(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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恋する乙女は竜をも超える

「撤退って何で!?」

 

 響き渡った団長命令、それを聞いた瞬間シャーリィ・オルランドは生まれて初めて、己が父からの命令に反発していた。

 シャーリィ・オルランドは生粋の戦闘狂だ。彼女にとっては強者との戦いこそが人生である。故についつい本来の任務そっちのけで興が乗ってしまうという事は良くあることだ。

 しかし、それでも彼女は生粋の猟兵でもある。故に明確に命令を下されて、それに反発するなどという事は今まで無かったのだ。猫のように気ままで奔放でありながら、それでも彼女はプロ意識を持つ猟兵なのだ。

 これがあるいは彼女が国家に所属する軍人で、座学が出来るだけの頭でっかち、あるいは家柄だけが取り柄のボンボンのような者が上官にでもなっていれば、それこそその士官は不幸にも後ろからの誤射(・・・・・・・)で女神に召される事となっただろうが、彼女が所属する赤い星座の団長は先代であるバルデルにしても今代の団長たるシグムントにしても凡そ、無能という言葉とは対極に位置する人物だったので、彼女がその命令に反発めいたものを見せるというのはコレまでには存在してなかった。

 

 そんな聞き分けの良かった自慢の娘(・・・・)についに訪れた春と反抗期に対してもシグムントは苦笑めいたものを浮かべて

 

「やれやれ、どうやらすっかりとその小僧に執心になってしまったようだな。普段のお前だったら気づいただろうに。

 ーーー屋上に行っていた手練二人がこちらに向かっている。このまま交戦を続けても突破出来る可能性は限りなく薄い。ここらが退き時と判断した」

 

 己が父の言葉を受けてシャーリィが気配を探ってみると、なるほど確かに屋上に向かっていた達人級の実力者二人がこちらに向かっているようだ。今も油断なくこちらを見据えている愛しい彼に夢中ですっかり周りが見えなくなっていた事にシャーリィは気づく。そして団長の言葉に理がある事を認めた。

 基よりこの作戦は言わば奇襲に近いものだったが、それをこうして凌がれた以上じきに足止めを喰らっている警備隊とやらも駆けつけてくる事だろう。そうなれば今が均衡状態にある以上、天秤があちら側に傾くのが必然というもの。故にシグムントの判断は至極妥当だ。退き際を見極めるのも、また指揮官の役目なのだから。

 

「ううっ……でもでもこんな機会またあるかどうか……」

 

 戦士としての理性は父の下した判断を是としながらも、それでもシャーリィは己が私情から何時になくうしろ髪を引かれる思いを味わっていた。今までシャーリィは誰に討たれようとそれはそれで良いと思っていた。何故ならば自分は戦士であり、弱い者が死ぬのが戦場なのだから。自分が幾多の戦士を喰らってきたように、自分が死ぬ時はその番が回ってきただけなのことだから。

 だが今の彼女は違う、自分に終わりを齎すとすればそれは、目の前の愛しい人がいい(・・・・・・・)、いや目の前の彼でなければ嫌だ、そんな想いが心を占めていた。そして同時に彼が自分以外の誰かに討たれるなど、想像するだけで気が狂いそうになる妬心に駆られる。それは恋をすれば誰もが多かれ少なかれ持つ、可愛らしい独占欲(・・・・・・・・)の発露であった。

 

「良いのか?お前も、そこの小僧もまだまだ強くなるはずだ。この一回を最初で最期の逢瀬にするというのは余りにもったいない(・・・・・・)とそうは思わんか?お前たちならばいずれ、兄貴や俺、そしてあの猟兵王の領域にまで到れる事が出来るだろう。

 現に今日の戦いだけで、お前もそこの小僧も大きく飛躍したのだからな」

 

「!?」

 

 嘆息しながら告げるその父の言葉にシャーリィを思い起こす。宿敵同士と言われた先代団長たる伯父《バルデル・オルランド》とその宿敵であった猟兵王《ルドガー・クラウゼル》の二人を。

 確かにそうだ、自分達二人は未だあの二人の境地にまでは至っていない。なのにたった一回限りで終わりにするなど余りに勿体無いし、あの二人のように幾度も戦場でやりあってその度に互いに刺激し合い、彼は男に、自分は女にそれぞれ磨きをかけていき、その果に心中(・・)出来るというのならそれはまさに文句のつけようもない、夢のような終わり方だとシャーリィは己が父の言葉に、さながら恋人との結婚生活を想像する乙女のようにうっとりとする。

 しかし、それでもシャーリィは一つ気がかりがあった。それは……

 

「うーでもでも、もしもシャーリィ以外の誰かにお兄さんがやられちゃうような事があったら……」

 

 シャーリィの最大の懸念はそれだった。何せ自分の愛しい人はこんなにも魅力的なのだから、絶対に自分から彼を奪おうとする間男や間女が雲霞の如く湧いて出てくる事だろう。もちろん彼の身持ちの固さをシャーリィは信じている、そんな誘惑などに彼は決して屈しないとそう思っている。

 それでも、愛している(・・・・・)故にどうしても一抹の不安が離れない、もしも自分以外の誰かにやられるなんて事になったらどうしようと。そんな事になったら自分は堪えられないとおそらく、シャーリィは生まれて初めて恐怖という感情を味わっていた。

 例え家族や自分が死の危機に瀕したとしてもそんな思いを今まで彼女は抱いたことはなかったというのに。

 

「お前の運命の相手(・・・・・)なのだろう。ならば自分以外には決してやられないと、そうお前の男を信じてやれ(・・・・・)。それが、イイ女(・・・)というものだ」

 

「……!?うん、うんそうだねパパ!信じて待つことが出来るのがイイ女(・・・)って奴だもんね!」

 

 そうしてシャーリィは頬を赤く染めながら潤んだ瞳でリィンの方を見つめて

 

「あのね、シャーリィはね。シャーリィ・オルランドって言うの!赤い星座の部隊長をやっていて、パパは団長を勤めているシグムント・オルランド!

 お兄さんの……名前を聞かせてくれないかなぁ……?」

 

 もじもじと、告げるその言葉だけ聞けば、年相応の可憐な少女に見えたかもしれない。周囲に死体がいくつも転がっていて本人自身も血まみれになっていて、凡そ少女には似つかしくない巨大な武器を携えている点に目をつぶればだが。

 

「帝国軍特務准尉リィン・オズボーンだ」

 

 ふざけるなと一喝してしかるべきだろう、されどリィンの脳裏に過ったのは気つけのためと言ってランディ・オルランドの仲間を眼の前で屠ろうとした光景。この手の手合いを無視するのは自分の周囲に危険が及ぶ可能性がある。

 そう判断したリィンはあえて目の前の人食い虎の相手をしてやることにした。

 

「リィン……リィンかぁ。えへへ、素敵な名前だね!」

 

 愛し気に自分の胸に刻みつけるかのようにシャーリィはリィンの名前を何度も口にする。

 

「あのねリィン……シャーリィ以外の人にやられちゃったら嫌だよ。リィンを殺すのはシャーリィだし、シャーリィを殺すのはリィンなんだからね。絶対に絶対にシャーリィ以外に殺されちゃったら嫌だよ……」

 

 信じている信じたい、だけどそれでもどうしても一抹の不安が拭いきれない。だから安心させて欲しいと言わんばかりに告げられた言葉にリィンは

 

「誰が相手だろうと殺される気など俺は毛頭ない。祖国のためにも必ずや勝利を手にする事こそが軍人の役目なれば。貴様も必ず俺が討ち果たしてやる、シャーリィ・オルランド」

 

 生きて護り続ける事こそが守護の剣なれば。道半ばで果てる気などリィンには毛頭ない。当然目の前の相手に殺される気とて。

 そして目の前の“怪物”を目覚めさせた責任からも逃れる気はさらさらなかった。

 

「!うん……うん!そうだよね!リィンはシャーリィの愛しの英雄なんだもん!!他の誰かにやられる事なんて有り得ないし、シャーリィみたいなのを許せるはずがないもんね!!」

 

 叩きつけられた戦意と殺意、それを前にしてシャーリィはまるで告白に対してOKを貰えたかのように本当に嬉しそうな表情を浮かべる。ああ、良かった。これならばどうやら愛しい彼を振り向かせるために、彼の大切な者を奪う必要など無さそうだと。もしも歯牙にもかけられていなかったのならば意識して貰うために、そうせざるを得なかったがどうやら自分のアプローチはきちんと実っていたようだと安堵する。

 

「えへへ、それじゃあねリィン!今度会った時はもっともっと貴方に相応しい素敵な女になってみせるから、その時はまた思う存分に殺し合おう(・・・・・)ね!!」

 

 そんな言葉を最後に告げて赤い星座達は引き上げていく。そして、それを追撃する余力はリィンたちの側にもなかった。

 潰走ではなく整然とした撤退である以上、無理な追撃は余計な被害を出す可能性の方が高い。そんな判断から各国の隊長も追撃命令を下すことはなく旗下の負傷者達の手当を優先。

 ここに、オルキスタワーの死闘は幕を閉じるのであった。

 

・・・

 

 赤い星座の所有する強襲揚陸艇《ベオウルフ》、その中でシャーリィ・オルランドはリィンに刻み込まれた腹部の傷、それを愛おし気にさすりながら先程の夢のような一時を思い出していた。

 思い起こすのは愛しい彼のあの殺意に満ちた素晴らしい眼差しとそれを律する鋼鉄の理性を宿した凛々しい顔。

 ああ、本当にあんなにも素敵な人がこの世に居たなんてとシャーリィは未だ夢心地の中に居た。

 

(本当に本当に楽しかったなぁ……)

 

 これが恋という感情なのか、なるほどこれは素晴らしい、確かに夢中になるのもわかる。

 これからずっと自分はリィンの事を事ある毎に思い出してしまうに違いない、今までなら十分に満足できた相手でもおそらく物足りなさを覚えてしまうだろう。

 それを思うと自分は随分と贅沢になってしまったとも思うが、それでもシャーリィはリィンに出会った事に対する後悔など毛頭なかった。

 だって彼に会えない時の寂しさや物足りなさはそれだけ、彼との逢瀬の充実さを証明するという事なのだから。

 心配しなくても機会は必ずや巡ってくるだろう、何せこれから訪れるのは《激動の時代》なのだから。

 そして彼はもっともっと強くなっていく事だろう。その鋼の意志で以て総てを呑み干し、より強大で魅力的になって。

 ならば、自分もその時に備えて女を磨かなければならないだろうとそんな決意と共に

 

「ねぇパパ、パパはランディ兄をバルデル伯父さんの後釜に据えるつもりなんだよね」

 

「ああ、腑抜けてしまったがアレの実力はお前も良く知っているだろう。数年程度鍛え直せば、まあものになるだろうさ。ーーー何せ、アレはどこまでいっても俺達と同じ(・・・・・)なのだから」

 

 ランドルフ・オルランドは紛れもない《闘神》の血を受け継ぐものなのだから。

 そしていずれ来る《激動の時代》、それを前にした時必然アレは力を求めざるを得なくなるだろう。

 何故ならば護るにしても抗うにしても力が必要なのだからとそうシグムントは踏んでいた。

 実際リィンが覚醒を果たさなければ、シャーリィの狙い通りにランディは己が本性を解き放つつもりであった以上、このシグムントの読みは凡そ正しいと言えるだろう。 

 

私じゃ駄目かな(・・・・・・・)

 

 不敵な笑みを浮かべながら告げられた娘の言葉、それを前にしてシグムントは一瞬目を丸くした後

 

「ククク、ハーハッハハハハハハハハ!!!!そうだな、確かに今のお前(・・・・)ならばその資格は無いでもないが……何故そんな事を言いだしたか聞かせてもらおうか」

 

 どこか意地の悪い顔を浮かべて問いかける父に娘の方は恍惚とした顔を浮かべて

 

「もーう、わかっているくせに。そんなの決まっているよパパ。愛しい彼に見合うだけの女に成りたい、そんな乙女心(・・・)が理由だよ♪」

 

 愛しの彼はどこまでも強くなっていくことだろう。それは単純な戦闘力だけではない、恐らくは兵を統べる将としても、やがては一軍を任される長になっていくだろう。ならばそんな彼に釣り合おうと思うならば自分もそれこそ《闘神》の名を受け継ぐ位の気概を持たなければならないだろう。

 再会した時に「なんだ、貴様はその程度(・・・・)だったのか」と彼に失望されるような事になれば自分は堪えられない。愛しの英雄が「こいつは自分が討ち果たさなければならない」とそう思うに足る存在にならなければ。

 

「ククク、確かにアレは中々に大したタマだった。己の中に住まう鬼、それに怯えるでもなく振り回されるでもなく見事に御していた。流石は鉄血の息子といったところだろう、腑抜けたランドルフの奴にも見習わせたい位だ」

 

 力は所詮力に過ぎないこと、それを理解しながらそれを律する鋼鉄の意志を宿し、甘さなど欠片も存在しないリィンをシグムント・オルランドは高く評価していた。それこそ向こうにその気があるとするならば、娘の婿として迎え入れても良いとさえ思うほどに。

 

「良いだろう、ランドルフのやつを連れ戻すのが本命ではあるが、他ならぬ可愛い娘の頼みだからな。改めて俺の持てる総てを叩き込んでやろう」

 

 ニヤリと笑みを浮かべながら告げられたその言葉は、すなわちこれよりシャーリィ・オルランドが地獄を見る事を意味していた。

 しかし、そんな常人にとっての地獄を前にしてシャーリィは年相応の少女らしい輝く笑みを浮かべて

 

「パパ大好き!!」

 

 我儘を聞いてくれた父親に抱きつきながら礼を述べる。まるで欲しかったプレゼントを買ってもらった子どものように。

 

(えへへ待っていてねリィン。私、必ず貴方に相応しいだけの女になってみせるから♪

 それで、お互いに成長して再会したその時は……思う存分に殺し、殺され合おうね♥)

 

 まるで結婚の約束をした恋人との再会を夢見るかのように、英雄に恋した怪物は英雄との再びの逢瀬を夢見ながら己が爪と牙を研ぎ始めるのであった……

 

 

 

 




オズボーン君「ウオオオオオオオオオオ」←殺意ガンギマリ。子どもには見せられないよ!な状態
シャーリィ「少しは私の愛しい彼を見習ってよランディ兄」
シグムント「少しはアレを見習ったらどうだランドルフ」

通商会議の方は逃走したテロリストは共和国に雇われた黒月と帝国政府に雇われたニーズヘッグにやられて
ロックスミス「あれれーおっかしいぞー。爆弾を解除したのはウチと帝国の人間、赤い星座の襲撃を防いで血を流したのは我々が連れて来た護衛部隊。逃走したテロリストを捕まえたのは僕たちが念の為頼んでおいた我々の友人だけど、クロスベル君は何をしていたんだろうなー」
オズボーン「いやはや、我々の配慮がなかったと思ったらぞっとしますな」

というイジメを食らってディーター大統領が独立宣言を行いました。
当然共和国と帝国は「何いってんだコイツ」的な目でクロスベルを見ています。

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