(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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鉄血の子と《赤き翼》

 朝食の場、Ⅶ組の面々は困惑していた。

 昨夜の夕食でリィンとトワ、入学以来ずっと世話になっている二人の先輩の様子が何やら何時になくぎこちなかったからだ。二人の友人であり、今はクラスの一員でもあるクロウに確認すれば何やら喧嘩をしたとのことで、これはしばらく気まずい空気が漂うでのはないかと身構えていたのだが……

 

「はい、リィン君」

 

「ああ、ありがとう」

 

 繰り広げられるのは仲睦まじいとそう言う他ない二人の様子。以前から仲の良かった二人ではあったが、今朝になって二人の間から醸し出されるのは完全に恋人同士のそれである。

 

 

「ふふふ、お二人ともそうされているとまるで新婚のご夫婦のようですね」

 

 第3学生寮の管理人たるシャロン・クルーガーがそんな風に悪戯っぽく告げる。

 今までであれば顔を真赤にして慌てていたそんなからかいを受けてトワは……

 

「……えへへへ、そんな風に見えますか?」

 

 嬉しそうに微笑みを浮かべる。その微笑みはまさしく幸せいっぱいといった様子でその表情に居合わせた面々は総てを確信する。ついに正式にこの二人がそういう関係になったのだと。

 

「はい、それはもう。大変に仲睦まじい様子で独り身としては少々目の毒ですわ。そうは思いませんか、サラ様?」

 

「……ちょっと、何でその流れでこっちに話題ふるのよ」

 

「それはもう、20を過ぎているのに寂しい女やもめの身として色々と身につまされるのではと思った次第です」

 

「ははーんさては、喧嘩を売っているわね?」

 

「いえいえ、そんな滅相もございません」

 

 この場において既に成人している二人の女性がそんな漫才を繰り広げるのを他所に二人は相も変わらず甘い空気を醸し出す。人目をはばからずにいちゃついているというわけではないのだが、なんという二人の距離が明らかに接近しているのだ。もとより前々から付き合っているのだと専ら囁かれていた二人だ、そんな光景を見せつけられれば自ずと一行としても悟る事になる。すなわち……

 

「……とまあ、そういうわけでトワと俺は正式に交際する事になった。

 無論、学生としての節度を持って付き合うつもりだし、お前たちには努々迷惑をかけないように務めるのでまあよろしく頼む」

 

「は、はあ……」

 

「それは、そのおめでとうございます」

 

 改まって告げられた言葉にⅦ組の面々はなんと答えたものやらと言った具合に反応する。正直付き合っていないといわれるたびに本当かと前々から思っていた二人なので改めて告げられたところで今更?と言うのが正直なところである。

 

「あはは、姉さんと父さんはまたきっと大騒ぎするんだろうな……」

 

「おーじゃあトワが僕のお姉ちゃんになるんだね。クレアとレクターにも伝えておこうっと」

 

 そんなふうにリィンの身内たる二人は新しい家族になるかもしれない存在に自分たちの家族の反応を想像して

 

「はは、雨降って地固まるって奴かね。おめでとさん」

 

 二人の悪友もまた軽口を叩きながらそれを祝福する。

 しかし、一転して真剣な表情を浮かべて

 

「リィン、友人としてお前さんにこれだけは言っておかなくちゃならねぇ。心して聞いてくれや」

 

 常になく真剣な表情を浮かべてこちらを見つめるクロウに、リィンもまた真剣そのものの視線で返す。心して聞かなければならないと。

 

「避妊はちゃんとしろよ」

 

 瞬間、クロウ・アームブラストの身体が宙に舞った。

 

 

・・・

 

 リィン・オズボーンとトワ・ハーシェルが正式に交際を始めてから数日、今年最後の特別実習の日が巡ってきた。行き先はトワ率いるB班がカイエン公爵が治めるラマール州の州都オルディス、リィン率いるA班がログナー侯爵が治めるノルティア州の州都ルーレへと赴く事となった。

 当然この情勢下で《鉄血の子ども》たるリィンとミリアムが四大名門のお膝元に赴く事に対する懸念も述べられたが、教官たるサラ・バレスタインが太鼓判を押したことで決行の運びとなった。学院長たるヴァンダイク名誉元帥がバリアハートの二の轍を踏むとも思えないので、これに関しては信頼して問題ないだろう。

 そうして朝、何故か今回に限って両班共に、グラウンドでの集合を命じられて、来てみれば現れたのは真紅の巨大な飛空艇。リベールの《ZCF》とも共同で作り上げた、世界最速たる高速巡洋艇《アルセイユ》の二番艦《カレイジャス》、そしてその艦長を務める《光の剣匠》、ヴィクター・S・アルゼイド、それがオリヴァルト・ライゼ・アルノールが己が理想を綺麗事(・・・)で終わらせないために手に入れた、否築き上げた“力”であった。

 そして艦の帝国各地へのお披露目飛行のついでに自分たちを実習地まで送っていくというオリヴァルトからの好意により、リィン達は《カレイジャス》へと招待されるのであった。

 

「お初にお目にかかります、アルゼイド子爵閣下。自分はトールズ士官学院2年Ⅰ組所属のリィン・オズボーンと申します。名高き《光の剣匠》へと会えたことを光栄に思います」

 

 敬礼を施しながらリィンは艦長席に腰をかけている目の前の人物へと挨拶を行う。

 ヴィクター・S・アルゼイド、それは《光の剣匠》の異名を持って知られる帝国における二大流派《アルゼイド流》の総師範を務める人物でもあり、リィンの師であるマテウス同様《獅子心十七勇士》にも名を連ねている帝国において最高峰の武人の名である。マテウス卿同様にかねてより皇道派で持って知られている人物であったが、それでも列記とした子爵位にある領地持ち貴族でもあったため、革新派と貴族派の対立が強まっている昨今、その去就が注目されていたが、どうやらあくまで皇道派としての道を貫くつもりのようだ。

 

「そなたの話は娘より聞いている、善き先達に巡り会えたとそう喜ぶ手紙とともにそなたのことを褒めちぎっていたよ。そしてこうして実際に顔を合わせてみると、なるほど確かにその若さで大したものだとそう思う。

 私がそなた位の年の頃は未だ中伝の身であったからな。その年で既に達人の領域へと至ったことは驚嘆する他ない」

 

「名高き光の剣匠にそうまで言って頂けるとは光栄です」

 

「ふふ、何そなたが私位の年になる頃にはそなたならば私同様に陛下より《十七勇士》の座を拝命している事だろうさ。実際、すでにいくつかの武勲を立てているようだしな」

 

「……ありがとうございます。閣下が自身のお目は正しかったと、そう誇れるように努々在りたいと思います」

 

「ふふ、しかし、娘の手紙を読んだ時は余りにそなたのことをべた褒めしていたのでついに武骨な娘にも春が来たのかと思っていたが、何の事はない、どうやら武人として単に正当なる評価を下しただけだったようだな。

 事と次第によっては見極めなければならないと思っていたが、やれやれ父としては喜ぶべきなのか、それとも娘の武骨さを嘆くべきなのか」

 

「父上!」

 

「はははは……」

 

 苦笑しながら告げられたヴィクターの言葉を受けてリィンとしては笑うしか無い。

 何せ自分にとってラウラ・S・アルゼイドはよく出来た可愛い後輩、剣友という認識でしか無く、異性として意識した事など無かったが故に。

 

「さて、余り私のところで呼び止めても殿下に申し訳ない。そろそろ艦橋におられる殿下のところに行くと良いだろう」

 

「ええ、それでは失礼いたします」

 

・・・

 

「やあ、リィン君。先月の通商会議の時以来だね」

 

「ええ、オリヴァルト殿下におかれましてはご壮健そうで何よりです」

 

 ヴィクターと別れたリィンは、何時になく真剣表情で「折入って話がある」と真剣な表情を浮かべたオリヴァルト皇子の下を訪れていた。

 

「それで、私に話というのは?」

 

「うん、単刀直入に言おう、リィン・オズボーン君。卒業後、この艦の一員になるつもりはないかい?」

 

「ーーーーーー」

 

 冗談、の色は一切無かった。眼前の皇子は本気で告げている。

 

「身に余る光栄とは思いますが、何故と伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 思いもよらなかった誘いの言葉に動揺する心を立て直しながらリィンは問いかける。

 

「ふふ、そんなに不思議なことかな。理事長である私が、自分の学院で首席を務める俊英をヘッドハンティングするなどというのは言わば当たり前の事だと思うがね。

 加えて言うのなら、君が手に入れようとしている《騎神》の力、それが《革新派》のいや、()のものとなってしまうことを防ぐためというのもある。無論、君自身の才幹や実力と考えを買っているからこそというのが一番の理由だがね」

 

「……殿下は、それ程までに我が父を、宰相閣下を危険視なさっているという事ですか」

 

 告げられた言葉にやはりかとリィンは思い、顔を顰めながら口にする。

 眼前の皇子は紛れもなく敬意に値する皇族だ。祖国を憂う思いにも嘘はない、かつて自分に語った理想を本気で実現しようとしており、かの《光の剣匠》さえも口説き落とすほどの傑物なのだという事がわかる。

 だからこそ、その事実は重い。私欲ではなく祖国を思う心から眼前の皇子が父を危険視しているのだという事が嫌というほどにわかってしまうが故に。

 

「……他ならぬ彼の息子である君に言うには些かに心苦しいが、その通りだ。

 何よりもこの情勢下で《騎神》という新たな力がどちらか一方の勢力に加わってしまうというのが私としては危険だと考えている、これは君ほどに優秀な若者ならば当然理解出来る事ではないかな」

 

 オリヴァルト皇子の言っていることは理解できる、カレイジャスとアルゼイド子爵の艦長就任は一触即発の状況にある革新派と貴族派の二派へと睨みを利かせるためのもの。当初は現場レベルの些細な小競り合いだったのが、誤解とすれ違いが重なった結果に大規模な軍事衝突に繋がったという事例は歴史上に枚挙に暇がない。

 そんな時に両派に対して中立で、かつ皇族という権威を有する《赤い翼》が《光の剣匠》という力を伴ってかけつければ角も立たずに抑止力足り得るというわけだ。

 だが、それはあくまで小競り合いであれば。《騎神》という力が加わって基より優位だった軍事面での天秤がますます《革新派》へと傾けば、それこそ強硬姿勢を崩さない革新派のリーダーは貴族派との武力抗争へと本格的に乗り出すのではないかと、そんな危惧をオリビエは抱いているのだ。

 

「ですが殿下、この情勢下だからこそ“力”は必要です。殿下も当然お分かりでしょう、今、クロスベルを取り巻く状況は加速度的に悪化しています。それこそ共和国との戦争に発展する可能性とて十分にあり得る状況です。

 それに、殿下のお志はご立派だと思います。されど自分はギリアス・オズボーンの息子です。その自分が加わってはそもそもこの《赤き翼》そのものが革新派寄りだと、そう周囲から思われる可能性とてあり得るのではないですか?」

 

 基よりオリビエは長子でありながら、母が平民であったために皇位継承権を持っていないという特異な立場にある皇族だ。それこそ周囲からすれば、その件で貴族勢力に対して不満を抱いていたと思われても何らおかしくないだろう。そんなオリビエが鉄血宰相の息子であり、革新派の若き英雄と目されているリィンを赤き翼に迎え入れればどうなるか?

 リィンが父と距離を取り、皇道派になったのではなくオリビエが革新派勢力と接近したとそう取る可能性が高いだろう。いや、ギリアス・オズボーンならばまず間違いなく、そう思われるように仕向ける。自分とオリヴァルト皇子は同じ理想を抱いた同志なのだと周囲に思われるように動くだろう、なし崩し的に皇道派をも自勢力へと引き込むために。

 そして、そう思われてしまえば終わりだ。睨みを利かせる中立勢力等というのは公正だと周囲に思われてこそ初めて意味がある。どちらか一方に肩入れしていると思われてしまえば何ら意味を持たないだろう。

 

「ふふ、わざわざそんなふうにこちらを心配してくれている辺り、私の活動はそれなりに意義があることだと思って貰えているということで良いのかな?」

 

 そう、リィンが骨の髄から革新派として父のためのみを思うのならば、このことをオリビエに伝える必要はない。

 何故ならば国民からの人気も高い《放蕩皇子》と《光の剣匠》をなし崩し的に自陣営に引き入れられるというのならば、それは革新派にとってはメリットでしかないのだから。

 

「……少なくとも、同じ帝国人同士が殺し合う等という未来を避けようとしている殿下のお志を自分は尊敬しております。

 そして、殿下のように派閥にとらわれずに調停の役割を担える方が必要だという事も」

 

 調停者のいない争いは悲惨だ。何せ辞め時や落とし所を見つけるというのが非常に困難になってくる。

 かつて起きた獅子戦役が血で血を争う戦いとなったのも一重に皇帝という調停を担う権威が不在となったからに他ならない。

 そういう意味で、リィンとしては革新派と貴族派の抗争に皇族を駆り出すべきではないと考えていた。象徴たる皇族には綺麗な神輿であって頂かなければならないのだ。

 

「ありがとう、その言葉を聞いてやはり私としてはますます君にこの艦に加わって欲しいという思いを強くしたよ。

 無論、君の示唆した危険性は十分にあるだろう。だがそれでも、やはり叶う事のならば君には私の同志に加わって欲しいと思う。

 それ位(・・・)はねのけて見せねば、それこそ私の語った理想はただの綺麗事で終わってしまうだろうからね」

 

 手堅い手を打っていて勝つ事ができるのは優位にあるものだけだ。劣勢にある側が状況をひっくり返そうと思えば、どこかで博打に打って出る必要が出てくる。

 

「返事は今すぐでなくても構わない。私のやっている事が茨の道だという自覚はあるし、出世コースだとも到底言えない上に、君に非常に酷なことをお願いしているという自覚もあるからね。

 だが、そういう選択肢もあるのだと胸に留め置いてくれていると嬉しいね」

 

 微笑みながら告げる皇子のその姿をどこか眩しく思いながら、リィンは一礼を施してその場を立ち去るのであった。




オズボーン君「皇族を派閥争いに巻き込むのは(獅子戦役的に)いかんでしょ」
貴族連合「しゃあ帝都占拠!皇帝陛下とセドリック皇太子の身柄も確保や!!オリヴァルト殿下とアルフィン殿下も見つけ次第“保護”するで~~~」
オズボーン君「は?(憤怒)」

バリアハートでも書きましたが、オズボーン君は無意識の内に
相手も自分と同じだけの理性と知性と愛国心等を抱いていると思うという欠点があります。
この辺はまあ若さと接している人間が社会の上澄みばかりという側面が大きいのでいろんな人間と出会って経験を積んでいけば改善する事でしょう。

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