(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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「女の話をしよう。
 愛を知った時、女は魔物に変生する
 愛に濡れた唇は囁く
 "貴方のすべてを、私に下さい"
 愛しみと憎しみは本来、別々のもの。
 それが一つのものとして語られる時、
 これらをつなげる感情が不可欠になる。
 ――狂気だ。
 狂おしいほど愛している。狂おしいほど憎んでいる。
 他人への想いがこの域にまで達した時、愛憎(かいぶつ)は現れる。
 ……とかく、一目惚れとは暴力のようなもの。
 する方は幸福だが、される方には不意打ちだ。」


好きな男の人のタイプは強い人

 振り下ろされたテスタロッサの一撃、それはリィンの右頬と左胸をえぐり取った上でその肉体を吹き飛ばした。

 とっさに回避を試みたため、即死にこそ至らなかったもののそれでも、それは致命傷と言って良い傷をリィンへと与えた。

 壁に激突し、そのまま倒れ伏したリィンの身体から流れ出る命の雫が純白だった床を赤く染めていく。すぐに治療を施さなければ手遅れとなることは明らかであった。

 

 しかし

 

「くうっ!」

 

 そんな余裕は誰にも存在しない。

 均衡状態にあった戦況は戦力の一角を担っていたリィンがシャーリィに敗れた事で完全に赤い星座側へと傾いた。

 不味いと、誰もが表情を強張らせる。されど、その欠けた戦力を補う術は現状の彼らには存在しない。

 彼らとてそれぞれの敵手の相手で手一杯なのだ。

 必然自由となったシャーリィがその守備を突破せんと猛り、その矛先を部下と交戦していた特務支援課へと向けんとする。

 

「シャーリィてめぇ!」

 

 怒りを以て見据える従兄の視線を受けてもシャーリィ・オルランドはきょとんとした顔を浮かべ

 

「何をそんなに怒ってるのランディ兄。そもそもランディ兄がちゃんと本気を出していればこうはならなかったと思うんだけど」

 

「ッ!?」

 

 戦況はほとんど五分五分の状態だったのだから、本来であれば“達人”級の実力者たるランディが本気を出してさえ居ればこんなことにはならなかったのだと。リィン・オズボーンがやられたのはランディ・オルランドがつまらない擬態をしていたからなのだと、戦場のあらゆる要素を愛する生粋の戦闘狂は容赦なく己が従兄の欺瞞を指摘する。

 

「あーあ、本当になんでそんな風に腑抜けちゃったのかなぁ。今のランディ兄は正直見るに堪えないよ。せっかく最高の気分だったのに……台無し」

 

 先程まで向けられていた心地よい殺気と戦意に満ちた眼差しに比べて眼前の従兄のなんと情けない事かと、シャーリィ・オルランドはかつて憧れた存在の醜態に先程まで高揚していた気分が目に見えて落ち込むのを感じていた。

 ああ、アレほどに素晴らしい相手にはそうそう巡り会えないだろうなと、そんな自分が屠った相手の死を心から悼んでいた。

 

「少しはさっきのお兄さんを見習ってよ(・・・・・)

 

「ぐおおっ」

 

 ため息混じりに繰り出されたその一撃にランディは吹き飛ばされる。

 

「ランディ!」

 

 仲間たちの自分を案じる叫び声が響くもランディ・オルランドもまた床に倒れ伏し、戦闘不能へと陥る。

 リィンと異なり、傷が浅いのは次代団長と見据えている身内故だろう。

 あるいは、現状のランディでは殺す価値もないと思われたのか。

 

「うーん、此処まで腑抜けちゃっているとなると……やっぱり、アレかな。ちょっと強めの気つけが必要かな。

 ーーー例えば、大切なお仲間さんを失うとかね」

 

 良いことを思いついたと言わんばかりのその従妹の無邪気な笑顔にランディは背筋に薄ら寒いものを覚える。

 ーーー不味い、こいつは躊躇いなくそれをやってのけるとそう心が警鐘を鳴らす。

 ーーー勝てない、この従妹には今の仲間たちではまず間違いなく。

 ーーー援軍、それも期待できない。他の面々も手一杯なのだから。

 故に、此処で何とか出来るとするならそれは自分以外(・・・・)居ないのだ。

 だからこそ、もう取り繕う事は止めるべきなのだ。

 ずっと、良い()を見せてもらってきた。

 血まみれで罪に塗れた自分でもお人好し共に囲まれている間に、本当の仲間になれた気がした。

 こんな自分(・・・・・)よりも間違いなく彼らは生きるべき存在なのだから。

 例え、本性を明かした事で化物と、そう罵られる事になったとしてもーーー

 そんな決意と共にランドルフ・オルランドがシャーリィ・オルランドの期待通り(・・・・)に己が本性を解き放とうとした刹那

 

 シャーリィの予想も期待もはるかに超えた事態が起こる。

 ゆらりと立ち上がり、こちらを見すえる視線を感知したシャーリィは思わず口笛を吹いてそれを喜ぶ。

 

「ーーーへぇ、すごいねお兄さん。その傷でまだ立ち上がれるだなんて。

 うんうん、やっぱりお兄さんは最高だよ♪」

 

 ーーー95点と、そう不屈の闘志を前にしてシャーリィ・オルランドは目前の敵手の点数を上げる。

 そして再び獰猛な笑みを浮かべて油断なく構える。この手の本当ならば立ち上がれないような傷を負いながら、なおも立ち上がってくるような手負いの相手こそ一番油断してはならない存在だと熟知しているが故に。

 命が散華される前のわずかな一瞬、そのときこそ一番輝くと知っているが故に。

 期待以上(・・・・)だった極上の獲物をいざ、心ゆくまで味わい尽くそうと。

 

「神気合一」

 

 ーーーその瞬間、シャーリィ・オルランドは彼女にとっての『運命』へと出会った。

 

「…………………わぁ」

 

 それを目にした瞬間、先程までの無垢な子どもような様子から、打って変わった深い深い情念を込めた吐息が自然とシャーリィの口から漏れていた。

 シャーリィ・オルランドはこれまで幾度もカッコイイと思う存在へと出会ってきた。

 それは死んだ伯父であったり、父であったり、かつての従兄だったりと言った本物の戦士だ。

 今まで喰らってきた獲物の中でも極上の存在はそんなシャーリィがカッコイイと思うような戦士だった。

 それでも彼女は何処までも生粋の戦士である。だからこそ、それは初めての経験だった。

 戦いの最中に敵に見惚れてしまう(・・・・・・・・・)などという、そんな事は。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 

 響き渡る獣のような咆哮、それを聞き、その内面で猛り狂う殺意を律する鋼の如き意志を宿した凛々しい顔を見た瞬間にドクンと胸が大きく跳ねたかと思ったらやけにドキドキとしてしょうがない。

 ああ何なのだろうか、この感覚は。その視線に宿る濃縮された殺意、それをぶつけられただけでキュンとお腹の辺りが疼くのを感じた。

 

「愛する祖国のために。道半ばで散った戦友へと報いるために。大切な者を必ず守り抜くために。そして彼女の下へと必ずや生きて帰るために。

 ーーー貴様たちは此処で俺が殺す」

 

 ああ、本当に止めて欲しい。そんな事を言いながら傷を炎で焼き切って止血するだなんてそんな無茶苦茶な事を平然とするだなんてーーーどこまでこの人は自分をドキドキさせるつもりなのだろうか。

 いや、そもそも先程からのこの胸の高鳴りは何なのだ。

 いつもと同じ極上の獲物に出会えたことに対する喜び?ーーー似てはいるけど違う、だってこんな胸が締め付けられるような切ない思いを自分は今まで味わった事がない。

 ならば、“恐怖”とそう呼ばれる感情なのだろうか?ーーーいいや、それも違う。何故ならば今目の前にいる素敵な人(・・・・)よりも強い相手と出会った事は今までもあったが、それでも自分は恐怖したことなどなかった。

 何よりもこんなにも胸が高鳴って馬鹿みたいに浮かれている状態が恐怖している状態とは思えなかった。

 ーーーだったら一体この気持ちは何なのだろうとシャーリィ・オルランドが己の中に芽生えた初めての感情(・・・・・・)に戸惑いを抱いていると

 

「死ね」

 

 どこまでも無慈悲に苛烈な殺意と共に先程までとは比べ物にならない速度で白髪の鬼がその剣を叩き込んでいた。

 下腹部へと刻み込まれる傷、吹き飛ばされる自分の肉体。先ほどとは真逆に今度はシャーリィ・オルランドがその血でもって白い床を赤く染め上げていた。

 

 そしてそのままの勢いで鬼と化したリィンはシャーリィの部下達の命を一切の慈悲も躊躇いもなく刈り取っていく。敵手の変貌へと忘我の境地に陥っていたのも一瞬、すぐさま歴戦の猟兵達は目の前の脅威に対抗すべく弾幕を張るが……

 

「無駄だ」

 

 それらは全てリィンの肉体に届くこと無く身にまとう白焔によって阻まれる。

 そしてリィンの振るう双剣がまるでバターでも切り裂くかのように次々と赤い星座の闘気によって強化された鋼鉄のような肉体をその装備ごと断ち切っていく。

 此処に形勢は逆転した。背負う物が大きければ大きいほど、それへと報いるために強くなるのが“英雄”なれば、大切な者を守り抜くために、戦友の死へと報いるために、愛しい少女との誓いを護るために戦う今のリィンをたかだか精鋭如き(・・・・・・・・)程度では止める事は出来ない。

 今の彼を止める事ができるとすれば、それはーーー

 

 

 

「アハハハハハハハハハハッ!!!!アーーーハッハッッハハハハハハハハハハ!!!!!!!!

 アッハハハハ、アハハハハハハ!!!!!!!!」

 

 瞬間、狂ったような哄笑と共に致命傷を負った(・・・・・・・)はずのシャーリィ・オルランドが立ち上がる。

 シャーリィ・オルランドは恋というものを経験したことがなかった。

 戦いで高揚する事は何時だとてあった、されどそれは自分と同格の強者であれば誰でも良かった(・・・・・・・)のだ。

 故に、それは断じて恋ではなかった。だってそうだろう?“恋”とは曰く、その人(・・・)でなければ嫌だ、他の人間など目にも映らないといった状態になることらしいのだから。

 ああ、一体“恋”というのはどんな気持ちなのだろう、それはとても素敵で自分と同年代の少女たちは皆夢中になるものらしいが、どうも自分は他人に比べてズレているみたいだから果たしてそんな相手が本当に出来るのだろうかと、

 そんな年相応の少女らしい(・・・・・・・・)事を悩んだ事もあったがーーー何のことはない、ただ自分は出会ってなかっただけなのだ、運命の人に。

 

(この人が……シャーリィにとっての運命の人だぁ♥)

 

 ーー100点満点?否、点数化する事など出来はしない。もはや従兄の事も、先程までは魅力的に写っていた他の達人達もどうでもいい(・・・・・・)ものにしか今のシャーリィには見えなかった。

 恋する乙女(・・・・・)の目に映るもの、それは愛しい相手しか有り得ないのだから。

 ああ、なんてなんて素敵な人なんだろう。必ずこちらを殺してやるぞと殺意に満ちたその情熱的な視線で見据えられるだけで子宮の辺りが疼いてしょうがない。

 そしてそんな鬼のような殺気を持ちながらもそれらを律する鋼の如き意志の宿ったその凛々しい顔を見ているだけで胸のトキメキが抑えられない。

 

(ああ、女神様ありがとう)

 

 ーーーこんなにも素敵な人と巡り合わせてくれて。

 故にさあ、女神の与えてくれたこの機会を絶対にモノにしなければ行けないだろう。

 告白してくれるのを待つ?ーーー冗談じゃない、そんな事をして愛しい彼が間女や間男に奪われたら一体どうするというのか。

 そんな事になったら自分は絶対に堪えられない(・・・・・・・・・)。だからさあ、いざこの思いを伝えに行こう。

 

「オーガクライ」

 

 そして“英雄”に恋した“怪物”は覚醒を遂げる。

 最上位の猟兵が纏う事ができると呼ばれる漆黒の闘気、それをも超えた闘神の血族のみに許された高みへとシャーリィ・オルランドは至った。

 全てはただ一つ、目の前の愛しい彼に相応しい女でありたい、そんな健気でいじらしい乙女心(・・・)によって。

 

「行くよ、お兄さん。どうか、シャーリィのこの思いを受け止めて♥」

 

 無垢な少女から女となって、深い深い情念の込められた言葉を告げると共に、シャーリィ・オルランドにとっての夢のような睦言の時間が始まった。

 

 再び激突し合う両者だが、繰り広げられる戦いはもはや先ほどとは別物だ。

 繰り出す技の練度が違う、速度が違う、威力が違う。何もかもが桁違いになっている。

 そして、それは加速度的に激しさを増して行く。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオ」

 

 “英雄”はどこまでも高みへと至っていくーーー貫くために、守り抜くために、背負ったものへと必ずや報いるために、優しい陽だまりへと必ず生きて戻って帰るためにと。

 それはかつて魔竜相手にやった、我が身を省みない捨て身ではない。

 彼には此処で終わるわけには行かないと思わせるいくつもの宝があるから。祖国を、民を、愛しい少女を守り抜かんと戦う今の“英雄”は無敵だ。

 人を喰らう魔性の怪物など“英雄”によって討滅されるのが定めならば、ひねり無く順当に彼は勝利を掴み取るーーー

 

「ああ、良いよ……最高!!!私、今、誰よりも幸せ♥」

 

 否、此処にいるのはもはや単なる怪物ではない。

 “恋する乙女”は無敵なれば、“英雄”が大切な物へ報いるためにと覚醒を遂げるのならば彼女もまた覚醒を遂げる。

 誰かのためなどではない、ただただ愛しい彼に相応しい女でありたい、そんないじましい乙女心(・・・・・・・・)によって。

 身を焼く焔も、つけられた傷跡も何もかもが今の彼女にとっては愛おしい。

 ああ、私死んでもいいわ、ううん、貴方とずっと一緒に居たい、そんな相反する心がシャーリィの胸を満たす。

 

「ぐうっ!」

 

「アハハ!」

 

 そして激しさを増していく死闘の最中でついに互いに(・・・)致命打が叩き込まれ、両者は吹き飛ばされ壁へと激突する。

 死闘のさなかに互いに蓄積されたダメージ、そしてここに与えられた決定打。ここに死闘は幕を下ろす相打ちという形でーーー

 

「まだだ!」

 

 ーーー否、否、断じて否だ!

 自分は勝利を掴み取り、生きて戻らなければならない。

 何故ならば自分は守護の剣を掲げる者なのだから。

 自分の敗北はすなわち、大切な者の死をも同時に意味するのだから。

 護るために“英雄”はあらゆる不条理をねじ伏せて立ち上がる。

 

「ーーーああ、どこまで素敵なの貴方は♥」

 

 そしてそんな愛しい人の輝く勇姿を見て恋する乙女もまた立ち上がる。

 だってそうだろう、愛しい彼があんなにも素敵な姿を見せてくれたというのなら自分もそれに応えねば女が廃る(・・・・)というものではないか。

 ただただ、愛しい人に釣り合う女でありたい、そんな恋心によって“怪物”もまた道理を蹴飛ばし、無茶を押し通す。

 

 互いに残された力はもはや少ない、立ち上がった両者が決着をつけるべく残された力を振り絞り、最後の激突を行おうとしたところで

 

「総員、撤退する!!退却準備へと移れ!!」

 

 《シグムント・オルランド》の作戦の継続を断念する号令が響き渡った。 

 

 

 




認めよう、貴様は人の至宝であり、我が黄金に他ならぬと
壮麗な威光を前に溢れんばかりの欲望が朽ちた屍肉を蘇らせる
故に必ず喰らうのみ。誰にも渡さぬ。己のものだ
滅びと終わりを告げるべく、その背に魔剣を突き立てよう

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