(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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魂のこもった青春は、 そうたやすく滅んでしまうものではない。


終わりの足音

「これで……後は条件を整うのを待つだけというわけか」

 

 ミリアムとエマ、二人の少女を連れて旧校舎を後にしたリィンはそう呟く。

 そこに第一の試しを突破した時に協力を依頼したレクターとクレアの姿はない。

 レクターの方はクロスベル方面への対応で、クレアは貴族派への対応でどちらも多忙を極めており、こちらに関わっている暇がなくなってしまったためである。

 そして、リィンが皆伝へと到達した事で無理に二人の協力を求めずとも三人でも十分に突破できるようになったためでもある。

 クレアは確実を期して自分達がまた動けるようになってから攻略を行うべきだと主張したが、またしてもセリーヌの「そんな悠長な事をしている時間はない」という無慈悲な言葉の前に沈黙する事となった。

 

「ええ、準備が整い次第《第二の試し》が発動します。……そしてそれを乗り越えた時、先輩は正式に《巨イナル力》の欠片の一端、《騎神》の担い手たる《起動者》となります」

 

 そしてエマは自分自身も改めて決意するように真剣な眼差しをリィンへと向けて

 

「改めて、本当によろしいんですね?これを手にしてしまえば、先輩は古からの巨大な運命に巻き込まれる事となります。

 騎神が災厄を退けて人々を守る盾となるか、それとも全てを破壊して支配する支配者となるか、それは先輩にかかっています。そんな責任を背負う事となる覚悟が、貴方にはありますか?」

 

「ああ、この帝国でかつての《獅子戦役》のような事態やあの《魔竜》が蘇るような事態が起ころうとしているというのならば尚更だ。

 本当に巨大な運命などというものが存在するのならば、それを切り開き乗り越えるためには“力”が必要だ」

 

 想いを貫くためには力が必要なのだ。父がクロスベルで述べたように力の伴わぬ思いは巨大な存在の前に呑み込まれるしか無い。理想を実現させたいというのならば、どうしても力が必要なのだ。力のない理想や正義など、ただの綺麗事にしかならないのだから。

 

「故に俺は手に入れる、《巨いなる騎士》の力を。運命に巻き込まれたからではない、己が意志で以て道を切り開くためにだ」

 

 運命などというものに自分の人生を決められてたまるものか。

 自分がこの道を進むと決めたのは自分の意志によってだ。決して誰かや人智の及ばぬ巨大な存在に操られた結果等ではない。そこで発生する恨みも憎悪も怒りも自分が背負わなければならないものだ。断じて自分はやりたくなかったが巻き込まれてそうせざるを得なかった、などと被害者面をする気など無い。

 自分は他ならぬ自分の意志で、自らが望んでこの道を選ぶのだとリィンは鋼の意志を込めて改めて宣誓する。

 そしてそれはすなわち友人たちと交わしたある約束(・・・・)を違える事を意味していた……先延ばしにし続けていたが、いい加減覚悟を決めて告げねばならないだろう。

 そんな決意と共に二人と別れたリィンは技術棟の方へと歩を進めた……

 

・・・

 

 技術棟に集った5人組、彼らは学内でも特に仲がいいと評判のグループだ。

 出自も立場も考えも将来の進路も皆バラバラだが、それでも彼らは妙に馬が合った。

 サラ・バレスタイン教官の指導の下でARCUSのテスターへと選ばれた事で5人揃って多くの苦難を乗り越えた。掛け替えのないいくつもの思い出がある、確かな絆が存在する。

 時に喧嘩する時はあれどもそれでも彼らが集まる時は大体笑顔に満ちた和やかで温かな空気がその場を満たしていた。

 しかし

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 常ならぬ重い空気が、その場を満たしていた。

 そしてその空気を齎した張本人たるリィンは負い目を抱えながらも、自分は断固として退く気はないという強い意志を見せていた。

 罵倒は甘んじて受け入れる、されど意見を翻す気はない、と。

 泣きながら出ていってしまったトワに対して罪悪感を抱きながらも。

 

 きっかけは改まった表情でリィンが告げたある言葉であった。

 「自分は卒業と同時に正式に任官する。だから悪いが約束していた旅行にお前たちと一緒には行けない」と。

 当然四人は説得を試みた。それは別段約束していた卒業旅行を反故にする事に対しての怒りではない。

 純粋に友人であるリィンの身を案じての事だ。

 今、エレボニアは加速度的に緊張が高まっている。それは革新派と貴族派の対立もそうだが、新たにクロスベルの独立問題等というものまで持ち上がってきたのだ。

 無論クロスベルそれ自体はエレボニアにとって脅威でも何でも無い、問題なのは西ゼムリア大陸の火薬庫たるクロスベルが独立を表明したというその事実である。

 基よりクロスベルは《クロスベル戦役》により多数の人命が失われた帝国と共和国の双方の妥協の結果両国を宗主国とする形で自治州となった特殊な地域である。

 当然帝国にしても共和国にしても独立等認めるはずもない、下手をすれば調子に乗った属州へと鉄槌を下すべきだと両国の過激な国粋主義者等主張するかもしれない。

 共和国と帝国の全面衝突によるクロスベル戦役の再来、それさえも下手をすればあり得る情勢なのだ。

 

 そしてエレボニアの抱えている火種はそれだけではない。

 既に《帝国解放戦線》の裏で貴族派が糸を引いているというのは半ば公然の秘密であり、革新派と貴族派の対立は激化の一途を辿っている。オリヴァルト皇子等は各地の《皇道派》の面々と接触しまとめ上げながら、革新派ならばレーグニッツ知事、貴族派ならばハイアームズ侯爵やルーファス卿といった両派に置いても穏健的で知られる面々となんとかコンタクトをとって対話による決着を図ろうと試みているが、肝心の両派のリーダーたる鉄血宰相とカイエン公爵は互いに対決姿勢を崩そうとはせずに現状彼の努力は焼け石に水といったところである。

 

 この情勢下で軍人になって、安全な後方支援の任務につくなど本人とそして彼の父親の性格的にも凡そありえぬ事だろう。十中八九共和国、あるいは貴族派との戦いにおいてリィン・オズボーンはその先陣をきる事となるはずだ。

 軍人の役目とはそういうものなのだろう、そして彼がそんな軍人足らんとしていた事を友人である彼らは良く知っている。それでも、やはり大切な友人に危険な事をして欲しくないというのがやはり人情なのだ。

 だからこそ彼らは友人の説得を試みた、そこまで焦らずとも良いじゃないかと。どこか遠くへ行ってしまいそうな友人を引き止めるべく。

 しかし、そんな彼らの説得に応じたのは日頃友人たちに向ける柔和な笑みではなく、軍人としての鋼の宣誓だった。

 

「お前たちが俺を心配してくれる気持ちは嬉しく思う。そして約束を破る形となって申し訳ないともな。

 だけど、それでもこの情勢下だからこそ俺は青春の延長をする気にはなれない。

 祖国に動乱が迫っているからこそ、誰かがその命を掛けねばならぬというのなら俺はそれを担う者となる」

 

 それでもとトワは必死に言い募る。しかし、これまでであれば折れていた少女の頼みを聞いてもリィンは約束を破る事に対する謝罪は述べても、己が言葉を撤回する様子は一切見せない。

 

 そして……

 

「リィン君のバカーーーーーーー!!!」

 

 泣きながら去っていく大切な少女の姿に心を痛めながら、それでも泣かせた張本人たる自分が追うわけにも行かず苦い思いを抱えながらもリィンはその場を動かない。

 そんな事情を察したのだろう、アンゼリカはため息をついた後にリィンを一瞥だけしてすぐに自らの親友の後を追い出す。リィンとしてはこれの発案者である彼女に一発位殴られる事を覚悟していたのだが、予想に反して彼女は殴る事も、責めるような事もしなかった。

 

 そして後に残されたのは重苦しい沈黙に包まれた場と三人の男であった。

 

「……お前たちは何も言わないんだな。罵倒の一つや二つ位、されるのは覚悟していたんだが」

 

「して欲しいのか?して欲しいんだったらいくらでもしてやるぜ。この唐変木、朴念仁、女泣かせの堅物野郎ってな」

 

 冗談めかした口調でそんな事を告げた後にクロウは真面目な表情を浮かべて

 

「ま、別にてめぇが間違っているわけじゃねぇからな。

 約束ったって元々はほんの些細な口約束だったわけだし、あの頃とは状況も色々と変わってきている。

 俺達との約束以上にやりたい事が出来たんだろ?それならしょうがねぇさ。

 人には優先順位ってものがあるからな。ダチだからって他の何を差し置いても最優先しなきゃならねぇってわけじゃねぇだろ。

 お前にとっては軍人になって親父のために働く事が俺達との約束より重かった、そんだけの話だろ」

 

 物事には優先順位があるのだから、そしてそれの最上位に常に友情が来るとは限らない以上リィンの行為は仕方のない(・・・・・)事だとクロウはどこか達観して告げる

 まるで元々いずれこうした終わりが訪れる事を予期していたかのように。

 

「そうだね……アンもそれがわかっているから特にリィンを責めなかったんだと思うよ。

 ただの友達(・・・・・)でしかない自分には青春を続けるというモラトリアムの延長よりも、夢を優先したリィンを止める資格はない、そう思ったんだろうね」

 

 アンゼリカ・ログナーは元より自分のやっている事がモラトリアムでしかないという自覚があった。

 だからだろうか、無いものねだりというわけではないがリィンがアンゼリカの奔放さをどこか眩しく思っていたように彼女もまたリィンの夢や目標のために一途に走るその姿を眩しく思っていたのだ。

 そんな自分には出来ない生き方が出来る相手に対する敬意を互いに抱いていたからこそ、真逆であるリィンとアンゼリカ、二人の友情は今日まで長続きしたと言って良い。

 

「だから、僕からも特に何か言う気はないよ。

 別にリィンが僕たちの事をどうでもいいと思っているわけじゃないって事はわかっているから」

 

 時に人には友情よりも優先させなければならないものがあるという事は自分もよく知っているとでも言いたげにジョルジュもまたクロウ同様にリィンを責める事はしなかった。

 

「ただよ、これだけは聞いておきたいんだが……お前自身は本当にそれで良いのか?」

 

 常のふざけた態度とは打って変わってクロウはどこまでも真摯な瞳でリィンを見据えながら続けていく

 

「さっきも言ったように理屈の上じゃ別にお前は何も間違っちゃいねぇぜ。

 むしろまあ、どっちかと言えばトワの奴のほうがワガママ言ってるのに近いだろうさ。

 友人だろうと、あるいは家族だろうと本人がそう決めたのなら止める権利なんてないんだからよ。

 ましてやお前は国のため、民のためにその命を賭けるって言ってんだ、それこそ外野からすると「おお、天晴。彼こそ帝国男子の鏡である」ってなもんだろうさ。

 当然だな、そいつらにとっちゃお前はせいぜい新聞でちょっと見た程度の存在でしか無いんだ。

 そんな奴が奇特にも自分たちのために身を削ってくれるって言うんだ、そりゃ有り難くっていくらでも礼程度言うだろうさ」

 

 何故ならば彼らにとってはリィン・オズボーンはあくまで他人でしか無いから。

 極論生きようが死のうがどうでもいいのだから。些か露悪的な側面はあるが、クロウの告げる事は間違っているわけではない。

 リィンを若き英雄だと讃える多くの者達は、彼が死んだときこそ多少その死を悼むかもしれない。

 だが、それで終わりだ。まだ若かったのに気の毒にねと済ませて彼らは彼らの日常へと戻っていくだろう。

 そしてそれは別に責められる事ではない、何せ彼らにとってリィンは他人でしか無いのだから。

 

 しかし、トワ・ハーシェルを始めとする彼個人を大切に思う人々は違うだろう。

 四六時中考えるわけではない、だがそれでもふとした時に自分の大切な人はもうこの世にいないのだという喪失感を味わいながらその後の人生を歩んでいく事となる。大切な人を失うとはそういう事なのだから。

 

「なぁ、それでお前は本当に良いのかよ?

 大切な女泣かせてよ、自分の身をボロボロに擦り減らして、見も知らぬ他人や国のために尽くして本当に幸せか?」

 

 告げられた親友の言葉に、わずかばかりリィンは目を閉じて思案した後に

 

「ーーーああ、無論だとも。俺は俺自身の意志と望みでその道を選んだ。

 それに何も俺は見も知らぬ他人のためだけにこの命を賭けようと思っているわけじゃない。

 祖国を護りたいと思うのはそこに大切な人達が住んでいればこそ。国を護りたいという意志は、俺の愛する大切な人達を護りたいという意志だ」

 

 鋼鉄の意志を宿して再び宣誓をする。誰に強制されたわけでもない、自分は自分の意志でこの道を往くのだと。

 

「……そうかよ。そこまで言うんだったら俺からはなんにも言う気はねぇ。まあ、精々後悔だけはしないようにな」

 

 それだけ告げるとクロウはその場を立ち去っていく。

 バタンと扉の閉まる音がして、しばらくの間静寂がその場を包み込む。

 

「……コーヒー、飲むかい?」

 

「ああ、頂こう」

 

 ジョルジュより差し出された熱いコーヒーをリィンは一息に飲み干す。

 強化されたリィンの身体は熱湯を突如として注ぎ込まれても火傷する事もなく、それを吸収していく。

 しかし、飲み干したコーヒーの味は何時になく苦かった。

 




青春は単なる人生の花盛りではなく、 来るべき結実の秋への準備の季節である。

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