粗方の買い物を終え、ミュヒト氏が店主を勤めている交換屋を出た頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。
そうして帰路へとついていた二人だったが……
「あら、貴方達もしかして噂の士官学院の名物カップルさん?ふふふ、こんな時間まで仲良く二人で買い物かしら」
凛と良く響いた声を掛けられて振り向くとそこにはプロポーションも抜群の妙齢の美女がどこかいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「えっとその声……ひょっとして《アーベントタイム》のミスティさんですか?」
「あら、聞いてくれているの?嬉しいわね、ありがとう。今後ともよろしくね。トールズ士官学院生徒会長のトワ・ハーシェルさん♪
なんで自分の事を知っているのか?って顔ね。そりゃ知っているわよ、有名だもの貴方達。
小さいけど頑張り屋さんな会長さんと如何にも士官学院生って感じの真面目な副会長さんの名物カップルって事でね。
うんうん、やっぱりこういう買い物の時は彼氏君がちゃんと荷物を持ってあげないとね。そういうところでしっかり男の子している子はお姉さん的にもポイント高いわよ♪」
どこかからかうような笑みを浮かべながら告げる目の前の
「何故かよく間違われるんですが、俺達は恋人同士というわけではないですよ。無論、心の底から尊敬している大切な友人ではありますけど」
「あら、そうなの?こんな時間まで若い男女が一緒に連れ歩いているからてっきりそういう関係だと思ったんだけど」
「学院祭が近いからその買い出しを一緒にやっていたってだけですよ。どうにも若い男女が一緒にいると皆さんすぐにそっちの方に結びつけたがりますけど」
「そうですよ……私とリィン君は今はまだ恋人同士ってわけじゃないです……」
おや?とそこでリィンはトワの様子に違和感を覚える。この手の勘違いを喰らうのは初めてではない、そしてその度に二人でその勘違いを訂正するというのがお決まりのパターンだったわけだが、なぜだか今回の彼女はどこか元気がなかった。
(彼女も色々と忙しい身だからな、やはり疲れが溜まっているのかもしれない)
そんな自分の事を棚に上げた解釈をリィンがしていると、目前の女性はまるでちょうど良いおもちゃを見つけたかのように瞳を妖しく光らせて
「それじゃあ、フリーって事よね。どうかしら、此処は一つ年上のお姉さんと付き合ってみる気はない?
妖艶な笑みを浮かべながらそんな事を言い出す女性、美女と呼んで何ら差し支えのない女性からのその誘いにリィンは
「同じ手は食いませんよ、
やれやれととでも言いた気に告げられたリィンのその言葉に相手は目を丸くして
「……驚いたわね。きっちり変装していたつもりだったのにこんなにあっさり気づかれるだなんて」
「ああ、これに関してはある種の特殊技能みたいなものであって、別段貴方の変装が下手だったとかそういうのではないのでご安心ください」
ヴァンダール流の皆伝へと至った事でリィンの気配感知能力は一層研ぎ澄まされた。人が発する気配というかオーラというか、そういうものには人それぞれの特色があるのだ。無論本来であれば、一度顔を合わせただけの人物等そうそう覚えていないが、クロチルダ氏はやはりスターだけあってかどこか特別な気配を纏っていて、それ故にこうして判別がついたというわけなのだ。
「あら残念、てっきり声で一発で判別出来る位に私の事を思ってくれていたのかと思ったのに」
「またそんな事を……」
「ふふふ、実は冗談めかしているようで、これでも結構本気なんだけど」
そこでチラリと困惑しながらもどこか焦ったような様子を見せているリィンの傍らの少女の方にクロチルダは視線をやって、クスリと笑って
「ま、あまりやりすぎて馬に蹴られて死にたくはないからこの辺にしておこうかしら。ーーー最も本当に本気で欲しくなったら他人の者だろうと遠慮なく奪い取るのが私の流儀だけれど。
それじゃあね、恋人同士じゃないカップル未満の士官学院の名物コンビさん」
何時までも現状に甘んじているならば横から掻っ攫れても知らないわよと少女に対する警告を残してヴィータ・クロチルダ、もといラジオの人気パーソナリティ、ミスティは立ち去っていくのであった。
「えっと、リィン君……その、ミスティさんの事をクロチルダさんって呼んでいたけど……」
「ああ、かの高名な《蒼の歌姫》ヴィータ・クロチルダ氏だよ」
「えええええええ、あ、あの帝国でも最高のオペラ歌手って絶賛されている!?顔見知りみたいな感じだったけど、一体どうして!?」
「ちょっと、特別実習の時に縁があってね。まあ一方的にからかわれているって感じさ」
目の前の少女の滅多にない血相を変えた様子にリィンは戸惑いながらも返答する。
これは別段彼女がミーハーだからというわけではなく、マキアスとエリオットもそうだったが、帝都に住んでいる者だとトワ達の反応こそが一般的でリィンの反応が余りに薄すぎると評すべきだろう。リィンからしてみると入学時にエレボニアの生ける伝説たるヴァンダイク元帥閣下に会って訓辞を頂けるという史上の栄誉を拝しながらもどこか反応が薄かった他の面々の態度こそが不可解だったのだが。
「そ、そうなんだ」
「ああ、そうなんだよ」
それで話は終わり二人は再び帰路へとつく。
ただ「横から掻っ攫れても知らないわよ」という歌姫の警句がまるで魔女の残した呪いのようにトワの心にどこか重く刻み込まれる。
(うう、クレアさんも今のクロチルダさんも、それにエマちゃんも皆スタイル良いのに私の方は……)
ツルペタストーンと言った感じの同年代の他の少女には訪れたそれが全く持って訪れずに13歳位からほとんど成長が見えない我が身。栄養状態に問題があったわけでもないし、不摂生をしたわけでもない。むしろ隣の少年には及ぶべくもないが、それでも自分とて列記とした士官学院生である以上身体だって鍛えている方だ。
同年代の中ではかなり健康的な生活を送ったと言っていいだろう。それにも関わらず自分の身体は期待とは裏腹に全く以て成長してくれなかった。
(男の人って胸が大きいほうが好きだって言うけど、リィン君もやっぱりそうなのかな……)
ジョルジュが聞けばそのへんは本人に聞かないとわからないんじゃないかなぁと誤魔化すであろう。
クロウが聞けば「当たり前だ!男は皆おっぱいが好きだ!!」と力説するであろう。
リィン本人が聞けば一瞬頭を空白にした後に自分がパートナーに求めるのは外見よりも内面だ等と言うであろう。
アンゼリカが聞けば「気にする事はない!トワはそのままで良いんだ!」と力一杯に力説するであろう。
そんな年頃の少女らしい悩みを抱えて、トワ・ハーシェルは気になる少年の見え隠れする女性たちと己が身を比較して少し落ち込むのであった……
・・・
「実は先輩たちにお願いがあるんです」
寮へと戻って来た二人に対して意を決した様子で委員長たるエマは夕食の場でそんな事を改めて告げてきていた。
「他ならぬ命の恩人達の頼みとあれば大抵の事は喜んで聞かせて貰うぞ。察するに学院祭の出し物決めに関する事かな?」
《帝国解放戦線》によるガレリア要塞の列車砲奪取未遂事件についてはリィンも聞き及んでいた。一歩間違えばそれこそ取り返しのつかない事態となっていたことも。いくら銃弾程度では死なないにしても、流石に列車砲の直撃などを食らっては生き伸びる自信などリィンには無い。そういう意味で言えば、目の前の後輩たちは紛れもない命の恩人と言えるだろう。リィンはその手の義理というものを重んじる人間なので、出来る限りそれに報いたいと思っていた。ーーー当然、それは目の前の後輩たちならばどこかの悪友と違って真っ当なお願いをしてくるだろうという信頼あってである。
「ピンポンパンポーン大正解」
「元々私達はよそのクラスに比べて人数も少ないしなんにしようかなって悩んでいたんです」
「ああ、そうだな確かにⅦ組はその辺がネックだよな」
人数が少ないという事はそれだけ人手が少ないという事である。その事から凝ったアトラクションを出すというのを断念したわけだが、劇は劇でちょうどⅠ組がオペレッタを実施する予定があるという事で被りを捨てるために除外。どうしたものかと頭を悩ませていたのが
「そこで僕が言ったんだー去年リィン達がやっていたアレやりたいって」
ピシリとその義妹の無邪気そのものの言葉を聞いた瞬間に食後のコーヒーを口に運ぼうとしていたリィンの手がカップを宙に浮かべたままに止まる。
「その、確かに言われてみると人数的にも先輩たちが昨年度やっていたアレはピッタリだなと思って……」
どこか気まずそうな様子でマキアス・レーグニッツは告げる。彼も昨年度父に連れられて学院祭へと来ていたからリィン達のステージを知っているメンバーの一人であった。
「アレなら役割分担して全員活躍できるし、何よりも皆で音楽やれるなんて僕にとっては願ってもないし!ミリアムが提案した時はどうしてそれを思い出せなかったのかってなったよ!」
久しぶりに大好きな音楽に打ち込めるとあってエリオットはそれはもう嬉しそうな笑みをリィンへと向けている。
「と、そんなわけで先輩方が昨年やったステージを私達の出し物にしてはどうかという流れになったんですが……」
「あいにく、そのステージとやらがどういうものかいまいち我らにはピンと来ないのです」
「オーケストラによるクラシック演奏やオペラのようなものならともかく、ステージなどというのは俺も生憎見たことがなくてな」
「そんなわけで先輩たちの昨年やった見本を見せてもらえないかって話になって」
「そういう事ならきっと電子データで記録映像が残っているはずだとクロウ先輩が言って、是非ともそれを見せて貰いたいとそういう流れになったわけだ」
ニヤニヤした笑みでこちらを見つめている悪友の姿がリィンにとっては腹立たしくてしょうがない。
正直、出来る事ならばあんな衣装をした自分の姿を他人になど余り見せたくはない。
しかし、後輩たちのお願いというのは至極妥当なものだし、どのみち2年生ならば知らぬ者はいない上に、エリオットとマキアス、ミリアムは既に見たことがあるのだ。ならば、いまさらそこに新たに6人加わったところで如何程のものだろうか。ーーー何よりも己の過去や闇と向き合う事こそ英雄なれば此処で退くわけには行かないだろう。
そんなまるで決死の戦いへ挑むかのような悲壮な覚悟を持ってリィンはトワの了承も得てⅦ組の依頼を快諾するのであった。
・・・
「「「「「「…………………………」」」」」」
翌日視聴覚室にて映像を見た一同の中にどこか気まずい空気が舞い降りる。
それは言うなれば押し入れを整理していたら思春期の妄想が詰まったノートを見つけてしまったかのような気まずさ。演奏自体は素晴らしいものだった、それは確かだ。
だが一同としてはどうしても良く見知った人物のその余りに奇抜な衣装姿の方にどうしても目が行ってしまうのであった。
リィンの方は言うと、一周通り越して逆にその心は穏やかに澄み渡っていた。それはそれとしてニヤケ顔でいる元凶の横っ面を今すぐに殴り飛ばしたい衝動が絶えず彼の心を襲っているが。
「……意外な趣味」
「……その、服の趣味は人それぞれですから」
後輩たちがなんとかフォローしようという優しさが逆に心に染み渡る。しかし、これは断じて自分の趣味ではない。そこのニヤケ顔を浮かべている男の犯行であるとそうリィンが主張しようとしたところで
「いやー俺は趣味悪いから必死に止めたんだけどなぁ。そいつがどうしてもって言うから仕方がな」
告げようとした言葉を最後までしゃべる事無く歴史の捏造という許しがたい暴挙を行おうとしたクロウ・アームブラストに対してリィン・オズボーンは無慈悲なる粛清を敢行した。
拳を顔に叩き込まれてキリモミしながら吹き飛んでいくその元凶の姿を見たことでリィンの心は大変に安らいでいた。
「これは先輩としての、いや被害者としての忠告だが、衣装をそこの男に一任することだけは辞めておけ」
でないと俺のような目に遭うからなと、どこか哀愁を漂わせながら告げるその常ならぬリィンの言葉にⅦ組一同は静かに頷くのであった……
ちなみにオズボーン君の一番好みの外見をしている女性はクレア義姉さんです。