Ange Vierge~The Wings Tail~ 作:のわわーる
急遽前回と分割した関係上比較的短めの回になります。
一応お話はここで一区切りかなと思います。
ここから本編。
節成の意識は、橙色の光に包まれていた。ブルーミングバトルでレミエルとリンクしようとした節成だったが、レミエルの精神とシンクロした途端、急に意識が現実から切り離されてしまったのだ。彼方上空へ上昇しているとも、奈落の底へ落下しているとも取れるその感覚に節成は呑まれるばかりだった。一瞬とも永劫とも感じられる感覚の果て、節成は橙色の空の下にその意識を置いていた。
「――な、何が起こった……?」
先ほどまで自分は青蘭学園の校庭に設けられたコートにいたはずだ。それがいつの間にか、まるで古代ギリシャの物を思わせる建設物が並んだ場所に立っている。一瞬にして変化した身の回りの状況に、節成は困惑するばかりであった。とにかく現状を把握しなければと、周りを歩いている、これも現代日本で着られている物とは大きく離れている風貌をした人に話しかけてみる。
「あの、すいません。ここが何処だか教えていただけますか?」
しかしその言葉に対する反応は、文字通り一切無かった。返答が得られるどころか、こちらに見向きもしないのだ。まるで自分がここに存在しないかのように。
「夢の中なのか……?」
夢の中なのであればこの状況にも説明がつく。恐らくブルーミングバトルの最中に意識を失ってしまったのだろう。もしそうであれば――
「そうだ、レミエルは!?」
リンクをしていなければブルーミングバトルで発生するダメージはプログレスを直接襲うことになる。辺りを見回しレミエルを探す節成だったが、しかしここは現実世界ではない可能性が高い。そんな折、遠方にふと目をやると片方の翼が無い天使の姿が見えた。レミエルだ、と確信を持った節成はすぐさまその天使の元へ駆け寄ろうとする。しかしそれを唐突に放たれた怒声が遮った。
「何でお前なんかがここにいるの!」
節成は急に放たれたその罵声に思わず身構えた。周りから見れば自分は間違いなく異邦の人であろうが、その言葉は自分に掛けられたものではなかった。怒声を放った女が目の前の片翼の天使に歩を進めた。それを認めた天使――レミエルはその歩みを止める。
「ここはお前の様な"穢れた天使"がいる場所じゃないのよ!」
"穢れた天使"。その単語に節成はハッとする。αドライバーがプログレスとリンクを行う際、その感受性が高いとプログレスの意識や記憶がαドライバーに向かい逆流する場合があると資料で見かけた記憶がある。もしその通りであるなら、これはレミエルの記憶という事になる。今のこの状況はレミエル自身が経験してきた過去そのもの。それが目の前で起こっているのだ。
「そうだ!"穢れた天使"は辺境にでも行ってろ!」
今度は別の男性がレミエルに向かって罵声を浴びせながら落ちている石を投げつける。投げられた石はレミエルの頭部に直撃し、その体制を崩させる。地に付したレミエルの額からは血が流れていた。目の前で起こっている、差別と言うにはあまりにも酷いその有様に節成は言葉を失う。これがレミエルの過去。あの日、すべての事象に絶望しきっていた瞳はこれらの出来事がきっかけで生まれたものだったのだ。その一端を垣間見た節成は、思わず目を背けた。硬く目を瞑り、目の前の事象を否定し、自分の中から排除するかのようにうずくまる節成。こんな酷いことがあってたまるものか。これではレミエルが可愛そうだ、救われない。そんなことを考えていた節成を、再び眩暈が襲う。ブルーミングバトルの最中に感じたものと同じ感覚に、節成の意識は再び暗闇に閉ざされた。
―――
恐る恐る目を開けると、まばゆい蛍光灯の光が節成の意識を襲う。体に力があまり入らない。どうやら自分は保健室のベッドに横たわっているようだ。ふと誰かの気配を感じ、その方向へと顔を向ける。そこには腕を組み、何か考え事をしているかのような表情をした冬木が座っていた。節成の視線に気づいたのか、冬木が目を開け、こちらを向く。一瞬の安堵の表情の後にいつもの様な達観したような表情を見せる冬木。
「やっと目を覚ましたか。体に問題はないか?」
真っ先に自分の体の心配をしてくれる冬木に、この人もやはり教師なんだなと感じつつ自分の状況を伝える節成。
「――はい、いつもより少し気だるげですが大丈夫です。意識もはっきりしてます」
その言葉を伝えると、冬木は今度こそはっきりと安堵の表情を見せた。
「そうか、良かった。全く……心配させやがって」
冬木のその珍しく優しめな声に、節成も自然と笑みをこぼす。しかし、自分が意識を失った状況を思い出し、その笑みも消える。
「そうだ、あの後どうなったんです?レミエルは大丈夫なんですか?」
もしかすると、レミエルへのダメージが肩代わりされていないと気付かなかった相手のペアがレミエルに思いきり攻撃してしまったかもしれない。焦る気持ちを堪えつつ冬木に問う節成だったが、そのあとの言葉に安堵する。
「自分の事よりレミエルの事か……全く、お人よしもここまで来ると考え物だな。レミエルなら大丈夫だ。静宮の奴、レミエルに当てる前に手刀を寸止めしてみせたのさ」
レミエルに怪我はない。そのことを知った節成から力が抜ける。一先ず最悪の事態は免れたようだ。
「少し休んだら顔でも見せに行ってやるんだな。レミエルの奴、だいぶ落ち込んでるようだったからな」
そう言葉を残して保健室を後にする冬木。レミエルが落ち込んでいる。嫌が応にも先ほど幻視したレミエルの記憶が蘇る。あまり休んでる暇もなさそうだと、自分の体に鞭打ち起き上がる節成。保健室のドアを開き、外に出るとそこにはブルーミングバトルで悶え苦しんでいた筈の宗悟の姿があった。
「宗悟、もう大丈夫なのか?」
「おいおい、そりゃこっちのセリフだぞ!お前はいきなり倒れるし、レミエルちゃんはあの後見かけないし、てんやわんやだったんだからな!」
レミエルの姿を見かけないと言った宗悟に節成は食って掛かる。
「見かけないって――最後に見たのはいつ!何処だ!」
「やけに元気だなお前。最後に見たのは確か……階段だったかな、屋上に行ったのかもしれん」
宗悟の言葉を聞くなり踵を返し屋上へと向かおうとする節成。それを宗悟が腕をつかんで引き止める。
「何すんだ宗悟!」
「落ち着けよ節成、少し頭冷やせって。そんな顔でレミエルちゃんの所に行っても怖がらせるだけだろ?」
言われてみれば、今の自分に心の余裕があるかと聞かれればないし、顔も強張っていた。宗悟の言葉通り、少し自分を落ち着かせようとする節成に、宗悟は珍しくまじめな顔をして語り掛ける。
「レミエルちゃん、だいぶきつそうな顔してたぜ。俺が声かけてもろくに返してくれなかったよ。ブルーミングバトルが上手くいかなかったことよりも、お前が倒れた事を相当心配してるみたいだった」
自分が気を失っている間に起こったことを話す宗悟。その表情から、宗悟のやるせない気持ちが伝わってくるようだった。
「俺、何もしてやれなかった……。病み上がりのお前に頼むの何か違いかもしれないけど、何も出来なかった俺の分もレミエルちゃんの事、励ましてやってくれ」
「――言われなくても」
宗悟なりの後押しだったのかもしれない。先ほどとは違い頭を冷やした節成は、その足を学園の屋上へと進めた。
―――
空は既に夕焼けに染まっていた。急いで屋上に向かい、階段を駆け上る節成。屋上へと通づるドアを開けたその先に、記憶の中で見たものと同じ後ろ姿があった。純白の翼を夕焼けのオレンジに染めて、レミエルはそこに立ちすくんでいた。
「――レミエル」
そっとかけた節成の声に反応し、レミエルはゆっくりと振り返る。その目尻には涙が浮かんでいたが、節成の顔を認めると安堵の表情を浮かべた。
「――節成さん、目が覚めたんですね」
「おかげ様でな」
そのままレミエルの横に身を置く節成。二人は並んで、橙色に染まる空を見つめていた。
「宗悟から聞いた。心配してくれてたんだってな。その、ありがとう。」
「そんな……。私は何もできなくって」
二人の間に微妙な空気が流れる。これでは励ますどころじゃない。節成は思い切って話を切り出そうとした。
「レミエル、その――」
しかし、それを遮る形でレミエルが一歩早く口を開いた。
「節成さん、私はですね、テラ・ルビリ・アウロラでは"穢れた天使"って呼ばれてたんです」
その言葉に聞き覚えがある。幻視したレミエルの記憶で聞いた、あの言葉だ。
「私は生まれつき片方の翼が無くて、皆からそう呼ばれてました。普通の天使には翼が二つあるのに、そうじゃないって理由で。片翼の天使は災いを呼ぶんだそうです。最初は女神様がかくまってくれていたから表だっては言われなかったんですけれど、ある日突然女神様が別の天使を従えて……。私は女神様に見捨てられて、野良天使になりました。それからというもの、罵声は激しくなって――」
記憶が蘇る。あの出来事は本当の事だったのだ。節成はやるせない気持ちになっていた。あの時目を背けた出来事は現実のもので、レミエルはそれを味わってきた。その事実を知った節成はレミエルに言葉をかけられないでいた。
「私自身、自分で自分を落ちこぼれだって思うようになってしまって。でも、ガブリエラ様――大天使様の助言で青の世界に行くことになって、そこでなら自分をやり直せるって、そう思ったんですけど……結局ダメダメでした。そんなときに、貴方に出会ったんです」
レミエルが綴る、自身の過去。想像以上に重く苦しいそれを、節成は噛みしめて聞いていた。レミエルの味わってきた苦しさを想い、自然と涙腺が緩んでいく。
「貴方があの時手を差し伸べてくれなければ、青蘭学園に入ろうだなんて思いもしませんでした。もう一度、やってみようって。頑張れば、いつか空を飛べるって」
語ることを語りつくしてしまったからなのか、レミエルはそれ以上言葉にしなかった。ただ空を見つめている。その横顔を見つめながら、節成は考えていた。今の自分に出来る事。レミエルに幸せを味わってほしい。その為にやるべき事。この数日間で半ば見つけていたその答えを、節成はその瞬間に見出していた。
「――レミエルの事、よく分かった。凄く苦しい思いをしてきたことも、哀しい事があったことも。それを知ったうえで、誓う」
約束ではなく、誓い。己の全てをかけて、レミエルに誓う。
「俺が、レミエルの"翼"になる。いつか空を飛べるように、俺が片方の翼になる。もう悲しい思いはさせない。……だから!」
そこまで口に出した辺りで急に気恥ずかしくなる。これではまるで愛の告白ではないか。決してそんなつもりはないと自分に言い聞かせ、最後の言葉を伝える。
「だから、もう泣かないでくれ」
全てを伝えた節成をレミエルが見つめる。春の温かい風がレミエルの頬を凪ぎ、目尻に溜まった涙を洗い流すようだった。
「――ありがとうございます」
何度目かの感謝の言葉。しかし今までとは決定的に違う温かさが、それにはあった。希望に満ちたその言葉と共に、節成は初めてレミエルの笑顔を見たのだった。
Act.4 誓い
ここまで書き切りました、のわわーるです。
とりあえず書きたいところまで書いてしまった訳ですが、この後もお話は(勿論ですが)続きます。……続くんですが、冒頭にも述べた通り、更新がいつになるかは現状未定です。なんとか早いうちに続きを投稿したいと思っていますので、どうかよろしくお願いします。
前回同様、細かな補足等は活動報告の方で致しますので、あとがきはここまでで。
ありがとうございました!