか、それが痛いほどわかってしまったから。

 

 故に

 

待っているから(・・・・・・・)!!」

 

 一言、そう告げる。貴方が生きて帰ってきてくれる事を私は信じていると不安を押し殺しながら。

 そして、そんな少女の言葉に少年は微笑みを以て返す。ああ、これは絶対に(・・・)死ぬわけには行かないなと師の教えを思い出しながら、戦いの場へと赴くのであった……

 

 

 去っていく少年の姿をトワは何時までも見送っていた。何時までも何時までも、不安になる心を必死に叱咤しながら。

 そのまま放っておけば何時までもその場に立っていそうだったが……

 

「いやはや、青春ですなぁ。若いとは素晴らしいものです、そうは思いませんかなオズボーン宰相閣下」

 

 どこかからかうような口調で愉快げに話すロックスミス大統領のその声にトワ・ハーシェルは思い出す。

 自分が今、どのような場(・・・・・・)に居たのかを。

 

「しかしまあ、彼も中々に隅におけませんなぁ。このような可愛らしいお嬢さんをああまで心配させるとは。

 こちらの方(・・・・・)も宰相閣下の薫陶の賜物ですかな?」

 

「いえ、恥ずかしながら若い頃の私は武骨も良いところでしてな。

 アレも私の要らぬところばかり似てしまったなと、そう思っていたのですが……ふふ、父としては少々安心というものです。

 帝国政府代表としては場を弁えろ、とそう叱責するべきなのかもしれませんが」

 

 どこか愉快気にそう応じる自国の代表の言葉にトワは改めて顔を真赤にする。

 自分が一体どこで何をしていたのか、それにすっかり気づいてしまったのだ。

 

「いやいや宰相閣下。それは些か以上に酷というものでしょう。

 愛しい恋人(・・)が戦地へと赴くというのならば、一言位告げたくなるというのが人の情というもの。

 むしろ、言葉を交わす程度(・・)で済ませただけ十分に自制しているというものでしょう」

 

「ふふ、アルバート大公の仰る通りだろう宰相殿。

 そもそもリィン君にしてもトワ君にしてもまだ正式に官職に就いているわけではないんだ。

 多少の事は、多めに見てあげるべきだと思うがね」

 

 青春真っ盛りの少年と少女、そんな光景を目の当たりにした事で緊迫した空気がどこか緩み、各国の首脳陣は実に暖かな視線を少女へと向ける。

 状況が改善されたわけでは決して無い、だが真面目くさった顔をして待っていれば状況が改善するというわけでもない。

 ならば、少しでも明るく振る舞う事、それこそが自分たち指導者の役割だろうと言わんばかりに。

 

 そしてそんな明るい空気は自然と伝播していき、恐慌状態に陥りかけていた文官たちもまた明るい表情を取り戻していく。

 ただ独り、トワ・ハーシェルだけは居た堪れない思いを抱え、しばらく顔を真赤にしているのであった……

 

 

 




オズボーンパッパ「息子が各国の首脳陣が居る前で堂々と青春真っ盛りな光景繰り広げたんだけど、こんな時どんな顔をすればいいのかわからないの」
カシウス「俺も娘と義息子が抱き合ってキスしながら落下してきた時はどういう顔すりゃ良いかわからんかったわ」

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