Ange Vierge~The Wings Tail~ 作:のわわーる
今回も割と解説多めなのでご了承ください。
ここから本編。
「今日の午後の授業だが、予定を変更して"ブルーミングバトル"の実技演習とする!」
冬木のその言葉に教室全体が沸き上がった。
"ブルーミングバトル"。青蘭学園にのみ存在する特別なカリキュラムである。学園の一部で噂されている"世界崩壊"という事象だが、青蘭学園上層部ではそれが将来起こりうる事象とされ、観測を常時行うなど重大な事態とみている。それには異能を宿した存在が必要不可欠だとし、いざというときに戦えるように彼らに戦闘訓練を施している。それこそが"ブルーミングバトル"だ。また、ブルーミングバトルでの勝敗がこの学園でのカーストを形成しており、ブルーミングバトルで強いという事がこの学園でのステータスになるのだ。
「新入生が加わったことによりこのクラスの人数が偶数になり、ようやく実技演習を行う事が出来る。今まで出来なかったことが不思議なくらいだ」
レミエルがクラスに加わったため節成らのクラスの人数は丁度三十人となり、二人一組で行うブルーミングバトルが行える環境となったらしい。教室中が気合や未体験の事象への期待の声で沸き立つ中、節成と宗悟もまた同じ感情を持ち合わせていた。
「そうか、漸くだな節成!やっと俺の鍛えた体が役に立つときが来たんだな!」
「そんな訳ないだろ。俺たちは"αドライバー"だから後方支援役だ」
生徒たちの宿した異能力には、男女で差異がある。女性に宿った異能は、身体強化や所謂魔法の様な物、事象を操る力など、戦闘を担う面で有利な物が多い。そのため、ブルーミングバトルでは彼女らが前線に立ち、戦うことになる。学園では彼女らを"プログレス"と呼称し、他の異能を持たない存在と区別している。それに対して男性には、プログレスをサポートする異能が宿った。"αフィールド"を展開することによってプログレスと"リンク"し、彼女らの能力を底上げすることでより戦い易い状態にするのだ。彼らはプログレスとは別に"αドライバー"と呼称される。"プログレス"と"αドライバー"が一組になる事で初めてブルーミングバトルをする条件が揃うのだ。余談だが、この男女差が影響してか学園内では女子生徒の方が男子生徒よりも立場が上となっているらしい。
「レミエルはブルーミングバトルは初めてなんだよな?」
節成は彼らと昼食を共にしていた天使、レミエルに尋ねるが、返事は帰ってこない。どうしたものかとレミエルの顔を覗いた節成は、その表情に驚愕する。周りが期待の眼差しを向けているブルーミングバトルに対して、明らかな恐怖を抱いた表情を、レミエルはしていた。
―――
教室を出てグラウンドの特設スペースに集まった節成ら1-Bクラスの面々は、冬木の指示の元でプログレスとαドライバーによるペアを組んでいた。その中で節成はレミエルに話しかける。
「なあレミエル。君は、戦いが怖いのか?」
それに対しレミエルは心ここにあらずといった表情を節成に向け、今度はしっかりと問いに答えた。
「怖くないわけないです、戦いは怖いものですから。でも、それ以上に――」
と、途中まで言葉を発していたレミエルの口が唐突に固く閉ざされる。これ以上話すと何か、具体的には分からないが何か良くない事柄に触れてしまう気がした節成は慌ててレミエルをなだめた。
「それ以上言いたくないなら、言わなくても大丈夫だ。」
レミエルを気遣って出した話題であったが、かえって不安にさせてしまったのではないかと、節成は感じた。相変わらずレミエルの表情は曇っている。少しでも不安を取り除いてあげる為に必要な事、それは。
「そんなに不安なら、俺がついてやる。それなら少しは安心だろ?」
――自分がレミエルと組む。宗悟は既に別のペアを探しに行ってしまったし、彼以外の見知らぬ誰かとペアになるよりは顔見知りの自分がパートナーの方が幾分かマシだろう、というのが名目だ。その提案を切り出されたレミエルは少し考えた後に、小さな声で答えた。その表情は先ほどよりは少しだけだが晴れやかになっている気がした。
「その、よろしくお願いします」
そして、節成とレミエルがペアを結成した瞬間を見届けたのか、冬木が待ってましたとばかりに声を上げた。
「全員パートナーができたな!では早速始めるぞ!」
彼らにとって初めてとなるブルーミングバトル、その火ぶたが切って落とされようとしていた。
―――
学園生活で初となるブルーミングバトルに、宗悟は胸を躍らせていた。元々何の才能もなかった自分に異能が宿り、青蘭学園に進学することとなった宗悟は、このブルーミングバトルというカリキュラムに対して人一倍強い関心を抱いていた。何のとりえもなかった自分が輝けるやも知れない、そう思うだけで俄然思いは強くなった。そして遂にその瞬間がやってくるのだ。正直、持っている知識以上の事は何も分からない。だがやるからにはとにかくがむしゃらにやるしかない。
「国後君、ちょっと力入りすぎてるんじゃない?」
今回のバトルのパートナーとなる生徒が駆け寄ってくる。短髪で、見るからに体育会系と見える活発そうな生徒。彼女は"土屋原はねる"。陸上部に所属している、学園屈指のスプリンターだ。その性格は男子勝りといったもので、女子生徒にも一定数のファンがいるとのことだ。同じ運動部で少し面識があるという事もあってすんなりとパートナーとなってくれたのだ。
「そうか?俺はいつも通りだぜ」
実は図星で、これから始まる試合に対する感情が昂っていたのだが、少し意地を張ってしまった。
「そう、ならいいんだ。そろそろ始まるから、頑張ろうね」
そう言ってバトルコートに戻るはねる。その視線の先にはこの試合の相手となる生徒が立っていた。眼鏡をかけて、ブロンズの髪を風に揺らす生徒、"ユリア・ロマノフスカヤ"。ロシアからの留学生で、あまり男子とは絡んでいないようだ。その出で立ちは不思議なもので、それだけで絵画になってしまいそうなものであった。
「両チーム、準備はいいな!」
冬木が両チームに呼びかける。いよいよ試合が始まろうとしていた。バトルコートに立つプログレス二人、それをサポートするためにコート外で構えているαドライバー二人、それを固唾を飲んで見守るクラスメイト二十六人。コートを包む空気には、緊張が走っていた。
「ユリア、行っておくけど僕は手加減なんかしないからね!」
「そう?なら私もそれに答えないとね」
ロシア人ながら流ちょうな日本語を話すユリア。留学の為、本国で沢山勉強したのだという。そんな二人の間には気さくな会話とは釣り合わない、一触即発の空気が流れていた。そして、その瞬間は訪れた。
「ブルーミングバトル、スタート!」
試合の開始を告げる掛け声とともに宗悟は全神経を集中させ、はねるの精神と己のそれを同調させる。
「αフィールド展開!エクシード、リンク!」
αドライバーはプログレスと精神を"シンクロ"させることで、プログレスの基礎能力を強化すると同時に潜在的な能力を更に引き延ばす事ができる。この強化の度合いは、リンクする二人の"シンクロレベル"に応じて変化する。リンクによって身体を強化されたはねるは大きく息を吐き出し、突撃の構えを取った。
「――いくよッ!」
はねるが地面を蹴り、一気にユリヤへと突撃する。はねるのエクシードは"身体強化"。身体の強化はプログレスに元から備わっている基本的な物であるが、はねるはそれを更に数ランク昇華させたものを己のエクシードとしていた。彼女らには試合に臨む際に宗悟とあらかじめに立てておいた作戦があった。速さに物を言わせて翻弄することでチャンスを作る、という物だ。作戦通り猛烈な速度でユリヤに迫るはねるだったが、ユリヤはそれをものともせず、空に掌をかざす。
「氷よ!」
ユリヤの掌の先から巨大な氷塊が突如として出現し、はねるの進路を塞いだ。それを回避するために氷塊の直前で大きく横にステップを踏むはねる。ユリヤのエクシードは"氷を操る能力"。何もない場所でも氷を生成し、自在に操るといったものだ。はねるが近接型だとすれば、ユリヤは遠距離型のプログレス。距離を積めようと猛烈な勢いで迫るはねるに対し、させじと氷を生成し妨害するユリヤ。追いかける者と追い回される者。勝負ははねるが優勢かに思われた。
「どうしたの!逃げてるだけじゃ勝てないよ!」
「理解しているわ」
先ほどまでとは違いはねるの進行方向を氷で防がずに身をさらしたユリヤ。それをチャンスとみて突進の速度を上げたはねるだったが、はねるの突進を回避せんとユリヤが身を引いた先から最初のそれより更に巨大な氷塊が姿を現した。
「――ッ!」
「やっべ!」
即座に進路を変えようとしたはねるだったが間に合わず、迫る氷塊に激突してしまう。砕ける氷塊に紛れ、はねるがコートを大きく外れる。それと同時に身構えた宗悟の身にははねるが受ける筈だった激痛が襲い掛かっていた。αフィールド下では、αドライバーがプログレスの強化を行うと同時に、プログレスの身体的ダメージを肩代わりするといった現象も発生する。そのため、プログレスが被弾すればその痛みは直接αドライバーに伝わることとなる。それにより戦う気力が失われ、試合が終了するといった事例も少なくないのだという。この場面はまさしくそれの再現だった。はねるが氷塊に激突したダメージを肩代わりした結果、宗悟は痛みに悶えて戦いどころではなくなっていた。それを確認した冬木が試合終了の号令を発する。
「そこまで!この試合、ユリヤ、川内ペアの勝利!」
川内と呼ばれたαドライバーがガッツポーズをする。ユリヤは試合前と変わらず涼しげな顔をしていたが、少しほっとしているようにも見えた。コート外へと投げ出されたはねるに数名の生徒が、痛みで悶えている宗悟の元には節成が、それぞれ駆け寄っていた。
「ちょっと、はねる!大丈夫なの!?」
「――いったぁ……く、ないや。うん、大丈夫だよ」
ダメージを肩代わりしてもらったはねる側には何ら影響はないようだが、その一方で宗悟は酷く悶えていた。
「いッてぇぇえ!んああぁぁ……ッ」
「おい、本当に大丈夫なのか先生!」
若干大げさなのではないかというほどの宗悟のリアクションに冬木に対して説明を乞う節成。冬木は呆れたといった表情で節成をなだめた。
「痛いのは仕方がないだろう、少し大げさだがな。これはαドライバー側のダメージを考慮せずに突っ込もうとした作戦ミスだな」
そう述べつつはねるを見据える冬木の先にはやってしまったと苦笑いするはねるの姿があった。
「この様にαドライバーにはプログレスの想像以上のダメージが行くことになるぞ!充分気を付けろ!」
「それを早く言ってくれよ……っ」
痛みに悶える宗悟。ブルーミングバトルは、節成の想像する以上に過酷なものであった。
―――
何試合かが過ぎ、バトルコートには少しばかり怯えながら試合に臨もうとするレミエルの姿があった。出来るならレミエルを戦いの場には置かせたくは無かったと心の中で思う節成であったが、授業の一環であるという事がそれを拒んでいた。ここまで来てしまったからには、自分もレミエルもやるしかない。そう己を鼓舞する節成とは対照的に、レミエルはただ怯えるだけであった。眼前にいる相手が数分後には襲い掛かってくる。戦闘に対する恐怖は勿論あったが、それよりも大きい恐怖をレミエルは抱えていた。
「レミエル、大丈夫だ。落ち着いて行こう」
後ろから聞こえてくる節成の声を聞いて、レミエルはほんの少し冷静さを取り戻した。そうだ、これは演習、失敗しても大丈夫。そう自分に言い聞かせ、レミエルは試合開始の合図を待った。
「ねえ、あんまり調子よさそうじゃないけど、大丈夫?」
唐突に向けられた声に驚くレミエル。レミエルの対戦相手、"静宮蘭"だ。その眼鏡の奥の瞳が自分を心配そうに見つめている。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
「そう?ならいいんだけど」
蘭の思いがけない言葉にレミエルは落ち着きを取り戻していた。その様子を後ろから見ていた節成は少しばかり安堵の息を漏らした。レミエルがリラックスできているならなんとかなりそうだ。そう思う節成の耳に冬木の声が入る。
「両チーム、準備はいいな!」
冬木が試合開始の合図を出そうとしているのを確認し、節成とレミエルは身を引き締める。節成たちは先ほどの宗悟のようにならないように、慎重に出方を見るという作戦方針を立てていた。なるべくお互いに負担をかけないような堅実的な戦いをする。二人は来たる試合開始の合図を待った。
「――試合開始!」
「αフィールド!エクシード・リンク!」
合図と共に意識をレミエルのそれと同調させる。そのままレミエルの潜在能力を引き出そうとしたその瞬間、節成を激しい眩暈が襲った。今まで感じたことのないそれは、節成の意識を奪い去るには充分すぎる物であった。意識を深い闇の底へと誘われる節成。最後に目に映ったものはレミエルに手刀を突き付けんと迫りくる蘭と、リンクが届かないことに戸惑うレミエルの姿であった。
「節成!」
宗悟の声が頭に響く。橙色の光が節成の意識を包み込む。節成はそれに抗えないまま、意識の底へと沈んでいった。
「レミ……エル――」
Act.3 ブルーミングバトル
くぅつか、のわわーるです。
3話で一先ずの区切りを付けようと思ったのですが、このまま続けるととても長くなってしまいそうだったので急遽分割しました。中途半端なところで終わらせてしまい申し訳ないです。
設定の補足は、告知した通り活動報告でさせて頂こうと思いますのであとがきは長くならないようにします。
何だかんだ3話も更新することができましたが、4話は何とかなるとして5話以降のプロットが全くできておりません。更新、いつになるかな……
それではあとがきはここまで、活動報告も是非ご覧になってください!
ありがとうございました!